超長寿社会をいかに生き抜くか テクノロジーの可能性と社会の課題(前編)

ロボットやAIへの期待とフィジカルデバイドへの懸念

急速に進化するロボットやAIは、医療や高齢者サポートの分野でも期待され、近年は人間の神経系とロボットを接続する研究なども行われている。こうした潮流の中、平均寿命と健康寿命とのギャップを埋めるためテクノロジーが貢献できることは多いはずだ。しかし、テクノロジーの普及を進めるためには、技術的な視点だけでなく人々の生活を支える社会制度との整合などを含めた幅広い視野が求められる。人間の加齢を総合的に研究するジェロントロジー研究協議会のメンバーでもある慶應義塾大学環境情報学部教授の高汐一紀氏、早稲田大学文学部准教授の津田好美氏と、日本ユニシスの石原英里が語り合った。

平均寿命と健康寿命
広がるギャップをどう埋めるか

津田 日本人の平均寿命は延び続け、健康寿命との乖離が広がる方向にあります。2017年の日本の平均寿命は男性が81.25歳、女性が87.32歳。健康寿命との乖離は男性で8~9年、女性では12年以上になります。

石原 自分が年をとったときに心身とも健康でいられるか、この不安は多くの人に共通するものでしょう。私自身もそうです。現在は「増加する高齢者に対して、社会がどう向き合うか」という政策寄りの議論もありますが、私にとってはこれから生きていく時代の話なので「自分事」という感覚のほうが強い。人間の加齢を生物学や医学だけでなく、社会科学や人文科学、工学などを含めた総合的な視野で捉えようとするジェロントロジーへの関心が高まっていますが、今回はこの感覚を忘れずに超長寿社会における変化と展望を深く掘り下げていきたいと思っています。

津田 1960年の日本の平均寿命は、男性が65.32歳、女性が70.19歳です。それから60年近くで、男女ともに15年以上延びたことになります。1960年の平均寿命を前提とすれば、高齢者への手厚い公的支援は許容範囲内だったかもしれません。しかし、日本人の寿命は延び、一方では高度経済成長の終焉という環境変化に直面し、1970年代に入ると、いわゆる「バラマキ福祉批判」が強まりました。このため自助努力や家族・地域との連帯が強調されるようになったのですが、平均寿命が男女ともに80歳を超えた現在ではそれにも限界があります。2000年に介護の社会化を謳って介護保険が施行されていますが、社会がどのような形で関与するのか、今後の日本にとって非常に難しい課題です。

慶應義塾大学
環境情報学部教授
高汐一紀氏

高汐 私はロボットと人間の関係を研究しています。その切り口の1つとして高齢化社会において、ロボットはどのように貢献ができるだろうかと考え続けています。以前は、ロボットと人間は別々の研究テーマでしたが、近年、両者を融合する領域の研究が活発化しています。ロボットが人を支援する技術が進めば、高齢者の生活を改善することができます。例えば、買物などのモビリティ、トイレやお風呂といった日常の行動を助け、平均寿命と健康寿命とのギャップを多少なりとも埋めることができるかもしれません。

人間の神経系とつながる機械
今後5~10年で風景が変わる

早稲田大学
文学部准教授
津田好美氏

津田 私の専門である社会階層論の視点で考えると、健康はもちろん、経済的にも自己コントロールができる人、できない人の格差は高齢になるほど拡大します。それまでの何十年かの積み重ねが効いてくるからです。この格差をどのように考えるか、社会制度によっていかに是正するかは重要なテーマです。一方で、テクノロジーの発展にも期待しています。ロボットやAIが人間をサポートする技術は、どの程度まで進んでいるのでしょうか。

高汐 「BMI(Brain Machine Interface)」や「BCI(Brain Computer Interface)」と呼ばれますが、人間の脳や神経系と機械をつなぐインターフェイスの研究が進んでいます。例えば、本人の意志で義手や義足を動かす試みが、研究室レベルでは実現しています。これを普及させるためには、長期間の利用に耐えうるかを検証したり、誰が費用を負担するかなどの課題をクリアしたりする必要がありますが、少なくとも可能性が広がりつつあることは確かです。「インプランタブルなロボット」という言い方をするのですが、義手・義足だけでなく、さまざまなロボットが脳や神経系とつながって人間の機能の一部を担えるようにする。そうした研究が世界各国で行われています。

石原 技術的な進化は加速しています。何十年か先には、相当のことができるようになりますね。

高汐 ええ。社会実装には多くの課題がありますが、技術面ではこれからの5~10年で風景はがらりと変わります。人間の筋肉系の動きは、ロボットがほぼ担えるようになるでしょう。脳や内臓については、ちょっと想像できませんが……。

津田 そんな時代になれば、自分自身で寿命を決める必要が出てくるかもしれませんね。

高汐 “人間の死生観が変わる”という研究者もいます。例えば、「死ぬ権利」に関する真剣な議論も必要になるかもしれません。

ロボットの進化により、
フィジカルデバイドが顕在化?

高汐 脳については分からないといいましたが、すでに一部の病気に関しては脳に電気的な刺激を与える治療法が実施されています。数年前には、海馬の機能の一部をチップで実現したという論文が発表されました。研究が進めば、認知症患者に対して効果的な治療も可能になるかもしれません。

津田 認知症を改善するチップが実用化されたとして、それによる治療を本人が発症前に選択するのか、それとも家族が決めるのか。誰が決定するのか、そのルールづくりは簡単ではないでしょう。自己決定という観点で考えると使う側の人間がテクノロジーをどのように捉えるかは今後も議論の余地があります。またこの切り口で考えると、ロボットやAIでも似たような問題があります。「今日はこの勉強をしましょう」とか「お金の使い方を見直しましょう」とアドバイスしてくれるパーソナルAIがいれば便利だとは思いますが、AIの学習が誤った形で進んでしまったり、選択肢を奪うレコメンドをしてしまったりするとおかしな方向に誘導されかねないという懸念もあります。

日本ユニシス株式会社
総合技術研究所 生命科学室長
石原英里

石原 当社の生命科学研究チームでも、同じような議論があります。研究チームが目指しているのは、「相棒」のようなAIです。必要なときに必要な情報を教えてくれますが、人間を誘導するようなAIにはしたくない。本人の決定権をAIが奪ってはならないと私たちは考えています。

津田 そうですね。ただ、逆に、高齢化による判断力の低下などを補うために、より妥当な選択ができるように誘導したほうが本人と社会にとって望ましいケースもあるでしょう。非常に悩ましい問題です。また、ロボットやAIを上手に活用する人とそうでない人との格差にも、目配りする必要があります。

高汐 インターネット普及の初期のころから、デジタルデバイドが盛んに議論されてきました。今後、人間を助けるロボットが進化すれば、いわば「フィジカルデバイド」が問題視されるでしょう。ロボットやAIを上手に活用できる/できないから生じる日常生活のフィジカルな格差は、デジタル格差よりも、社会的に受け入れがたいものになるかもしれない。このあたりの議論を、いまのうちに始める必要があるように思います。

津田 ロボットやAIが格差をなくして社会の平準化を進める可能性もあるでしょう。うまく使えばメリットを享受できるし、使い方を間違えると問題を大きくしてしまう。技術一般にいえることかもしれませんが、両刃の剣です。学際的な議論はもちろんですが、社会全体を巻き込んだ議論が重要だと思います。

ジェロントロジー研究協議会について

幸福で豊かな日本社会のあり方を再構築するためのアプローチとして一般財団法人日本総合研究所会長/多摩大学学長の寺島実郎氏が提唱する「ジェロントロジー」という視座から、高齢者のみならず若者を含む全世代の視界から体系的研究を行い、その成果を制度設計等に反映することを通じて、サステナブルな「新たな社会システム」の構築を行うことを目的に、「ジェロントロジー研究協議会(会長:寺島実郎氏)」が2019年1月に設立されました。

日本ユニシスは、研究全体の支援、制度設計(資格認定制度含む)の検討等を実施する同協議会に、代表取締役社長の平岡昭良がコアメンバーとして参加し、また高齢者に関わる各分野における、高齢者向け参画のプラットフォームの検討等を実施する「ジェロントロジーに係る体系的研究会」(座長:寺島実郎氏)に、総合技術研究所生命科学室長の石原英里が参加しています。

*なお、本記事はジェロントロジー研究協議会の議論とは関係なく、超長寿社会の将来像を語り合ったものです。

>> 後編に続く

Profile

高汐一紀(たかしお・かずのり)
慶應義塾大学 環境情報学部 教授
1995年、慶應義塾大学大学院工学研究科にて博士(工学)を取得。電気通信大学助手、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授、同大学環境情報学部准教授を経て現職。主に、分散実時間システム、ユビキタスコンピューティング、ソーシャルロボティクス、共発達ロボティクス、ヒューマンロボットインタラクションなどの研究に従事。IEEE、ACM、情報処理学会、電子情報通信学会各会員。電子情報通信学会では、クラウドネットワークロボット研究会研究専門委員会委員長を務める。
津田好美(つだ・よしみ)
早稲田大学 文学学術院 准教授
1996年、奈良女子大学文学部修了後(教育学修士)、2000年、大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、九州大学助手、大阪市立大学文学研究科社会学専修専任講師を経て現職。主に、社会階層論、社会意識論、老年学、ライフスタイルと格差をめぐる研究に従事。地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所が実施する「全国高齢者の健康と生活に関する長期縦断研究(JAHEAD)」にも参加している。
石原 英里(いしはら・えり)
日本ユニシス株式会社 総合技術研究所生命科学室長
2007年、日本ユニシスに入社。病院向け情報システムや地域医療連携システムの提案・開発に従事したのち、医療・ヘルスケア分野を中心とした新たな社会基盤の構築に取り組む。2016年に総合技術研究所に異動、生命科学室長に就任。

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