企業に活力をもたらす「志」と「ワクワク感」をいかに刺激するか

キーワードは「包摂の論理」と「デジタルコモンズ」

「AI資本主義」が幕を開けようとしている今、社会はどのように変化しつつあるのだろうか。そして、企業はどのような方向を目指すべきだろうか。経済学者として多年にわたって日本の経済や社会を鋭く分析してきた株式会社不識庵代表取締役の中谷巌氏と日本ユニシス株式会社代表取締役社長の平岡昭良、ジャーナリストの福島敦子氏が語り合った。キーワードは「包摂の論理」と「デジタルコモンズ」である。議論を通じて、これらの高い親和性が浮かび上がった。

「コモンズの悲劇」の回避には
配慮、公平性、倫理観が不可欠

「AI資本主義」は中谷巌氏の造語である。資本主義とAI(人工知能)が結びついた「AI資本主義」という新しい資本主義への歴史的転換期を迎えようとしている今、AIの可能性と限界を理解し、資本主義と人間社会にもたらされる多様な問題を取り上げ、それに対処する方法について深く考察しようとする意志が込められている。

株式会社不識庵 代表取締役、「不識塾」塾長
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 理事長、一橋大学名誉教授
中谷巌氏

「自分の利益のために他者を犠牲にすることもいとわない、そんな資本主義の在り方を見直す必要があります。『排除の論理』から『包摂の論理』への転換が、求められています」という中谷氏の発言を受けて、福島氏は「事業を通じた社会課題解決」を掲げる日本ユニシスグループの方向性と共通するものがあると指摘。平岡に、経営者としての考え方について問いかけた。

「当社がビジネスエコシステムという概念を提唱したのは、さまざまなプレーヤーが強みを持ち寄って競争優位を実現しようと考えたからです。ただ、それだけでは足りないと気づきました。そこには、公平性や倫理観といったものが必要です。そんな思いを、デジタルコモンズという言葉に込めました。ビジネスエコシステムとプラットフォームをデジタルコモンズとして提供したい。そして、持続可能な社会づくりに貢献したいと考えています」(平岡)

日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
平岡昭良

デジタル時代における社会の公共財が、デジタルコモンズである。有名な「コモンズの悲劇」というフレーズを思い浮かべる人もいるかもしれない。例えば、多くの利用者が共有地(コモンズ)で我先にと乱獲を続ければ、共有地はやがて荒廃してしまうだろう。「自分だけよければいい」という考え方では、コモンズを守ることはできない。デジタルコモンズを維持・発展させるためにも、他者への気遣いや倫理観が求められる。

平岡の説明を聞いて、中谷氏はこうコメントした。

「コモンズには、どこかアナログ的な響きがあります。それをデジタルと組み合わせたところが面白い。デジタル化を進めるとき、ロジック優先でアナログ的なものをすべて切り捨てるとさまざまな問題が生じます。そうではなく、お互いに配慮しながらデジタル化しようという気持ちが、この言葉に込められているのだと思います」

「包摂の論理」を競争力につなげるマネジメントを

中谷氏の提示する包摂の論理は、資本主義が傾きがちな排除の論理に対峙する概念だ。例えば、利益のために従業員や取引先を犠牲にして顧みないとすれば、その企業は排除の論理の実行者といえるだろう。中谷氏はこうした考え方を見直す必要があるという。

ジャーナリスト
福島敦子氏

「日本人の思想や宗教観には、昔から包摂の論理が含まれていたように思います」という福島氏に、中谷氏はこう話した。

「近江商人の『三方よし』に見られるように、日本企業には以前から、多様なステークホルダーへの目配りがあったように思います。しかし、最近は株主偏重の流れがかなり広がっています。もう一度原点に戻って、これまでの資本主義の在り方を見直す必要があります。倫理的な観点だけではなく、そうしなければ競争力を維持できないと考えるからです。利益優先で排除の論理を推し進めれば、クリエーティブな発想は萎縮してしまう可能性があります」

アイデアやイノベーションが重視される時代だからこそ、包摂の論理が求められる。「ただ、企業経営において、包摂の論理をイノベーションや競争力につなげるのは、容易ではないように思います」と福島氏。中谷氏はこう答えた。

「確かに、相当の経営力が求められるでしょう。単に包摂すれば利益が上がるというような、そんな単純なことではありません。社内外の多様な人たちが志を共有し、力を合わせてゴールを目指す。そのためには、マネジメントの役割が非常に重要です」

中谷氏が語った「志」を、平岡もまた大事にしている。平岡は「今年1月、社員に対して初めて『志を持とう』と語りかけました」と打ち明ける。

日本ユニシスグループがビジネスエコシステムを打ち出した当初、その狙いは社会課題解決を通じた事業成長という色彩が強かった。しかし、さまざまな取り組みが動き始める中で、平岡は志の重要性を強く認識するようになったという。

「10年ほど前に、EV(電気自動車)向けの充電インフラをネットワークでつなぐサービスを始めました。その後、周囲にさまざまなサービスが生まれました。再生可能エネルギーとして生み出された電力に非化石証書をつけて、環境価値を生み出すための実証実験なども始めています。こうして創出された一つ一つの事業が、星座のようにつながってデジタルコモンズを形づくり、社会課題の解決に寄与する。そんな未来像を描いています」(平岡)

ときに予想以上の力を発揮するのが人間
可能性を信じることが大事

中谷氏が指摘するように、包摂の論理だけ、あるいは志だけで企業を持続的な成長に導くことは難しい。

「志をビジネスにつなげるためには、長い時間がかかると思います。一方で、経営者にとっては目の前の業績に対するプレッシャーもあるはず。長期的な成果と短期的な成果、そのバランスをどのように考えていますか」と福島氏は平岡に問うた。「難しい課題です」と前置きした上で、平岡は次のように語った。

「日本ユニシスグループでは、『Aさんは新規ビジネス、Bさんは既存ビジネス』という組織分け、担当分けをしていません。誰もが同じように、これまでの仕事をしながらチャレンジしようといっています。すると不思議なことに、既存のコア事業の生産性が高まりました。新しいことに取り組む、あるいはこれまで知らなかった業界の方々とコラボレーションをすると、ワクワクして仕事が面白くなるからでしょう」

例えば、住宅メーカー向けにCADを使った見積もり作成、顧客へのプロモーションを支援するシステムなどを開発したエンジニアがいる。やがて、バーチャルな住宅展示場がつくられ、さらにスタートアップとの協業で「スマートフォンで家を売る」というビジネスが生まれた。そのエンジニアは今、「暮らしやすい街づくりに貢献するデジタルコモンズに育てていきたい」と話しているという。

このエピソードを聞いて、中谷氏は共感を抱いたようだ。

「普段の仕事をしながら他のこともやろうというと、『ただでさえ忙しいのに』と反発されることもあるでしょう。しかし、逆に生産性が上がり、新しいアイデアが生まれたという。人間はときに予想以上のこと、いい意味でとんでもないことをやれる存在なのでしょう。その力を引き出すのが、平岡社長の言う『ワクワク感』なのだと思います。そこを刺激することで、組織全体が活性化する。人間は愚かな存在かもしれませんが、すごいこと、素晴らしいことをやってのけることもあります。その可能性を信じることが大事ではないでしょうか」

AI資本主義の時代だからこそ、人間の創造性が問われる。資本の論理の中に包摂の論理を取り込むことで、人間の創造性やパワーを最大化する。そんなマネジメントの在り方が求められている。

「社内ではよく、『単一の役割ではなく、複数の役割を持つようにしよう』とも話しています。複数の役割を担えば、自分の中に多様性を取り入れることができる。そんな経験を積むことが他者への理解、さらには組織に豊かな多様性をもたらし、包摂の論理の実践にもつながるのではないか。この議論を通じて、あらためてそう感じました」と語る平岡に、福島氏も大きくうなずいた。

包摂の論理や他者への配慮は、企業に活力と持続的な成長をもたらすための戦略である。経済学者とジャーナリスト、経営者それぞれに見える景色は違っていても、3人の視線は同じ方向を向いているようだ。

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