鼎談:「トラベルヘルパー」はより良き人生への水先案内人(前編)

介護旅行の真髄は「日常」と「非日常」を掛け合わせた化学反応

80歳以上の人口が1000万人を超えた日本。人生100年時代を迎える今こそ、広い視野を持って社会の在り方、人間の生き方を探り直す必要があるのではないか――。日本ユニシスでは、超高齢化社会を迎えるにあたり、ITによって心身のサポートを行うことで、身体的、精神的、社会的に健康で良好な状態(well-being)を実現し、一人ひとりの生き方を広げる新しい社会の創出に向けた研究にも取り組んでいる。その研究テーマの1つが、人間の加齢と老化を多面的、総合的に研究する学問「ジェロントロジー」である。本シリーズ企画では、ジェロントロジーという視座から、長寿社会をより健全にしていくための仕組みについて考察する。第1回目は、介護旅行サービスのパイオニアである、日本トラベルヘルパー協会会長の篠塚恭一氏を迎え、「トラベルヘルパー(外出支援専門員)」の可能性をひも解く。

20年以上前から
トラベルヘルパーの育成を始めた

誰でも年齢を重ねるとともに身体が思うように動かなくなり、自信を失っていく。介護が必要となればなおさらだ。もう旅なんて無理――そんなあきらめは、健康寿命が尽きたという喪失感にもつながってしまいかねない。だが、実際には少しの勇気さえあれば旅に出ることは可能なのだ。そして、そんな介護旅行をエスコートしてくれるのがトラベルヘルパーだ。ゲストの日本トラベルヘルパー協会会長、篠塚恭一氏とともに、日本ユニシス株式会社フェロー CTO、羽田昭裕と同総合技術研究所生命科学室長、石原英里が語り合った。(以下、敬称略)

羽田 さっそくですが、まず「トラベルヘルパー」というお仕事について教えていただけますか。

特定非営利活動法人
日本トラベルヘルパー協会 会長
株式会社SPI あ・える俱楽部 代表取締役
篠塚恭一氏

篠塚 簡単に言えば、高齢の方や障がいのある方が旅行や外出をするときに、必要な介護やサポートを行うことがトラベルヘルパーの役割です。現行の介護保険制度では、ヘルパーのできること、できないことが明確に定められており、それを無視することはできません。しかしトラベルヘルパーは自由契約ですから、環境の変化に応じて、あるいはお客さまの要望に応じて臨機応変に対応します。また、旅がより楽しいものになるようにエスコートし、ガイド的な役割を務めることもトラベルヘルパーの仕事です。

羽田 そんなトラベルヘルパーの育成に、篠塚さんはもう20年以上も関わってこられたと伺いました。

篠塚 そうですね、旅行業の人材派遣を手がける現在の「SPI あ・える俱楽部」の前身となる会社を立ち上げたのが1991年のことですが、高齢で身体に不自由のある方が旅をする際に、どうしても介助者が必要となります。そこで1995年頃から社員を対象にトラベルヘルパーの育成を始めました。また、単に同行するだけでなく介護旅行のプランニングもできる人材として「トラベルマスター」の育成も始めました。

「日常」と「非日常」を掛け合わせた
化学反応が起こる

日本ユニシス株式会社
フェロー CTO
羽田昭裕

羽田 昨今、福祉人材の多能工化の必要性が叫ばれていますが、トラベルヘルパーはその象徴的な存在と言えそうです。ただ、もともと介護ヘルパーに求められてきたのは、被介護者ごとに定められたルーチンを、間違いなく正確に実施することだったかと思います。

篠塚 おっしゃるとおりです。例えば薬を飲むのをお手伝いする際に、処方箋に示された量やタイミングを間違うと大変なことになってしまいますから。

羽田 ところが旅のお手伝いをするとなると、予想もしていなかったような事態が次々に起こる可能性があり、臨機応変に対応しなければなりません。しかもトラベルヘルパーが目標とするのは、被介護者に旅を楽しんでいただくこと、言い換えればお客さまの満足度を高めることにあります。単なる「スキル」といった概念では括ることができない、もっと幅広い人間的な素養が求められますね。

石原 私も祖父を介護した経験がありますが、場当たり的にしか対処できないことがたくさんあって、マニュアル的な指導書を読んで知識を身に着けても、それだけではどうにもなりません。例えば篠塚さんの著書『介護旅行にでかけませんか トラベルヘルパーがおしえる旅の夢のかなえかた』(講談社、2011年)の中にも、「旅館の室内で車いすを使うには車輪にカバーをつける必要があり、タオルを車輪に巻くことで代用した」といった数々のエピソードが紹介されています。こういう柔軟な発想ができるかどうかがとても重要になります。

篠塚 確かに難しいことで、単なる知識ではないさまざまな“知恵”を、その時々の状況を判断しながら、その場でつないでいかなければなりません。ただ、そこに「日常」と「非日常」を掛け合わせた面白さが生まれてくるような気がしています。そもそも医療・介護・福祉は地域密着で行われるものですが、旅行はその地域から離れて中長距離を移動するということからして環境がまったく変わります。介護ヘルパーは顔見知りの人たちですから何も言わなくてもルーチン的にサポートが行われますが、トラベルヘルパーはほとんど初めて会った人で、顔を合わせた瞬間にお互いが仲良くなれるように、積極的にコミュニケーションをとらなければなりません。こうした真逆の環境や人と接することで、セレンディピティに富む非日常での化学反応が起こるのです。介護が必要な高齢者にとっての旅の楽しみは、そんなところから始まるのではないかという気がしています。

ジェロントロジーの本質は
「人生の質」を向上すること

日本ユニシス株式会社
総合技術研究所 生命科学室長
石原英里

石原 日本の平均寿命が伸び続けていることを背景に、定年退職後の第二の人生を謳歌する、という話題をよく耳にするようになりました。今まさにその岐路に立っている方々から残りの人生への思いを伺う機会が何度かあったのですが、期待よりも不安を語っておられたのが印象的でした。自由な時間があり、経済的に豊かであっても、何をしてよいのか分からず不安ばかりが先に立つというのは、あまりにももったいないと私も思います。

羽田 まさにそうした中から生まれてきたのが、ジェロントロジーの考え方なのだと思います。『健康のためなら死んでもいい』という本が日本のジェロントロジーの先駆けでした。これは非常に上手く的を射ていて、例えば米国では「分厚いステーキ」から「何でもかんでもオーガニック」へ劇的にパラダイムが変わりました。誤解を恐れず言えば命より大切なものがあり、いかにして「よく生きるか」が求められるようになりました。

篠塚 ジェロントロジーというお言葉がありましたが、私はその本質はQoL(人生の質)を向上する方法論と捉えています。介護が必要な高齢者も、ちょっと勇気を出して、誰かに背中を押してもらえれば、どこにでも旅にでることができます。そして不安を抱えながらも無事に帰ってきたなら、その達成感が成功体験となり、また行きたいと希望が湧いてきます。普通に生きてきた人が歳を取り、当たり前にできていたことが次第にできなくなっていくと、誰でも大なり小なり自信を失っていきます。しかし、旅に出かけた途端に自分の立場は「お客さま」となり、ウェイトレスやドライバー、あるいはホテルスタッフから「ありがとうございます」とお礼を言われる側になります。これだけでもずいぶん大きな変化が起こります。要介護者として社会から取り残されていくという、後ろ向きの気持ちを払拭できるのです。

>> 後編に続く

(撮影協力:ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社)

ジェロントロジー研究協議会について

幸福で豊かな日本社会のあり方を再構築するためのアプローチとして一般財団法人日本総合研究所会長/多摩大学学長の寺島実郎氏が提唱する「ジェロントロジー」という視座から、高齢者のみならず若者を含む全世代の視界から体系的研究を行い、その成果を制度設計等に反映することを通じて、サステイナブルな「新たな社会システム」の構築を行うことを目的に、「ジェロントロジー研究協議会(会長:寺島実郎氏)」が2019年1月に設立されました。

日本ユニシスは、研究全体の支援、制度設計(資格認定制度含む)の検討等を実施する同協議会に、代表取締役社長の平岡昭良がコアメンバーとして参加し、また高齢者に関わる各分野における、高齢者向け参画のプラットフォームの検討等を実施する「ジェロントロジーに係る体系的研究会」(座長:寺島実郎氏)に、総合技術研究所生命科学室長の石原が参加しています。

Profile

篠塚 恭一(しのづか・きょういち)
特定非営利活動法人 日本トラベルヘルパー協会 会長
株式会社SPI あ・える俱楽部 代表取締役
1961年、千葉県生まれ。専門学校卒業後、大手旅行会社で添乗員を務め、1984年に人材派遣会社に転職、派遣添乗員などの育成に携わる。1991年に現在の会社を設立し、バリアフリー旅行・介護旅行を専門に手がけるようになる。1995年から超高齢者向けサービス人材の育成を本格的に開始し、2006年に特定非営利活動法人「日本トラベルヘルパー(外出支援専門員)協会」を設立。
羽田 昭裕(はだ・あきひろ)
日本ユニシス株式会社 フェロー CTO
1984年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。研究開発部門に所属し、経営科学、情報検索、ニューロコンピューティング、シミュレーション技術、統計学などに基づく、新たな需要予測技術などの研究やシステムの実用化に従事。その後、Web関連や新たなソフトウェア工学に基づく開発技法の理論やアーキテクチャの構築、製造業や金融機関を中心とする企業システムのITコンサルティングなどを担当する。2007年、日本ユニシス総合技術研究所 先端技術部長、2011年から総合技術研究所長に就任。2016年から現職に。
石原 英里(いしはら・えり)
日本ユニシス株式会社 総合技術研究所生命科学室長
2007年、日本ユニシスに入社。病院向け情報システムや地域医療連携システムの提案・開発に従事したのち、医療・ヘルスケア分野を中心とした新たな社会基盤の構築に取り組む。2016年に総合技術研究所に異動、生命科学室長に就任。

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