――お二人が取り組まれている「コンピューターで不確実性やあいまい性を扱う研究」とはどのような内容でしょうか。また、その目的はどんなところにあるのでしょうか。
中山私たちが研究しているのは「記号論理学」の分野で、人間の論理的思考を数式のような記号で表現して、コンピューターで処理できるようにする方法を扱っています。この方法は、論理型AIにも応用できると考えられています。
この分野に興味を持ったのは、仕事を通じて「データベースとAIは基本的に同じもの」と考えたことがきっかけです。私は元々BIPROGY(当時 日本ユニシス)で、メインフレーム(基幹システムなどに用いられる大型コンピューターシステム)のデータベース技術者として経験を積み、その後米国Unisys製やOSSのオープン系データベースの開発や保守に携わってきました。データベースの技術として重要だと考えたのは、整合性の取れた正しいデータを扱うことでした。そして「データベース技術を掘り下げ、ビジネスにも柔軟に活用できないか」と考えるようになりました。そんな時、先ほど述べた「データベースとAIは基本的に同じなのでは」との仮説を持ち、論理型AIの勉強会に参加し始めました。そこで赤間先生と知り合い、ご指導いただくようになりました。
AIには、与えられた各種命題の中身を確認して推論の正しさを確かめる述語論理(※1)が使われ、「真と偽(正しいか、正しくないか)」の判断は可能です。ただ、その観点だけでは捉えにくいグレーゾーン、つまり「あいまい性」を扱うことができません。
しかし、人間の判断には主観が含まれ、その多くにはあいまい性も内包されています。AIがその部分を処理可能にするためには、あいまい性を踏まえた研究・技術発展が必要です。赤間先生の研究は、このあいまい性を反映できるAIを発展させていくことを目指すものでした。私たちの取り組んでいる論理型AIは不確実な状況における認識を表現するために発展したもので、あいまいさや矛盾を扱うことができます。私は論理型AIの実現に当たり必要となる理論と応用を研究し、2020年に博士号を取得しました。この研究をまとめたものを、2023年にSpringer Nature社より書籍として出版しています。
赤間私は元々大手IT企業でCOBOLやFortranなどのプログラミング言語を研究していましたが、機械翻訳を知るようになってAI、特に自然言語処理に興味を持ち、帝京平成大学や筑波大学大学院などで研究を続けてきました。
自然言語処理では文法を扱いますが、言葉の意味が分かっていないと正しい解釈はできません。そこで、その言語の意味のモデル化のために論理学を研究するようになりました。それゆえ、質問の意味を考えないで答えを出してしまうディープラーニングには疑問を持っています。実際に今話題になっている生成AIでは、記述した質問の仕方によっては、全く意味不明な答えを出すケースもあります。確かに実社会で役立つ部分もありますが、問題を引き起こす可能性もあり、私たちが求めてきた理想のAIの在り方とは異なると考えています。
――確かに、生成AIは大きなインパクトを与える一方で、倫理的に問題になる回答や間違った回答をするリスクも指摘されています。健全に発展させるには論理的な裏付けが必要だということでしょうか。
赤間人間にとって、真か偽かは、先ほど中山さんが述べたように「正しいか正しくないか」あるいは「ゼロかイチか」だけではありません。解釈次第で何が正しいかが変わる場合もある。その折り合いをつけるのが論理学です。コンピューターの分野は、主に2進法が用いられる世界で、これは真偽の2値に基づく「古典論理」と言われます。しかし、この真と偽の間に、さまざまな可能性や「未定(※2)」などを幾層にも設けることで論理の段階を拡張し、人間の持ついわゆる“ファジー”な部分を捉えることができるようになります。
そして、その方が、人間が推論を働かせる際のやり方に近くなります。これらを扱うのは「様相論理学」の分野です。可能性と必然性からアプローチして、知識、時間、義務といった必要な記号を追加した論理型AIモデルが構築できれば、質問をより正確に解釈することが可能になります。
――「AI」という言葉が最初に登場してから約70年がたちますが、まだまだ完成の域には達していないということですね。現在はどんな段階にあるのでしょうか。
赤間この言葉が最初に使われたのは、1956年にアメリカのダートマス大学で開かれた会議の場でした(その時はAIではなく「Artificial Intelligence」)。これは世界初のデジタルコンピューターENIACが開発されてからわずか10年後のことです。その後、1970年代には必要な理論はあらかたそろい、1980年代には第5世代コンピューターと呼ばれる日本の国家プロジェクトによる人工知能研究の登場もあり、AIが実現できるのではと期待が高まりました。
ただ、当時のコンピューターの能力では計算が遅すぎて、何の役にも立たないと判断され、AIそのものが役に立たない学問だと見なされるようになりました。これが第2次AIブームの頃の話です。ところが、2000年代に入って、コンピューターの計算能力が飛躍的に向上し、ニューラルネットワーク(※3)などの理論が実現できる可能性が高まり、商用システムが次々に登場しました。その後、大規模言語モデルも実用化され、現在は第4次AIブームに入っています。
中山第5世代コンピューターには賛否がありましたが、確かにAIにとっては冬の時代が続きました。ただ、その期間も関連性の高い数理研究は継続されていました。私自身がAIの研究を始めたのは1990年代初頭のことですが、当時は思考を捉える手法にも限界がありました。
そこで登場したのが、赤間先生も貢献されてきた「直観主義論理」です。命題を「真か偽のいずれか」と考える古典論理と異なって、「真と偽の間に無限の領域がある」と考えるものです。命題に対して多様な認識を追加して表現する様相論理学などもその1つ。1990年代から2000年代にかけてこうした非古典論理学が発展し、“冬の時代”と言われながらも理論的にはAI研究が発展していきました。論理発展とコンピューターの処理能力の進化が相まって、1970年代からあったニューラルネットワークをAIの学習に応用可能となり、現在のブレークスルーにつながったのです。
しかし、今の生成AIはビッグデータをニューラルネットワークで学習することで、もっともらしい回答を返してきますが、その背後にある意味は捉えていません。意味を理解しないまま、記号として用いた言葉をつなげて、あたかも意味のあるもののように見せているわけです。これに対して論理型AIは、人間が持っている概念を元に命題の意味を正しく捉えて、記号に意味を与えることを目指すものです。
赤間もう1つ、論理型AIが持つ大きなポイントは与えられた意味を使って推論し、結論を導き出す「アブダクション」という考え方を用いていることです。生成AIでは、常識的な知識から一般的な規則を求める帰納的な推論は得意ですが、アブダクションは帰納推論とは異なり、仮説を推測する創造的な思考です。生成AIに見られるような、導き出された結論から見て全体が正しく構成できているかを判断する方法とは逆のアプローチです。そのため、論理型AIでは、導き出された結論からAIが意味を正しく理解しているかを確認することができるようになります。
――AIが抱えている課題を解決するためにどんな研究をしているのでしょうか。
中山私のアプローチとして、論理型AIの研究をベースにしつつ意味の捉え方を補い、記号に意味を与えるために汎用的なデータ分析の手法である「ラフ集合論」を応用し研究に取り入れてきました。ラフ集合論とは、近似的に集合を分類し、対象の粗さを表現することであいまい性を扱えるようにした理論です。人間の抽象化や具象化の思考に即した処理に応用できるもので、赤間先生と公立千歳科学技術大学の村井哲也先生が先駆的な研究を行い発展させてきました。近年はラフ集合論に加え、意味の真理的な度合いを表現する注釈論理も併用して推論を行うことで、コンピューターが意味を理解できることを目指しています。
赤間注釈論理についてもう少し説明しますね。例えば、Aという命題が真か偽かと考える時に、未定や矛盾を表す真理値の要素からなる注釈の集合を持たせることで判断をファジー的に、つまりあいまい性を表現できるようにするものです。
――なるほど。では、「あいまい性」を理解する能力は、どのような分野でAIを活用する時に、効果を発揮するのでしょうか。
中山例えば、人間の意思決定が必要となる分野です。1つの命題に対してさまざまな注釈を付け加えることで、意思決定者にとって「望ましい」と「望ましくない」という両方の度合いを多角的に表現できるので、幅広い視点からの評価が可能になります。これを意思決定に使うと、多様な意見や諸条件を考慮しながら、重みを評価して合計し、判断の信頼度を表現できます。これは、異なる意見を持った人の判断を数値化したことと同じといえます。
注釈論理に基づく論理型AIは、ある情報を単純に正しい、正しくないに切り分けるのではありません。専門的知識に基づいて、情報の中に含まれる矛盾した状況や内容も判断しつつ、その内容を人間が直感的に理解できるような形で、高い信頼性を持った表現を可能にします。応用の1つの形として、ベテランや各分野のエキスパートの暗黙知を形式化することにも適しているでしょう。一方、生成AIは記号からのみの学習であるため、暗黙知は扱えないのです。
赤間医療診断の領域も有効な分野です。以前、人間の判断を支援するためのエキスパートシステムが数多く登場しましたが、医療診断については厳密なモデル化はされませんでした。理由は、入力された質問の意味を正しく解釈できなかったからです。例えば、体温は数値化されていますが、「痛い」というのは数値で測れないあいまいな表現です。そのため、コンピューターでは判断することができなかったのです。
また、最近では医療情報の膨大なデータがあり、分析疫学における手法の1つであるコホート研究ではそれらのデータから地域による病気の傾向を分析して、医師の診断に役立てることができます。しかし、そのデータを利用する医師のスキルや考え方でも診断結果が異なり、その上、同じ診断であっても説明を受ける患者によって受け取り方が変わる可能性もあります。
物事を判断する際にある程度の段階までデータを利用する点では経営戦略システムに近いものがありますが、医療の世界では生命という大きな責任を伴うため、簡単に失敗した時の言い訳にはできない。そのため、いくら膨大なデータがあっても、今の生成AIに任せることはできず、医療診断では有効に使われていません。この問題に、今研究しているラフ集合論や注釈論理といった基礎的な論理がいずれ役立つと思っています。
――これからのAIはどう変わっていくのでしょうか。また、そこでお二人の研究はどう生かされるのでしょうか。
中山言語的会話の技術はChatGPTの登場で大きく発展しました。ただ、表面的な記号をつないだ確からしさがあるだけで、本質的には理想のAIには近づいていません。これから求められるのは、意味を理解することで倫理観や道徳的判断を支えることです。例えば、自動運転で自律的な判断ができるようになるには倫理的、道徳的な判断が必要。どちらに曲がっても事故が起きてしまうような状況では、選択肢の価値を判断し進む方向を決めなければなりません。意味を理解し、推論から未来の出来事を予測し、意志を持って判断することが求められるのです。AIが倫理的、道徳的な価値観を持って判断できるようになれば、人間とAIで本当の意味での会話が成立します。そのために道徳的な判断を行う基礎として注釈理論とその拡張に取り組んでいきます。
赤間AIにまつわる話題の1つに「シンギュラリティ」があります。つまり、AIが人間の能力を上回るようになる、というもの。「本当にAIが人間を上回れるか」などはまだ理論的には検証されていません。AIが道徳観を持つのかどうかも同じです。「すでにAIは人を上回っている」と言う人もいるかもしれません。しかし、AIが自律的に進化して、人間を敵と見なして奴隷にしようと考えなければ、人間を上回ったことにはならないと見ることもできます。今、そういう理論はできていないわけです。また、「正解を回答できれば良い」と考える一部の研究者は「すでにAIは完成した」と言うかもしれません。しかし、まだ実用化されていないものの、高速で計算ができる量子コンピューターがあり、自律性のようなAIの基礎となる人工生命の研究も進んでいます。これらのことも踏まえて総合的に発展させないと真の意味でのAIにはならないでしょう。
――AIが道徳を理解し人間らしさを持った時に、人間とAIはどう共存していくのでしょうか?
中山全知全能になったAIが自分の判断で動き出すと、単なる道具ではなくなり、人間の言うことを聞かなくなる恐れもあります。それを防ぐためにも、ロボット三原則にあるように、必ず人間を守り助ける存在になることが理想です。現実世界でも人間の道徳は測りきれないものですが、道徳心を持つことは自律的な行動に責任を持つことでもあります。その意味で今のAIには責任能力が欠如しています。人間とそっくりに振る舞っても、その実は吐き出される文章に意味も意図も持たない「ゾンビ状態」。道徳心を持っているのかどうかも分かりません。だからこそ数値や論理の面から道徳を研究して、AIの意思決定に取り入れていくことが大事なのです。
赤間AIが常識を持つことは、人間が考えていることをAIが理解することです。そうなることで、AIが人の能力を超えても人間がAIを使える社会になることが理想です。一方で犯罪の手口はAIによってより巧妙になるかもしれません。このままでは道徳的問題や社会的な問題が発生してくるでしょう。それは、道徳の定義が難しいから。例えば、会社の会議に遅刻しないで参加するという道徳を教え込まれたAIが、出勤途中に交通事故を目撃したとします。助けていたら遅刻しますが、道徳的な行為だからと助ける方が良いのが普通です。ただ、その会議にとってAIがとても重要で、遅刻したために会社が倒産してしまう場合はどう判断するか――こうした場合が難しいわけです。
中山重要なのは道徳の程度をどう見るか。医療や法務にAIを利用することができないのは、その説明が不十分だからです。道徳的な説明ができることによって、AIが出した結果が人間から受け入れられれば、お互いに信頼が生まれて実用化が進んでいくはずです。BIPROGYでは2020年2月に「AI倫理指針」を発表して以来、AI倫理がどうあるべきかを追求してきました。個人のプライバシーや多様性、公平性を損なうことなく、人間中心を前提としたAIの社会実装を目指すことが大切です。AIが適切な振る舞いをできるようにするには、道徳を数学的、論理的に示して、AIに内省的な推論能力を加え、記号に意味を持たせることが重要。人を理解したAIが人と共により良い社会をつくるような未来を創り出していくことが、私たちの大きな研究テーマです。
中山陽太郎は、知的意思決定支援に関する国際会議「14th KES International KES-IDT-2022」において最優秀論文賞を受賞しました(論文タイトル「Four-valued Interpretation for Paraconsistent Annotated Evidential Logic」)。本賞は、英国の知識工学を中心とする学会KES Internationalが主催する14th KES International KES-IDT-2022において最も優秀な論文に授与されるものです。
また、2023年5月に中山の博士論文をベースとした書籍がSpringer Nature社より発刊されました。『認識状況計算に基づく粒状化計算 - 常識推論への新たなアプローチ』(著者:赤間世紀、中山陽太郎、村井哲也・著/Springer Nature社/2023年5月)
――まず、事業開発プロジェクト「DiCE」をスタートしたきっかけを教えてください。
大槻BIPROGYは、これまでも企業・地域と連携して新規事業を創出し、私自身も担当者として多くのコンソーシアムに参加してきました。課題に感じたのが参加者の温度感です。全員が事業化に向けて必ずしも本気で臨んでいるわけではなく、情報収集のために参加する場合もある。私たちには「社会課題の解決につながる新しい事業を、パートナー企業の皆さんと一緒につくっていきたい」との思いがあるため、新規事業に直結するコンソーシアムを、自分たちで立ち上げました。当社の強みである「デジタルで社会とつながる」ことをテーマに掲げ、それに賛同する企業に参画していただきました。
香川eiiconは、日本企業の新規事業創出のためにオープンイノベーションに取り組んでおり、私は大企業を支援する部門の責任者をしています。かねてから「日本企業を元気にするには、大企業のアセットを開放してスタートアップの技術とイノベーションを結びつけることが重要」と考えていました。DiCEの狙いは、複数の企業間のデータをn対nの関係で連携させることによる新規事業の創出だと聞き、まさに私たちのビジョンと一致していると感じました。また、参加企業が事業構想を事業化するために、当社からも力強くコミットメントしたいと考えていたので、BIPROGYと一緒にチャレンジしたいと考えました。
山形これまで当社もさまざまな形でオープンイノベーションに取り組んできました。その中で蓄積してきたノウハウや、スタートアップ各社と築き上げてきた関係性、多様なファンド情報を本プロジェクトで活用できれば、との考えもありました。
――他のコンソーシアムとの違いはどこにあるとお考えでしょうか。
大槻最大のポイントは、事業化に向けて参加企業と同じ視点に立ち伴走し、ともに汗をかいて取り組んでいくと決めた点です。eiiconさまと一緒にやろうと考えたのも、きれいな絵を描くだけのコンサルティングではなく、新規事業創出を強力にアシストできるよう、「クライアントと一緒に泥臭く絵を描いていこう」と言ってくれたからです。
データ連携を掲げた点も大きな特徴です。BIPROGYでは「Foresight in sight」をコーポレートステートメントに、さまざまな企業や団体との有機的な連携に尽力しています。そこで求められる先見性と洞察力を磨くには、各社が持つデータを連携させ、1社では見出せなかった視点を得る必要があります。当社ではこれまでに、データ活用ニーズの高まりを予見し、生活者が自らの意思で連携先を選択するデータ連携基盤「Dot to Dot」を構築して実績を上げてきました。この成果をベースに、さらにデータ連携を加速させるために大企業とスタートアップを結びつける活動をしたいと考えていました。
香川今は「オープンイノベーション3.0」という言葉が使われるように、新しい事業を生み出すには複数企業を巻き込んだ形が主流になっています。しかし、実際には複数企業間での「データ連携」にとどまってしまい、真の目的である「データ活用」までは踏み込めていないのがほとんどです。その意味でも、チャレンジしがいのあるプロジェクトだと思いました。
――DiCEに参画された中核企業としてはどんな思いや狙いがあったのでしょうか。
猪俣あいおいニッセイ同和損保のデジタルビジネスデザイン部は、外部とのオープンイノベーションを軸に新規事業を立ち上げるために新設された部署です。当社は保険会社ですが、今後、オープンイノベーションによって保険以外の領域のビジネスを創出したいと考えています。DiCEに参画した理由は大きく2つ。1つは、先ほど話題にあがったように、他のコンソーシアムでは、「汗をかいて事業化を必ずやり遂げよう」という意志や熱意に参加企業ごとのばらつきがあり、思ったような成果を得られていなかったことです。DiCEの枠組みでは事業化に向けたコミットメントがとても強く感じられましたので、参画を決めました。
もう1つが、DiCEがテーマに掲げるデータ連携に関心があったからです。保険会社はデータの宝庫のようにいわれることがよくありますが、私たち自身ではデータの活用方法がなかなか見いだせていません。データを活用してビジネスを展開するトレンドがある中で、外部企業であれば、私たちが持っているデータの活用策を見いだしてくれる期待感がありました。また、BIPROGYのデータ活用のノウハウを知見として自社に取り込みたいとの思いもありました。
杉山私は朝日生命のデジタル戦略企画部 ASAHI DIGITAL INNOVATION LABに所属しています。部のテーマは新しいビジネスモデルの創出とお客さまへの新たな付加価値の提供です。そのためにメタバースの運営、生成AIの活用、新たな保険サービスの提供の3つを主軸として活動しています。
プロジェクトに参加する前から、「新規事業を創出するには自社のデータだけでは足りない」という課題意識を持っていました。生命保険会社としてお客さまの一生に寄り添うことをテーマにはしているものの、お客さまのデータを取得できるタイミングは保険契約時や保険金のお支払い時などに限られるのが現状。日頃、お客さまがどんな生活をし、どんな課題を感じているのかは分かりません。これらを他社とのデータ連携によって解決できるのではないか、と考えたのがきっかけです。お客さまの日々のライフタイムイベントを察知し、今抱える課題が分かるようなデータを取得できないか、そしてそれを活用することで今まで以上にお客さまの人生に寄り添うことができる事業を生み出せないだろうか、と期待しての参画でした。
――どのような新規事業の創出に取り組まれたのでしょうか。
猪俣私たちは2つのプロジェクトを手がけました。1つは交通事故の未然防止。ITやIoTを活用し学校業務や子どもの安全を支援するスタートアップ「ドリームエリア」とタッグを組みました。ドリームエリアが開発するIoT端末を児童などに装着してもらい位置情報を把握し、自動車側と歩行者側にアラートを発信することで、事故を未然に防ぐものです。プログラムの期間中に三重県鈴鹿市で実証実験を実施し、ニーズの確認とともに初期的な通知が可能な段階までは実証できました。将来的には交通事故そのものがなくなることを期待しています。
もう1つは従業員のメンタルリスクを事前に把握して未然予防ケアにつなげるサービスです。当社のサービスには従業員に補償を提供する企業向けの所得補償保険がありますが、就業が不可能になってから補償するのではなく、その前に従業員の方々の体調管理を行い、特にメンタル面でのトラブルを事前に回避していただければ、と考えました。このサービスでは、さまざまなデータから「感情の可視化」に取り組む企業「Olive」が提供する、AIで人の感情を予測するソリューションを活用しています。パソコンの内蔵カメラ等の映像から感情を分析し、リスクの予兆を感知する仕組みです。実証実験まではたどり着けなかったのですが、企画構想はまとまったため、今後、所得補償保険の付帯サービスとして検討していきます。
杉山朝日生命としては、主力商品の1つが介護保険ということもあり、認知症の予兆検知から予防改善、治療と介護支援までトータルでサポートできる事業開発に取り組みました。これらに取り組むスタートアップ「CogSmart」「FOVE」とともに、認知症の早期発見と対策を実現する認知機能リスク評価、機能改善サービスの提供を通じ、新たなアライアンスコミュニティーを創出することを目指しました。具体的には、FOVEのVRゴーグルを使って認知機能の低下をチェックするサービスを提供するとともに、CogSmartのウェアラブル端末で、運動によって脳の海馬を育成するアプリの提供も手がけました。これらのソリューションを通じてお客さまが何歳になっても自分らしく生きることをサポートできればと考えています。
――プロジェクトを進めていく上で大変だったのはどんなところでしょうか。
香川朝日生命さまのプロジェクトでは当初、現状は取り込めていない若年層をターゲットにしたい、というところからスタートしていました。しかし、途中で方針転換して朝日生命さまのメイン領域である介護保険に関する事業に行き着いた経緯がありましたね。
大槻最初は大きめの粒感で始まったプロジェクトが、スタートアップ各社と会話を重ねるなどして事業構想の内容が細かく具体化されていくと、社内外からもさまざまなフィードバックが出るようになります。それらを受け、改めて構想を見直して方針転換を図るのは、新規事業開発ではよくあるケースです。今回は、最終的に認知症をテーマに据えるまで丁寧に社内の合意を取ったことが、実証実験の段階まで進められた成功要因の1つだと思います。
杉山テーマを絞り込むところから伴走してもらい、最初は広くお客さまの人生に寄り添うにはどうしたらよいかを考え、議論を進めていました。しかし、経営陣の示唆もあり、プロジェクト始動から半年ほど経過したところでテーマを認知症に変更しました。残された期間が少ない中、途中段階での方針転換は非常に苦労しましたが、BIPROGYさんやeiiconさんには親身になって協力していただきました。スタートアップ企業を探すところから仕切り直ししてもらい、大変感謝しています。
テーマを認知症に決めると、大槻さんも香川さんも、これまでの方針からすぐに切り替えて相談に乗ってくれました。短い期間で新たなテーマを深掘りして事業案を練ることに不安があったのですが、お二人に何度も会社に足を運んでいただいて、長時間に及ぶ打ち合わせをして伴走してもらったことで、ここまで形にできたと思っています。
大槻まさに、ここが力の入れ時だと捉え、しっかりと汗をかかせていただきました。成功するか失敗するかは別として、少なくともDiCEとして事業化の一歩手前までは持っていこう、ということはプロジェクトを進めている最中にも言い続けてきました。それが実現できたのはプロジェクト全体としても大きな成果だと思います。
山形私も、今回の朝日生命さまのプロセスはとても良いモデルケースになったと感じています。データ活用は実現可能な範囲が広いが故に、企画段階でさまざまなアイデアを詰め込みすぎてしまい収拾がつかなくなる事例も多いのです。その点をきちんと見定め、軸足を決めてスタートできたことが良い結果につながったのだと思います。
――DiCEでの取り組みをどう評価されていますか。
大槻プロジェクト立ち上げ当初はDot to Dotを活用したデータ連携を主軸にしていました。しかし実際に走り出してからは、各社の事情を第一に考えていきました。「汗をかく」というのは、相手の環境に合わせていくこと。たとえ新規事業創出という同じ目標を持っていても、企業によってある程度その道筋が見えていたり、課題の整理は未着手だったりと、そのフェーズは異なります。背景の異なる企業・人財をひとまとめにして、一斉にコンソーシアムとして推進しても成功にはほど遠い。今回、eiiconさんに参加企業ごとの担当者をアサインしてもらい、そこに私と山形も加わって各社の取り組みに深く関わりました。1社ごとにしっかり向き合い、各企業のフェーズに合った伴走をすることがとても大事なのだと再認識できました。
香川当初から見据えていたのは、最終的な事業化に向けて各社のプロジェクトがゆくゆくは事業化として期待ができるプロジェクトの骨格を作り上げること。そこに向けてブレることなく、いろいろな道をたどりながら、それぞれがプロジェクトの山を登っていけました。
杉山これまで新しいことをやろうとすると、「1対1」とか「このデータは渡せない」とつい考えてしまいがちでしたが、n対nといった複数者間でデータ連携するということの意識付けが変わりました。今は、2社と実証実験を進めていますが、今後もサービスを広げるために、データの取り扱いには最大限の配慮をしつつ、積極的にデータ連携による価値提供を目指します。
猪俣n対nのデータ連携で実現するソリューションを事業化する上で、お客さまにどう使ってもらうのか、どんな利便性を感じてもらうのかという最終的な価値提供の視点が必要だと気付きました。今回立ち上げた企画を確実に事業化するとともに、今後はアウトプットの視点も磨き、より良いソリューションにしていきます。また、プロジェクト推進段階では、ペルソナ作成や実証実験の検証といったところまで細やかに支援していただけたことが大きな励みになりました。
山形「データ連携基盤であるDot to Dotがこういうところに使えるんだ」と実感できたことが個人的にはうれしかったです。活用事例が1つ増えれば、次の使い道も見えてきます。その事例づくりができたことは、BIPROGYとしても大きな一歩だと思います。
香川企業間のデータ連携を増やすというのは、日本経済の発展という観点でもプラスに働くところは大きいと思います。Dot to Dotを活用したDiCEというプロジェクトを、単なるBIPROGYのソリューションとして提案するのではなく、取り組む事業の内容から一緒に考えて、汗をかいて伴走してきたからこそ、それが実現できたのではないでしょうか。
――最後に、DiCEの今後の展開についてお聞かせください。
大槻第1回の取り組みを通じて、事業化に向けて汗をかいて伴走することの重要性が証明されたように思います。だからこそ、今私たちが最優先に取り組むべきは今回の事業構想を推進し、事業化を実現すること。そのため、第2回以降のDiCEプロジェクト開催のことは今のところ考えていません。ですが、今回生まれた事業構想を育て、展開することで、こうした取り組みに参加したいと思ってくださる方々を増やせたならば、次回以降の実施も考えていきたいと思っています。併せてBIPROGYとしても、今回の取り組みがお客さまとのコミュニケーションの在り方、そして社会との関わり方の新たなロールモデルになれば、と期待を膨らませています。
――はしもとさんがつくる「肖像彫刻」について教えてください。
はしもとはるか昔から動物の彫刻はたくさんつくられています。古代エジプトの猫やライオンなどの動物彫刻は有名ですよね。私がつくる肖像彫刻は「犬」や「猫」といった種族のくくりではなく、名前のある「個」をテーマにしています。例えば、「犬」ではなく「ハチ公」をモチーフにするのが肖像彫刻です。「飼っている動物の肖像彫刻をつくってほしい」などのご依頼を受けて、世界に一体の“その子”を彫っています。私以外に動物の肖像彫刻を専門につくっている人というのは聞いたことがないので、珍しいかもしれません。
――彫刻家としての道を歩まれる中で、影響を受けた人はいらっしゃいますか。
はしもと主に二人います。まず一人目はアルベルト・ジャコメッティというスイスの彫刻家です。19歳の時に『ジャコメッティとともに』という本に出会い、彫刻という世界の深さに感銘を受けました。この本は、矢内原伊作という哲学者が肖像デッサンのモデルをしながら、ジャコメッティと話した内容を書き留めた手記です。読み進めるうちに、一人の「個」という存在と向き合うことで対象の本質を表現するための答えが見えてくる、そういった深さを感じたんです。「私もこんな仕事がしたい」と思い、後に彫刻の道に進むきっかけになりました。
二人目はバラエティ番組の司会など多彩な活躍をされているタモリさん。昔からタモリさんが出ているテレビ番組は欠かさず観ています。今は終わってしまった番組ですが、『笑っていいとも!』で日替わりゲストが登場する「テレフォンショッキング」を観る度に、「タモリさんって本当にすごい人だな」と感じていました。ゲストが話す内容に「そうだね~」と相づちを打っているだけなのに、来る人来る人の魅力を引き出していて、観ている側もすごく面白い。
個性を引き出すプロですよね。まさにそれは、肖像彫刻をつくるうえで大切なこと。来る犬、来る猫には、その子らしさが必ずあります。私が気を張ることなく、動物たちにとってテレフォンショッキングのタモリさんのような存在になれれば、その子たちの個性がにじみ出る良い彫刻づくりにつながるのだと思っています。
――彫刻のモチーフはすべて動物ですが、子どもの頃から動物がお好きだったのでしょうか。
はしもと子どもの頃、動物のテレビ番組を見たことがきっかけで動物に興味を持ちました。小学3年生の時には近所で生まれた子犬を飼わせてもらえることになったんです。生後1カ月でお迎えした子犬は本当にかわいくて、名前を呼ぶと私の元に来るぐらい仲良くなれたのですが、残念ながら病気ですぐに亡くなってしまいました。この経験が真正面から動物の命と向き合うきっかけの1つになったと思います。
それから、15歳の時に起こった阪神・淡路大震災も、動物に対する思いが強まる経験になりました。私が住んでいた兵庫県尼崎市は揺れが大きく、被害も甚大でした。地震直後に外に出るとシーンと静まり返って、いつも聞こえていた犬や猫の鳴き声や鳥のさえずりが一切聞こえない。動物たちはどこに行ってしまったのでしょう。
昨日までそこにあったはずの、たくさんの命の動きも音もなくなってしまった。大きな喪失感の中で、私の「動物が好き」という気持ちは、その子が存在していた空間そのものが好きなんだと気が付きました。視界に入らなくても、同じ空間を共有しているだけで存在がいとおしくて、触れたり撫でたりするともっといとおしくなる。そんな愛の塊のようなものを表現する生き方がしたい、という思いが芽生えました。
――動物たちへの愛を表現する方法として、美術の道に進まれたきっかけを教えてください。
はしもと理数科を専攻していた高校2年生の時、生物の授業でレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた解剖図を目にしたんです。当時の匂いや音、息遣いまで聞こえてきそうな絵を前に、こんなに美しい研究があるのかと衝撃を受けました。それから美大を志し、放課後は大阪にある夜間の美術予備校に通ってデッサンなどの美術の基礎を学びました。
ハードな毎日でしたが、絵を描くことが楽しすぎて大変さよりも情熱が勝っていたのを覚えています。その分、高校では大好きな理科以外の成績はボロボロ。同じクラスの子はみんな真剣に理数系の大学受験を目指している中で、一人だけ絵にのめり込んでいるという異色の存在だったと思います。初めは親や先生も心配していましたが、「美術の道に進むのなら仕方ない」と思ったようで温かく見守ってもらいました。
――絵画や版画などさまざまな表現方法がある中で、彫刻の道に進まれたきっかけは何だったのでしょう。
はしもと美大を受験する前に、美術予備校で科を決めておく必要があるのですが、私が通っていた学校はデザイン工芸科と油絵科しかありませんでした。私はデザイン工芸科を勧められ、デザイン科、工芸科の両方を受験する方向で学び始めました。デザイン科ではデッサンの大切さを学び、工芸科では立体造形を学びました。東京藝術大学を目指していましたが、3浪して合格をしなかったので「自分には何が合っているのだろう?」と考えて、たくさんの本を読みました。
その時に、彫刻家に関連する本がとても心に響くことに気が付いたんです。子どもの頃から『高村光太郎全集』を好んで読んでいたのですが、高村光太郎が彫刻家だと知ったのもちょうどその頃。『ジャコメッティとともに』を読んで抱いた彫刻の世界への憧れもあって、4度目の美大受験の願書を提出する直前に、「彫刻をやってみたい」と自分の意思が明確になりました。3年も別の科の勉強をしたのに、別の科を志望するという突拍子のなさに、親も予備校の先生も心底驚いていましたね。でも、私としては気づいてしまったのだから、この情熱は止められません。
そして、彫刻の世界から呼ばれるかのように、東京造形大学の彫刻科に良い成績で合格できました。素晴らしい彫刻家でもある先生方のもとで、4年間彫刻を伸び伸びとつくらせてもらうことができ、今でもこの大学に通えて良かったと思っています。
――美大時代に初めて動物の肖像彫刻をつくられたそうですね。
はしもと私は大学2年生の時に、学生ながら生後6カ月の犬を飼い始めました。今ではあり得ないと思いますが、大学にも許可をもらって一緒に通学もしていました。それが、初代の月くんです。この子と過ごす喜びを残したくて、そして月くんにも喜んでほしくて、大きさも見た目も月くんそのままの肖像彫刻をつくりました。冬休みの課題として提出したら、先生は「絵画が飛び出してきたような彫刻だね」と仰ってとても驚いていましたね。
一般的に木彫の彫刻では彩色をしないので、彫刻科でも色の授業はありません。そのため、彩色した彫刻というのも珍しかったようです。私は美術予備校で絵画、デザイン、工芸を3年間マルチに勉強していたので彩色ができたんです。加えて、動物をモチーフにするのも、一頭の個体を彫るのも面白いということで、学内での評判は上々でした。
すると、先生から「僕の犬も彫ってくれない?」なんて言われ、アルバイト先でも「うちの犬を彫ってほしい」と言われるようになりました。ご依頼を受けて丁寧に彫刻をつくっていたら、その彫刻を見た別の飼い主さんから「ぜひうちの子も」と人づてに依頼が舞い込むようになり、それが途切れることなく今の私の「仕事」になっています。「動物と暮らす」という私の純粋な喜びが周りにも連鎖していくようで、本当にうれしいことですよね。そこに、「自分を表現しよう」「技を見せよう」という私の「我」が入っていたら、ここまで続かなかったと思います。飼い主さんが望んでいる彫刻はその子そのもの。ですから、自分が空っぽの器になって受け入れるような感覚で彫り進めていくんです。無理に個性を引き出そうとせず、自然ににじみ立たせるように。まさしくタモリさんになったつもりで、モチーフになる子たちと接しています。
――肖像彫刻の制作過程を教えてください。
はしもとまずはモチーフになる子に直接会って、30分ぐらい動きなどをよく観察してからササっとスケッチを1枚起こし、そのスケッチと頭の中のイメージを元にアトリエで彫り進めていきます。亡くなってしまった子の場合は、写真などの資料を見せてもらいながら、「どういう性格の子だったか」「何をしているときにその子が一番喜んだか」といったヒアリングをしっかり時間をかけて行います。
ポーズはその子が喜んでいる時に取る姿をつくってあげるようにしています。喜びを感じてスヤスヤ寝ている姿など、私はその子らしい自然な動きが一番美しい瞬間だと思うんです。たまに、その子が取らないポーズを指定されることもあるのですが、それだけはお断りさせてもらっています。「こう動かしたい」という人間の思いに従わせたいのなら、ロボットやAIで事足りますよね。思った通りにはならない動物だからこそ、かわいいし面白い。それを踏まえて彫刻として表現し、感じ取ってもらう。そうでなければ、あらゆる楽しみがなくなってしまうような気がします。
――制作過程で最もこだわっているのはどんなポイントですか。
はしもとこだわりとは言えませんが、私の場合は「できないことを無理にやらない」ですね。実は、私は木彫の基礎を全く知らず、刃物の難しい研ぎ方もわからないんです。大学1年生の時、木彫の最初の授業で誤って彫刻刀で手首を切って大けがを負ってしまいました。その期間は木彫りの授業を受けることができませんでした。だから、私が使える道具は、けがの前に使い方を教わったチェーンソーと刃が真っすぐで研ぐのが簡単な平刀だけ。それでも木彫が好きなので、限られた道具を駆使して彫刻をつくってみたら、「動物の生き生きした感じが出ているね」と先生が褒めてくださったんです。技術としては未熟でも、そこが彫刻の味わいや遊びになる。大学生の時の経験は、きっと神様が「できないことはムリにやらなくてもよいよ」、と教えてくれるための大切な機会だったのかなと感じています。
――制作の途中で行き詰まってしまうこともあるのでしょうか。
はしもと制作を始めてから20数年、行き詰まるということはありません。1000年くらい続けたら行き詰まるかもしれないですが、私の生涯では足りないでしょうね。彫刻は地球に存在するあらゆる物の模倣をするようなもので、とにかく深い。行き詰まるどころか彫刻をつくるたびに新しい発見があります。最近つくった猫の場合は、お父さんとお母さんがその子にかけた愛情を遡って考えてからつくり始めてみたんです。まるで私が親猫になったような気持ちになりました。それから木を彫っているので、木の命について考えることもあります。木自身がなりたい形があり、それに逆らいすぎると木目が割れてしまって良いものができない、これも発見です。木が「刃向かってくる」、こうした表現も刃物から来ているのかなと考えるのも、日本語の発見。小さな発見から、宇宙のようにインスピレーションが広がるような感覚がずっと続いています。自分の心が高揚していないと、良い彫刻はつくれません。こうした子どものような感覚を持ち続けるのも、大事だと思っています。
――完成した肖像彫刻を見たお客さまの反応はいかがですか。
はしもと「うちの子」がこの世にもう一体現れたように感じるようで、皆さん見た瞬間に撫でていますね。それから、彫刻を自分たちの隣に置いて、楽しそうに写真をたくさん撮られています。一方で、すでに亡くなられた子の彫刻を依頼されたお客さまの場合は、「おかえり」という思いで涙が止まらない。私自身、動物たちはかけがえのない家族だとよく分かるので、その瞬間は何度立ち会っても感動します。天国にいるような不思議な感覚ですね。
――生成AIなどの新たな技術が誕生し、社会を大きく変化させています。はしもとさんの中で、「変わらないもの」は何でしょうか。
はしもと私はデジタルが大好きで、VRや3DCGを活用した制作もしています。このアトリエにはロボット掃除機やスマートスピーカーもありますし、生成AIと会話をすることも。とても便利で私たちを楽しませてくれるものですが、マシーンは無感情で笑ってはくれないですよね。でも人間は、日常で面白いことがあれば笑うし、星を見上げて「きれいだな」と喜ぶ。そこは、人間だけが赤ちゃんの頃から持ち続けているもので、社会が変わっても決して変わることはありません。私がずっと肖像彫刻をつくり続けてきて思うのは、楽しくなければ続かないということ。人間は楽しむ力を持っているからこそ、あらゆる新しいことを考えて創造できる神様みたいな存在だと思っています。
――今後はどんなことを目標に取り組んでいきたいですか。
はしもとまずは、できる限り多くの肖像彫刻をつくっていくこと。いずれは愛犬・愛猫も一緒に入れる美術館をつくりたいと考えています。展示するのが私の彫刻であれば、犬や猫に粗相をされても問題ありません。理想は、美術館のほかに温泉、本屋、カフェ、ライブができる音楽ホールなども備えた1日中楽しめる総合施設。日本では動物たちを連れて入れない施設が多く、そのお留守番が心配で美術館の展示を急いで見て帰ったという残念な話も耳にします。時間を気にせず飼い主も動物たちと共に過ごせる場所があれば、双方が幸せですよね。
私が叶えたいのは、人間も動物もフラットに共生できる社会。大学時代に先代の月くんを飼い始めた時、奇跡的に「犬もどうぞ」と学校に入れてもらえて、バスにも乗せてもらえた。その経験があったからこそ、肖像彫刻は生まれました。やはりものづくりの原点にあるのは、喜びや幸せといった感情です。そうして生まれた何かが次の誰かの喜びや幸せにつながっていけば、日本のものづくりももっと発展していくと思います。
――まずは、ペアを組んで1年目が終わった今、2023年の1年間の活動について率直な感想をお聞かせください。
岡村私たちは2023年度の日本代表(B代表)に、ペアを組み替えて選出されました。それまでは、二人ともそれぞれのペアにおいては後衛の役割だったこともあり、前衛・後衛それぞれの役割分担や連携面で試行錯誤の連続でした。
ただ、年齢も近く、プレー時の着眼点なども似ていて、練習中や試合中など、お互いに気付いたことはその場ですぐ話し合える関係になりました。二人で話し合いさまざまなトライアルをしながら成長できた1年だったと思います。
三橋2023年はコンスタントに結果を残すことができたと思います。ただ、大事な場面や、あと一歩のところでベストパフォーマンスを出しきれなかった悔しさもありました。お互いの役割分担が曖昧だった部分や、プレーに柔軟に対応するための技術力、状況判断力、メンタルなど、全体的にまだ弱いところがあるので、その点は今後の課題だと感じています。
――2023年は、3つの国際大会で優勝し、また、同年11月の熊本マスターズでは世界選手権2023覇者の韓国ペアを破るなど活躍が光りましたが、その要因はどのような点にあると捉えていますか?
岡村お互い「もっと良くしていこう」との気持ちが強く、負けてもすぐ話し合いをし、改善し続けることができたからだと思います。練習中や試合中だけでなく、試合観戦時やプライベートでも「こんなプレーいいよね」「こんなプレー増やしたいね」と何でも話して、すぐ実践しています。
三橋違うペアでの経験や、国際大会での経験の積み重ねもあり、お互いの技術や経験を生かせたことが、良い結果につながっていると思います。元々は後衛同士なので、自分がネット前に仕掛けにいったときも岡村選手がバックで広く守ってくれている安心感も大きいですね。
――日々、コミュニケーションを密にしていることが伝わってきます。良好な関係を築くために心掛けていることは何ですか?
岡村三橋選手は1つ年上ですが、上下関係を感じさせない優しさと接しやすさがあります。僕は「みっちゃん! ご飯行こうぜ」と友達のように話しかけています。(笑)
三橋僕は特に何も意識していないのですが、それが良いのかもしれません。(笑)
――ペアを組む前から仲が良かったのでしょうか。
岡村はい。以前からバドミントンの話をすることも多く、今もその延長のような感覚です。お互い、やっぱりバドミントンが好きなので、一緒に試合観戦をすることも多いです。
――お互いのどんなところが素敵だと思いますか?
岡村いつも明るいところです。僕はネガティブな部分があって、例えばプレー中、調子が悪いと落ち込んでしまうことがあるんです。そんなときでも「行くぞ!!」と三橋選手は声を出して引っ張ってくれるので、とても助けられています。
三橋岡村は……まず、イケメン!顔がかっこよくて、素敵です。(笑)
岡村えっ、それだけ?内面的なところは?(笑)
三橋思ったことはハッキリ言ってくれるところ。言語化が上手でいつも的を射ているので、意見を言われてもぶつかることがありません。意図がよく分かるので、まずは受け止めて実践しています。良い刺激になっていますね。岡村選手からバドミントンの話を投げかけてくれることが多いので、その流れで僕もいろいろと言えていると思います。
――これまでのバドミントン人生での挫折や苦労、それを乗り越えたエピソードがあれば教えてください。
三橋僕は、大学卒業後、BIPROGYに入社しました。入社当時は、チームのスキルの高さや練習の質など“当たり前”のレベルがそれまでと全く違って衝撃を受けました。先輩からもアドバイスをいただくのですが、その内容や意図がまったく理解できなくて、「ここでやっていくのは無理かも…」と思い詰めたほどです。それでも、「自分にはバドミントンしかない」と思っていたので必死に食らいついていきました。
岡村選手と組み始めてからは、どうすれば自分が成長できるのかが、少しずつ見えてきました。例えば、僕は人からの助言をそのまま理解しようとするとなかなか頭に入ってこないので、一度メモして、自分の言葉に置き換えてインプットするようにしてみました。すると、すっと理解できるようになったんです。「自分の感覚に当てはめる」ことで初めてアドバイスの内容が身に付くと分かってからは、バドミントンの楽しさを改めて実感しています。
岡村2022年までは日々の努力が試合結果につながらず苦しみましたが、地道な努力を積み重ねるしか道はないと思い、少し意識を変えていつもと異なるアプローチに挑戦してみたり、ペアでの話し合いを深めたりと試行錯誤を重ねました。その経験も生かしながら、2023年からは三橋選手とのペアで結果を出せてきていることが、本当にうれしいです。
――現在、特に力を入れて取り組んでいる練習はありますか?
岡村先ほど少し触れましたが、お互いに元々ポジションが後衛でした。後衛は“攻める”ことが求められるので攻撃力はありますが、相手の返球に素早く反応する、隙を見つけてチャンスをつくるなど前衛に求められる細かい技術やスキルが不足しているとも感じています。その部分は、二人で臨機応変に対応できるよう特に意識して練習していますね。
三橋ゲームメイクの能力を磨く必要があると思っています。後衛同士の僕たちは点数を取りにいきすぎる部分があります。ラケットが下がってしまうと次の一手が遅れてしまうので下げないよう意識していますが、その癖もなかなか抜けません。これらの改善も意識しつつ、試合の中での瞬時の状況判断など、羽根を打つ以外の能力も高めていきたいです。
――BIPROGYバドミントンチームの魅力、良さはどのようなところだと思われますか。
岡村コーチ陣の豪華さですね。いろいろな経験を元にアドバイスをいただけているので、本当に価値があります。メンバーは多様な人がいて、バランスの良いチームだと思います。
三橋他のチームより、選手間でアドバイスをし合えていると思います。分からないことがあれば聞いたり、「今の、良かった」など褒め合ったり、コミュニケーションが多いですね。
岡村確かに。バドミントンの話となると特に、先輩後輩の垣根なくいろいろ話せていると思います。
――これまでのバドミントン人生を支えてきた信条や言葉などがあれば教えてください。
岡村『I can do it.』の言葉です。BIPROGY入社直後は、先輩との実力の差に落ち込むこともありました。僕はネガティブなところがあるので、それでひるんでふさぎそうになってしまって。折れてはいけない、なんとかしないと、と思ったときに「できる、できる!」と早川監督から言ってもらえて、すごく心の支えになったんです。それからは、練習中や試合中など、どんなときでも『I can do it.』と自分に言い聞かせています。
三橋しつこくやり続けることです。僕は、やりたいと思ったらしつこくやり続けるタイプ。BIPROGYに入ったときにぶつかった壁も、僕にはバドミントンしかないと乗り越えられた。高校生のときからBIPROGYに憧れていたので、このチームでバドミントンをやれていることがありがたいです。その想いも、「しつこさ」の原動力になっていると感じます。
――最後に、2024年の意気込みをお聞かせください!
岡村前に進む気持ちを強く持って、より結果にこだわりたいです。昨年を超えられるように、勝ち上がって結果を残したいです。またチームとして臨む S/JリーグTOP4や全日本実業団といった団体戦でも、今年は必ず優勝を勝ち取りたいです。
三橋2024年は、今まで以上に貪欲さをもって挑みたいです。トレーニングや試合で、気持ちをブレさせずにやっていくのみ。結果でいうと、全日本総合は優勝したいです。団体戦では、BIPROGYバドミントンチームの一員として今まで以上に誇りと自覚を持って戦いたいと思います。また、年末に世界のトップ8だけが出場できるワールドツアーファイナルズという大会があるのですが、それに出られたら1年間良い結果だったという証明になるので、出場できるように頑張りたいです。
――まず、BIPROGY自身の取り組みからお聞きします。いつ頃からどのような課題意識を持ってカーボンニュートラルに取り組むようになったのでしょうか。
澤カーボンニュートラルの実現が社会的な要請として強まる以前から、私たちは「持続可能な社会の実現」と「持続的な成長サイクルの確立」という2つの側面から脱炭素に取り組んできました。そして、当社では、2030年に向けて進むべき方向性を「Vision2030」として定めています。その実現に向けて「環境長期ビジョン2050」を策定し、RE100(※1)にも加盟しています(2020年7月)。また、私たちの強みであるデジタルの力を活用して気候変動に対応する「ゼロエミッション社会の実現」を掲げ、それに沿う形で当社自身も各種の活動に取り組んできました。例えば、TCFD(※2)への賛同などサステナビリティに関する国際的なイニシアチブへ積極的に参画し、マテリアリティの特定やKPI設定による着実な推進を行う他、社内の意識醸成にも取り組んできました。こうしたアクションは外部からも高い評価を受けています。
新井澤がご説明した流れに加え、私たちの大きな転換点になったのは2018年です。この年、資源エネルギー庁の実証調査の委託を受け、社内に大きな意識変化をもたらしました。脱炭素への取り組みは、2020年10月に菅総理(当時)が「2050年までにカーボンニュートラル達成を目指すこと」を宣言してから社会的に一気に加速した印象ですが、私たちはそれ以前から準備を進めていました。当社では、カーボンニュートラルの視点で提供価値を見直した既存ソリューションと新たに提供を開始したカーボンニュートラル関連ソリューションを「見える化」「オフセット」「クリーンエネルギーの活用・創エネ」「削減」という4つの切り口で整理し、提供しています。
澤TCFDへの賛同やRE100への加盟は、社内外から見てわかりやすいトピックスでしたし、2018年も大きな変化のポイントでした。この頃から、さまざまなソリューションを提供するステークホルダーとの連携も増え、私たちの知見も広がりました。世の中全体を見てもカーボンニュートラルへの取り組みは広がっていますし、特に上場企業には情報開示の動きが広がっています。今後もこの動きは広がりを見せていくと感じています。
新井国の政策も矢継ぎ早ですし、国内外投資家からの期待もあります。こうした状況の中、私たちがお客さまにどのような支援ができるかを日々考えているところです。そこでは当社自身の取り組みから得られた知見やノウハウを役立てていきたいですね。
澤再生可能エネルギーへの切り替えも2021年4月という早期に着手し、Scope3(※3)の算定も2021年度から全15カテゴリーで実施しています。お客さまに、BIPROGYの算定方法を聞かれることもしばしばです。これからも積極的に知見やノウハウを蓄え、お客さまに還元していければと考えています。
――BIPROGYではどのようなソリューションを提供しているのでしょうか。
新井原材料の調達から製造、物流、販売、そして廃棄まで、サプライチェーンの役割に応じた施策を実⾏することでカーボンニュートラルの実現を図ります。そのためにはScopeの1から3までを可視化することが入り口になります。脱炭素の実現には、見える化だけではなく、データをどのように分析するのか、どうやってCO2排出量を削減するのかなど、4つの切り口が一連のものになっている必要があります。こうした発想から、「見える化」に始まり、それぞれの切り口でさまざまなソリューションの拡充を進めています。また、私たちはもともとエネルギー関連のお客さまが多かったことに加えて、非化石証書の取引市場の支援もしております。これらの知見を生かし、お客さまの課題とともに、業界や企業の成長フェーズ、規模などに応じて最適な解決策を選定して提供しています。
――まず、「見える化」ではどのようなソリューションを提供しているのでしょうか。
新井例えば、企業のCO2排出量を可視化する「EcoNiPass」や「アスエネ」「e-dash」などのソリューションを提供しています。今後は製品単位での算定が求められることが想定されます。これを実現するためにはサプライチェーンでのデータ連携が必要となりますが、現状は多くの団体で手法を模索している段階です。この状況は1社で打開するのは困難であり、規格を策定する団体などに参画するとともに連携強化を進めています。
澤Scope3だけではなく、Scope1、2のCO2排出量の算定を正確に行おうとすると、さまざまな課題に直面するのが実情です。例えば、各種のデータをCO2排出量と関連して捉えていく必要がありますし、間違いも許されません。この点を踏まえ、管理部門として捉えた課題意識をビジネス部門と共有することで、ソリューションのブラッシュアップを図っています。
――次に「オフセット」ではどのようなソリューションがあるのでしょうか。
角田当社はこれまで、国の委託を受けた第三者機関としてのFIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)の対象外となる非化石電源の認定業務、および政府が指定する唯一のトラッキング機関であるFIT非化石証書トラッキング事務局として運営業務を行ってきました。2021年11月には、「再エネ価値取引市場」が開設され、非化石証書が従来の小売電気事業者による調達だけでなく、需要家による直接調達と民間事業者による証書の仲介事業が可能になりました。非化石証書を取り巻く制度背景の変化を受けて2022年末頃に開始したのが、環境価値管理サービス「Re:lvis(リルビス)」です。
Re:lvisは、これまで手作業で行われてきた非化石証書の調達から入札、割当までの管理業務をデジタル化し、需要家や証書仲介事業者、小売電気事業者に活用してもらうSaaSです。これまでの私たちの知見やノウハウが生かされたサービスで、社外向けには他に競合するサービスはないと自負しています。
――「クリーンエネルギーの活用・創エネ」においては、どのようなソリューションを展開しているのでしょうか。
倉元所属するビジネス企画部は、脱炭素社会を実現するために、再生可能エネルギーやEV(電気自動車)等のリソースをどのように活用していくのかに取り組んでいます。その中で私が担当しているのは「オンサイトPPA(※4)」向けの「太陽光余剰予測サービス」というソリューションです。太陽光発電は、FIT制度によって広がってきましたが、買取価格の下落により裾野が縮減しつつあり、マーケットでは次なるビジネスモデルとして、需要家が手軽に再生可能エネルギーを導入可能なオンサイトPPAが急速に拡大しております。オンサイトPPAは系統利用コストが不要になるなど、経済合理性の高い再エネ導入方法ですが、一方で、発電量が電力需要量を上回って余剰電力が発生する場合、太陽光パネルの導入量が限定的になるという課題がありました。具体的には、電気を逆潮流させる場合にインバランスリスク(発電の計画値と実際の発電量に差異が生じた場合に付与される金銭的なペナルティ)が発生することから、意図的に太陽光パネルの枚数を減らして発電量を抑制するなど、屋根面積に対する本来の発電ポテンシャルを生かしきれないことがあります。
こうした課題を解決するため、当社はAIにより余剰電力量を予測し、事業者のインバランスリスクの低減をサポートすることで、太陽光導入量の最大化を可能にしております。余剰電力の活用が前提であるため、PPA導入施設の再エネ比率の向上や、余剰電力の売電による収益性の改善が期待できます。当社では大型物流センターを中心に、太陽光導入量の最大化と余剰電力の有効活用を同時に実現するPPAの普及に挑戦しています。このようなモデルを拡大させることで、国内の再エネ総量の底上げを目指していきたいと考えています(参考:再生可能エネルギー活用を最大化する「太陽光発電PPAモデル」構築への挑戦)。
――最後に「削減」ですが、その中心となる「ものづくりDX」ではどのようなソリューションがあるのでしょうか。
岡村私たちが提供する「ものづくりDX」において、主なクライアントとなる製造業は業界全体を通じてCO2排出量が多いだけに、カーボンニュートラルへの取り組みが重要です。ポイントは単なる社会貢献で終わるのではなく、企業価値の向上や競争力強化につなげていくこと。このため、まず現場の改善を目指してリアルタイムにデータを収集し、AIで予測・分析しながら製造業におけるDXを加速させる必要があります。そして、業務効率化と生産性向上を図りながらCO2排出量削減に取り組むという、収益性の向上とカーボンニュートラルの両輪で臨むことが求められています。
当社では、特に組み立て系の製造業をターゲットにものづくりDXのソリューションを提供しています。中心となるのはデータ活用です。データを収集して蓄積し、分析して活用します。そのための誰でも使えるプラットフォームを用意しました。ただ、課題はお客さまによってバラバラです。カーボンニュートラルのために何をしたらよいのかを一緒に考えながら、見える化や業務改善など、お客さまの目的に応じた提案を重視しています。
――今後はどのような展開をお考えでしょうか。お一方ずつ、その思いをお聞かせください
角田非化石証書の取引は、脱炭素を実現するうえで社会からの要請に応えるための有効な仕組みです。正しい理解を促しながら、カーボン・オフセットの有効性を訴求していきます。
倉元マーケットが変動していく中で、当社の価値提供を高めるために何が求められるのかを考え続ける必要があると実感しています。今後は太陽光発電や、蓄電池、EV等の掛け合わせも必須となります。当社のサービスとこれらがうまく連携し、お客さまのプラスになる新たな価値創出を図ることで、再生可能エネルギーを十分に利活用できる社会を創っていきたいですね。
岡村製造業におけるカーボンニュートラルのニーズは高まっています。課題はたくさんありますが、当社には見える化から削減までを支援することが可能な幅広いソリューションがそろっています。製造業の最適なパートナーになれるよう、最適な支援をしていきたいと思っています。
新井2023年5月には、脱炭素社会の実現に向けた考え方や方策を示した「GX(グリーントランスフォーメーション)推進法」が成立しました。こうした点も踏まえ、今後、「カーボンニュートラルが当たり前の世界になる」と考えています。社会課題の解決に取り組む当社自身も真摯に取り組んでいかなければなりません。そして若い世代にその思いと具体的なアクションを引き継ぐために、今後も先陣を切って取り組んでいきます。
澤当社は現在、大きく2つの取り組みを強化しています。まず、社内外の期待に応えるためにも最新のトレンドをキャッチして当社の活動に取り組んでいくこと。そして、実際にCO2を削減し、「2030年に50%削減」との目標をいち早く達成することです。日本企業は手段を目的にしてしまう「グリーンウォッシュ」に陥ってしまうケースもありますが、そうならないために世の中のニーズに率先して取り組み、着実に成果を上げていきたいと考えています。
――BIPROGYは、これまで各地で地域DXに参画されてきました。現在、こうした取り組みにはどのような変化が起きているのでしょうか。
永島これまでBIPROGYは、お客さまの経営課題を解決するためのシステム開発、いわばSIビジネスが中核でした。効率化やコスト削減など経済合理性を追求するため、各種の要件をシステムに実装してきました。そこでは、お客さまとBIPROGYは基本的に1対1の関係でした。
現在は、お客さま企業のシステム開発やその革新を図ることで、ビジネスモデルの変革を行う「企業DX」の実現に加え、未来展望を具現化することも大きな目的になっています。このため、多様なステークホルダーとの有機的な連携を通じて社会的な課題解決を図る「社会DX」という発想のもと、お客さまの事業領域拡大や価値創出に向けて伴走しながら構想を形にしていく事例が増えています。この過程で、共感に基づいた企業連携から新事業が生まれることも多く、お客さまとの関係は1対1だけではなく、1対nになることもあります。
今後、「地域DX」の実現に向けて求められるのが、この「共創」によるコミュニティの形成です。この流れの中で、SDGsなどの社会的要請に共感する企業同士がn対nの関係で結びつき、地域課題の解決に向けた新たな価値創出を図る事例はさらに広がるでしょう。そして、経済合理性ではなく、持続可能性やウェルビーイングを重視する「人間中心」の社会へとシフトしていくと考えています。BIPROGYには、多様な課題解決を図る上で、コーディネーターやコネクターの役割がより強く求められます。その一例は、後段で少しご紹介できればと思います。
――人を起点としたDXへとシフトする、ということですね。中部電力がパーソナルデータを活用した地域DXに取り組むのも、この流れの中で捉えるべきものなのでしょうか。
黒木人口減少という変化の中で、地域社会におけるコミュニティの希薄化は、街の衰退だけでなく当社の存続を揺るがしかねない問題です。住民のみなさんがいきいきと生活することが当社の事業基盤ですので、「コミュニティが活性化し、『ずっとここに暮らしたい』と思ってもらえる街をつくっていく」。このことは、私たちが取り組むべき重要な課題です。
その解決に向けて、地域DXの推進をはじめとした新規事業領域におけるアプローチは大きく2つです。それは、「エネルギーインフラの活用」と「各種データの利活用」。現在、これらを組み合わせて新しいコミュニティの形を提供していこうとしています。そこから生まれたのが、パーソナルデータ(※1)を活用した情報銀行の取り組みです。
この一環として、2020年2月に情報銀行の認定を取得して「MINLY(マインリー)」を立ち上げました(参考 目指すは暮らしのプラットフォーム――「情報銀行」で地域活性化に挑む中部電力)。具体的には、地域に住む個人の好みや生活様式に応じたレコメンドを提供することで、生活者が利便性を実感できるような各種サービスを充実させるものです。将来的には、例えば、買い物でバスを利用する際に、個人の移動データをプライバシーに配慮した形で各交通機関や地域の店舗に提供するなどを視野に入れています。これらの連携が確立されれば、時間や季節ごとの混雑や、人流が集中するエリアが分かります。また、個人にも乗車料金に割引が受けられるなどのメリットがあり、Win-Winの関係構築ができるでしょう。こうした仕組みを創り、「この街に住んでいたい」と思ってもらえるコミュニティづくりに向けて、地域の企業や自治体と日々議論を重ねています。
――具体的には、情報銀行の仕組みをどのように活用されているのでしょうか。
黒木元々顧客も多く、データも収集していましたし、地元の電力会社ということもあり、地域からは厚く信頼されています。大きな課題はデータをどのように利活用するかでした。ポイントは、パーソナルデータを地域の貴重な資源として共有し、個人情報の取り扱いにも細心の注意を払いながら多様な企業・組織の中で利活用することです。先ほど少し触れたエネルギーインフラの活用例としては、次のようなものがあります。各家庭に設置したスマートメーター上の電力使用量の変動からフレイル(※2)の疑いのある人を割り出し、自治体に連絡して民生委員に訪問してもらうといった仕組みの構築などです。個人の方からパーソナルデータ活用の許可をいただき、地方自治体からお金をいただく建て付けです。こうしたPDS(※3)の世界で便益をつなぐこともできると思います。
永島黒木さんが触れられたように、パーソナルデータを活用して地域DXを進めるには、多くの個人ユーザーの賛同と広範なデータ提供が必要です。また、これらを利活用する企業の数も多くなければ実社会に即した価値をなかなか生み出せません。そして、事業会社の参画には、適切な経済循環も必要です。そこにはご苦労がありそうですが、この点はいかがでしょうか。
黒木そうですね、情報銀行の難しさもそこにあります。個人ユーザーを集めるのも、参画企業を集めるのも現状では苦労する部分です。マネタイズの問題もあります。個人や企業にとって魅力的なキラーコンテンツなどを通じてメリットを訴求し、個人ユーザーを増やしても、自然に事業会社が集まるわけではありません。実際に取り組んでみて、私たち単体では難しいことがとてもよくわかりました。
永島事業のコアとなる共感を創り出すには、生活者が気づかない不便さを解決してメリットを感じてもらうことも必要になりそうですね。そこに事業者が集まることで多面的なアプローチが生まれ、地域の経済も回るようになる。最初の一歩をいかに創るか、ここが重要ですね。
黒木同感です。そして、同時に情報銀行の真価を引き出すには、「法律上の各種制度の改正」や、先ほども触れましたがマネタイズも大きな課題です。制度面について言えば、アプローチを始めた当初は規制が厳しく、個人情報の利活用には大きな制限もありました。また、教育面での活用や都市OS(※4)と情報銀行の位置付け、マイナポータルとの連携なども壁の1つでした。豊田市での実証実験に取り組みつつ、多面的に行政側にも働きかけてきたことで、現在やっと国が動き出す状況へと変わりつつあります。マネタイズ面では、データとリアルを連動させることで、地域の人たちの行動変容を促し、地域に眠る価値を掘り起こすことは可能ですが、データ“だけ”ではマネタイズができません。地域通貨との連動も検討しましたが、効果測定ができないと継続的な取り組みは難しくなります。
これらを踏まえると、制度改正とマネタイズがうまく連動し、多くの個人ユーザーと事業者が集まることが必要だと感じます。そして、課題解決に向けて、さらにデータの利活用を進めるには、その全体の輪の拡大と共にデータ取り扱いについての地域全体のスキルアップや、国からのインセンティブなども求められるのではないかと感じています。
佐々木黒木さんがマネタイズについておっしゃられていますが、事業の継続には、金融機関の関わり方も重要と感じます。参加することでインセンティブを得られれば個人ユーザーが増えますし、それによって経済価値が増大すれば参画企業も増加します。地域経済をうまく回すために、金融機関には経済活性化の触媒としての役割を担ってもらうことも期待したいですね。その実現に向けて注目しているのが、地域金融機関の果たす役割をいかに高めるかという視点です。地域課題の解決には、主に「福祉とヘルスケア」「消費」「生産」という3つのテーマがあると私たちは考えています。
この中で、今求められているのは個別テーマの課題解決を図ることではなく、各テーマを横断して捉える水平型のアプローチです。地域の金融機関は、地域に根差すさまざまな企業の経営状況なども深く理解していますので、そのカギとなり得ます。この点を踏まえ、各テーマを横断する水平型のコミュニティを創出するためのポイントは、データ連携と経済循環にあると考えています。例えば、データ連携を発想の軸として、利用者を中心に地域と地域内企業のアセットをつなぎ、そこに金融機関がキャッシュレス決済など生活者や企業活動を支援する各種のサービスを提供する。こうすることで、多様なステークホルダー間の連携を円滑化することができます。
各種のアセットをつなぐためには、必要なところに必要なタイミングでデータを届けられるプラットフォームが求められます。例えば、キャッシュレス決済を行うデジタルバンクや、電力などのインフラ、バスやタクシーなどのMaaSといったアセットをデータで連携させる基盤です。リアルをデータでつなぐことで、コミュニティが成立します。情報銀行で目指している世界もそれに近いかもしれません。
黒木なるほど。スマートシティもそれに近い取り組みですね。ただ、それぞれのサービスが乱立して単発で終わってしまっているために、うまく行っていない事例も耳にします。そのあたりはどう考えればよいのでしょうか。
佐々木利用しても地域ポイントのような形で還元されなかったり、他のサービスと連携していなかったりなどコミュニティとしてのインセンティブがないことも、うまく行かない原因ではないでしょうか。例えば、サプライチェーンがつながって、共同配送によってビジネスが効率化できれば、事業者にもメリットを提供することができます。
永島社会的な実証実験をしたとしても、「実証すること」自体が目的になると持続性は生まれません。ポイントは、地域に住む人の思いやその状況をしっかりと捉えること。その上で地域に住む人を中心にサービスをつなぐことでコミュニティが生まれてくれば、持続可能な取り組みになるはずです。そのコアになるのはやはり共感だと思います。
――BIPROGYは地域DXの推進について、具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
永島経験を生かして共創に挑んでいるのが、千葉県柏市の「柏の葉スマートシティ」の取り組みです。“人が主役の街づくりをしたい”と考える三井不動産さまと、人が主役のビジネスエコシステムづくりをしたいと考える私たちが手を結んで進めてきました。「人」をキーワードに共感が生まれ、共創へと発展した好事例です。中心テーマは、まさに「人が主役になっている状態をどう創り出すか」です。そのためにデータ連携基盤である「Dot to Dot」を活用し、「街そのものの運営」と「デジタルインフラ」をセットにして、リアルとデジタルをつないだ形で各種のサービス を提供しています。
黒木素晴らしいですね。単なるデジタルのプラットフォームがあるだけではなく、街の運営というリアルとつながり、その中から新たな価値が生まれてくる。この部分に私たちが目指す姿と共通する思いを感じます。
永島人が主体にならなければ、その核となる共感も生まれません。住む人を中心に考え、人が生きるリアルな空間とデジタルをつなげる。この点が本当に重要だと各地での取り組みを通じて実感しますし、今後のスマートシティのあるべき姿と考えています。柏の葉スマートシティでは、ウェルネスを前面に押し出した生活者中心の街づくりに取り組み、そこに共感したパートナーが集まりつつあります。パートナーとデジタルプラットフォームを活用して中長期的な視座から共創を図ることで、コミュニティの輪が少しずつですが、着実に成長しています。
黒木永島さんのおっしゃるように、地域を支えていくことは、将来を見据えた中長期の視点とそれを実行していくための気概が必要です。時間はかかるとは思いますが、私たちも志を同じくする皆さんと一緒に取り組み、国にも働きかけていくことで、当たり前のようにデータ利活用ができる世界を創っていきたいと考えています。
佐々木地域が、そこに住む人にとって魅力的なものとなり、かつ安心安全で住み続けたいと思われるようになるには、デジタルの力をうまく活用していくことが重要です。リアルなサービスをデータ連携でより身近なものにしていきたいですね。
永島ええ。そのためにも、中部電力さまや三井不動産さまのように地域のことをよく理解している企業の方々と一緒に未来のデザインを描くことがとても大切になりますし、そこに共感する企業を集め、さまざまな連携や進化を生むコミュニティ形成も重要です。私たちはそのコミュニティの中で、デジタルを通じて、地域の人と企業とデータをつなぐ役割を担い、地域社会の未来創りに貢献していきたいと思います。
黒木ぜひ、BIPROGYには未踏の地を開拓していく存在になってもらって、先陣を切って地域DXという意欲的なテーマに取り組んでもらいたいですね。これからもよろしくお願いします。
――ワタガシペアはプレーの中でよく声をかけ合っているのが印象的です。チーム力を高めるために決めているルールや工夫はありますか?
東野心掛けているのは、何かを伝える時に相手の気持ちを考えること。勇大くんもそれができているから、お互いにいい関係でいられると思います。「いつ、こんな話をしよう」というルールは特に定めていません。決めない方がうまくいくのかなと思っています。
渡辺やっぱり人と人なので、細かい気遣いも大事だと思いますし、自分が疲れているから声かけをしない、ということはありません。2人でつくり上げていくのがダブルスなので、自分が少し無理をしてでもチームのプラスになるなら声をかけます。逆に先輩から声をかけてもらうこともたくさんあるので、支え合いが大事かなと思います。
プレー中でもアップ時でも、相手の調子は分かります。たとえ相手が疲れていると感じても、そこから「どうやったら勝ちにつなげられるか」を考えていかなくてはなりません。だから、自分もうまくいかない部分を素直に伝えています。強力なチームメイトでいてもらうためにも、自分の弱い部分を共有するのは大事なことです。
東野私も思ったことは素直に話しています。ただ、伝えるタイミングは気を付けています。例えば、試合前のアップで調子が少し悪かったりするなどはお互いに分かるのですが、試合直前に「今日疲れているんだよね?」と話して、試合に向かう意気込みに水を差すことはしません。今話すべきこと、言わない方がいいことは意識しています。そのタイミングがお互いに合っているから、けんかにもなりません。
渡辺チームなので、一方通行にならないことはとても大事です。「こうした方がいい」とか「これが正解」と決めつけることはしません。「自分はこう思う」と意見を提案しながら、「あなたはどう思う?」と聞くようにしています。チームは自分1人だけの目線で動いても絶対にうまくいきません。自分のストレスだけを解消するのではなく、チーム全体のストレスをなくすためにベストな方法を常に考え抜くことが大切です。
――長くダブルスを組んできた中で、苦労された局面はありますか? またそれをどのように乗り越えたのでしょうか?
東野中学生の時からペアを組んでいるのですが、最初はうまくコミュニケーションを取れていませんでした。試合でも、お互いの技術に頼った“あうんの呼吸”だけで乗り切っていたのですが、次第に勝てなくなりました。「どのように意思疎通を図ればよいのだろう……。難しいな」と悩む日々の中、2018年にマレーシアから専任コーチが来日してコミュニケーションの大切さを教えてくれたんです。コーチを交えて3人で会話する時間をつくり、経験が蓄積する中で徐々に2人でも会話の大切さを意識できるようになりました。
渡辺その時に、お互いに「こう思っているだろうな」という暗黙の了解のようなことも、言葉にするとさらに共通認識が高まることを実感しました。それをきっかけに練習中からコミュニケーションをこまめにとる習慣が身に付いていったので、すごくありがたかったですね。
東野一番つらかったのは、東京オリンピックの出場レース直前に足首を捻挫してしまったこと。あまりケガをしない方なのですが、大事な時にケガをしてしまって。1つの大会をムダにしてしまう焦りと、勇大くんに迷惑をかけてしまうことの申し訳なさでいっぱいでした。でも、その時に勇大くんが「大丈夫だよ、待ってるから」と言ってくれて、その言葉にすごく救われてリハビリを頑張ろうと前向きになれました。
渡辺僕はケガが多い方なので、待たせてしまう気持ちはすごくよく分かるんです。自分がケガをした時は、先輩は文句も言わずに待っていてくれるので、1日も早く戻ろうという気持ちになります。
――混合ダブルスの魅力はどこにありますか?
東野私、これまでバドミントンをやめようと思ったことがないんです。勇大くんと混合ダブルスを組んでから、もともと純粋に好きだったバドミントンが一層楽しいと思えるようになって。その気持ちが、この道を走り続ける原動力なのかなと思っています。
渡辺男女で組むことによる得意不得意の違いが混合ダブルスの面白さだと思います。ただ強い球を打てばいい、というものではなく、相手を崩すための戦略の幅が広いんですよね。同性ペアよりも駆け引きの数が多いのかなと感じます。ちなみに、僕はやめたいと思ったことは数えきれません(苦笑)。でも、僕にはバドミントンしかないし、やめてしまったら何も残らない。そう信じて体が動かなくなるその日まで続けたいと思っています。
――お互いのすてきだなと思うところをぜひ教えてください
東野勇大くんはサバサバしていてハッキリものを言ってくれるので、相談しやすいんですよね。相談した時にすごくポジティブかつ明快に「とりあえずやってみよう」「今のはこうした方がいいよ」と言ってくれる。勇大くんの性格にはいつも助けられています。
渡辺先輩は裏表がない。僕はどちらかというと感情の上下が激しいタイプなので、コートの中でその感情を収めてくれるというか、一定にしてくれるんです。感情のコントロールは勝つために大事な要素なので、とても助かっています。
――BIPROGYバドミントンチームの魅力を教えてください。
渡辺常に上を目指す選手たちと、レベルの高いスタッフがいるチームなので、世界一を目指すにはとてもいい環境です。代表戦に入るとチームで練習する時間こそ少なくはなりますが、世界で活躍する選手が増えれば、後輩たちにもここでプレーしたいと思ってもらえる。そんな好循環が生まれるのではないかと思っています。
ただ、チームとはいえバドミントンはやはり個人競技です。自分がどうなりたいのか、常に向き合う必要があります。僕は後輩たちに言葉で何かを伝える機会は少ないですが、僕の姿を見てもっと上を目指したいと思ってもらえたらいいですね。そう思えるのは、僕も同じように先輩の姿を見てきた結果に、今があると思っているからです。
東野先輩もスタッフもとても魅力的で素晴らしい人ばかりなので、自分が上を目指すためにこのチームを選んでよかったと思っています。社内には社員の有志によって結成された後援会「バドの会」があって、試合を見に来てくれたり「いつも応援してるよ」と声をかけてくれたり。社員の皆さんの応援も、頑張るための力の源になっています。
――今、力を入れて取り組んでいる課題は何ですか?
渡辺僕はコンディショニングが一番の課題です。ケガをして練習をストップするとまた振り出しに戻ってしまうので、練習内容を調整しながら自分のコンディションを整えることに注力しています。
東野レシーブが弱いので、それを永遠の課題として取り組んでいます。試合では「絶対に相手の女性選手には負けない」と思ってプレーしています。少しできたなと思っても、練習をやめてしまうと振り出しに戻ってしまう。課題克服のためにも、ひたすら練習を続けるしかないと思っています。
――バドミントン人生を支えてくれている人や言葉はありますか?
東野私は母の勧めでバドミントンを始めて、それ以来ずっと母は私を応援してくれています。その存在が一番の支えです。五輪に一番連れていきたい人も、母。そのためにも頑張りたいなと思っています。
渡辺僕はそういうの、ないですね……。尊敬する選手はたくさんいますが、誰か1人というのも難しいですし、何にすがるわけでもなくやってきたので。逆にそれがいいのかなと思います。自分の道を進んできたから今があるのかな、と。だからこれからも自分自身が目指す道へ信念を持って進むだけだと思っています。ゲン担ぎもしないし、音楽もほとんど聞かないんですよ。
東野私は音楽を聴くタイプです。三代目J SOUL BROTHERSの登坂広臣さんが好きなんです!
渡辺それ、よく言ってるよね(笑)。
――今後の意気込みを教えてください。
渡辺レース中盤になって、コンスタントにいい成績を残すことができているのも、2人で支え合って貪欲に勝ちを取りにいけているからだと思っています。こういった結果の残し方は僕らが目指すところであり、一方でなかなかできないことでもあるので、すごくよいシーズンを過ごせている実感があります。まだまだレースは続きますし、やはりパリ五輪では金メダルが欲しい。さらなるステップアップのために支え合っていきたいと思います。
東野勇大くんが言ってくれたように、コンスタントに結果を残し続けられるよう戦い抜いていきたいです。アジア大会で銀メダルをとれたので、この勢いでパリ五輪に臨みたいですね。そのためにも大きなケガをしないようにコンディションを整えて、元気な姿で世界の舞台に立ちたいと思います。
初心者必読の本から上級者向けの本、「座右の書」などを推薦者のコメントとともにご紹介するコーナー。第11回のテーマは、「認知科学」です。価値ある一冊に巡り合う一助となれば幸いです。
「今のあなたの心を説明してください」と言われたら、答えに窮するのではと思います。というのも、意識している心の動きもあれば、そうでない動きもあるからです。例えば、「赤」の色を答えてください。こう問われたとき、赤の文字が青色で示されていたら、無意識に漢字からイメージされる「あか」と色から想起される「あお」で迷いが生じます。その他にも、泣いている人をみてもらい泣きしたり(ミラーニューロンの働き)、自然物が人の顔に見えて恐怖を感じたり(シミュラクラ現象)と心はさまざまに反応します。こうした働きを解き明かそうとする学問が「認知科学」であり、近年注目を集める“人間らしいAI”の開発にも役に立つ可能性があるとされます。人間は少ない情報からも学習が可能ですが、ChatGPTなどは大規模な訓練データを必要とします。この点、将来的に認知科学の応用によって人間らしいAI開発の扉が開かれ、ドラえもんのような感情豊かなロボットと共に暮らす未来が実現するかもしれません。今回は、そんな認知科学の世界を知ることができる入門書をご紹介します。
“百聞は一見にしかず”ということで、「本を読むときに自分の心がどのように変化しているのか」をまずは感じていただきたい。本書では、人の「読む」という認知活動に焦点を当て、本を読むときに何がおこっているのかを問いつつ、その変化を実際に感じさせる構成となっている。例えば、文字だけではなく随所に挿絵がされ、ある種アートの様相を呈し、読書を通じて無意識に起こっている感覚の変化を読者に問いかける。この創意工夫によって、ページを繰るごとに、今まで感じたことのないような不思議な読書体験が得られるだろう。気軽に読み進められ、気分転換にもなるのでぜひ読んでいただきたい。
[著]ピーター・メンデルサンド(著)、山本貴光(解説)、細谷由依子(訳)
[出版社]フィルムアート社
[発行年月]2015年6月
本書は、「知性とはどのような働きか」の理解を深められる一冊。「人がどのように記憶し、処理し、思考しているのか」についてさまざまな実験結果と得られた知見が示され、また知性を理論的に説明する上での重要な要素として「表象」が紹介されている。この表象とは、頭の中で構築する世界(イメージ)のようなものを想像してほしい。マグカップが目の前にあるとき、それに手を伸ばして中身を飲むことができるのは、マグカップとそれを飲むという一連の流れが表象として頭の中にあるからだと考えられる。ただし、著者も述べるように表象に対しては賛否両論があるため、1つの考えとして理解していただければと思う。本書の後半では、「人がどう考えるのか」という思考のクセを紹介している。人がどのように推論しているのか、一般的には「経験則」などと表現されるヒューリスティックをどのように活用・思考しているかなどが解説されている。本書は全編を通じ、多様な実験結果を基にしている。このため、より具体的な事例を通じて人の知性についての理解を深められる。人の知性の巧みさとそのはかなさを知ることのできる書籍として、ぜひお勧めしたい。
[著]鈴木宏昭
[出版社]東京大学出版会
[発行年月]2016年1月
人の心とは何か。それを認知科学がどのように解き明かそうとしてきたのか。そして、認知科学の進化によって未来はどのように描かれていくのか。本書はその先端をひも解いた一冊だ。認知科学は、学際領域といわれ、さまざまな学問(心理学、人工知能、脳科学など)が集まり、その研究分野も多種多様に及んでいる。執筆者の安西祐一郎氏は、日本の認知科学の第一人者として学究を深めてきた。その研鑽の粋が余すところなく本書にちりばめられている。認知科学の世界が網羅的かつ俯瞰的にまとめられているだけでなく、氏の膨大な知見が惜しみなく凝縮されている。一方で、新書サイズの書籍であるため気軽に読め、本格的な入門書としても優れている。事実、本書に関連する文献だけで約250に及んでいる。
[著]安西祐一郎
[出版社]岩波書店
[発行年月]2011年9月
――竹田さんは多彩なメディアにて執筆活動を行い、文芸誌『群像』での連載を書籍化した『世界と私のA to Z』はベストセラーになりました。今、大きな注目を集めている竹田さんですが、ライターの活動を専門的に行っているわけではないそうですね。
竹田本業は大学院生です。授業を受けたり、自分で研究をしたり、学部生に授業を教えていますが、アメリカの場合は大学院生でも「インストラクター」や「リサーチャー」としてお給料をもらえます。また、アメリカは学生でも社会人でも、学業や仕事の外で何か他の活動を行うのがごく普通のスタイルです。その方が、1つの仕事だけに専業で取り組むよりもバランスがとれた生活を実践でき、ワークライフバランスが保てていると考えられがちです。
私は大学3年生の時にビジネススクールでミュージックビジネスの授業を履修したことをきっかけに、そのプロジェクトで実際のアーティストのマネジメントを担当することになりました。日本のレーベルと契約し、コンサルタントとしての仕事を1年間続けました。その後、大学を卒業し、2020年からは執筆活動も行うようになりました。一番最初に『現代ビジネス』から「Z世代と音楽とメンタルヘルスとコロナについて書いて欲しい」という依頼がきて、その記事がバズったのがきっかけでその他の媒体からも依頼をいただくようになりました。秋ごろには講談社が発行する文芸誌『群像』の編集者から声をかけられたのがきっかけで、アメリカのZ世代に関する連載を持たせてもらうようになりました。「カリフォルニア出身・在住でアジア系アメリカ人の竹田さんなら、バックグラウンド的におもしろいことが書けるのでは」というオファーをもらうことが多いです。
私は「自分が意義を感じることを書きたい」と当初から思っていました。今はそれが実現できていると思います。執筆の仕事が副業だから、というのが大きな理由だと実感しています。もし執筆が本業なら、生活のために意にそぐわない依頼でも引き受けなくてはならない。それは音楽の仕事でも同じです。アーティストエージェントの仕事を今も継続していますが、それを専門でやったら、好きではないアーティストも担当しなければならない。いいものを出し続けるためには、個人的には本業ではないからこそできることが増えると考えています。
――著書『世界と私のA to Z』はZ世代である竹田さんが、SNS、音楽、映画、食、ファッションなどあらゆる面からアメリカと日本の今のカルチャーを読み解く内容です。竹田さんは日本でのZ世代という言葉の使われ方や捉えられ方に違和感があるとおっしゃっています。
竹田まず、アメリカでは生まれた年代によって、「ベビーブーマー世代(1946~64年の生まれ)」「X世代(60年代半ば~80年ぐらいの生まれ)」「ミレニアル世代(80年代~90年代半ばの生まれ)」「Z世代(90年代後半~2010年代頃の生まれ)」と分類しています。これらは約15年間隔で分類し、連続性が重要になってきます。各世代の特徴や傾向を研究・分析しようという風潮がアメリカでは強いのも、この連続性の中から社会の変化が見えてくるからです。
私は1997年の生まれなので、Z世代とミレニアル世代の中間点くらいにいます。幼かった時に黒人大統領が誕生し、同性婚が合法化。9.11やリーマンショックなどの社会を揺るがす大きな事件があり、自分は直接的な被害者ではありませんが、親世代が強い影響を受けている。そしてZ世代は中学生や高校生、大学生等の時にコロナウイルスの世界的流行を経験。コミュニケーション能力や社交性が発達する時期に、人と距離を置く生活を強いられたわけです。これは、Z世代を語るうえでものすごく重要な要素。私も大学を卒業する年にコロナ禍となり、精神的に大きな影響を受けました。こうした背景をしっかりと研究・分析することで、Z世代の全体的な特徴や傾向、そして社会全体の変化が見えてきます。
でも、日本ではアメリカのようにこれまでの世代の傾向を分析するのではなく、そしてミレニアル世代との連続性などを語ることなく、突然「Z世代」という言葉がひとり歩きし始めてしまった。「なぜ、Z世代はこういう行動を起こすのか」という、社会背景的な部分が抜け落ちているように感じます。
結果として、広告代理店やメディアによって作られた「社会に革命を起こす先進的なデジタルネイティブたち」、あるいは「政治に関心がなく、インスタ映えばかりを気にしている」といった表層的なイメージが広く流布することになった。なので、Z世代の当事者たちとして忌憚なく言えば、「上の世代が私たちを勝手にブランディングし、自分たちに都合のいいように扱っている……」と感じる人も多いと思います。
――竹田さんはその偏見や誤解、違和感を取り除こうとしているのでしょうか。
竹田私はただ、アメリカの若者のリアルについて書いています。現在の資本主義社会を見ていると、権力をもつ人たちが「正しい」、「頭がいい」、「物事を丁寧に考えている」ということでは、決してない。それはアメリカも日本も同じです。私はその社会に違和感をもった人の話をしているだけ。例えば、アーティストのビリー・アイリッシュ(※1)や環境活動家のグレタ・トゥーンベリ(※2)などがどんな思想をもち、どういった行動をして、その言動がどのように社会的に評価されるかを観察・分析し、伝えることを大事にしています。
だから、私はオピニオンリーダーではないし、「Z世代の代弁者」でもない。周りの人に対して教育や啓蒙を行う存在ではないし、なるつもりもありません。でも、上の世代は「Z世代の代弁者」として取り上げ、「大人が見たいZ世代のステレオタイプ」を作り上げる。Z世代の特徴は多様な価値観です。それなのに、分かりやすさを求めてZ世代を“代表する”意見を欲しがるんですよ。それって、おかしな話ですよね。
――多様な価値観をもつZ世代ですが、時代背景や戦争、重大事件などによって全体的な傾向は形成されていると感じます。その傾向を見た場合、アメリカのZ世代と日本のZ世代の違いをどのように分析されていますか。
竹田アメリカも日本も、状況は“絶望的”です。環境破壊による温暖化、広がり続ける格差――。そして、日本では現役世代2人で、高齢者1人を支えている。今のZ世代は老後に年金を十分にもらえるわけじゃない。というより、退職後に年金をもらえるかどうかさえ不透明です。アメリカも日本も、Z世代の未来に「希望がある」とはなかなか捉えにくい状況です。
格差の観点で見れば、アメリカは日本以上にあからさまです。大前提として、国のシステムが大資本に有利な形で硬直化していることや、加えて社会的なセーフティーネットなどがあまり機能していない側面があります。
例えば、健康保険はうまく機能していないし、病院に行ったら、診察料だけでもとんでもない大金がかかる。とてもじゃないが救急医療や定期検診を利用できない、といった状況の人が多いです。また、有色人種や貧困層が多い地域では、歴史的かつ制度的な差別によって、例えば石油開発などによって地域一帯が汚染されるなど、政治の差別によって人体に影響が出てしまうことによって、「差別や格差を身体的に実感する」ような社会です。
ただ、アメリカでは「最悪な状況も自分たちの手で変えられる」と子どもの頃から教えられる。黙っていたらどうにもならない、というより、「声をあげないと生きていけない」んです。だから、ストライキが頻発する。資本主義に搾取されている労働者がメッセージを発するわけです。
アメリカでは日本の総裁選と異なり、大統領選に全国民が投票できる。選挙戦は政治の中枢ではなく、ローカルから始まります。自分の利益を守るためには、誰が大統領になるべきかについて、自分の1票で何かが変わるはずだから意思を示さなければならない。大統領選があることは、アメリカ人の政治的関心の高さに影響していると思います。
一方、日本の場合は何をやっても変わらない、どの政権になっても何も変わらないとの絶望感を感じやすい人が多いと思います。政治に対して関心がなく、諦めてしまっている人が多いといわれますが、それは教育や制度から考えると必然的な要素もあります。そして、「調和を大事にする」ことを幼い頃から教えられ、和を乱す人が「悪」とされる傾向は、例えば、課題意識をもちストライキを起こす人に対して、「今の時代にストライキなんてダサい。迷惑なだけ」と嘲笑、冷笑する姿勢に表れる。与党に批判的な政党に対しても「文句ばっかり言っている」と非難する。それらが、与党に対するけん制や、暴走を止めるためのカウンターパートとして存在している党なのに、です。
大人に嫌われることや、調和を乱すことは、必ずしも悪いことじゃない。多様な価値観とは、そういうものであるはずです。
例えば、「大人に嫌われたくなかったら、そんな話し方じゃダメだよ」という趣旨の“指摘”を受けることがよくあるように感じます。また、日本は年功序列型社会であることに加えて、急速な少子高齢化が進んでいる。こうした時代の空気感の中で、Z世代を含む若者たちは、「自分たちよりも数で上回る『大人』に気に入られないとうまくやっていけない」と心のどこかで感じている、と語る人も多い。この問題は根深いと思います。
また、環境破壊などの社会課題の解決に向けて行動する人を冷遇する傾向があります。「そこまで怒ることじゃない」と言って。時々、Z世代で「強い言葉」を発する人も出てきますが、それも大抵は大人ウケする範疇です。上の世代がシナリオとして描いている「Z世代は社会的意識が高い」程度の枠に収まり、大人に嫌われるようなことはしないのが日本で「大人に重宝されるZ世代」だと感じます。「連帯」と「抵抗」の間には、若者たちの当事者の視点で変化を求めつつ、大人がそれに賛同して協力できるような風潮が必要になってきます。
――近年、若い世代は消費活動や就職活動を「投票」と捉え、「企業を選ぶ」姿勢を表すようになっていると感じます。Z世代から選ばれる企業になるためには、どうすればいいのでしょうか。
竹田まず、「その企業がどうありたいか」を明確にすべきです。企業が何を目指し、行動していくか。倫理観ある若者に選ばれたいなら、まずは企業が正しい倫理観をもつことが必要になりますよね。そうすることで、倫理観を人生や消費の指針にしている人が集まってくるはずです。
日本でもアメリカでも、Z世代の傾向として、そして資本主義に何かしらの限界を感じている中で、「たくさん働いて大金を稼いでやろう」という意識は決して高くはないと感じます。それよりも自分が仕事の中で何かしらの社会貢献を果たし、少しでもより良い未来をつくることを目指す人は増えている。その場で自分が人として成長できるかも、重視されています。人生にお金以外の意義を付加していけるか、自分が納得できるかが大切にされつつあります。
実際のところアメリカの労働者の間では、会社に対する誠意や忠誠心はほとんどありません。会社は資本を使って労働力を搾取し、労働者には適正な見返りがかえってこない。そうなれば、当然の結果として、労働者側も会社から搾取してやろうとの思いが強くなります。1年働いて次の会社に行こう、と思うことも自然です。たとえX(旧Twitter)やAppleといった超有名企業に就職しても、いつクビを切られるか分からないんですから、やりがいをもって働くのは難しい。1つの企業で社会人としての30年間を生きていける社会では、もはやなくなったんです。その思考は日本でも共通認識になってきているように感じます。
――竹田さんの著書『世界と私のA to Z』の続編として、2023年9月に続編『#Z世代的価値観』が刊行されました。精力的に執筆や発信を続ける「情熱の原点」はどこにあるのでしょうか。
竹田執筆活動を始めた当初は、高いモチベーションがありました。「今、私が感じていることは今しか書くことができない。だから、書こう」と。「この媒体で書きたい」とか「この人に会って話をしたい」とか活動の源になるような目標がたくさんありました。でもそれらの目標は、会いたい「誰か」や載りたい「雑誌」など自分の外にある価値に依存していて、達成してしまうと執筆意欲が維持できなくなる。外的要因からモチベーションを得ることを重視してしまうと、目標がかなった時に虚無感が生まれてしまいます。
これはもしかすると卑劣なのかもしれないけど、モチベーションを継続させるために必要なのは、読者からの期待や感謝を受け取ったり、自分自身が活動に社会的意義を感じたり、といった実感を自分の「中」に得られることではないかと。感謝されるために原稿を書いているわけではないですが、やってよかったとは思えますから。
『世界と私のA to Z』は、読者一人ひとりが意見をもって読んでくれているのが特徴的で。SNSなどで感想をくださる方が多いんですが、受け身の「感想」ではなく、みなさん自分の「意見」を伝えてくれるんです。自分も本や音楽、映画などに強く影響を受けてきて、そうしたコンテンツを享受することに生きがいを感じてきたので、その重要性はすごく分かる。私の書くものとの出会いによって、読者に何かしらのポジティブな変化が起きればうれしいですね。
2018年、経済産業省は「日本企業のDX実現が遅れることで世界におけるデジタル競争に負け、2025年以降の5年間で毎年12兆円の経済損失が発生する」という内容のレポートを発表した。この危機は「2025年の崖」と呼ばれ、現在に至るまで政府は警鐘を鳴らし続けている。
これまで企業のIT化は進められてきたが、なぜ今、DXの推進が求められているのか。BIPROGYの佐々木貴司(CDO・常務執行役員)はこう説明する。
「IT化とDXには異なる狙いがあります。IT化は、省力化やコスト削減を手段として業務効率アップを目指します。その一方、DXで目指すのは、新たな価値創出や事業変革――ビジネスモデルを変えてそれらを実現する仕組みづくり、いわばアウトカムを最大化するための手段です」
多くの企業が抱える経営課題には、「コスト削減」「領域拡大・価値創出」「社会的要請」などがある。この点、コスト削減を考える際には、経済面のみならず、人材配置や時間軸などでも捉える必要がある。また、領域拡大・価値創出では、お客さまの満足度を目的としてサービスの質を上げることが求められる。そして、昨今の社会的要請への対応の比重が高まる中、法制度や世界的なルールなどのレギュレーションだけでなく、ESG経営やSDGs、D&I、働き方改革、顧客要求等も含められるだろう。
これらの課題について、佐々木は「企業がDXを推進することで解決に近づく可能性が高まる」と強調する。現状のサービスの質を落とさずにコスト削減を図りつつ、削減したコストでサービス向上・拡大に投資するサイクルを回すことが可能となるからだ。佐々木の言葉を、BIPROGYの永島直史(常務執行役員)はこう補足する。
「私たちは、DXを『企業DX』と『社会DX』の2つの観点で捉えています。自社事業に新たな価値を生むのが企業DX。そこから踏み込んでESGやSDGsを背景に自社事業を社会課題解決につなげるのが社会DXです。特に社会DXは、自社だけで取り組むことは難しく、さまざまなステークホルダーと一緒に進める必要があります。BIPROGYはデジタルが関連しない領域も含め、構想の具現化や課題解決の初期フェーズから伴走していくことが必要だと捉えており、実際に取り組みを進めています」と話す。
以下では、その具体的な事例について紹介していきたい。
従来のシステム開発から一歩踏み込み、初期の構想フェーズからクライアントとともに取り組んだケースの1つが、CX(カスタマーエクスペリエンス)を支えるための業務プロセスやデータのデザインを行い、情報基盤の変革を図った全日本空輸(ANA)との企業DXの取り組みだ。
ANAでは、スマホの活用などによる非対面の手続きでお客さまの搭乗をスムーズにしている。これはサービスとして便利な一方、お客さまとの関係性が薄れる危険性がある。そこで、「お客さまの特性に合わせ、必要なサービスを必要な形で提供していく」ことを念頭にデジタルを駆使してお客さまとの関係性を深める方法を模索。BIPROGYとともに顧客行動に基づくデータを共有するプラットフォームを構築したことで、顧客ペルソナやジャーニーに応じたサービスの提供へとつながっている。さらに部門ごとにこれまで個別最適で設計・管理していた顧客データも一元化。このANAのCX基盤構築には高度なデータアーキテクチャが必要であり、その設計にはBIPROGYが携わっている。こうしてデータ共有が容易になったことでより深いお客さま満足度の向上に寄与している。
社会DXに取り組んだケースでは、「地域経済課題」の解決を目指した三井不動産との事例がある。この共創は双方が感じていた社会課題に対しての「目指すべき社会観」が起点となっている。この社会観として両社の共感するキーワードとなったのが「人が主役」ということ。そこで、三井不動産は「人が主役」の未来の街づくり、BIPROGYは「人が主役」のスマートシティを実現するデジタル基盤の構築というゴールをそれぞれに設定。三井不動産がスマートシティの実現を目指す柏の葉をフィールドに取り組みがスタートした。
その舞台となった「柏の葉スマートシティ」では、「パーソナルデータの本人主権による流通」を推進し、柏の葉の住民や働く人々向けに提供される「柏の葉データプラットフォーム」(通称:KDPF)を開発。これは、柏の葉スマートシティを舞台に、あらゆる人々、事業者、機関がデータを安全に連携・利活用できる仕組みだ。構築に当たっては徹底的に“出来上がった後の社会観”を共有したという。そのために、街に暮らす人々が紡ぐ生活の物語を考え、仕組みを利用する生活者のモチベーションや不安を想定。それらのイメージに合致する仕組みをシステムとして具現化した。この仕組みにはBIPROGYが提供するデータ連携基盤「Dot to Dot」が活用されている。
このプラットフォーム(2020年11月から供用開始)を中核に、両社は、「運営(データプラットフォーム共同運営)」「拡大(街づくり活動への企業招請)」「拡散(スマートシティコンソーシアムを通じた対外発信)」という3つの共同活動を行ってきた。永島はそのポイントを次のように説明する。
「地域のデジタル化を進めるという課題は、デジタルインフラが整備されれば解決するのではなく、『街そのものの運営』と『デジタルインフラ』の2要素があって初めて解決に向かいます。当社は、データプラットフォームの構築・運用は可能です。しかし、それを使う実際の生活者の皆さんとの接点を設けることは難しい。逆に、三井不動産さまは生活者との接点構築はできますが、デジタル部分での実装や運用までを担うことが難しい。両者の共創は、受発注という関係ではなく、各々の強みを生かしてお互いを補い合う関係性であり、相互の尊重の下で成立しています」
共創のパートナーである三井不動産 常務執行役員 山下和則氏は「従来の街づくりから脱却するためには、リアルとデジタルの2つの世界を組み合わせることが非常に大事になってきます。これからも専門的な技術をもってDX推進に取り組まれているBIPROGYさんと一緒に街から価値を創造するプロセスをつくり出していきたいです」と語る。
三井不動産とBIPROGYが取り組むのは、「街づくりOS」。三井不動産との共創で、柏の葉スマートシティの更なる拡充に加え、そこで培った知財やプロセスを他地域にも展開していく予定だ。
2つの事例を通して、DX推進における3つのポイントを佐々木はこう説明する。
「1つ目は、『お客さまを中心としたゴール指標を持つ』。KPIで示すIT化の指標ではなく、今後のあるべき社会や事業の姿を考え、お客さまの幸せや満足につながる指標を設定します。2つ目は、『DXは一過性ではない』ということ。DXはアジャイル的に変革を続けることで進化させ、理想とするゴールを現実に近づけていきます。3つ目は、『コミュニティーも1つの選択肢』。コミュニティーに参加したり、運営したりすることは、価値づくりや事業を持続させるための1つの方法になり得るでしょう。1社の中のデータはもちろん、コミュニティーに属する企業間のデータをつなげることで、DXによる社会価値やお客さま価値を拡大させられる可能性が高まるはずです」
BIPROGYではDX実現に必要なのは「社会課題・お客さま価値を追求する事業」「データAIを業務に徹底活用する仕組み」「価値を生み出す人財」「多様なリスクに打ち勝つ組織」の「4つの鍵」だと捉えている。そして、「企画構想」「サービス開発」「持続化」「成長」という各プロセスの循環を通じて変革を生み出そうとしている。お客さまがこの「4つの鍵」を獲得し、企画構想~成長のサイクルを回すことができれば、DXは成功と言える。さらにBIPROGYが持つ人・環境・テクノロジーを集結させ、お客さまとともに企業DX、その先にある社会DXへと変革の連鎖を起こす、といったプロセスだ。
永島は、「デジタルの力でできることに限界はない。お客さまとは、このプロセスの初めにある企画構想の段階から一緒に取り組ませていただき、お客さまにとって構想の具現化・仕組み化・持続化・成長のサイクルの実現に向け伴走するDXパートナーでありたいと思っています」と語る。
そして、佐々木は「単にITサービスを提供するのではなく、お客さまの課題や要望に共感し、解決や実現に向け最良の仕組みの構築やサービスを創出・提供する企業になる。それが私たちにとってのDX。お客さまとBIPROGYが互いの強みを持ち寄り、双方がメリットを享受し、より良い関係を築ける——そんな、好循環が続いていく未来を共創していきたいです」と続ける。
BIPROGYは、テクノロジーを軸に社会課題の解決を通じて、持続的な社会の実現を目指すことを「Vision2030」として掲げている。システム開発を請け負う会社から、社会課題解決につながる仕組みやサービスを創出・構築・運営する企業となるべく変革に挑む真っ只中だ。これからも「共創」を軸に、さまざまな企業とDXの歩みを進めていく。
――まずは、BIPROGYバドミントンチームに所属するまでのバドミントン歴をお聞かせください
杉山兄がバドミントンを習っていて、その見学や、バドミントンの羽根で遊んでいたのが始まりです。6歳から兄と同じクラブに入ってバドミントンを習い始めました。最初は、羽根が当たるだけで楽しかったです。さらにラリーが続くと、もう「楽しい」しかない!(笑) その気持ちは今も持ち続けていますね。
そして、小学5年でジュニアナショナルに選ばれたときに将来はバドミントン選手になりたいと真剣に考えるようになりました。中学・高校では、実家から離れた学校へ入学。寮生活がスタートし、6年間、バドミントン漬けの学生生活を送りました。寮生活は仲間がいたので寂しくなかったですし、先輩には全国で活躍している人も多く、良い刺激になりました。仲間と一緒に目標に向かって頑張り続けた6年間はまさに青春でしたね。
――バドミントン選手になろうと決めたきっかけはありますか?
杉山大学進学という選択肢もありましたが、実業団に所属する方がバドミントンに集中できると考えました。そのタイミングでBIPROGYから声を掛けていただき、入社することに決めました。
――入社前、BIPROGYにはどんなイメージを持っていましたか?
杉山実は、小学生のときにBIPROGYバドミントンチーム(当時は日本ユニシス実業団バドミントン部)の試合を何度か見て以来、応援するようになったんです。チーム全員が仲良く、皆で盛り上げている雰囲気に惹かれました。今でも雰囲気の良さを感じています。ですから、そんなチームに声を掛けていただけてうれしかったですし、そこでやるからには自分のできることを一生懸命やろうと思いました。
――BIPROGY入社後は、広報部の業務にも携わっていると伺いました
杉山現在は毎週水曜に出社し、フレンドリーマッチ(BIPROGYが開催する、東京都の小学校1年~3年生を対象にした非公式戦)など、バドミントンに関するイベントの業務などに携わっています。社員の皆さんが優しく声を掛けてくださり、交流できる良い機会になっています。
――最近ではバドミントンチームのショートムービーにも出演されたとか
杉山スタジオでの本格的な撮影は初めてだったので、新鮮で楽しかったです。一番印象に残っているのは、スモークをたいている中で「カメラに向かって“強い表情”をしてください」と言われたときですね。意識的に“強い表情”をしたことがなかったので、うまくいかなくて何度か撮影し直しました(笑)。
――社会人としてチームに所属して、学生時代からの変化を感じることはありますか?
杉山やはり、バドミントンをする環境や練習の質は上がりましたね。学生のときは選手の人数が多かったのですが、今は少数精鋭。監督やコーチと深くコミュニケーションが取れています。自分に足りない技術などに対して的確なアドバイスをしてくださいますし、自分の希望も踏まえた上でどうしていくのがベストなのかを一緒に考えてくれるので、確実に力を伸ばすことができています。
――信頼関係が築けているのですね。
杉山女子チームの平山監督とは、練習以外のコミュニケーションも多いんです。テレビやドラマの話もしますし、最近は監督のお子さんの話が多いですね(笑)。先日、初めて平山監督のお子さんと会えたときは、とっても和みました!
――現在、特に力を入れている練習はありますか。
杉山長い試合や、競った際に勝ちきれないときがあります。これは、フィジカル面に課題があるからだと感じています。最後まで体力を持続するため、練習でも後半の疲れが出てきたときこそ、そこからどう頑張るかを常に意識しています。
――BIPROGYバドミントンチームの魅力、良さはどのようなところだと思われますか?
杉山男女みんな仲が良いことですね。小学生の頃から憧れていたチームの雰囲気が当時から変わっていないな、と思います。そして何より、オリンピックや世界で戦う選手が多いことは大きな魅力です。先輩たちがチームを盛り上げていて、士気の高さを感じます。そうした皆さんがいる練習では、毎日得るものがあります。
――チームの仲の良さが伝わります。オフの日もメンバー同士で交流はあるのですか?
杉山先輩たちが遠征から帰ってきたときは、よく食事に連れて行ってくれます。中でもキャプテンの中西(貴映)選手は、いつも気にかけてくださって、8歳上なのですが、なんでも話せます。
――他に、オフの日のリフレッシュ方法などはありますか?
杉山今、バスケの試合を見るのにハマっていて、Bリーグをよく見ています。現地へ観戦に行くこともあります。河村勇輝選手が推しで、応援するのがすごく楽しくて! 同じアスリートとして、日々の活力をもらっています。他には、時間があれば実家に帰ることも多いです。母が作ってくれるご飯を食べて、ゆっくり過ごしてリフレッシュしています。
――選手生活の中で苦労したことや、それを乗り越えたエピソードはありますか?
杉山高校1年の初めに足の小指を疲労骨折してしまったときです。約2カ月間、バドミントンができなくなってしまいました。それまでは好成績を残せていたのですが、思うように動けなくなり、今まで勝てていた相手にも負けてしまい……。
それからの1年間は、本当に苦しく悔しい思いばかりを抱えていました。そのタイミングで、世界ジュニアの大会に出場する機会をいただいたのですが、「周りには私よりもっといい選手がいるのに、なぜ?」と思考もネガティブになっていました。そんなとき、周りの人に本当に支えられたことで、少しずつスランプを乗り越えていくことができたんです。先生は「大丈夫だよ」と言ってくださり、仲間も気にかけてくれて、「今は結果が出なくても頑張ろう」と気持ちを切り替えられるようになっていきました。
――杉山選手のバドミントンを支えている人や言葉はありますか?
杉山小学校のときのクラブコーチや仲間、そして親など、応援してくれる人たちの存在です。中でも親は、日本中どこにでも応援に来てくれるんです。「どこにでも車を走らせていくからね!」って。この間は実家のある茨城から、国体のあった鹿児島まで来てくれました。そんな家族を含め、皆さんに良い報告ができるようにもっと活躍したいと思っています。
――最後に、今後の意気込みや目標を教えてください。
杉山年末に開催される全日本総合(日本バドミントン協会が主催し、年に一度開催される、バドミントン個人戦の全国大会。2023年は12月25日から6日間の開催)への出場が決まっています。厳しい試合が続くとは思うのですが、ベストパフォーマンスを発揮してB代表(※)入りを目指したいです。それと、私はこのチームでの団体戦が大好きなんです。皆で戦うことで自分が持っている力以上のものが出せると思っています。S/Jリーグでも自分のできることを精いっぱいやり、チームに貢献していきたいです。
――まずは、「白馬ナイトデマンドタクシー」のきっかけとなった「チャレンジナガノ」について教えてください。
矢口「チャレンジナガノ」は、長野県が県内の市町村が抱える地域課題を収集し、企業とのマッチングによって課題解決を目指すものです。地域特性にあった企業の誘致につなげ、新しい企業立地モデルを構築することがその狙いです。「オールシーズン型マウンテンリゾート」を目指す私たちとしては、チャレンジナガノへの参加にあたって2つの課題を挙げました。それは、「新たな宿泊経営モデルの構築や域内調達率の向上を意識した経営の仕組みの構築」と「二次交通(※)手段の確保による来訪者の満足度向上」です。
※二次交通…拠点となる空港や鉄道の駅から観光の目的地にたどり着くための交通手段
今回のプロジェクトは、後者の解決を目指したものです。主な狙いは村内の移動手段の確保。例えば、白馬村を訪れる観光客が食事などに行こうと考えても利用可能な交通手段が不足していました。特に、外国人観光客が午後5時~午後11時の時間帯に移動を考えても手段がなく、これでは観光産業の活性化も促せません。その解決のためにアルピコ交通や、AIで交通課題の解決を目指すモビリティスタートアップのSWAT Mobility、テクノロジーで地域課題解決を支援するBIPROGYの3社とマッチングを図りました。それらが本プロジェクトの端緒です。
――プロジェクトの体制と、3社が参画した背景をお聞かせください。
市原推進体制としては、白馬村がプロジェクトを主催し 、地元の交通事情を深く知るアルピコ交通が進行上のリーダーを務めています。そして、SWAT Mobilityがソリューションを提供し、私たちBIPROGYがプロジェクト全体をデザインし、最適化を図るコーディネート役を担っていました。
末廣当社は、シンガポールに所在する企業です。2015年に創業し、世界トップクラスのルート最適化技術を有していると自負しています。日本には2019年頃に進出し、BIPROGYとともに新潟県の交通課題解決の実証実験に臨んだ実績があります。それ以降もさまざまな場面で一緒に取り組み、私たち自身としても全国各地の交通課題解決に挑んでいます。白馬村のプロジェクトもその流れの中で始まりました。
上嶋私自身は今回のプロジェクト以前に末廣さんと市原さんに接点がありました。チャレンジナガノというオープンイノベーションの場で改めてご一緒することになって。心強くて「おお!」と思いましたね(笑)。白馬村での取り組みに際して、2社がパートナーとなってくれたため、同じ思いで取り組む仲間として、よい出会いに恵まれたなと感じました。
矢口実は、チャレンジナガノのマッチングでは40社近くが手を挙げてくれて、30社ほどからプレゼンテーションを受けました。その中でも、私たちの課題解決に向けては、「地元に根を下ろした信頼と実績のある交通会社」「課題解決につながる気鋭のシステムベンチャー」「全体を取りまとめてくれるコーディネーター」の組み合わせが最適だと考えました。
――「白馬ナイトデマンドタクシー」は2022年12月19日から約70日間運用し、累計で1万2000人が利用する実績を上げました。その成功要因はどこにあったのでしょうか。
矢口本当によいパートナーに恵まれたことが最大のポイントだと感じています。毎週の定例ミーティングで議論を重ねてきましたが、3社のみなさんの前向きな姿勢やアイデアはとても刺激的でした。私たちとしては、実際にタクシーを運行してもらう事業者間のアテンドや利用客向けの専用アプリについての案内などの広報を担当しました。
AIに交通案内などを任せることは初の試みでしたので不安もありました。例えば、AIのナビゲーションに従って車を走らせるタクシー運転手がシステムに対応できるのか、アプリをタクシーの停泊地点でかざすと現れる「仮想停留所」は利用者側に理解してもらえるのかなどで、「クレームが来ないか……」と少し怯えながらのスタートでした(苦笑)。
ただ、2022年度の実証実験が終わってみればトラブルは一切なく、アプリの登録者数は3939人。そのうち外国人が2875人、相乗り率も73%と高く、しかも91%の人がサービス満足度で5つ星評価をしてくれるなど成功裏に終わりました。時期的には、コロナ禍の各種制限が緩和され、「一体どうなるのだろう」という先の読みにくい時期でもありましたが、観光客に利便性を提供できました。村役場で作成した感染症対策のPRムービーを車内で流してくれたことも、利用者の信頼醸成につながったと考えています。こうした取り組みを支援してくれたパートナーの存在は、役場内でも高く評価されました。
上嶋当社は、本来は運行事業者ですが、今回はプロジェクトのリーダーに徹して運行事業者間の調整役に回りました。村役場が旗振り役をしてくれたこともあって、地元事業者間の連携もスムーズでした。関係者が集う定例会議ではさまざまなアイデアが活発に交わされ、有意義に議論を進めることができました。特に、2022年の12月から1月後半までは利用者の声や運転手の要望を踏まえてアプリを運用しながら、継続的に改善を続けました。こうした積み重ねによって利便性も向上し、アプリの需要も増えてきたので本当に安心しました。システムに強い末廣さんや市原さんの存在がここでも大きかったですね。
訪日外国人向けのAIオンデマンドは、私たちにとっても初めてのことで、当初は利用者が集まるのか不安でした。しかし、取り組みがいざ始まってみるとそれは杞憂でした。アプリで配車することは外国人にとって当たり前で、インバウンド観光客が増える冬季に実施したことも功を奏しました。これまで二次交通の有効なシステムがありませんでしたが、そこにニーズがあることがわかりましたし、白馬村の宿泊事業者のみなさんもメリットを感じてくれて積極的に広報をしてくれました。
――AIオンデマンドタクシーは、白馬村にとって初のトライアルだっただけに、想定外の事態にも直面したのではないでしょうか。
末廣今回の取り組み以前から、白馬村ではシャトルバスを運行していたので、それらのデータを基礎として事前にシミュレーションし、「こういうサービスなら受け入れられるのでは」と想定して臨みました。しかし、いざ実践してみると降雪や積雪による道路事情など、さまざまな要因で予測とのズレが生じ、各種の調整が必要になりました。また運行がスタートし、最初の2~3週間は、利用者の相乗り人数を調整したり、雪道で時間がかかることに対応したり、通れなくなっている道を対象から外したりなど試行錯誤を繰り返しました。当社のAIは、利用者や運行者側から発生したニーズに対応してルートをすぐに再計算する「ダイナミック・ルーティング・アルゴリズム」という特許を持っています。それを白馬村の地域特性を踏まえてカスタマイズし、利活用することで少ない台数での効率的な相乗りが実現しました。現地の状況をよく知っているタクシーの運転手さんにも苦労なく使ってもらえたのではないでしょうか。
上嶋ええ。地場のタクシー運転手は、本当に白馬村のことや道路事情も熟知していますし、プロとしての思いもありますから、多くの運転手の賛同を得るためには臨機応変な対応ができることが重要なポイントです。この点でも、柔軟なシステムに進化しつつあると感じます。
市原プロジェクトのキーワードに挙げたのが「合意形成」と「共創」でした。アルピコ交通の事業者間調整なども奏功し、地元のタクシー事業者を複数社巻き込む形でこの2つを遂行できました。テクノロジーやソリューションありきではなく、地域を形づくるみなさんと一緒にプロジェクトを進め、アジャストできたことが大きかったと思います。
矢口先ほど少し触れましたが、2022年9月から移動制限が緩和されてそこから急ピッチで計画や予算策定を進めた、という難しさもありましたね(苦笑)。
市原本当にそうですね。現在は「チャレンジナガノ」から発展して、「チャレンジ白馬」という愛称のワンチームで進めています。そして、これから持続的なプロジェクトにするためには、移動の利便性向上だけでなく飲食店や宿泊施設などとの連携も深めながら「合意形成」と「共創」の幅を広げていく必要があると考えています。
――第2弾の実証実験が、2023年7月から9月まで行われました。どのような気づきが得られたのでしょうか。
末廣夏の移動需要が冬とは全く違い、利用者数にも開きがありました。アプリ利用者の約9割は日本人で、基本的には自家用車で白馬村を訪れる観光客です。このため、AIオンデマンド乗り合いタクシーを利用するタイミングも異なります。
矢口当初想定していたよりも利用者数は少なかったですね。「1日100人」と見込んでいたのですが、実際には1日70人程度。冬の結果が良かっただけに期待していたのですが、予想とは少し外れました。ただ、気付きの点では良い実証実験になりました。例えば、客層としては日本人の中高年齢層が多かったためか、アプリの操作に関する問い合わせも多くありました。このためアプリ画面の改善や各種告知など、さらに使いやすくするための施策を考えています。
市原多くの課題も見つかりましたが、一喜一憂することなくオールシーズン型マウンテンリゾートとして年間を通して最適な姿を目指していきます。夏の実証実験では、信州大学のMaaSを研究するゼミが、地域課題解決のフィールドワークとして参加してくれました。その中で、白馬村に大学生たちが合宿し、各種のヒアリングも行ってくれました。こうしたつながりを通じた今後の取り組みの発展にも期待できます。
上嶋確かに、夏は自家用車で訪れる日本人観光客が多いだけに、ハードルは高くなりました。ただ、夏場の集客力向上も目的の1つですから、交通事情の改善を通じて多様な需要の掘り起こしにつながると見ています。また、市原さんが触れているように、若い人たちの参画によって白馬村に新たなチャンスが生まれている点は追い風です。次世代を担う世代が参画することで、SDGsや環境、エコなどに対する取り組みも広がりを見せるでしょう。その第一歩として、持続可能な社会の創出につながるAIオンデマンドタクシーという交通手段も定着し、利用者数が伸びていく。そんな可能性を感じています。
――今後の展望についてはどのようにお考えでしょうか。
市原これまで観光客向けAIオンデマンドタクシーの実証実験に取り組んできましたが、来年度以降は福祉バスやスクールバス運行のAIオンデマンド化など住民向けサービスについても、みなさんと一緒に検討していきます。例えば、1日を通した利用者の違いを取り込み、多角的な運用を検討することで地域全体の交通課題の解決を目指したいと考えています。街中の活性化や観光振興、MaaSなど地域が目指す姿にあわせたアプリケーションを提供する「L-PASS」なども私たちは有していますので、その応用も進めて行きたいと考えています。より長期的な展望としては、交通を起点の1つに「交通×飲食」「交通×宿泊」など、対象とする範囲を他の領域にも広げ、観光客にとっても住民にとっても最適で持続的な地域エコシステムとして、白馬村を世界水準のオールシーズン型マウンテンリゾートにしていきたいですね。
末廣これまでの気づきや経験から、新たなチャレンジがすでに始まっています。例えば、「車内へのスキー板持ち込みを有料化する場合にタクシー運転手の負荷をどう減らすのか」「福祉バスやスクールバスと運行を一本化する場合にどんな機能が必要になるのか」などです。当社では新たに乗客管理と運転手管理、そして運行管理を一体化したアプリも開発しました。そこに盛り込まれた新しい機能を活用し、難題の解決に取り組みたいと思います。
上嶋地元の交通事業者として、今回の経験を踏まえながら新たなビジネスモデルを創出し、通年で白馬村を盛り立てたいと考えています。そのためには1社だけでなく、パートナーの力が必要です。まさにこれから始まる2023年の冬は、有償化を視野に入れた実証実験にも取り組みます。ワンチームでの共創という画期的な形でプロジェクトを進め、同様の課題を抱える他地域のモデルケースとなるよう一歩ずつ取り組みを進めて行きます。
矢口交通を軸に他の領域との連携を進めていきます。次は今バラバラになっている福祉バスとスクールバスにAIオンデマンド乗り合いタクシーの知見を取り入れて一本化し、「住民の足でもありながら、観光客の足でもある」という形を実現していきたいですね。四季折々、さまざまな色彩を見せるのが白馬村です。その自然の豊かさやそこに暮らす人たちの笑顔を大切に思う気持ちを持って、これからも誰もが安心して便利に交通機関を利用できる白馬村を目指していきます。
――現在、特に力を入れて取り組んでいる練習内容はありますか?
松友「全て」というのが答えです。ある日いきなり強くなれることはなく、毎日の小さな積み重ねによって変化するしかありません。そのために、毎日明確な目的を持って練習に臨んでいます。技術面での変化や小さな感覚の違いなど、何かしら気付きを得ることができるからです。
具体的には、トレーニングで教えてもらったことを翌日すぐに試してみて、その振り返りや反省をし、また次に生かしていく。その繰り返しです。
――中長期的な目標を持つことは一般的にもイメージしやすいですが、“毎日”目標や目的を持つことは容易ではありませんよね。その姿勢が生まれた原体験やきっかけを教えてください
松友バドミントンを最初に始めたときの、「ハネが当たった」「できなかったショットができた」という瞬間の喜びが原体験であり、原動力の根底にあります。今でもできないことができるようになったり、自分でできない部分を理解できたりしたときは「うれしい!」と感じます。そうしてバドミントンを通じてさまざまな経験をしていく中で、自然と向上心が出てきました。これらの経験全てが自分を奮い立たせてくれます。
――バドミントンに向き合っていく中で、挫折や苦しいこともあったのでは?
松友苦しい状況は、成長できる機会でもあると思います。自分で乗り越えるしかないですし、それによって新たな知識や気付きを得られて成長につながるので、私にとって挫折や苦労と捉えている出来事はあまりないんです。
どんなに練習を重ねてもなかなか結果が伴わないこともあります。それが続いてしまうと、逃げたいと思うこともあります。ただ、一度でも逃げてしまったり、「これでいいや」と楽な方向に行ったりしてしまうと、なかなか元には戻れません。少しの間は楽になっても、本当に力を発揮したいときにできなくなってしまう。他の選手との差も開いてしまいますよね。自分のできないことや反省点を知れることは全て成長につながっている。そう信じて、乗り越えたいと思っています。
――チームのスタッフの皆さんにはその性格を「武士」と例えられることもあると伺いました。バドミントンに対して本当にストイックで、信念を貫いて日々練習されているのですね
松友武士……(笑)。実は、自分のことをストイックとは思っていないんです。最初にもお話しした通り、強くなりたいと思ったら練習をするしかありません。自分が必要だと思うから毎日練習を積み重ねている。それを「努力」とも思っていません。
――きっとその姿勢を一般的には「ストイック」と呼ぶのだと思います! 淡々と語られる姿もまさに「武士」そのものですね。松友選手がバドミントンと向き合う中で大切にされている言葉や信念はありますか?
松友「現状維持は退化と一緒」という言葉です。10年以上この言葉を大切にし、常に成長していけるように日々練習しています。バドミントンに限らず、知らないことを知る、新しいことができるようになるって楽しいですよね。現状に満足はせず、常に新しい何かを身に付けられるように意識をしています。
――日々強い想いでバドミントンと向き合われていますが、リフレッシュできる時間はあるのですか?
松友もちろんあります! お笑い芸人の動画を見るのが好きで、移動のスキマ時間に見て息抜きしていますよ。ドラマも見られるときには見ていますし、遠征中の飛行機で映画を見るのも好きです。あとは、漫画も大好きです。息抜きで読んではいるものの、『ワンピース』や『スラムダンク』『ブルージャイアント』のような目標のためにまっすぐに進み続ける漫画は、自分もこのくらい頑張らないと!と励みになります。こう話してみると、エンタメ全般が好きですね(笑)。
――BIPROGYバドミントンチームの魅力や良さはどのようなところだと思われますか?
松友選手が世界で勝つために、会社をあげて支えてくださっているところだと思います。18歳で入社してから今まで、日々の練習環境を整えてくださり、さまざまな場所で試合をさせていただいています。なかなかここまでやらせてもらえることはないと思うので、幸せですし、ありがたいです。
チームに入ったときは一番年下だったのですが、今では一番上の年齢になりました。後輩たちからもいろんなことを教えてもらって良い刺激になっています。
――最後に、今後の意気込みをお聞かせください
松友2024年のパリ五輪で勝つという目標はありますが、やはり毎日を大切に積み重ねて成長していくことが何より大事。与えられた時間は全員一緒です。その中で、1つでも多く新しいことを身に付けたいと思うと、どれだけ1日を大切に過ごせるかが鍵になると思います。実際にそれを行動に移すのは確かに大変かもしれませんが、私にとってはそれが日常。これからも練習を続け、成長していくのみです。
「BIPROGY その輝きの先へ(想い編)」
「BIPROGY その輝きの先へ(響き編)」
応募方法は2つ! どちらかの方法を選んでご参加ください。
▼ご応募終了しました▼
2023年11月27日(月)
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12月11日(月)
BIPROGYは東京ディズニーランド®/東京ディズニーシー®のオフィシャルスポンサーです。
齊藤2023年3月に新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」がオープンしました。球場周辺では、「北海道ボールパークFビレッジ」の整備が進んでいますね。この中では、球場を中心とした多様な施設が展開されます。エリア開発を主導するファイターズ スポーツ&エンターテイメントの小川さんに、Fビレッジ構想の全体像についてお聞きします。
小川日本ハムファイターズは2004年に東京から北海道に移転し、北海道日本ハムファイターズが誕生しました。札幌ドームを借りてゲームを開催していましたが、さらなる将来成長のためには球団と球場を一体運営する必要があると考え、自前の球場づくりを検討しました。やるからには、長期的な目線で街づくりに貢献したい――。私たちは当初からこう考えて道内の候補地を探しました。最終的に北広島市を選定しましたが、決め手はまず敷地。Fビレッジ全体で32ha、球場だけなら6つほど入る広い敷地を北広島市から借りています。立地面でも、この場所は北海道の玄関口とも言える新千歳空港と札幌の中間地点にあたり、多様な機能を持つ施設を開発・拡充することができる高いポテンシャルがあります。
齊藤当初からスタジアムの開発・運営だけではなく、 街づくりを構想していたのでしょうか。
小川はい。私がFビレッジに関わるようになったのは、候補地選定を進めていた2017年ごろです。当時から、経営層は街づくりを考えていました。もちろん、自分たちだけでできるとは思っていません。対等な関係をベースにパートナーや、テナントといった事業者を巻き込み、北広島市とも協力しながら街づくりを進めていく。私自身もこうした考え方に共感しています。
齊藤街づくりとなると相当大きな投資が必要ですね。
小川ええ、ですがその経済効果も大きい。スポーツマーケティングの最先端を行く米国では球場単体ではなく、街づくりを目指す方向性が近年目立ちます。スポーツのもたらす価値や雰囲気が周辺エリアに波及していく、こうしたアプローチによる地域づくりの有効性は多くの国々で広く認識されつつあるように思います。
齊藤経済効果については、現時点でどのように見込んでいるのでしょうか。
小川Fビレッジには民間資金だけでなく、北広島市の財政資金、国からの補助金も投入されています。したがって、できるだけ定量的に効果を可視化する必要があると考え、北広島市の持つ情報も用いて経済効果を算定しました。準備段階の2018年から開業10年目まで、15年間の経済効果は北広島市と周辺地域を合わせて8400億円。そこには定住人口や交流人口の増加、事業機会増加などの効果が含まれます。また、市や道、国に対しての税収効果は271億円。この過程で北広島市の税収は77億円程度押し上げられる見込みです。国や自治体が投じた資金は、開業10年以内に税収として戻ってくることが期待できます。
齊藤フィールドを見下ろせる位置に「TOWER 11」があります。ホテルや球場内温泉、球場内サウナなどもあり、野球観戦だけでなくさまざまな楽しみ方ができる施設です。その誕生経緯についてうかがいます。
小川ホテルや温浴施設について、最初はテナントの募集を考えました。多くの専門事業者が興味を示してくれたのですが、プロの目にはどうしても「不確か」「リスクが大きい」と見えてしまうようです。「試合のある日はよいが、それ以外の日の稼働が読めない」ということです。
齊藤「価値の詰まった社会を創る」というミッションを掲げるSQUEEZE(※1)はホテルDXのリーディングカンパニーであり、BIPROGYグループのCVCであるキャナルベンチャーズの出資先スタートアップでもあります。小川さんのおっしゃる不確かさもあった中で、SQUEEZEはFビレッジの構想段階からTOWER 11に携わっていますね。その参画経緯についてお聞かせください。
※1 株式会社SQUEEZE(スクイーズ)…「空間と時間の可能性を広げるプラットフォームになる」ことをビジョンに掲げ、現在は主に自社ホテル運営やクラウド運営ソリューションの提供を通し、ホテル業界のDX化を推進している
舘林2021年12月にファイターズ スポーツ&エンターテイメントと業務提携し、「どのような施設をつくるか」「どのようなビジネス形態が適しているか」などの議論に加わるパートナーという立場で参画しました。決め手は、Fビレッジの描く未来に共感したこと、そして、新たなフィールドでお客さまがワクワクするようなホテル体験を創造していきたいとの気持ちからです。多様な案を検討した結果、部屋数を絞って広めの部屋を用意し、子ども連れのファミリー層にも対応できるプランに落ち着きました。それが希少性を生み出し、温泉やサウナとのシナジーも相まってTOWER 11の価値を高めています。
小川TOWER 11の開業以来、収益面でも順調に推移しています。意思を持ってやり切れば自ずと結果はついてくる。日々、その思いを強くしています。
舘林開業して数カ月ですが、その1つの成果として現状では試合日は満室、試合のない日を含めた客室の稼働率は平均95%で推移しています。
齊藤素晴らしいですね。Fビレッジ全体の魅力が多くの人たちを惹きつける。球場だけでは、ホテル事業は成立しなかったかもしれませんね。
舘林そう思います。TOWER 11の取り組みだけではなく、Fビレッジで行われたサマーイベントなどの催しによる交流人口の創出も重要です。さまざまなエンターテイメントとの相乗効果で、現在のような実績につながっています。
齊藤球場内の温泉というアイデアも面白いですね。
小川設計会社への依頼前から、温泉を掘ることは決めていました。背景には、温泉やサウナを含めて、球場以外にも「さまざまなコミュニティをつくりたい」「生活者とのタッチポイントをできるだけ増やそう」との発想があります。多くの人が集まればコミュニティは成長し、文化が行き交う場所になります。また、温泉がある球場は世界的に前例がありません。世界で初めてのことをやりたいなという気持ちもありました。
齊藤Fビレッジは2023年3月の開業ですから、その準備期間はコロナ禍と重なりました。最初の緊急事態宣言は2020年4月。翌月の着工に向けて準備が進む中、いろいろなところに影響が及んだと思います。
小川確かに影響はありましたが、大きな混乱なく乗り切ることができました。もしコロナ禍が1年早ければ、着工前だったのでプロジェクトの延期や休止も議論になっていたかもしれません。逆に1年遅れだったら、収束の兆しもなかったはずで、開業初年度は無観客試合を余儀なくされていたでしょう。当然、その影響はTOWER 11にも及んでいたはずです。
舘林間一髪のタイミングでしたね。
小川私は「コロナ禍は明ける」と強く信じ、あまり気にしないように仕事に打ち込んでいました。ただ、本音を言えば心配がなかったわけではありません。特に温浴施設については、プロから「収益的には厳しい」と聞いていたからです。ところが、開業後は予想以上の結果が出ていますので、本当にうれしい気持ちで一杯です。
舘林コロナ禍の準備中は、「どうやって三密を回避するか」「コロナ禍を前提にどのようなサービスが提供できるか」など小川さんと何度も議論を重ねました。ただ、2023年初めごろから世の中の雰囲気も明るくなり、開業時期になるとコロナの直接的な影響は薄れていたように感じます。
齊藤TOWER 11ではコロナ禍の影響は回避できたようですが、SQUEEZEの事業そのものは相当のダメージを受けたと思います。2014年設立のスタートアップがさらなる成長を目指していた時期に、突然現れたコロナ禍という壁。どのように乗り越えたのでしょうか。
舘林投資家やパートナーなど、サポートしてくれたみなさんのおかげです。特に、2020年は大変な時期でした。私たちはホテル業界のDXを目指し、テクノロジー活用とホテル運営を事業の柱としていますが、当時はビジネスの8~9割を占めていたインバウンド需要が3~4月の段階で一気になくなりました。すべてをゼロベースで見直し、トップダウンで迅速な意思決定を行う。社員には負担をかけましたが、真摯に支えてくれる部下の思いを大切にしながら事業を継続しています。TOWER 11以外にも26施設のホテルを運営しており、外国人向けの広めの部屋が多いのも特徴です。コロナ禍では、長期滞在や隔離などに利用されました。その他にも、若者の仮同棲プランなど、需要を模索し多様なプランについてスピード感をもって展開しました。運営するホテルは、宿泊運用管理システム の効果もあり、固定費が低いモデルを実現できているため、コロナ禍でも7割ほどの稼働率を維持し、ダメージを抑えることができました。その知見はTOWER 11でも役立っています。
齊藤意思決定のスピードという観点では、ファイターズ スポーツ&エンターテイメントも相当なものですよね。
舘林私はパートナーの1社として見ている立場ですが、これだけ大規模な事業なのに、首脳陣の意思決定がとても速いことに本当に驚かされます。
齊藤意思決定のポイントをぜひ知りたいですね。
小川今、Fビレッジを共創しているのは、舘林さんのように、私たちの示したビジョンや方向性に共感してくれた方々です。“海のものとも山のものとも分からない”。そんな企画段階から、自らリスクを背負って壮大な街づくりの一翼を担ってくれました。Fビレッジの将来に夢を持ち、互いに共感しあえるかどうか――。ここが、決定的に重要なポイントです。この軸を共有しているからこそ、参画パートナー側も迅速な意思決定ができ、お互いが高め合って前に進んでいけるのだと感じます(※2)。
※2 エスコンフィールド内では、道内だけではなくFビレッジの理念に共感した事業者が全国から参画している。例えば、長野県に本社を置く「ヤッホーブルーイング」が出展し、球場内にビール醸造所をつくり新鮮なクラフトビールを提供している
齊藤素晴らしいですね。BIPROGYも「ビジネスエコシステム」、そして「デジタルコモンズ」を掲げ、これまで多くの企業と一緒に新たな挑戦をしてきました。目指す未来の姿を共に見つめ、「共感」を軸にした共創準備に進む。そして、事業の「実行」に際して“社会課題を解決する”との強い思いを、お互いに改めて確立できるかも大きなポイントです。深いレベルで共感を醸成できれば、すんなり実行に踏み出せるケースもある。こうした経験を通じて、共感の重要性について私たちも日々肌で感じています。ファイターズ スポーツ&エンターテイメントの意思決定力も印象的ですね。実際、小川さんご自身としてはどのように感じていますか。
小川経営層のリーダーシップと意思決定力は、日ごろから実感しています。そこには、周囲の意見をしっかり聞く姿勢もあり、その上で判断している安心感があります。私を含め、現場からはさんざん意見を言っていますが(笑)、それが間違っていたとしてもとがめられることはありません。意見が採用されなくとも、経営層がその理由についてきちんと説明してくれるので、納得感を持って仕事を進めることができます。
齊藤なるほど、多くの経営者にとって気づきになりそうです。
齊藤開業から半年以上が経過しましたが、集客などの現状について教えてください。
小川2023年3月に開業し、8月時点でFビレッジの来場者は200万人を突破しました。チケットを購入して試合を観戦する人が120万人強、その他の80万人弱が試合のない日を含めたFビレッジの来場者です。私たちが同年に目指している「試合日に200万人、試合のない日に100万人で合計300万人をFビレッジに呼び込む」という目標に向かって順調に推移しています(同年9月末時点で300万人を突破)。
齊藤なるほど。先ほど舘林さんからホテルについても好調な数字をお聞きしました。12ある各部屋にはそれぞれユニークなコンセプトがありますね。ぜひその意匠面などで工夫した点などをうかがえますか。
舘林各部屋で個性的な部屋づくりができたのは、小川さんたちのクリエイティビティに対する思いがとても大きいですね。小川さん、ぜひその思いを語っていただければ!
小川分かりました(笑)。まず、TOWER 11の名称はダルビッシュ有投手、大谷翔平選手のファイターズ時代の背番号に由来しています。彼らは私たちにとって特別な存在です。両選手の大きなウォールアートがTOWER 11の1階コンコース側にあり、球場内のランドマークになっています。そして、客室にも「DARVISH & OHTANI」を冠した部屋が2つあり、そこにはサイン入りの貴重なユニフォームを展示しています。他の部屋も、エスコンフィールドの建築イメージを展示した客室や、スポーツ雑誌とコラボレーションするなど野球を切り口にしたさまざまなコンセプトに基づいてデザインしました。また、コンセプトを公開していない部屋もあり、お客さまが何度来ても飽きない工夫をしています。
齊藤ファンにはたまらない仕掛けですね。すべての部屋を制覇したい、何度も宿泊したい、そんな思いにもつながる。お二人は今後、TOWER 11とFビレッジの価値をさらに高めるために何を考えていますか。
小川ファイターズのファンクラブとは別に、Fビレッジの専用アプリをつくり、ID登録会員を募集しています。両方合わせると、会員数は40万人ほど。アプリユーザーに向けて、これからもっと面白い提案ができるはず。もちろん、会員増に向けた施策にも注力します。
舘林アプリには多くの可能性があります。例えば、パートナーやテナントが連携した新サービスの開発。Fビレッジには建設中の施設も多いので、連携の可能性はさらに広がります。また、常連客を便利な駐車スペースに案内するなどロイヤリティプログラムも考えられるでしょう。データの分析・活用はこれからの段階ですが、データが蓄積していけば便利な新規サービスも開発しやすくなるはずです。
齊藤北海道在住の親戚によると、試合が始まる何時間も前にFビレッジに来ていろいろな施設を回って楽しむそうです。本当にファンの心をつかんでやまない場所になっている。笑顔で話す彼の姿からも伝わってきます。そして、お二人のお話を通じて、今後Fビレッジを訪れるすべての人にとってより魅力的な場所へと進化していく、そんな予感がします。
小川人口減少という大きなトレンドがある中で、ファイターズ・野球のコアなファンだけを追いかけるのでは限界があります。これまで以上にファンが楽しんでもらえる環境整備に注力することを大前提に、さらに門戸を広げ、野球に興味のない層にもFビレッジを楽しんでもらいたい。そのために、幅広い年代の生活者とのタッチポイントを増やしていきたいですね。例えば、グルメフェスやマルシェ、ワークショップなども企画・推進しています。居住空間も整いつつあり、将来的には学びの場なども拡充していきたいと考えています。北広島市とも良好な関係を築けていますので、産学官で協働し、多様な事業者に参画してもらえる仕組みづくりを深めることで、球場と野球以外のコミュニティも醸成されるでしょう。この循環を経て交流人口や関係人口、定住人口の増加にもつなげ、ボールパークを起点とした、次世代が笑顔で生活できる新たな“街づくり”に挑んでいきます。
齊藤そうした活動が、小川さんたちの掲げる「世界がまだ見ぬボールパーク」づくりにつながっていますね。その姿はすでに現れ始めていますが、これからも数々の驚きを届けてくれるでしょう。街づくりというチャレンジングな夢を実現しようとするFビレッジ構想に大いに期待するとともに、BIPROGYグループも積極的に貢献していきたいと感じました。環境面にも配慮した街づくり、デジタル田園都市構想の実現、さらにはデータセンターや関連企業の集積を図る「北海道バレー構想」との接続など、この先の可能性に胸が膨らみます。本日はお2人ともありがとうございました。
――まず、PHROの特徴についてお聞かせください。
浦田健康寿命の延伸のためには、個別の健康を最大化することが必要です。健康になるためのアプローチは一人ひとり違います。それを知るためには健康診断の情報だけでは十分ではありません。心身の情報に加えて、その人を取り巻く環境情報や社会情報、つまりどのような働き方や暮らしをしているのかなどを知らなければなりません。
PHROではこれらの情報を「点」ではなく「時間軸」を持って継続的に健康状態を計測し、データを収集・分析することで一人ひとりに寄り添った健康づくりの提案ができると考えています。これを実現するためにも、健康医療分野における研究開発や事業化を支援していこうとしています。
――どのようなきっかけからPHROが誕生したのでしょうか。
浦田10年前に立ち上げた、認定NPO法人の健康ラボステーションがきっかけでした。母体は調剤薬局の株式会社育星会です。私は以前、銀行員をしていてその時の最初のお客さまが育星会の先代の社長でした。その後、一度仕事を辞め再就職しようと考えていた時に、知人を通じて声をかけてもらい育星会へ入社しました。
経理として入社後、3カ月ほどたった時に先代社長から「処方箋に頼っていては事業が先細る。調剤薬局の未来像づくりをやらないか」と言われました。まず現場を知るために受付業務なども経験し新たに企画部署を立ち上げました。多様な事業プランを検討した上でたどり着いたのが、未病(※)対策や病気予防推進を目的とした健康ラボステーションの設立でした。
※未病…発病には至らないものの、健康な状態から離れつつある状態のこと
同じころ、私の父が肝臓がんでこの世を去りました。55歳の若さでした。お酒が好きで「病気は気合で治す!」と言っていた父でしたが、がん告知から25日目に亡くなってしまいました。悲しくて「病気になる前に、楽しく健康に向き合えたら良かったのに……」と、何度も何度も悔やみました。その気持ちも大きなきっかけです。
当時は、調剤薬局が主体となって未病対策や病気予防の活動を行うことは業界としてあまり前例がなく、育星会とは別の組織として健康ラボステーションを立ち上げる必要がありました。協力者を探す時に『医者は病院の外に出よ』という書籍を出された医療法人創夢会むさしドリーム眼科理事長 武蔵国弘先生のご講演を聴き、感銘を受けました。こちらのビジョンを先生にお伝えしたところ共感いただき、先生を健康ラボステーションの副理事にお迎えしたところ、この取り組みを知っていただくために、さまざまな医療関係者をご紹介いただきました。現在は、楽しみながらの健康づくりをモットーに、検診の受診勧奨とかかりつけ医をもつことの大切さを発信することをメインに大阪を中心に活動しています。スタッフに薬剤師や管理栄養士が多いのが特徴です。
――健康ラボステーションとPHROとはどういう関係なのでしょうか。
浦田活動を続けるうちに取り組みが認知され、国や大学、研究機関から計測依頼や共同研究のお話を頂くようになりました。手ごたえを感じる一方、扱う金額が大きくなってくるにつれてNPOとしての活動に違和感を覚えるようになりました。そこで、計測業務を健康ラボステーションから切り出す形で、2020年にPHROを立ち上げました。スタッフは今でも両方の仕事を担っています。
――PHROではどのような事業を手掛けているのでしょうか。
浦田医療機関や大学などの団体と連携して5つの事業を展開しています。メインは、カラダ計測イノベーションと各種健康ソリューションの開発支援。研究開発や実証試験を目的とした計測の企画や設計、実施から契約管理などの総合マネジメントを手掛けています。
また、新たな計測技術の検証と評価にも取り組んでいます。新たな計測デバイスの検証や評価を行うことで、ヘルスケア関連のものづくりを支援していければと思っています。
計測を行う中で私たちが大切にしているのが、測り手の存在。参加者のことを知りたい、役に立ちたいと思っている測り手がいる計測会場は、その思いが伝わるのか、参加者の方々も楽しそうで、ご自身の食習慣や運動習慣など健康に関連する情報を積極的に話してくださいます。たくさんお話を伺えることで、お一人おひとりに合った健康づくりを一緒に考えることができます。また、研究における計測でも測り手の存在は大きいです。決められたルール通りに計測することが確度の高いデータ収集につながり、そのデータを基に研究が行われることで、世の中に良いものを生み出すことができると思っています。そういった測り手を育てるためにヘルスチェックアドバイザーという認定制度を設け、養成にも取り組んでいます。
――BIPROGYがPHROと業務提携することになったきっかけを教えてください。
高山2019年から神戸大学大学院医学研究科AI・デジタルヘルス科学分野の共同講座を担当させていただき、その時に教授から浦田さんの取り組みを聞きました。そのころ、「ヘルスケアデータをデジタルだけで扱っても継続性が弱く、人の健康に関する課題の全てを解決することはできないのではないか」と考えていたので、浦田さんの活動に興味を持ち、ご紹介いただきました。
社会課題の解決につながるパーソナライズドヘルスケアを目指す中で、予防や早期発見は非常に大切です。ただ、健康に対する考えは人それぞれです。無理なく続けられるサービスを提供することも簡単ではありません。実は私自身は、がん罹患経験があり、それをきっかけに自分の健康に強い関心を持つようになりました。しかし、働く世代を中心に、自分の健康にあまり関心を向けられていない、自分の健康のために行動できていない人が多いのが現実だと思います。この中で、浦田さんの取り組みが多くの方にとって自分の健康を意識するきっかけになるのではと期待していました。また、BIPROGYとして各地で多様な取り組みを進めていることからもデジタルの力でサポートできることがあるはずだと考えました。
浦田初めて高山さんにお会いして話した時に、BIPROGYは人を大切にしていて、私たちと同じ想いを抱いていると直感しました。ポイントは皆でハッピーになろうと考えているかどうか。出会って最初の1~2年は、他の企業も交え事業検討のためのワークショップをしていました。「私たちが参加者の方々の計測データを蓄え、そのデータを活用してもらえれば社会の役に立つのではないか。それにはデジタル活用が必要なのでは」との思いは常々持っていたんです。ある人からは「宝の持ち腐れでは」とも。しかし、現実として、どのように整理すればよいのか、費用はどれほどかなど、分からないことばかりでした。
こうした状況下でPHROを立ち上げることになり、計測データをはじめとするヘルスケアデータをどのように預かるべきか真剣に考える必要が出てきました。そこで高山さんに相談したところ、デジタルで何ができるかというアドバイスと、ディスカッションの場を設けてくれたのです。
高山BIPROGYは、これまでBtoB領域を中心としてきており、BtoC領域はBtoBと比べると知見が多くはありません。そのため、利用者の課題やニーズを捉えるよりも、デジタルという手段の追求が先行してしまうことが課題でした。浦田さんとの議論からは多くの学びがありました。
――相互に補完関係にあったということでしょうか。
高山そう思います。一人ひとりに最適化されたパーソナライズドヘルスケアを提供する仕組みづくりには、複数のデータソース間の連携や、データの真正性担保、データの鮮度保持、継続して利用できることなどが重要です。PHROは、真正性を担保しながらデータを収集する仕組みづくりを進める。そして、BIPROGYが外部とのデータ連携や、人に寄り添うサービスを継続するための基盤を構築する、といった形でお手伝いができると考えました。そこで、改めて両社で業務提携を締結することにしました。
――業務提携によってどんなことを期待されているのでしょうか。
浦田1つは大阪以外の地域で同様の活動を展開することです。健康への意識を向上させるには、多くの拠点での活動が必要です。全国に同じ想いを持つ人はいるはずです。全国各地につながりがあるBIPROGYの協力を通じてデータを共有していく仕組みを広げていきたいと思っています。
高山先ほども少し触れましたが、BIPROGYは千葉県の柏の葉スマートシティ構想実現をきっかけに、パーソナルデータ連携基盤の「Dot to Dot」を提供したり、熊本県合志市での健康増進を起点とした地域住民のコミュニティづくりに産学官協同で取り組んだりしてきました。こうした生活者とデータをつなぐ経験を生かしてお役に立てると思います。
浦田「個人の同意を得た上であれば世の中のために利用してもよい」というデータが増え、蓄積されていけば、研究開発の品質がさらに向上し、効率化が実現されるはずです。その結果、より高品質な健康課題を解決する商品やサービスが開発され、生活者個々人に適したものが提供されるようになると考えます。それは生活者にとっても大きなメリットとなります。
高山浦田さんの取り組みを深く理解したいとの気持ちから、私自身もヘルスチェックアドバイザーの認定を受け計測現場を経験しました。この体験から、ヘルスケアの分野で新しい事業を生み出すには、デジタルだけでは解決できないことも多いと分かってきました。人の力とデジタルの組み合わせで、人々の健康に対する意識や行動を変容させることが重要だと思っています。
――最後に、今後の社会の展望についてお聞かせください。
浦田私たちが自分の健康に向き合う時、「病気が見つかったらどうしよう」とのネガティブな考えが先行しがちです。ですから、健康と向き合うことは「楽しい」と思ってもらえることがまず重要です。その点で、健康を考える際の選択肢は多い方が「楽しい」と感じやすいと思います。私たちの計測会場に訪れる人たちには、自分の健康に関心が高い人や、親身になってくれるヘルスチェックアドバイザーに会いたいと思われている人もいて、目的はさまざま。人それぞれの「目的」にかなう最適解を、多くの選択肢から見つけてもらえるようにしていきたいと考えています。
高山デジタルのアセットを生かして、ヘルスケアデータが安全に活用できる仕組みづくりを通じて健康を促進し、誰もがその人らしく暮らせる社会に貢献していきたいですね。PHROのように私たちの想いに共感してくださり、データから新しい価値を生み出したいと考える企業さまとの共創をさらに進めていきたいと思っています。
浦田今はまだ、私の父のような無関心層が多くいらっしゃいます。そうした方々までリーチできるよう、まずはヘルスケアチェックアドバイザーを育て、健康計測の裾野を広げ、アドバイスできる機会を増やしたい。健康寿命の延伸を「自分ごと」として捉えてもらえるようにして、ヘルスケアデータを提供してくれる方たちにメリットをお返しできる仕組みを確立していきたいと思います。その1つが、今年1月に立ち上げた「健康科学研究応援隊」です(※)。
※健康科学研究応援隊…年会費や登録料は無料で、自分が協力したいと思う分野で企業や研究機関が推進する各種の研究に参加できる。登録者は半年に一度、3つの計測(体成分分析測定、筋力測定、血流測定or糖化度測定)を無料で受けることができ、ヘルスチェックアドバイザーから計測結果を基に健康に関する助言を受けることができる
その創設にはきっかけがあります。私たちは企業からの依頼に基づき計測に協力しますが、企業の主な目的はデータを研究に生かすことで、私たちが計測結果を基にアドバイスをすることは求められません。このため、参加者がさまざまな計測を受けても健康増進の一助にならない点をもどかしく感じていました。参加者にとっても「健康のために必要」と言われても、人によってはその行動がおっくうだったり、時間が取れなかったりする場合もあります。ですが、主観ではなくエビデンスがあれば説得力が増します。一人ひとりが、自身のデータに基づいたアドバイスを受けることができ、さらに、計測という形で企業の研究に協力したことで自分たちにとって価値のあるサービスや商品が生み出されるなら、お互いに大きな利点があるはずです。健康科学研究応援隊は、健康ラボステーションに計測に訪れた人にも、こうした趣旨を伝えるなどでコツコツと登録者を増やしてきました。まだまだ草の根的な活動ではありますが、現在2000人以上の方が登録してくれています。この裾野が広がることが、企業と生活者の新しい関係づくりになればと考えています。
産学官連携と言われますが、主役は生活者であり、市民です。産学官に“民”が入るように、市民をもっと巻き込むことで、参加意識も高まります。健康科学研究応援隊の活動や高山さんをはじめとしたBIPROGYの皆さんとの共創を通じて、市民がワクワクする世界を実現していきます。
第1回目の「Morning Challenge!」がBIPROGY本社で開催されたのは、2017年2月14日のことだ。始業前、8時からの50分間、このイノベーション創発の場に100人超の参加者が集まった。その立ち上げの経緯について、オープンイノベーション推進室の北上峰子は次のように説明する。
「社内でコミュニケーションを取る相手は、どうしても自分の知り合いや同じ部署の人に偏りがちです。オープンイノベーションの加速のためには部署や役職、役割を超えて会話をする機会をつくりたい。そのためのきっかけになる場を、と考えました」
同じくオープンイノベーション推進室の松岡亮介は「当時、オフィスをフリーアドレスにするなど、多くの企業が社内活性化やイノベーション創出に向けたさまざまな取り組みを始めたタイミングでした。普段あまり会話をしないような人同士が接することによって起こる『セレンディピティ(偶然がもたらす幸運)』を狙ったのも目的の1つ」と語る。
その実現に向けては、まずは役員たちの説得に回ったという。北上と松岡はそれぞれ当時をこう振り返る。
「役員のみなさんにも、『一個人として参加して社員たちとの交流を楽しんでほしい』と伝えました。多くの方は『面白そうだね!』と言ってくださり、一部の方には『えっ……?』と戸惑いの声をいただきました」
「世間一般的には、『予算や時間をかけるのだから、どれだけの効果が得られるのかを示しなさい』との話になると思うのですが、多くの役員が、『効果がすぐに見えなくても、みんなで一歩踏み出そう』と賛同してくださったことが、スタートの後押しになりました。すごくありがたかったですね」
とはいえ、最初からうまくいったわけではない。「手探り状態だった」と北上は言葉を続ける。「最初は出席者同士で会話が弾むこともなく、みんな『ふーん』と登壇者が発表するお話を聞いている状態でした。でも、このような機会をつくることが第一の目的だったので、『とにかく継続しよう』と思いました」
Morning Challenge!が目指したのは、「ゆるやかなコミュニティ」だ。
「もちろん、最終的なゴールは新しいアイデアの事業化です。でも、事業化だけに注力しすぎると続かないと思ったんですよ。例えば、事業化を第一義として置くと、フィンテックやブロックチェーン、IoTなどその時々のテーマの中で事業化が見込めそうなアイデアかで終わってしまう。そうではなく、『アイデアを出し合う土壌が会社にあると実感できる』ことや、『アイデアを誰かに話したくなって周りが巻き込まれていく』こと、こうした良い循環の文化を創造することが大切と考えました。その“ゆるやかな”コミュニティが、やがて次へ次へとつながっていくことを期待しました」(松岡)
参加者には、ベーグルとコーヒーを提供する。これも運営チームのこだわりだったという。松岡はこう続ける。
「ゆるやかなコミュニティには、私見ですが、一定のおしゃれさと居心地の良さが必要なんじゃないかと考えました。だから、おにぎりとお茶ではダメだったんです(笑)。ベーグルとコーヒーだと、いかにもポジティブな会話が生まれそうじゃないですか」
「いやぁ、それも本当に試行錯誤しましたよね。ベーグルを早く来た人だけ食べられるよう数量限定で出したこともありました。開始前にベーグルをかじりながら、役職や部署を超えて会話が生まれる。自然と仲間になれる雰囲気づくりに心を砕きました」(北上)
席の配置なども劇場のような配置にしてみたり、円状にしてみたり。さまざまに試行錯誤した。この結果、参加者が前方のスクリーンに向かって座る形に落ち着いたという。また、あえてテーブルは置かずにパソコンを開きにくい環境も意識した。パソコンを開ける状況では、どうしても仕事をしてしまう人が出てきてしまう。そうではなく、Morning Challenge!に集中してほしいと考えたからだ。
多様なトライアルを行う中で、出席時間を業務時間に含めるかどうかも課題の1つだった。この点は、人事部と相談した結果、各部署の判断に任せることになった。ただし、意義を理解してもらうために運営メンバーが直接、参加者の上司に説明することもあるという。「何事もガチガチに決めすぎない。その曖昧さが参加しやすい雰囲気をつくるのでは」と松岡は語る。
コンテンツも試行錯誤し、初期から大きく変化させた。その始動から1年ほど経った頃、参加者が減少、かつ、固定化してしまったことがきっかけだった。
「当初は、数社のスタートアップ企業をカタログのように紹介するスタイルでした。そうすると、参加者の担当領域ではない情報には興味がわかない場になってしまう。各企業の事業や技術のすごさを伝えるだけではなく、私たちは、スタートアップ企業とどのようなかかわり方ができるのか、どんな面白いことができるのかを考える『ストーリー型のコンテンツ』に変えたんです」(松岡)
「やはり現場の人たちは、自分に関係ある業界の情報がほしい。でも、特定業界に閉じてしまったら、オープンイノベーションにはなりません。『自分には関係ないと思っていたけれど、話を聞いてみたら何かつながりそうだと思えるようなきっかけづくりがしたい』。その原点に立ち返って、徐々に変化させていきました」(北上)
こうしてBIPROGYのオープンイノベーションへの取り組みは社内外で注目を集め、2018年にはオープンイノベーション創造協議会(JOIC)&新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が発行する「オープンイノベーション白書(第二版)」にその取り組み内容が紹介された。
しかし、2020年に世の中はコロナ禍に突入。一時は継続が危ぶまれたものの、運営チームは同年3月からいち早くオンライン開催への切り替えを決断した。
「今でこそ100人以上が参加するウェビナーは当たり前ですが、当時はネットワーク環境も不安でしたし、とにかく手探り状態でした。でも、『社内なんだから、何かトラブルが起きてもいいじゃん。誰もやったことのないことだけど、やってみよう。それがMorning Challenge!だよね』と、日程も時間も変えずに開催しました。地方支社店の社員からも『待ってました!』という声が多かったです」と北上。松岡もこう補足する。
「在宅勤務に切り替わったことで、イベントを開催する朝8~9時と重なる通勤時間帯がちょうど空いたんですよね。それで、オンラインに切り替えたこともあって参加者が一気に増え、300人くらいになり以降、回を重ねる度に増えていきました」
オンライン開催をきっかけに、地方支社店やグループ会社のメンバーを加え、裾野が広がった。前述したカタログ型からストーリー型に転換したコンテンツも研ぎ澄まされていった。「オンラインだと特に、ただカタログ型の発表を聞いていてもつまらないんですよ。ある種の仮説に基づくストーリーを聞いているほうがイメージもしやすく、楽しく参加できます。結果的に半年で600人にまで参加者が増えました」(松岡)
一方、オンラインならではの課題もある。リアルな場で人と人が出会うことで生まれる「セレンディピティ」の要素が薄くなっていることだ。今後は、リアルとオンラインのハイブリッドにするなど、新たな展開を模索しているところだ。
コロナ禍以降、企画・運営にも携わる青山泰は、主にシナリオづくりを担当している。その思いを次のように話す。
「企画会議の場では、登壇者と『どういったメッセージを参加者に持ち帰ってもらうか』を決めます。それがその回のタイトルになります。事例や商材を単に紹介するカタログ型ではないので、『〇〇社紹介』というふうに、社名がタイトルにはなることはありません。その後、当日の進行シナリオをつくりながら登壇者と打ち合わせを進めていきます。コロナ禍以降、オンライン環境の普及で参加者も増え、その期待値が高まっているのを感じます。プレッシャーも大きいですが、期待に応えることがモチベーションにつながっていますね」(青山)
自身が担当する領域や分野であれば、社員たちもそれぞれアンテナを張っているため、情報感度も高い。ただ、Morning Challenge!ではそこから少し外れた分野や、1~2年後に可能性が広がりそうなマーケットに対してテーマ設定することを意識している。最近では、生成AI「ChatGPT」をテーマにした回は大反響を呼んだという。
「やはり自分が考えた企画が参加者から大きな反響を得られると嬉しいですし、たとえ反響が少なくても、じゃあ次回どうするかと工夫しながら考えていくのが楽しい。その魅力に取りつかれ、やめられなくなっています(笑)。また、参加者がイベントの話題をお客さまに話してくれていると聞くことも、とてもうれしい瞬間」と青山は笑顔を見せる。
「参加した社員たちがお客さまとの商談で話題にすることで、『BIPROGYは面白いな』と感じてもらって既存事業の受注の後押しになったり、新しいことを一緒にやりたいと思ってもらえたりする効果も期待するところです」(松岡)
――まずは、スクラムベンチャーズの取り組み(「Tackle!」)を参考に始動した「Morning Challenge!」ですが、その印象を教えてください。
私が参加をさせていただいた際に特に印象的だったのは、「幹部のコミット」です。朝からの開催でしたが、齊藤専務自らイベントをリードされていました。こうした取り組みは往々にして、現場がリードして、幹部の方は参加をしていても受け身であることが多いのですが、幹部がイノベーションに前向きである姿勢が強く伝わりました。
――Tackle!において、スクラムベンチャーズが日本企業の方々とコミュニティ形成を進めるにあたって注力している点を教えてください。
毎回アンケートをとりながらPDCAを回すことを意識しています。イベント終了直後にアンケートを送ることで参加者の方々から多くのフィードバックがいただけます。そのフィードバックから、どんな内容が期待されているのか、改善点はないか、などが把握できます。そうしたインプットを必ず次の回に反映させることで、参加者の方々のエンゲージメントを高めることができると考えています。
――オープンイノベーション推進を企図した取り組みは近年増加傾向にあります。しかし、志半ばで頓挫するケースも生まれがちです。その難しさについて、宮田様の視点からコメントいただければ幸いです。
イノベーションのJカーブを理解することが大事です。例えば、今であれば生成AIにみなさんの注目が集まっています。新しいソリューションを導入することですぐに見える効果もあるかもしれません。ですが、多くの場合、新しいイノベーションやスタートアップとの共創の成果が得られるまでには時間がかかることも多い。このため、1~2年という視点でなく、3~5年という長期的な視点を持つことが大事です。今であれば2030年の未来を見据えながら取り組めるかが肝になります。
――最後にBIPROGYおよび「Morning Challenge!」への期待についてお聞かせください。
さまざまなカテゴリーの企業のDXをリードする立場にあるBIPROGYが、イノベーションにコミットしていることを大変心強く感じています。この取り組みのような活動はすぐには成果に現れない地道な取り組みですが、長期的な視点でイノベーティブな雰囲気の醸成、コミュニティパワーの育成に役だつと考えています。これからもぜひ日本企業のイノベーションをリードしていってほしいと思います。
スタート当初、Morning Challenge!は新たなアイデアや交流の創出を企図していたが、現在は「得た気付きをそれぞれの部署に持ち帰ってもらうことが一番の狙いになっている」と松岡は話し、こう続ける。
「50分という限られた時間なので、その場ですぐに答えが出るわけではありません。何ができるかではなく、これからに向けて一緒に何ができそうかを参加者が持ち帰ることが大事なんですよね」
実際、参加した人が、自分の部署の部会やグループ会などで内容を伝える機会も多くなっているという。参加者自体は部署に1人か2人でも、その参加者が伝道者となり部署全体に広がっていく。
今後の展望について、3人は次のように語る。
「自分が今50代に近づいたことで、次世代を担う若者を応援したいとの思いが強くなっています。Morning Challenge!をきっかけに、社内外の若者たち同士が接点を持ち、社会課題の解決につなげられるようなきっかけづくりをしたいと思っています」(青山)
「続けてきて感じるのは、やっぱり人の話を紡いでいくのって難しいということ。それがうまくできるようになったら、オープンイノベーションがより加速しやすくなると感じます。出会っただけでなく、その人から聞き出す、その人を知ることができるようになれば、さまざまな可能性の組み合わせが生まれると考えています。そんな良い循環の基点として、今後も発展していければと思います」(北上)
「ゴールは、やはり事業を起こすこと。今後も、手探りの部分はあるものの、互いを尊重し合いながら前に進んでいきたい。そうすることで、思いもしなかった社会課題解決の可能性にたどり着けると信じています」(松岡)
2023年5月からは、スピンオフ企画「モアチャレ!」もスタートした。タイトルには、Morning Challenge !の愛称である「モーチャレ」に「もっと知りたい」という思いを加えた。イベントで取り上げた特定のテーマを参加者全員で自由に会話をすることで、より深掘りしていくものだ。すでに3回開催され、それぞれ100人以上が参加するなど新たな盛り上がりも生まれている。スタートから6年を迎えたMorning Challenge!は、今後も進化を続けていくことだろう。
田中昨年、私が社長に就任してからお客さま、パートナー企業さま、そして300名以上の社員と対話を重ねてきました。皆さんの思いを受け止める中で、ユニアデックスが挑むべき2つの課題が明確になっています。
1つ目はスピード感です。近年ChatGPTのような生成型AIの進歩が著しく、目まぐるしいテクノロジーの進化によって、社会の至る所でゲームチェンジが起こっています。弊社もこの潮流に取り残されないよう危機感を強く持ち、研究に取り組んでいます。さらに、お客さまのDX推進、ビジネスの成功を支えるというわれわれの使命においても、スピード感が求められています。今後、お客さまへ一歩先行く価値の提供をしていくためにも、戦略的に取り組む必要があるでしょう。
中村営業の観点からも、同感です。日々新しい技術や常識が生まれる中で、より広範囲の情報にキャッチアップして有益な情報を見極める。そして、お客さまの価値に結び付けられるか、すぐに検証する。こうした積極的なアクションは今以上に必要だと感じていますが、大前提として、それらに取り組むスピード感はとても重要です。
田中課題の2つ目はチャレンジ。弊社にはDXという言葉が世に出始めた2018年から、2022年までDXビジネス創生本部という部署があり、新しい顧客価値の創造に取り組みました。弊社が得意とするインフラ分野から一歩離れ、新たなアプローチを仕掛けようという試みです。本部長は中村さんでしたね。
中村はい。結果として、新たな事業領域での挑戦は難航してしまいました。その要因は、「ユニアデックスはインフラに強い」という自負のもと、無意識に自分たちの役割に線を引いてしまったことだと捉えています。しかし、「成功の反対は失敗ではなく行動しないこと」。私はこれまで、考えて行動すること自体に価値があると捉え、チャレンジを大切にしてきました。DXビジネス創生本部も、チャレンジはできたと評価していますし、さまざまな角度からビジネスの企画開発に挑んだ経験は、弊社にとって貴重な財産になっています。
田中その財産を生かし、この度、新たにマーケティング本部を設置しました。この部署で第一義に据えるのは、新商品の開発やサービスの実現に向けたプロセスの検証。加えて、お客さまのために何ができるのかという本質に向き合うことです。
中村新生マーケティング本部のミッションは、最新のテクノロジーや価値を発掘し、いち早くビジネスに反映させることです。その一歩として、BIPROGYグループの北米リサーチ拠点であるBIPROGY USAと積極的に連携する体制を整え、リサーチに注力します。その上で、お客さまの業務や課題を理解・共感し、同じ視点を持ちながら、課題に対する最適な解決方法や新しい価値を追求していきます。将来的にはスタートアップを対象にしたベンチャー投資も視野に入れ、戦略的に業務を進める方針です。
また、商品の企画開発から販売にいたるプロセスの一貫性、関連性を再構築することも必要です。特に重要なのが初期段階。リサーチから仮説検証、企画開発、市場展開のプロセスを「価値提供サイクル」とし、あらためて価値の仮説・検証をより緻密に行います。そして、このサイクルを高速で回していきます。
田中BIPROGYでは、この仮説と検証をお客さまと共に取り組んでいるケースが非常に多いです。ユニアデックスの方針も説明いただけますか。
中村弊社もBIPROGYと同様の方針で、すでに事例もあります。工場の作業工程をIoTで可視化するサービスの実証実験を、製造業を担う株式会社サカエさまと共同で行いました。プロトタイプでの実施でしたが、実際のラインで実験することで技術面の評価をはじめ、目指す価値や実現性、ビジネスモデルの側面に至るまで、多くのフィードバックを得られました。残念ながら商品化には至りませんでしたが、この実験を踏まえて次のステップに向けた判断ができたと思います。大きな価値のある取り組みでしたし、サカエさまにご協力いただけたことに大変感謝しています。
田中パートナー企業との協力関係についてはいかがでしょうか。
中村もちろんパートナー、メーカー、ディストリビューター、各企業の皆さまとはこれまで以上に連携を深めることで、両社のビジネスを加速させていきたいと考えています。
ここでも1つ事例を紹介させてください。弊社はクラウド型ネットワークサービス「Wrap(ラップ)」を開発・提供しています。2020年に新型コロナウイルスの影響でテレワーク需要が広まった際、多くの企業さまの助けになればと、Wrapの無償提供に踏み切りました。弊社として前例のないことでしたが、考えに賛同し一緒に動いてくれたパートナーさまのおかげでスピーディーに実現できました。有償提供に戻ってからも、多くの企業さまに継続してご利用いただいています。パートナーさまと同じ方向を向いて戦略を共にし、迅速にアクションを起こしていく。その重要さを肌身で感じる経験となりました。
本講演に際し、ユニアデックスの取引先を代表して株式会社キッツさま、パートナー企業を代表してシスコシステムズ合同会社さま、ヴイエムウェア株式会社さまの3社からビデオレターが寄せられました。
「私が5年前にキッツに転職した際、社内のネットワークインフラは多数の課題を抱えた状態でした。そこで、前職時代に信頼を寄せていたユニアデックスさんに相談し、再びお付き合いが始まりました。当時、御社に泣きついた時には、営業の担当者はもとより、SE、工事専門家、セキュリティーの技術者など総勢10名以上がすぐに飛んできてくださりました。私の話を親身に聞き、一緒に対応策を考えてくれたことを今でも覚えています。今後もパートナーであり良き相談相手として、ITインフラの安定的運用、そしてインフラを超えた新規技術のビジネスへの適応提案を期待しています」
「おかげさまで昨年、シスコジャパンは創立30周年を迎えました。われわれはイノベーションの価値をいち早くお客さまにお届けするため、提供ポートフォリオをハードウェアからソフトウェアにシフトしています。その具体的なアクションが、お客さまのビジネスに伴走しながら支援するライフサイクル型サービスの実施です。これはシスコ単独で実現できるものではありません。今後もサポートサービス分野のトップパートナーとして、ユニアデックスさまとのパートナーシップをさらに強化し、お客さまの成功を支援することで、シスコのパーパスにもある『インクルーシブな未来』の実現に貢献していきます」
「ヴイエムウェアの日本法人は今年20周年を迎え、ユニアデックスさまとは日本法人設立当初からのお付き合いとなります。それぞれの時代において、われわれの新しいテクノロジーやその価値をお客さまに提供していただきました。マルチクラウドの時代に突入する今、VMLクラウドの展開において、一層ご協力いただきたいと考えております。またBIPROGY FORUM 2023のテーマ『re PLANET』には、デジタルの力で社会や世界へのお手伝いをしていきたいという思いを込めたと伺っています。弊社にとってもサステナビリティは大きなテーマの1つです。デジタルテクノロジーの力でお客さまの成功に貢献し、ともに持続可能な社会の実現を目指していきましょう」
中村皆さまありがとうございます。たとえ高い技術があっても、一社では何もできません。エコシステムのパートナーの存在が不可欠だと感じます。
田中今後も各社さまとのパートナーシップを深めていきたいですね。
中村まずは1年間、価値提供サイクルの評価、改善を繰り返し前進していきます。営業とマーケティングが一体となって活動する新生マーケティング本部の強みを存分に生かしていきたいと考えています。
田中「インフラトータルサービスの会社」という枠組みから脱却し、セキュリティー、マルチクラウド、エッジコンピューティング、デジタルワークプレイスの世界まで幅広く領域を広げることで、「インフラのその先へ」、ユニアデックスは成長を続けていきます。
葛谷本日は、「環境への取り組み」「共創」「人的資本経営」という3つの観点でお話を伺っていきます。
まずは環境への取り組みについてお聞きします。当社の長年のお客さまである両社さまとも、自社の事業継続の観点と、特に重要である社会課題の解決に寄与していくという観点の両面から、持続可能な地球環境に向けた取り組みに特に力を入れられているのが共通点です。
川田住友林業は、森林経営、木材建材の流通、国内外での住宅・建築などの事業を主に手掛けています。木には、生長過程でCO2を吸収し、さらに炭素を固定する機能があります。2030年に向けた長期ビジョン「Mission TREEING 2030」では、事業方針の1つに「森と木の価値を最大限に活かしたサーキュラーバイオエコノミーの確立」を掲げ、持続可能な森林経営に欠かせない苗木の生産や建築のCO2削減等に取り組んでいます。木を植え、育て、伐採、再植林し、製材して建築に用いる。これらはすべて当社が担う事業サイクルです。そして、その木造建築物の多くは最終的には解体して燃やすことになります。それらを事業の1つであるバイオマス発電のエネルギー源に使っています。これら一連のバリューチェーンを「住友林業のウッドサイクル」と称し、この循環によって環境に貢献していきます。
北林農林中央金庫は、農林水産業の協同組合組織を基盤に国内外で活動している金融機関です。農協、漁協、森林組合等、全国の協同組合組織の皆さまから、約111兆円のお金をお預かりしています。リテールビジネス、食農ビジネス、投資ビジネスが当金庫の3本柱。農林水産業を育み、その先にある食と暮らしの豊かな未来を目指すべく、各事業を推進しています。われわれが取り組むべき課題は、地球温暖化、食料安全保障、森林資源の管理・活用等が中心になりますが、これらは社会課題とイコールです。事業を通じて積極的に貢献していきたいと考えています。
葛谷ありがとうございます。では次に、今後10年間のグローバルリスクとして挙げられている気候変動や自然災害、生物多様性の保全などをテーマに、もう少し詳しく両社のお取り組みを伺えますでしょうか。
川田住友林業グループにおける温室効果ガス総排出量の96%を占めるのはスコープ3(※)です。その約6割にあたるのが「販売した製品の使用」、つまり住宅の居住時です。ここを解消するために、「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」を推進しています。次世代断熱性能、省エネ設備機器、太陽光発電や蓄電池の装備を組み合わせることで、家で消費するエネルギーを正味ゼロ以下にするのがZEHです。新築戸建て住宅におけるZEH受注比率は今年に入って80%を超えており、今後は90%台を目指していきます。
※スコープ3…製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄の過程において排出される温室効果ガスの量(サプライチェーン排出量)のこと
葛谷森と木を活かしたカーボンニュートラルの実現がその先にあろうかと思います。この課題解決に至るポイントは何でしょうか。
川田弊社は1890年代から持続可能な森林経営を続けています。木を育て、自然の中でCO2と資源のバランスを取っていく。われわれがこれまで取り組んできた営みをさらに拡充していくことが、その課題の効率的な解決手段になるのではないかと考えています。
葛谷なるほど。御社は332年という非常に長い歴史をお持ちです。先人の取り組みにならいつつ、現代版にアップデートしていく、ということですね。農林中央金庫さまはいかがでしょうか。
北林環境分野における取り組みは、融資取引先へのESGローンや、再生可能エネルギー事業へのプロジェクトファイナンスの取り組み、ESG債・ファンド等への投資、グリーンボンドの発行が挙げられ、これらサステナブルファイナンスの新規実行額は、この2年(2021・22年度)で4.4兆円となっています。さらに、金融機関としての幅広いネットワークを活用しながら、中小規模の農業法人に対してGHG(※)の計測や削減をサポートしたり、サステナビリティ関連の情報提供をしたりと、非金融分野での支援にも力を入れています。
※GHG…Green House Gasの略で、温室効果ガスやその排出量のことを指す
足元でグローバルに関心の高まっている自然資本・生物多様性の分野では、世界銀行が生物多様性の保全の啓発を目的に発行したサステナブル・ディベロップメント・ボンドへの投資等を行っています。また、同じ志を持つ金融機関でアライアンスを組み、取引先へのソリューションの提供を通して、ネイチャーポジティブへの転換に向けた支援等を行っていきたいと考えています。このほか、「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」のメンバーとして国際的なルールメイキングにも参加しています。
葛谷金融機関としてはもちろん、さまざまな立場や角度からサステナビリティを推進されていることがよく分かりました。脱炭素、自然資本・生物多様性の対応という観点で重要課題を設定されているとのことですが、どのような点が解決のポイントになるのでしょうか。
北林脱炭素については皆さますでに指標・目標をお持ちですので、ソリューションの提供力を高めていくことがポイントです。一方で、自然資本・生物多様性においては、リスクと機会を具体的にイメージできていないケースが多いと感じます。私どももTNFDの活動等を通して知見を獲得しながら、どういったアイデアを実行すべきか早期の段階で示していきたいです。
葛谷BIPROGYの取り組みについても説明させていただきます。CO2排出量削減は企業にとって避けられない課題となっています。当社は、「ICTによる見える化」「エネルギーの削減」「クリーンエネルギーの活用・創エネ」「オフセット」という4つの切り口から、さまざまなソリューションを提供しています。しかし、弊社だけで環境課題を解決することは不可能です。お客さまや協業パートナーさまと一緒に、エコシステムで解決していきたいと考えております。
葛谷次のテーマは共創です。まずは農林中央金庫さまからお取り組みをご紹介いただければと思います。
北林私どもは、国内外を問わず多様な形で各社さまとパートナーシップを組ませていただいています。その特徴を生かし、ステークホルダーの皆さまと世の中をどのように変えていけるかが一番のポイントだと考えています。
「食」と「農」と「くらし」に関わる社会課題解決に向けて開設した、JAグループのイノベーション組織である「AgVenture Lab(アグベンチャーラボ)」がその一例です。農林中央金庫を含めたJAグループ、パートナー企業さま、農業者の方、行政、大学、複数のラボ、そしてスタートアップの皆さまとともに研究を進めています。その中で、名古屋大学発のベンチャー企業が開発した、高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」について、実際の農地で実証実験を行いました。宙炭は土壌の改良期間を短縮すると同時に、炭素固定を実現して環境に貢献する商品です。実験が可能な地元の農家さまの紹介や、J‐クレジット認証(※)の獲得で取り組みに協力させていただきました。
※J‐クレジット認証…省エネルギー機器の導入や森林経営などの取り組みによる、CO2などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。クレジットは、経団連カーボンニュートラル行動計画の目標達成やカーボン・オフセットなど、さまざまな用途に活用が可能である
葛谷素晴らしいですね。カーボンクレジットの認証についてお話がありましたが、注目度は高まっているのでしょうか。ステークホルダー全体で脱炭素社会を目指す上でのポイントもぜひお伺いしたいです。
北林脱炭素の最優先課題は温室効果ガスの排出量を自ら削減することですが、自力で削減しきれない部分がある場合、カーボンクレジットへのニーズが高まります。海外を中心に民間主導のカーボンクレジットが活況を呈しており、国内でも市場の整備が進むなど脱炭素社会の実現に向けた重要な手段のひとつになりつつあります。削減量の「見える化」がこうした動きの後押しになりますので、BIPROGYさまにはぜひ技術的な支援をお願いしたいです。
葛谷ありがとうございます。弊社ではすでに、CO2削減量の「見える化」について取り組んでおります。非化石証書の調達・管理業務をデジタル化した「Re:lvis(リルビス)」というサービスです。企業が即座にすべてのエネルギーをクリーンエネルギーに切り替えることは難しいです。その代わりに、非化石証書などの環境価値によるオフセットをデジタルの力でより効率的に行うことで、着実に社会のカーボンニュートラルを目指すサービスです。今後はGHG排出量算定ツールなどを他のシステムとも連携させていく想定です。続いて、住友林業さまの共創の取り組みをご紹介ください。
川田われわれのビジネスでは、川上から川下まで非常に長いサプライチェーンの中でいかに脱炭素社会が実現できるかという点が重要だと考えています。その前提の下、前述の建物の脱炭素化に取り組んでいます。まずは「この建物のライフサイクルでどれだけCO2が排出されるのか」、この点をCADのデータ等を踏まえて「見える化」するソフトウェアを導入しました。各部材をつくるときにどのくらいのCO2が発生しているのか、というデータも必要になりますが、こちらはあえて各部材メーカーの皆さまに自社の製品のCO2排出量の認証を取っていただく方向で働きかけています。サプライチェーン全体で意識が変化しますし、CO2削減に向けた共創につながると考えています。
葛谷まさに当社が実現したいソリューションを展開されていると感じました。当社でも森林・木材の特性を生かしてカーボンニュートラルを目指す、「キイノクス プロジェクト」を行っています。山で木を伐採してから家が建つまでのサプライチェーンを「見える化」してほしい、というお客さまのご要望から始まり、木材の流通プラットフォームやVRを活用した住宅展示システムの構築、さらには国産木材を使ったオフィス向け什器の販売等、多角的な取り組みに発展しています。
葛谷最後のテーマは、人的資本経営です。労働人口の減少が自明な中、人財の確保や育成は企業にとって大きな課題であり、事業戦略と連動した人財戦略を進めていくことが求められています。当社はタレントマネジメントシステムの構築・運用を進め、人財の見える化を図るとともに、個に向けてスキルアップの支援をしています。かつてITビジネスは人月ビジネスと呼ばれてきましたが、当社は現在、非人月系ビジネスの拡大、ビジネスモデルの変革を進めています。そのためには、個がビジネスをプロデュースする力をつけることが必要であると考えており、そうした人財の育成に力を入れています。
川田住友林業における人的資本については、外部と内部それぞれの課題があります。外部では、建築に欠かせない大工の担い手不足が課題です。特に、建築分野は2024年から労働規制が強化されます。最新技術の導入でいかに効率化を図れるかがポイントですが、工場生産と違って現場での施工は効率化が難しい面があり、打ち手を検討しているところです。
内部でいうと、この10年でわれわれのビジネスには大きな変化があり、海外でのオペレーションが急拡大しています。海外で活躍できる人財の確保も重要になってくるでしょう。若い方ほど転職に対する抵抗は低いと耳にしますし、日本社会全体でも人財の流動化が進んでいます。組織の中できちんと人財育成をして、若い時からどんどん活躍してもらうための制度の整備が必須だと思っています。
葛谷住友林業さまは直近の利益の約8割が海外事業と伺っています。グローバル人財確保と人事制度の両輪で進めていくのですね。農林中央金庫さまはいかがでしょうか。
北林これまでの説明の通り、金融機関の業務はお金をお預かりして、それをご融資するだけではありません。国内外のサステナビリティ関連事業の支援や、自然資本・生物多様性への対応を進めていく上でも、より高い専門性を求められていると感じます。その観点を踏まえ、人事制度の改正・運用を図っているところです。経営戦略と合わせた人的資本経営への挑戦はまだ始まったばかりですが、特に、未来を担う若手社員にはわれわれの意図やメッセージをしっかり伝えていきたいです。
葛谷サステナビリティ経営は一部の社員の意識が高いだけでは成し得ません。当社内でも、マテリアリティの浸透度を調査したところ、約3割がまだ理解できていないとの結果も出ています。若手を含め次世代を担う社員一人ひとりの感度をいかに上げていくかが、今後の持続的成長を図る上での共通課題ですね。今後もエコシステムを軸に連携を取り合い共創し、サステナブルな未来の実現に向けた歩みを進めていきましょう。
私たちの身体は、常に有害な要素にさらされている。その中には、紫外線のような外側からの攻撃もあれば、ストレスのように内側で生まれる要素もある。また、健康を著しく害するほどではなくても、食物の一部に有害物質が含まれていることもある。このような事情から、身体は日々ダメージを受けている。しかし、私たちがおよそ80~90年の人生の中で身体の恒常性を維持できるのは、身体がそれらのダメージを修復する機能を持っているからだ。一体何がそのような機能を可能にしているのか――。
東北大学大学院医学系研究科の出澤真理教授らが2010年にその発見を発表した多能性幹細胞「Muse細胞」は、身体の修復という重要な役割を担っている。出澤氏はこうした役割を「身体の総合メンテナンス会社」と例える。
「ビルを長期間機能させるためには、電気やガス、建具などを日々管理する必要があります。それがメンテナンス会社の仕事。Muse細胞は同じような役割を担います。しかも、『総合』がついています。『ウチは電気だけ』とか『ガスだけやります』というのではなく、Muse細胞は血液を通じてあらゆる臓器に配給され、傷ついた細胞を修復しているのです」
Muse細胞はES細胞(胚性幹細胞)、iPS細胞(人工多能性幹細胞)に続く「第3の多能性幹細胞」と呼ばれることもある。Muse細胞は日々少しずつ傷ついている臓器に血液を通じて供給され、傷ついたり死んだりして機能を果たせなくなった細胞と同じものに分化することで健常な細胞に置き換えているという。身体には多様な臓器、多様な細胞がある。なぜ、Muse細胞は都合よく特定の細胞に分化することができるのだろうか。
「Muse細胞は壊れた細胞を食べて、その味を感知し、食べた細胞と同じ細胞に分化します。こうして、身体の恒常性が維持されているのです」と出澤氏は説明する。例えば、心筋細胞が壊れれば、そのことを示す警報物質が放出される。そのシグナルを感知したMuse細胞が該当部分に集積して、壊れた細胞を食べ心筋に姿を変える。肝臓の細胞が死んだら同様に、Muse細胞がそれを食べて肝臓の細胞に分化する。
「Muse細胞の能力を活用することで、多様な疾患に対する治療が可能になると考えています」と語る。現在、Muse細胞を活用する形で心筋梗塞や脳梗塞などさまざまな疾患を対象に治験が行われているという。
Muse細胞を用いた治験は2018年にスタートした。治験では、基本的にドナーのMuse細胞が用いられる。患者本人から採取することも可能だが、細胞を増やすのにかかる時間などを考えると、ドナー由来のMuse細胞を投与するのが合理的だという。
「Muse細胞の大元は骨髄の中にあると考えられています。そこから少しずつ、血液中に供給される。血液に含まれるMuse細胞の量は個人差や健康状態などによる差があり、変動もしますが、リンパ球などの中の千分の1~数千分の1程度の割合です。臓器移植ではHLA(ヒト白血球型)適合検査が行われ、適合しなければ移植はできません。免疫拒絶が起きるからです。一方、Muse細胞の場合、例えばAさんからもらったものをBさんに直接点滴することができる。免疫抑制剤も不要です」
臓器移植の場合、血縁者から移植を受けるケースが多い。血縁者はHLA適合の確率が高いからだ。血縁者以外のドナーを探そうとすると、適合率は数万人に1人ともいわれ、患者は長い期間を待たなければいけない。また、移植後には長期にわたって免疫抑制剤を投与する必要もある。こうした要件を必要としないという特徴をMuse細胞は備えているという。
そして、投与方法は点滴と、非常にシンプルだ。出澤氏は多様な投与方法の検証を経て、点滴が最も有効だと説明する。
「当初、血流が豊富でない組織では、局所投与のほうが効果的ではないかとも考えました。しかし、実際に検証してみると脊髄のような血流の比較的少ない組織でも、点滴で投与したほうが、Muse細胞がきちんと届いている。警報シグナルをキャッチして、傷ついた場所に正確に集積し臓器を修復しているのです」
治験が始まって5年ほどになる。その最初期にMuse細胞の投与を受けた患者に、今も免疫拒絶の兆候はないという。さまざまな医療機関が実施している治験は順次結果が出されているようだ。
例えば、東北大学脳神経外科グループが中心に行った脳梗塞治験である。Muse細胞製剤と偽薬を用いた二重盲検(編注:評価時のバイアスを排除するため、患者と医師ともにどちらが投与されたか分からない状態)において行われた治験のケースだ。対象は寝たきり、失禁か、歩行やトイレなどに介助を必要とするような身体機能障害を持つ患者で発症後2〜4週で1回のみ点滴投与。1年後、Muse細胞を投与された患者の約7割が、介助なしにバスや電車に乗れる状態にまで回復し、約3割が職場復帰できる状態になった。一方、偽薬を投与されたグループは、職場復帰レベルにまで回復した患者はゼロであった。
時間を遡って、Muse細胞発見までの研究をたどってみよう。「失敗には成功のタネが隠れています。成功の多くは、失敗を装って近づいてくる」と出澤氏は話す。
20年ほど前、出澤氏は骨髄の間葉系幹細胞を研究していた。あるとき、研究室の技術補佐員が「培養していたら気持ち悪い塊ができているので捨てていいですか」と聞いてきたという。
「よく見ると毛のような構造があり、色素細胞らしきものも混じっていました。多能性幹細胞のES細胞に似ていると思い、詳しく調べてみると、そこには身体を構成する三胚葉性の細胞が存在していました」。ES細胞に似ていたが、この細胞塊はES細胞のような無限増殖は見せなかった。そこで、出澤氏は骨髄間葉系幹細胞の中に多能性を持つが腫瘍性はない有用な細胞があるかもしれないと考え、所属していたグループを挙げてその正体を突き止めようとした。
「正月返上で実験をしたときもありますが、何年も空振り続きでした。諦めかけていたある日、飲み会に行ったことがきっかけで扉が開きました」
急な誘いでもあったため、実験を早めに切り上げて飲み会に駆けつけた出澤氏。その翌日、研究室に戻ると実験途中の細胞が死に絶えていた(ように見えた)という。「前日に急いで実験を閉じたためか、培地を入れたつもりが間違えて消化酵素を入れてしまったらしいのです。ショックのため、何が起きたのか、一瞬分かりませんでした」と振り返る。しかし、「失敗した」からといってそれをすぐに捨てたりはしなかった。
「失敗したときは、それをよく見て、遊んで、それから捨てるのが私のクセ。それを調べてみると、生き残っている細胞が少しありました。それを集めて培養したところ、多能性幹細胞だと分かった。これを『Muse細胞』と名付けたのは、共同研究者の藤吉(好則)先生(京都大学大学院理学研究科教授・当時)です」
2010年に発表されたMuse細胞は、メディアにも多く取り上げられ話題になった。その8年後に治験が始まり、今後のさらなる活用に向けた成果が待ち望まれている。
「自然科学では成功も失敗もない、というのが私の信条。人間が一方的に『こうあってほしい』とか『こうであるはずだ』と考えて、その期待値を超える結果が出れば『成功』、そのラインに届かなければ『失敗』と呼んでいるにすぎません。すべては、等しく自然現象です。成功とか失敗といった言葉に心をとらわれず、バイアスを排除し、ありのままに現象を見ることが発見のきっかけを作るのです」
そのように世界を見るクセが、Muse細胞の発見につながった。出澤氏はこう続ける。
「失敗というのは、単に仮説通りにいかなかったということ。そこで、ちょっと待てよと立ち止まって、『もしかしたら、ここから何かが生まれるかもしれない』とポジティブに考えるクセをつければ、きっと何か新しいことを発見できると思います」
この世界には確かに人智を超えたことがある。どこかに埋もれたまま、新たに発見されることを待っている事実や現象、叡智は限りない。ビジネスの世界でも、新しいアイデアやビジネスモデルの芽、人々の幸福へとつながる画期的なテクノロジーのヒントも誰かに発見されることを待っているに違いない。そこには、Muse細胞を活用した明日の医療イノベーションも含まれるだろう。
これまで、さまざまなシーンでデザインに関わる仕事をしてきました。その中でも、「右脳の持つ力」「デザインの力」を社会に接続することに力を入れています。経験的に日本企業において、デザインの力を十分に生かしている企業は必ずしも多いとはいえないと感じます。世界のブランドランキングの上位に入る日本企業はわずかです。
ただ、少しずつ変化の兆しも生まれています。例えば、経済産業省と特許庁が「『デザイン経営』宣言」(2018年)を発表し、その後、さまざまな企業でデザインを取り入れる動きが広がっていることです。そして私の考えるデザイン経営は、事業戦略に最初からデザイン戦略を併走させること。これを実践する日本企業が増え、強いブランドが育ち、イノベーションが活発化することを願っています。
イノベーションには多様な要素が含まれます。この言葉の周辺には、「新規性」や「驚き」、そして「違和感」といったイメージがあるでしょう。イノベーションが新しいものを生み出すという意味にとどまらず、未来を描き、既存の概念を塗り替えることだとすれば、デザインが力を発揮できる部分はまだまだあると思います。
このデザインの力は、大きく2つに分けることができます。1つには「思考の力」。そしてもう1つが、ある対象に具体的な形を与える「意匠の力」です。両方の力が絡み合い、補い合うことでデザインの力を高めることができます。このことを、別の表現で整理してみましょう。以下、デザインの力を5つに分けて説明します。
下線を引いた部分は、どちらかというと思考の力、そうでない部分が意匠の力です。
ただ、これらの力を明確に分けるのは難しく、2つが混じり合っている部分も少なくありません。
ビジネスの世界ではデザインの力を引き出しやすい分野、そうではない分野があります。
デザインが有効なのは、例えば成長を求める企業であり、新規事業の創出や既存事業の拡大に取り組む場面です。というのは、そこに「余白」、つまり「非言語領域や概念化されていない領域」があるためです。ある種の曖昧さがあるから、デザインの力を生かすことができる。逆に、曖昧さのない業態や場には、デザインが入り込む隙間がなく、あまり役に立てないように思います。
私には3つのデザインポリシーがあります。第1に、余白という非言語領域に沈み、異なる価値観を受け入れるための思考の器を獲得する。余白があるから、多様性を受け入れることができるのです。第2に、絶対軸というオリジナリティから始める。別の言い方をすれば、相対的な価値観から離れて、すべての思考と行動を肯定する。「これが正しい」「こうしたい」と思ったとき、組織の理屈に合わせて考えを曲げてしまうのではなく、自分の中の軸を大事にするのです。第3に、身体性を通じた普遍的な体験価値を大事にする。自分の身体を使って体験したものの中には、嘘がありません。
携わってきた多様なプロジェクトの舞台裏では、この3つの軸を起点にして「いかにビジョナリーに顕在化していない概念を捉えて、物事の本質を掴むのか」という点を意識しています。自分の中でデザインの力を育てたいのなら、挑戦する心を持ってさまざまな体験をしてみることです。そして、試行錯誤の中から体験の質を上げることを心がける――。そうして得た経験や自分自身の中から立ち上がってくるひらめきや発想を大事にしてもらいたいと思います。
齊藤山﨑さんのご講演でデザイン経営やデザイン戦略の重要性について解説がありました。また、日本でもかなり前からデザインの力の重要性が指摘されています。ITプロジェクトにその力が求められるケースは多く、私たちもこの考え方に注目し長く取り組んできました。ただ、ある程度理解したつもりでも実行は簡単ではありません。IT業界においては分析的な思考が強い、あるいはそうしたクセがついているからかもしれません。その一方、変化の目まぐるしい時代の中で、分析を積み重ねるやり方だけでは対応できないのではと感じています。デザインを経営に実装するためのアドバイスをいただけませんでしょうか。
山﨑職業の性質上、デザイナーとIT分野の企業ではある程度考え方が分かれる部分はあると思います。例えば、重要なシステムの開発では、間違いが許されないこともあるでしょう。私たちデザイナーは、「人と違うこと」を求め続ける仕事です。人と同じものをつくっても価値はありません。その違いを前提としていえば、体験や身体性がデザインの力への入り口になるかもしれません。例えば、日常の中で使っている道具や仕事をこなすための手段を変えてみるとよいでしょう。細字のボールペンを使っている人なら、太字のものや普段は使わない8Bの鉛筆を試してみる。右利きの人なら、たまに左手で書いてみてはどうでしょうか。その他にも、一駅前で降りて少し長めに歩く。こうして体験を変えるだけでも身体が受け取るものはかなり違ってくるはずです。
齊藤BIPROGYのオフィスは以前、どちらかというと無機質な内装でした。最近、木のテーブルを配置したウッディーな空間を社内につくりました。国産木材の流通と利用の促進を目指す「キイノクス」というプロジェクトに取り組んだことがきっかけですが、木をふんだんに使った会議室に入ると心地良さを感じますし、議論の内容にも影響があるように思います。
山﨑面白いですね。身体感覚を変えることは大切です。会社を創業して15年ほどになりますが、実は現在のオフィスは8つ目です。移転を繰り返す理由は、同じ環境に長くいるとクリエーションが停滞するかもしれないとの恐怖があるからです。
齊藤多くの企業が取り入れているフリーアドレスは、それに近いかもしれません。隣に座る人が変われば、ちょっとした会話が新鮮に感じられることもあります。
山﨑確かに、部門を超えたコミュニケーションポイントをつくることも体験を変えることになりますね。 そうした空間からイノベーションが育つことを期待したいですね。
齊藤山﨑さんは、ベンチャーキャピタル(VC)も手掛けているとお聞きしました。デザインと投資は相当距離があるようにも見えますが、スタートアップの成長をデザインするという言い方もできるかもしれません。投資の世界に関心を持ったのは、どのような経緯だったのですか。
山﨑VCは最近始めたばかりで、まだビギナーです。きっかけは、広告のコンペに使っていた時間を少し、他のことに使いたいと思ったからです。というのも、デザインの仕事はコンペが多い業界なのですが、例えば6社が参加したとして勝つのは1社。残りの5社がほぼ同等にハイクオリティな提案をしたとしても、です。そのリソースを少しずつでも社会に分け与えていけば私たちの世界はもっと良くなるのではないかと考えたのです。VCだけでなく、これまでデザインの力が及んでいなかった医療や福祉分野での仕事も増やしました。
齊藤BIPROGYも以前から、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を運営してきました。投資リターンを求めるよりは、私たちにとってはスタートアップとのつながり、人と人との関係性の中から新しいものが生まれることへの期待のほうが大きい。こうした活動を通じて、より豊かな多様性を育みたいと思っています。山﨑さんはVCだけでなく、テレビ番組のコメンテーター、雑誌の書評などさまざまな活動をしておられます。興味の対象の広さに驚かされます。
山﨑ありがとうございます。原動力は単純に楽しいから、という気持ちです。デザインやマーケティング、経営も面白いし、やっていることは何でも面白い。というより、世の中って基本的にすべて面白いと思っています。できることなら、すべての仕事や活動を自分で体験したいくらいです。
齊藤素晴らしいですね。では、その中でもこれから特にやりたいと考えていることは何ですか。
山﨑デザインの力を使って、世の中をよくしたい。次の世代によりよい社会を残したいと思っています。具体的に、自分の中でやろうと決めているのは学校です。100年以上前にドイツに設立されたバウハウスという学校は、近代的な「美」の概念を定義し、新たな潮流をつくったといわれます。そこには、西洋的な価値観が色濃く反映されています。1世紀を経て、次の時代の美の潮流は日本を含むアジアからしか創れないのではないかと私は思っています。やがて、アジアの多様な価値観に支えられた新しい美の概念が誕生し、世界に拡がって平和に導く。そんなムーブメントを生み出していきたいと思っています。
齊藤何でも面白いと思える心の持ちようと、内に秘めた志に山﨑さんの魅力を感じます。私たちも未来への思いを大事にしながら、日々の発見を楽しみ、ワクワクする気持ちを失わずにチャレンジを続けていきたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。
コーヒーの分野では、2000年代に入ってから新しい動きが注目されるようになった。「サードウェーブ」ともいわれるトレンドである。その先駆けとされる存在が、ブルーボトルコーヒーだ。2000年代前半に米国カリフォルニア州のオークランドで、音楽家のジェームス・フリーマン氏が創業し、現在は世界で100店舗ほどを展開している。
ブルーボトルコーヒーが日本で店舗をオープンしたのは2015年。日本事業の立ち上げに参画し、日本法人の代表を務めた井川沙紀氏は後に米国本社の経営メンバーとしてCBO(Chief Brand Officer)を務めた。
ブルーボトルコーヒーに7年ほど在籍し、現在は自ら設立したインフロレッセンスの代表として、国内外の企業向けのコンサルティングを行っている。ブルーボトルコーヒーには、社外アドバイザーとして関わっているという。
「豆の調達から焙煎、店舗でのサービスに至るまで、すべてを自分たちの手でこだわりを持って行うのがブルーボトルコーヒーのやり方です。初の海外展開先となったのが日本で、その後さまざまな国に進出しています。日本で事業を始める際、当初はパートナーの日本企業にライセンスを提供する選択肢もありました。しかし、『やはり自分たちのスタイルでやろう』ということで、100%子会社での日本進出となりました」と振り返る。
日本市場に定着する上で、重視したことは「ブームではなく、文化をつくること」だったと言う。
「それまではPR担当者として、飲食系外資の日本事業の立ち上げに参画することがよくありました。この中で、出店直後は店舗に行列ができるものの、数年後には日本から撤退するケースを何度も経験しました。文化ではなく、ブームにしてしまったからでしょう。メディア露出などを担当した者として反省があります」
ブルーボトルコーヒーでは、自分たちの考え方やコーヒーに対する想いをしっかり伝えてもらえるよう、あえてメディアを絞って詳しく説明したという。また、店舗の立地や地元とのつながりも重視してきた。
「日本でも海外でも、素敵な街には素敵なコーヒーショップがあります。そのような存在として、地域の方々といい関係をつくりたいですし、できればファンになっていただきたい。店舗の場所選びでも自分たちのスタイルを大事にしました。1号店を開いたのは東京の清澄白河。材木工場などがある下町で、その風情が創業の地であるオークランドに似ています」と井川氏はいう。
1号店開設の翌月には、東京・青山に2号店がオープンした。そんな慌ただしい日々の中だったが、徐々に店舗のオペレーションは改善していったという。スタッフの想いをまとめる上で重視したのが、「何を目指すか」を共有することだったと井川氏は強調する。
「まず、『ブルーボトルコーヒーのおいしさ』を定義しました。第1にカップの中身、つまりコーヒーのおいしさです。第2にホスピタリティ、第3に心地よい空間です。何を目指すかを明確にすると、スタッフのみんなが自発的に動くようになりました。『What(自分たちが目指すもの)を共有し、How(どのように実現するか)はそれぞれが考えるスタイル』。それが私たちのブランドづくりのカギだったように思います」
ここで1つの例を考えてみよう。Aさんという顧客が同じ店舗によく来るとしよう。Aさんの期待するサービスは日によって、時間帯によって違うかもしれない。また、同じ店舗を訪れたBさんにはAさんと異なる期待があるだろう。時々の状況を考え、顧客の様子を見て、スタッフは対応を変える必要があるとの考え方。だから、ブルーボトルコーヒーには一般的な接客マニュアルの類いはほとんどないのだという。
また、経営レベルでは売り上げのみにフォーカスするスタイルから距離を置いたと井川氏は話す。
「コーヒーカップなどグッズの売り上げが半分以上を占める時期もあったのですが、グッズをさらに強化してトップラインを伸ばす手法は採用しませんでした。長期的な視点で地域に溶け込み、地元のみなさんに快適な空間を提供することをより重視したからです」
その姿勢に、BIPROGYの安斉健と松岡亮介は共感を示す。
「ブランドの価値をいかに高めていくか。目先の利益だけに集中するのではなく、商品やサービスに想いを込めて、お客さまをはじめとするステークホルダーと息の長い関わり方をする。それが重要ですね」(安斉)
「当社は昨年、社名をBIPROGYと変更しました。ブランドづくりの途上にある私たちの課題感と重なるものが多くあると感じます。Whatを共有し、スタッフが自発的にHowを考えるようにするというお話は示唆的です」(松岡)
このようなマネジメントスタイルに、どのようにしてたどり着いたのだろうか――。井川氏は、ブルーボトルコーヒージャパンで初めて経営という立場に身を置いた。所帯が小さいときは何でも自分でやるというスタイルだったが、事業成長に伴い次第にそれが難しくなる。
「最初は、『任せること』が苦手でした。リーダーとしての経験がなかったからです。しかし、仕事での経験を積むうちにやり方を変えようと思い、任せるようにしました。何度も壁にぶつかりながら、誰かに相談したり、ときには言い合いをしたりしながら、少しずつ自分なりのやり方をつくっていきました」と井川氏は言う。
「自律や自走と言うのは簡単ですが、実践するのはとても難しい。管理職にとっては、任せる怖さがあるかもしれませんし、我慢強さも求められるでしょう。そのハードルを乗り越えられたのはなぜですか」と安斉は問いかける。
「自分が任せてもらったから、だと思います」と井川氏。こう続ける。
「2号店の開店の際にジェームス(編注:創業者のジェームス・フリーマン氏)が来日しました。閉店後、私は改善点を指摘されましたが、すべて自身の改善リストと同じで、既に対応を進めていました。自分の感じた改善のポイントがジェームスと同じだったことで、後に、『その感覚が同じなら、日本法人の代表を任せられると思った』とジェームスから聞きました」
「改善リストが一致する以前に、目指す先、描く未来の原動力になる『想い』が同じだったのではないか」というのが松岡の見方だ。実は、1号店オープンの前から井川氏はPR担当として、メディアのフリーマン氏への取材に何度も同席していた。その中で、フリーマン氏のビジョンやフィロソフィーを十分に吸収していたのである。
ただ、組織の代表になる決断は容易ではなかった。最初は断り、2カ月後に再度促されてようやく引き受けることにしたという。フリーマン氏の「やってみて、嫌ならやめればいい」「あなたならできると信じる僕を、信じてほしい」という言葉が井川氏の心を動かした。そんな井川氏のマネジメントスキルが一段と磨かれたのが、米国本社での経験だ。
「いきなり、米国人の部下が数十人もいる場所に入りました。従業員の多様性にも驚きましたが、組織文化に慣れるのにも苦労しました。ブルーボトルコーヒーをはじめとした米国の企業には、フィードバックのカルチャーがあります。何か気づいたことがあれば、気軽に本人に伝えます。当初はよく『サキは褒めないよね』と言われたものです。何かを頼んだ部下がそれを実行すれば、小さなことでも『すごいね、ありがとう』と言うべき。そう指摘されて改めましたが、言われなければ気づかなかったかもしれません」
日米でマネジメントに携わった経験を経て、井川氏はそれぞれのよさを実感したようだ。
「日本のよさは、丁寧で細やかなオペレーションです。そこで、日本の店舗でのオペレーションを基にプレイブックを作成し、それを世界に展開しました。それは、ブルーボトルコーヒー全体のレベルアップにつながりました。一方、商品やサービスの見せ方、ブランディングは米国のほうが得意。日本では今も、『いいものをつくれば売れる』という考え方が根強いように感じます」
それぞれの強みを身につけたことが、井川氏の現在の仕事にも大いに役立っているという。経営するインフロレッセンス(2022年設立)の事業の柱は大きく3つだ。第1に、海外企業の日本展開におけるブランディングやマーケティング、PR戦略の支援。第2に、ブランディングやマーケティングなどに課題を感じている日本企業に対するコンサルティング。第3に、製造業など異分野の企業が、新規事業として飲食店展開を目指す際のプロジェクトマネジメントである。
「海外企業の日本進出では、市場に対応して何を変えるか/変えないかの判断が非常に重要。その考え方などについてお手伝いするケースが多いですね」と井川氏は話す。実は、BIPROGYにもこれに近い経験がよくある、と松岡は語る。
「例えば、海外のテック系スタートアップなどから、日本市場に入りたいとの相談があります。そうした企業が日本に定着するためには、顧客企業の他システムとのデータ連携など、乗り越えるべき課題が少なくありません。課題解決に向けた適切なアドバイスを行うとともに、日本のIT企業として海外のスタートアップが日本に根付くための確かなオペレーション力も期待されていると感じています」
スタートアップだけでなく、国内外のさまざまな企業と連携しながら、BIPROGYはビジネスを拡大させている。同じような取り組みは、ブルーボトルコーヒーでも行っているという。
「異分野の企業とのコラボレーションによる商品づくり、イベント開催などをよく手がけました。共感するものがあり顧客層が似ている場合など、両方のコミュニティを緩くつなぐことで相互にファン層を拡大することができると考えています」(井川氏)
「ブランディングやマーケティングだけでなく、井川さんは人事分野での経験も豊富です。『従業員に任せる』との話がありましたが、緩やかにつながることは従業員エンゲージメントや働きがいを高めるヒントになるのではと感じます」と安斉は言う。
緩やかなつながりには「遊び」の空間があり、自由に工夫できる余地も大きい。BIPROGYもさまざまな取り組みを通じてその領域を拡大させようとしている。
「緩やかなコミュニティは、ますます重要になると思います。ミッシングピースを埋めてくれるパートナーを探して、あらかじめ決まった場所にはめ込むようなやり方ではなく、ビジョンを共有した上で、それぞれが工夫しながらできることをする。これからの時代、そうしたコラボレーションが求められるのではないでしょうか」と松岡は語り、講演を締めくくった。
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――まずは山内先生の研究分野について、教えてください。
山内私の専門は経営学で、企業の組織論の領域になります。2010年に京都大学に着任した当時、最先端のキーワードは「サービス」でした。日本をはじめとする主要先進国の産業構造が変化し第三次産業が主軸となる中、サービス分野での生産性向上が喫緊の課題となっていたためです。日本政府も2006年に「経済成長戦略大綱」の中で、サービス産業の革新を通じた生産性向上や、重点サービス市場拡大による経済成長の姿を明示しました。それを受け、2010年には京都大学経営管理大学院に「サービス価値創造プログラム」も開設されています。
私は京都大学に着任する前からシリコンバレーでアメリカのサービスを研究していたので、着任後は日本のサービスの研究を始めました。どんなテーマなら論文を読んでもらえるだろうか、と考え注目したのが、世界的に評価の高い「日本料理」。その中でも、「鮨屋」のサービス研究に取り組みました。カウンター主体の営業方法でサービスの全容が見えやすく、その上、「SUSHI」は世界中で人気を集めているからです。
通常、飲食店はお客に満足してもらうためのサービスを提供します。しかし、鮨屋の店主は、客に愛想が悪かったり、お客が「おいしい」と言ってもにこりともしなかったり、明らかに他の日本のサービスと同じような形で満足させようとは思っていない。それが面白いと感じました。当時から今まで、この鮨屋独特のサービス形態は“当たり前”のように捉えられがちですが、この特殊性を研究し解き明かすことで言葉にして伝えられたら面白いだろう、という好奇心が芽生えたのです。
この研究では東京にある鮨屋にビデオカメラ5台、ボイスレコーダーを10台ほど並べました。それらの機器で、お客が来店し、注文して帰るまでの店主とのやりとりを全部記録し、分析しました。4軒で調査をして、膨大なデータが集まりました。それらを検証した結果、面白いことが分かったのです。鮨屋に通う人々は、不愛想な親方に対して最初は戸惑ってしまう。しかし、通い続けることで暗黙のルールを理解し鮨屋での時間を楽しめるようになる。鮨屋のお客は試されるのですが、なんとかそつなく振る舞うなど、「自己表現」の獲得に満足感を得ていたのです。
ちなみに私は相当な「記録魔」。“商売道具”であるカメラやボイスレコーダーは常に持ち歩いています。プライベートで食事に行っても、店員さんのサービスやメニューが研究対象として気になってしまい、完全には楽しめない、ということもあります(笑)。
――着任からずっと、日本のサービスを研究されていたのですね。
研究を進めながら、2012年にはデザインスクールを立ち上げました。その当時「サービスデザイン」という領域が盛り上がっていましたので、サービスデザインについて考え始めました。サービスデザインにおける本来の趣旨は、消費者にとって楽しく快適な体験を提供すること。その理論からすると、鮨屋のサービスは真逆で説明が難しいのです。
このような議論を踏まえて、2021年に「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」というプログラムを立ち上げました(文科省の大学等における価値創造人材育成拠点の形成事業に採択)。そのときのお題が「デザイン思考の次」。そこで登場したキーワードが「アート思考」でした。デザイン思考は、2003年ごろから始まり、同年代の後半に流行した考え方です。ところが、今は世界的にもデザイン思考によるアプローチは再考され始めています。それ自体は悪いものではないのですが、限界が見えてきたためです。
これに対し、アート思考はアーティストが作品を生み出す際のプロセスや考え方を取り入れる思考法。デザイン思考を超える概念として注目を集めています。この思考法は鮨屋の話ともつながります。消費者の視点に立ち、その体験価値を向上することがデザイン思考のアプロ―チでしたが、単に消費者のニーズを満たしても、その先を描くようなイノベーションは起こせません。満足して終わるだけだからです。社会に応答して新しい時代の表現を生み出し、人々に自己表現をする手がかりを獲得させることが必要です。つまり、人々のニーズを満たし、「楽しい」「快適」と感じる状態で表現を閉じ込めるのではなく、“新しい世界”に連れ出すことが、新たな価値を生むのです。そこはドキドキするし、怖い体験もする。鮨屋の話で言えば、親方に試され、一見、作法も注文方法も分からない中で、緊張しながらも鮨を味わい、新しい自己を獲得する。親方や他の客などのコミュニティーに承認してもらうことで、新しい自己を感じることができる。こうした体験が新たな価値を生み出していくきっかけにつながるのです。これは鮨屋だけではありません。それとは真逆だと思われるようなこと、例えばマクドナルドも同じような構造である(※)ことが説明できます。
※ マクドナルドと顧客の自己表現…1960年、ジョン・F・ケネディが大統領選で当選し、公民権運動を経て一気に新時代が訪れていた。しかし、人種差別や女性蔑視の意識は強く残されたままで、60年代のアメリカのティーンエイジャーたちはこうした風潮や、古い文化が残る食文化に反発心を抱いていた。そうした背景の中で登場したマクドナルドは新たな世界観を提示した。彼女たちにとって「古い世界から新しい世界へ連れ出してくれる」存在となり、マクドナルドは大成功を収めた。
――「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」のプログラムの内容について、具体的に教えていただけますか。
山内政府が掲げた成長戦略の中では、価値創造人材を育てなければ日本は発展しない点に触れられていました。ただ、現在の多くの日本企業では、上司が「すごいアイデアを考えろ」と指示を出す、といった具合に、創造性が“義務”になっています。そんな中では、真にイノベーションを起こせるアイデアは生まれず、出るのは奇抜な意見だけ。奇抜なアイデアではイノベーションは起こせません。
こうした観点から、「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」では、「創造性」とは、個人の内面から湧き上がるものではなく、社会をよく見ることである、と提唱しています。例えば、美術大学で花の絵を描くとき、講師は「描く」技術以前に、「目の前の花をよく見なさい」と指導します。「よく見る」ことがそれだけ大事であり、難しく、またそれが創造性の種になるのです。面白いアイデアを思いつきなさい、とは言いません。
ここで1つ事例を紹介しましょう。京都クリエイティブ・アッサンブラージュにも参加いただいているクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんのお話です。彼が携わる形で、ユニクロは2006年にロゴを含め店舗やコミュニケーションのデザインを刷新しました。それまでの丸い英字のロゴから、カタカナのシャープなロゴになったのです。
当時は、ユニクロがニューヨークに展開するタイミングで、市内の地下鉄にはカタカナのロゴがズラっと並びました。可士和さんは、ロゴの反復で大量生産を表現したのです。通常は、少量で高品質なものが良しとされ、大量生産は隠すべきものですが、潔く大量生産の方がカッコいい、と表現しました。アメリカの方々には理解できないカタカナのロゴを用いたのにも意味があります。これは2000年を超えて現れ始める新しい文化の表現です。当時、一昔前の文化を正当に深く理解することがよいとされた価値観に信憑性がなくなり、文化を記号として軽く扱えることがクールだという感覚が生まれてきました。2003年の映画『ロスト・イン・トランスレーション』では日本語のセリフに字幕をつけなかったのですが、そのような軽い文化表現です。
それ以前はベーシックなデザインのユニクロはダサいとされていました。ユニクロであることがバレるのが嫌だということで、「ユニバレ」という言葉があったぐらいです。しかし当時は、全身ハイブランドで固めるような意識の高い人々はカッコ悪い、むしろベーシックな自然体がいい、という感覚が生まれ始めていました。99%の人が大量生産品をカッコ悪いと思っていたけれど、1%は「クールだ」と感じている。可士和さんはその「1%」をよく見ていたのでしょう。可士和さんのデザインは、カッコいいロゴを作ったことではなく、時代の変化を見てユニクロを最先端でクールなものに位置付けたことがポイントなのです。
――「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」では、「社会の見方」を教えているということでしょうか。
山内そうです。われわれは社会をよく見るための方法論を作りました。その1つが、イデオロギーを理解するための「イデオロギーの星座」です。例えば、「丁寧な暮らし」をテーマにしたYouTubeがはやっている。それらのうち1つを見ても、その理由は分からない。しかし、類似の動画を複数見ていくと、「ずぼら主婦」「ミニマリスト」などの関連性が浮かび上がる。個別には、取るに足らないように思えるものが、関連性に注目して考えていくと社会での位置付けが見えてくる。それを精緻にやっていくと、社会のありようが見えてきます。
――そうして社会をよく見ることができれば、新商品や新サービスを生み出すことができるのでしょうか。
山内今、企業は「ゼロから1を生み出すこと」にこだわり過ぎていると感じます。しかし、実のところ、歴史上のイノベーションにゼロから生み出されたものはありません。例えば、ジェームズ・ワットが発明した蒸気機関の技術は、冷却するコンデンサー部分を外に出したもの。これは、ちょっとした改良なのです。
ですから、企業は社員に「新規事業を考えましょう」ではなく、「社会をよく見なさい」と指導するべきなのです。強い企業は、組織の中で社会を読み解き、議論を起こす状態を作り出しています。何か取るに足りないものが出現しても、それをやりすごすのではなく、きちんと星座の中に位置付けて社会を読み取れることが重要です。そうすることで、99%の人が見えていないものを見られる可能性が高くなるのです。
――社会をよく見るための訓練方法はありますか。
山内世の中で起きているトレンドや現象の一つひとつを、見ただけで通り過ぎないことです。例えば、有名な料理研究家のYouTuberが紹介する「虚無レシピ」がなぜバズを起こすのか。なぜ、ずぼら主婦は自分のことを「ずぼら」と言うのか。あるいは、なぜ今、M-1グランプリで毒舌漫才が優勝できたのか。これらの「点」をつないでいくと、時代の潮目の変化を見いだせるのではないでしょうか。
この訓練をするため、私の授業では学生たちに漫画の読み解きもやってもらいます。なぜ今『ブルーロック』(※)がはやっているのか、といった具合に世の中のトレンドの背景を一つひとつ考え、読み解くことで、社会の流れが見えてきます。
※ ブルーロック…週刊少年マガジン(講談社)にて2018年より連載中の、高校サッカーを主題とした漫画で、アニメ化もされている。サッカー世界大会で日本チームが優勝するために集められた300名の高校生が、日本代表選出の権利をかけて競い合うストーリー。絆やチームワークではなく、個人の圧倒的な個性やエゴを求める内容が特徴。
――アート思考をビジネスに取り入れる意義についてはどのようにお考えですか。
山内アート思考に取り組もうとする企業は時として、美術品を職場に飾ろう、芸術の教養を持とうと考えてしまいがちですが、これではアートを尊重しているようで馬鹿にしているに等しいと思います。アートを「素晴らしい」と称賛しているうちは、その「外」にいるからです。アートとは、アート自身を破壊してきた歴史でもありますので、アーティスト自身が芸術を素晴らしいと神秘化することはありません。こうした点を見直し、本気で向き合えば、アート思考に取り組むことはとても意義のあることです。アートとは、社会をよく見て表現することだからです。
アートや文化という言葉で議論するとき、充実した意味とか、美しい生活とか、癒される精神などがイメージされていますが、アートの実践はそのようなきれいな言葉に収めることはできません。それぞれの時代には「意味のシステム」が出来上がっています。そして、その外にあるもの、つまり時代からは無意味とみなされているもの――われわれは「敗者」と呼んでいますが、その敗者を救済するときに革命が起こります。アートは敗者を救済しようとしているのです。真のイノベーションとは、時代からはみ出して、無意味で捉えきれないものに注意を払い表現すること。それが次の時代の表現となるのです。
例えば、スターバックスコーヒーはなぜ成功したのか。スターバックスの原型として、1966年にアルフレッド・ピート氏が始めたスペシャルティコーヒーは、資本主義、大量生産を否定し、自然に帰ろうとした当時のカウンターカルチャーを体現しました。そして1987年にハワード・シュルツ氏がスターバックスを劇的に変化させます。カフェラテやフラペチーノの導入です。スペシャルティコーヒーの信奉者である多くのコーヒーファンにとって、ミルクをたっぷり入れるカフェラテは邪道でした。甘くて冷たく、ホイップクリームが乗っているフラペチーノは、さらにあり得ない飲み物でした。まさに、無意味な敗者として意味のシステムの外にあったものです。
元はカウンターカルチャーというリベラルな文化であったのですが、濃いコーヒーを少しずつ飲む趣味は、80年代にはマッチョで重苦しいブルジョワ的なものになっていました。80年代には、芸術やアートの世界では、重厚なものを良しとする風潮から「軽いものがカッコいい」時代に変わりつつあった。1987年というと『ウォールストリート』という映画が時代を決定づけましたが、まさにそれと重なる動きです。当時サードプレイスを提供したカフェはいっぱいあったのですが、このような時代の表現をうまく捉えたのは、シュルツ氏のスターバックスだけでした。通常はアートが批判の対象とするようなスターバックスを持ち出したことに驚かれるかもしれません。しかし、これらの事象を、単に企業が消費者を誘惑し利益を上げた事例として片づけるのではなく、その背景にある時代の表現を理解する必要があるはずです。
このように、社会をよく見て表現する、意味のシステムの外にあるものを捉える、という本当の意味でのアート思考を企業が取り入れることは、イノベーションを生む可能性を秘めています。アート思考の導入を意義あるものにするには、この思考そのものをきちんと捉えることも大切になるでしょう。
――BIPROGYは2022年に日本ユニシスから社名を変え、まさに変革を遂げようとしています。BIPROGYがイノベーションを起こすために必要なものは何だと思われますか。
山内BIPROGYさんは今、クライアントのニーズを満たすことから企業の「表現」へと活動をシフトしていかれているのだと思います。それこそが重要なことです。これからはシステムの機能やコストといった話だけでなく、世界観を提案していくことが求められるのではないでしょうか。そのように時代をよく見て世界観を表現していけば、セキュリティーソフトやシステムにユーザーが熱狂する時代がくるかもしれません。その可能性は十分にあると私は思います。
ただ、そのときに気を付けたいことがあります。イノベーションというとバラ色の世界を描いて表現しようとする方が多いのですが、それは違う、ということです。重要なのは、敗者の存在をまったく認識していない、社会における大多数の人々にそれを明示することなので、ある種トラウマ的な体験をさせなければならないのです。人々が熱狂するようなイノベーションは、このようなトラウマ的な体験があって初めて生まれるのです。
これは一朝一夕にできることではありません。あらゆるカルチャーや現象について、社内で議論が巻き起こる状態を作ることが大事です。トップや上司だけでなく、働く一人ひとりが時代をよく見て、日々議論を重ねてほしいと思います。特に今は、コロナ禍の3年を経て、日本全体で文化が変わろうとしているのを感じます。まさに時代の読みどころです。
――鮨屋の研究から始まり、「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」まで、精力的に活動されていますが、先生の情熱の原点は何でしょうか。
山内私は人々が語り得ないものを見つけて表現して、人々に見せていくことがとても重要だと考えています。だから、ずっと敗者を見つけて表現する作業をしてきました。それ以外の仕事のやり方はできないし、それが好きなのです。そうして研究に夢中になるうち、周りからは「変わっているね」などと言われることも増え、今や『京大変人講座』にも名前を連ねているのですが(笑)。
鮨屋の研究もそうですが、普通ならば大変だからやめておこうと考えるような課題に自分が取り組むことに、まったく抵抗がないんです。むしろ、みんなが大変だからやらないことを、好んでやりたいと考える。それが、もしかしたら情熱のように見えるのかもしれませんね。
朝9時、江東区の深川スポーツセンターには元気いっぱいの子どもたちが東京中から集まりました。開会式ではBIPROGY広報部部長 滝澤素子が「江東区豊洲に本社を置く当社は、2022年4月に日本ユニシスからBIPROGYへと社名が変わりました。ご縁のあるこの場所で何か貢献したいと考え、フレンドリーマッチの開催を企画しました。今日は1日、ぜひ皆さんに楽しんでほしいと思います!」と呼びかけました。
続いて、日本小学生バドミントン連盟会長 黒川茂氏の挨拶では「バドミントンは2022年に世界選手権があり、ますます世界的に盛り上がりを見せ、ジュニアの選手たちも世界で活躍しています。この勢いに続くように、今日は素晴らしい1日にしていただけたらと思います。頑張ってください」と激励しました。
試合の前には、栗原文音を中心に、BIPROGYバドミントンチームの上田拓馬コーチ、香山未帆選手、大竹望月選手、高橋美優選手、森口航士朗選手が指導者として、さらにBIPROGY社員からもバドミントン経験者がボランティアとして参加し、講習を実施。ウォーミングアップのランニングからスタートし、実践的なノック練習まで、2時間にわたり指導を行いました。参加した子どもたちからは「こうやって練習すれば強くなれるんだなとわかった」「とてもわかりやすかった」といった声がありました。
講習の後は、いよいよフレンドリーマッチがスタート。学年別に、男子シングルス、女子シングルスのリーグ戦が行われました。1年生は1試合15点先取、2・3年生は21点先取のルールで、体育館8面を使用。大人顔負けの熱戦が繰り広げられ、中には試合に負けて、悔し泣きする姿も。しかし、結果にかかわらず、試合が終了すると大きな声で元気よく「ありがとうございました」と挨拶するひたむきな姿が印象的でした。子どもたちは試合を通して悔しさも楽しさも存分に味わったことが伝わってきました。
閉会式では、優勝した選手17人に表彰状が授与され、BIPROGY代表取締役社長 平岡昭良が「皆さんが真剣にプレーしている姿を見て、私たちも力をもらいました。これからも皆さんと一緒にバドミントン競技を盛り上げていけたらと思います」と挨拶しました。
本大会の開催目的は、「地域貢献活動」と「新しい社名の周知」の推進。2022年までバドミントンチームのマネージャーを務め、本大会運営チームの1人である中村憲尚は、「以前からバドミントンを通して地域に何か貢献できないかと考えていました。また、社名変更に伴い、日本ユニシスのバドミントン部は知られているけれど、BIPROGYのバドミントン部として新たに認知してほしいという思いでフレンドリーマッチを企画しました」と話します。
加えて、「実業団チームの講習会の形をとれば、多くの人に参加してもらいやすいとは思っていましたが、あえてフレンドリーマッチとすることで、参加したジュニア選手や保護者、スタッフの全員が参加型で楽しめる大会を目指しました」とその意図に触れました。
また、2019年までバドミントン部のコーチを務め、同じく運営チームの清水文武は「バドミントンの指導者としてのこれまでの経験を生かして、次世代の育成に貢献していきたいと考えました」と本大会開催に込めた思いを語りました。
新社名認知の狙いから、当日のチーム分けはB(ブルー)・I(インディゴ)・P(パープル)・R(レッド)・O(オレンジ)・G(グリーン)・Y(イエロー)と社名の頭文字の色を割り当て、そこにホワイトをプラス。社名に興味を持ってもらえるよう工夫しました。
さらに、参加賞としてプレゼントしたTシャツにもBIPROGYの社名をプリント。「前面のデザインは、ロゴとグラフィックエレメントでかっこよく、背面はかわいく、と考えました。バドミントンのイベントだと分かるように、バドミントンのシャトルに大会名を入れ、ハートを3つ並べました。この3つのハートには、BIPROGYがバドミントンと地域を結ぶという意味を込めています」と同運営の皆川眞貴は説明します。
大会の参加者は、東京都のバドミントンクラブに所属する経験者。本大会の意義について、小平ジュニアバドミントンクラブの監督であり、本大会運営に当たりアドバイザー役も担った城戸友行氏は、「特定のチームだけがトップアスリートやオリンピック選手と交流できるのではなく、不特定多数のチームが交流できるのは大きなメリットです。さらに、普段とは違うチームの選手と交流もできるので、本大会はバドミントンという競技を社会的に広めていく『普及』の意義が大きいと感じました。一方で、競技の発展には『強化』と『普及』の両輪が大事。BIPROGYなら『強化』を目的とした企画にも対応できるはず。両面からのさらなる社会貢献を期待しています」と語りました。
また、本大会開催地・江東区のバドミントンチームであるシャトラーズ深川の監督 平山政吉氏は、「これまで中学生や高校生を対象にした講習会はありましたが、今回は小学校低学年が対象で、大変うれしく思っています。子どもたちは十人十色ですが、コーチの目を見て話を聞いている選手は伸びます。楽しく試合をするには日ごろの練習が大切。だから、練習は厳しく、試合は楽しくと教えています。ぜひ、このような大会を定期的に開催してください」と期待を寄せました。
参加したジュニア選手たちにも感想を聞きました。
(写真左上から時計回りに)「幼稚園の年中からバドミントンを始めた。試合で勝ったときが一番楽しい。将来はオリンピックに出場したい」(にこちゃん・小学2年生)、「勝っても負けても、試合が好き。今日は1試合負けてしまったけど、楽しかった。もっと強くなって、今日負けた選手にも勝ちたい。また練習を頑張ろうと思った」(だいきくん・小学3年生)、「講習が楽しかったので、参加して良かった。世界一になることが目標」(ゆうごくん・小学3年生)、「強い人に勝ったときが楽しい。大会では違うチームの選手に会えるので、自分から話しかけて仲良くなれる。いろんなチームに友達ができた」(さわちゃん・小学2年生)
どのジュニア選手も目を輝かせ、バドミントンの楽しさや大きな目標を教えてくれました。このほかにも多くの参加者から、「次回も参加したい」という声が上がっていました。
講習のコーチを務めた栗原は、試合風景を見て、「試合に負けてしまって泣いている選手がたくさんいましたが、私も小学生の頃は1点取られるだけで泣いていたので、その頃のことを思い出しました。楽しさだけでなく、勝負にこだわって真剣にバドミントンと向き合っているのだと感じました」と自身の体験も踏まえて話しました。
中村は「バドミントンを始めたばかりの子どもはラリーがつながり、楽しくプレーできることが大事ですし、ある程度経験を積んだ子どもは、勝ち負けからさまざまなことを学ぶのだと思います。今回のフレンドリーマッチがたくさんの友達をつくり、自分を高めるきっかけになったのならばうれしいです」と感想を述べました。
さらに、本取り組みの今後についても、運営チーム一人ひとりが熱い想いを語りました。
「『BIPROGY JUNIOR OPEN』の名前が定着するよう、毎年の恒例行事にできたら。また、個人的にはプログラミング教室のような機会も同時に開催して、バドミントンとプログラミングの両方に興味を持ってくれるきっかけとなるようなイベントになれば面白いですし、当社により関心を持ってもらえるのでは、と考えています」(中村)
「今後は、バドミントンと触れ合ったことがないお子さんにも家族で参加してもらい、地域を盛り上げていけるようなイベントもできれば、と思います。経験者向けだけではなく未経験者のイベントも含め、イベント後にバーベキューなどを行い、さらに交流を深めるオフの時間もつくれる企画も考えてみたいです」(栗原)
「BIPROGYの歴史と共に続いていくイベントとしたいです。また、参加者だけでなく社外の応援してくださる皆さまにとっても、私たち社員にとっても、バドミントンが遠くにあって応援するだけのスポーツではなく、より身近なものだと感じていただける活動をしていきたいです」(皆川)
「無事に終わってホッとしました。関わってくれた全ての皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。今後、BIPROGYにしかできない、恒例のイベントに発展させていきたいです」(清水)
子どもたちやその家族、そしてBIPROGYバドミントンチームの選手や社内の運営スタッフ、それぞれが充実感、手応えを得られたイベントだったからこそ、今後への期待がそれぞれに膨らんだ様子でした。
大盛況で幕を閉じた第1回「BIPROGY JUNIOR OPEN バドミントン フレンドリーマッチ」。本イベントは、定期開催も見据えています。これからもBIPROGYはバドミントンを通して地域とつながり、さらなる貢献を目指し活動を推進していきます。
日本のEC市場は着実に成長を続けている。経済産業省の「令和3年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」によると、BtoCにおけるEC市場は2021年に初めて20兆円を突破した。ここで注目されるのがスマホの存在感の大きさだ。特に物販系のECにおいては、50%超がスマホ経由での購入であると同報告書は指摘している。
こうした中で、小売に関わる企業はオムニチャネルへの取り組みを強化している。オンライン注文に迅速に対応するだけでなく、ネットとリアル店舗を統合した形で効率的なオペレーションの確立を迫られているからだ。さらに、自社運営のオンラインショップに加えて、各種ショッピングモールなどに出店している企業も多い。各種QRコード決済をはじめとする多様な決済方法にも対応しなければならない。これらの変化に対応し、各社がシステムアップデートを続けるのは容易ではない。課題を感じる企業は多いはずだ。
「従来通りSIの開発手法を使った場合、販売管理や在庫管理など既存基幹システムを含めてオムニチャネルに対応させようとすると、年商数百億円の小売事業者ならば数十億円規模の投資が必要になるでしょう。以後も、定期的な改修・機能追加などの投資が求められます」
こう話すのは、デジタラトリエ担当の中村甲(BIPROGYインダストリーサービス第一事業部 首都圏営業二部 コマース&サービス営業所 シニアコンサルタント)である。
各企業が、こうした投資を継続するのは現実的ではないだろう。中村の言葉を受け、「デジタラトリエ」の根本にある発想について、村田一世(BIPROGYプロダクトサービス第一本部 OBDサービス一部 サービス適用室 室長)は次のように説明する。
「現状、各社が同じようなシステムを、それぞれ自前でつくっています。それは、社会的資源の有効活用とはいえないのではないでしょうか。商品やマーケティング、ブランディングなどを競争領域とすれば、システムが担う多くの部分は『非競争領域』とも捉えることができます。そのシステムを共通プラットフォーム化すれば、多くのお客さま、そして社会に価値を提供できるのではないかと考えました」
OMOはオンラインとオフラインを統合し、両方を行き来する購入者をシームレスにサポートすることで、全体として高いレベルの顧客体験を提供する。こうした発想の実現には、ECシステムだけでなく、店舗に置かれたPOSシステムや顧客データ、在庫データなどを含めてオンラインとオフラインを統合的に管理するシステムが欠かせない。この要素を備えた高度なシステムをプラットフォームとして提供するデジタラトリエは、SaaSのため、ユーザー企業は独自開発に比べて大幅にコストを圧縮できる。
デジタラトリエのファーストユーザーは、アパレル業界においてオンラインとオフラインで多くの販売チャネルを展開するユナイテッドアローズだ。2022年3月からサービス提供を開始し、この他にも、ニッセン、日本テレビ放送網の通信販売事業など、アパレルや総合通販企業を中心に導入企業は増えつつある。
BIPROGYは長年にわたり、店舗や通販を展開する小売業の基幹システムで多くの実績を積み上げてきた。ECを支えるシステムにおいてもノウハウの蓄積には厚みがある。「オンラインとオフライン、どちらか一方が得意なベンダーは多いのですが、両方に経験を持つことは少ない。私たちは、そこにBIPROGYの介在価値があると考えました」と中村。さらに、村田がこう続ける。「小売業のさまざまなシステム構築に携わることで、私たちは業界特有のノウハウを蓄積してきました。だからこそ、デジタラトリエが生まれたのです」
デジタラトリエは、大手アパレル企業であるワールドグループでファッションブランドのECサイト構築・運営支援を行うソリューション事業を手掛ける企業「ファッション・コ・ラボ」との協業が誕生のきっかけの1つとなっている。このファッション・コ・ラボは、ECと店舗といったフロントエンドと、在庫や物流などのバックエンドをつなぐ「SIMLES(シムレス)」というSaaSを提供している。
SIMLESを支えるEC/OMO基盤は、「Omni-Base(オムニベース)」と呼ばれ、BIPROGYはその開発を担った。「ワールドさまは以前からのお客さまで、2014年にフロントエンドからバックエンドまでをサポートするシステムの開発プロジェクトが始まりました。こうして、開発されたのがOmni-Baseです」(中村)
この開発経験を生かし、BIPROGYは独自に大企業向けのOMOプラットフォームを開発することを決めた。ベースとなる機能はOmni-Baseと同じなので、これを保有するワールドからライセンス提供を受けて開発。そうして生まれたシステムが、「Omni-Base for DIGITAL'ATELIER」である。
デジタラトリエのコンセプトは大きく3つ。ノンカスタマイズ、無償バージョンアップ、アウトソーシングである。企業の個別ニーズに合わせたカスタマイズは行わない。ただ、ユーザー企業からの要望が汎用的なものであれば、汎用性の評価プロセスなどを経て、標準機能としてデジタラトリエに組み込み、無償バージョンアップに反映される。バージョンアップの頻度は1~2カ月に1回程度。現行システムからデジタラトリエにスイッチすれば、ユーザーは慣れるまでに一定の時間はかかるが、業務を標準プロセスに従ってブラッシュアップするとともに、システム開発・運用コストを大幅に削減することができる。将来のシステム投資額を考えれば、メリットは大きい。
デジタラトリエはユーザー企業が自ら運用もできるが、その業務をBIPROGYに委託することもできる。小売業に限らず、あらゆる企業がDXを本格化させている中で、IT部門のリソースは逼迫している。アウトソーシングサービスにより、こうした企業のニーズにも対応する。
ユーザー企業がデジタラトリエを活用する前段階として、コンサルティングフェーズ(2~6カ月程度)と導入フェーズ(おおむね1年以内)がある。コンサルティングを担当する渡邉充隆(BIPROGYプロダクトサービス第一本部 OBDサービス一部)は次のように語る。
「お客さまは自社向けにカスマイズされたシステムに慣れているはずですが、デジタラトリエはそれらとはまったく異なるシステムです。そのため、サービスのコンセプトを十分に理解していただくことがファーストステップとなります。また、現行システムを外部のSaaSなどと連携させて使っている場合は、どのSaaSをデジタラトリエとつなぐのか、ヒアリングを通じて明確にしておく必要もあります。デジタラトリエには非常に多くの機能があるので、その説明だけでも多くの時間を要しますが、こちらからの説明に終始せず、お客さまのニーズをきちんとくみ取ることを大切にしています」
いわば、カスタムメイドからレディメイドへの乗り換え。これには、ユーザー側にもマインドセットの変化が求められる。「従来の業務プロセスへのこだわりからは、一度離れていただかなければなりません。その上で、デジタラトリエに合わせて自分たちの業務を変えようというマインドが浸透すれば、結果として導入期間は短くなり、業務負荷も軽減するでしょう。そのプロセスの中で生じるお客さまの不安やお悩みを伺い、時にはフィードバックすることも当社の役割だと考えています」と村田は説明する。
デジタラトリエは企業内では店舗のPOSシステム、自社ECシステム、販売管理や在庫管理などの各種システムとつながる他、外部のさまざまなサービスとも連携する。Amazonや楽天のようなショッピングモールに加え、それらとはやや異なるモデルだがZOZOTOWNのような販売チャネルもある。また、宅配便などの物流サービスや決済サービス、倉庫会社、マーケティング分野の各種SaaS、スマホのアプリなども連携対象となる。
プラットフォームとしてのデジタラトリエは、多様なサービスをプラグインし連携するためのインターフェイスを備えている。顧客数の増加などに伴い、その数は増えていく。インターフェイスの例だけを見ても、それらを各社が独自開発することの非効率性は明らかだろう。
デジタラトリエによって実現するOMO施策はさまざまだ。店舗とEC、電話受注の会員の一元管理はもちろん、販売チャネルをまたいだ共通キャンペーンなどの管理も行うことができる。倉庫会社のシステムとの連携により、在庫の一元管理も可能だ。
デジタラトリエは、従来のSIモデルではなくサービス提供モデルであるが、これはBIPROGYグループの戦略の方向性に沿ったものだ。2030年を見据えてBIPROGYグループの方向性を定めた「Vision2030」では、「アセットを活用した社会インパクトへのアプローチ」を掲げている。Omni-Baseそのものはワールドのアセットだが、デジタラトリエはその土台の上に日々新たなアセットを増築している。
デジタラトリエを中核とするビジネスエコシステムは、社会全体のリソースの有効活用にも貢献する。多くの企業がIT投資に比べると低価格のサービス利用料でOMOプラットフォームを活用することは、別の角度から見れば産業インフラのシェアリングである。それは、BIPROGYグループの掲げる「デジタルコモンズ」の考え方とも通底する。
デジタラトリエは顧客の多様なニーズに応え、成長し続けるサービスだ。その恩恵は、サービスを利用する全ユーザーが受けられる。IT部門のリソース不足が叫ばれる今、本サービスを通じて各ユーザー企業がつながり、ともにサービスを成長させていくことで負担を軽減し、効果的なOMO活用の持続可能性も高まるだろう。
また、マインドの面でも良い傾向が見られているという。村田はメンバーの変化について「『お客さまのご要望通りにつくるのが正解』という考えから、一人ひとりがお客さまの声も踏まえて、サービスに必要な標準機能やプロセスを開発する考え方へとシフトしています」と語り、渡邉も「チーム内に、自由闊達に意見を交わす文化が育ってきたように思います」と重ねた。より良いサービスを提供するため、メンバー間でこれまで以上に積極的なコミュニケーションを図る文化が生まれ始めている。
これまでファッション分野を顧客の中心に据えていたデジタラトリエだが、今後は雑貨や加工食品などの分野も視野に入れ、対象顧客を広げていく予定だという。「BIPROGYのビジョンとデジタラトリエのビジョンは、完全に合致しています。そのビジョンを形にして見せるのがプロジェクトチームの役割。EC向けのライトなSaaSは世の中にたくさんありますが、このサービスは当社にとって得意分野である基幹システムの領域をカバーするもので、私たちらしさを発揮できるサービスでもあります」と中村は熱く語る。
もちろん、BIPROGYの全ての事業が一気にサービス提供モデルに切り替わるわけではない。SIもまた重要な事業であり続けるだろう。
「SIモデルとサービス提供モデルは、両輪で成り立つようなところがあります。社内でもお互いの知見を交換する機会は少なくありません。そして、最近では『自分たちで新しい価値を創造したい』という意欲の高い若い世代も増えています。サービス提供モデルのビジネスがもっと増えれば、社員にとっての選択肢は増え、その価値創造の中でお客さまにとっての選択肢もさらに増えていくはずです」と村田。デジタラトリエはBIPROGYのビジネスモデル変革の先駆けだが、3人はこれをきっかけに、新規ビジネスが次々に登場することを期待している。また、そうしたチャレンジをサポートしたいとも思っている。デジタラトリエが先陣を切って挑む、BIPROGYの提供価値拡大の未来に一層期待したい。
――「群集マネジメント」とはどのような研究なのでしょうか。
西成群集マネジメントは私が提唱し、30年にわたって取り組んでいる「渋滞学」の一部です。自動車渋滞を数学的に扱うことから始まった渋滞学では、世の中のさまざまな渋滞が研究対象です。人流や物流はもちろん、生産性を阻む仕事の渋滞や、アルツハイマーのような身体的な渋滞(※)など、“渋滞”をキーワードにあらゆるものを横串で捉えることができるのです。
その中でも群集マネジメントは、群集をいかに安全に効率よく移動させるかを追究する研究です。学問領域としては数学に加えて心理学など、多岐にわたる分野が深く関係してきます。きっかけは2010年にサウジアラビアで開催された「Transport and crowd management forum」。同国にはイスラム教の聖地であるメッカがあり、年に一度の大巡礼のときには1週間で300万人もの人が集まります。多くの人が殺到するために事故が起きやすく、毎年のように亡くなる方が出ています。この混雑をなんとか緩和したいと考えた国王が、世界中から関連性の高い分野の専門家たち10名を招請しました。感染症の学者や心理学者が呼ばれる中、私にも声がかかりました。そうして約1週間にわたって議論した際に、群集マネジメント研究の必要性を痛感しました。日本も各地で混雑や渋滞が起きているものの、それに対する学問としての体系的な取り組みはなかったことに気づいたからです。その後、各所に働きかけ、2017年に群集マネジメント研究会を立ち上げました。
――日本でも明石市の花火大会で多くの死傷者が出る事故がありましたし、韓国の梨泰院でも混雑で多くの人が亡くなる悲惨な事故が起きました。その背景をどのように分析していますか。
西成例えば、イベントなどで誘導を行う警備会社には群集をマネジメントするノウハウがあると思います。しかし、各社の知見はバラバラで体系的にまとめられておらず、関係者が効果的に連携できる運用となっていないのが現状です。韓国での事故も人災の側面が大きいと考えています。細い道を双方向に通行できるようにしたことや、地上がすでに人で一杯なのに、電車を事故現場である梨泰院駅に止めて人を送り込んでしまったことなどが原因でした。これらは対策が図られていれば防ぐことができたはず。それだけに残念で仕方がありません。ポイントとなるのは、事故を防ぐには「現場対応だけでは不十分」である点です。多くの関係者が連携して事前に対策を練り、全体をマネジメントすることが必要だと考えています。群集マネジメント研究会では、こうした観点から現場をデータで計測して実態を把握するとともに、社会実装に向けたノウハウ確立に取り組んでいます。
――BIPROGYは群集マネジメントにどのように関わってきたのでしょうか。
吉川物流業界を担当していたときに西成先生の渋滞学の講演を聞き、それから親しくさせてもらっていました。そのご縁で、2020年度からのJST未来社会創造事業の「個人及びグループの属性に適応する群集制御」に参画し、共同研究に取り組んできました。持続可能な社会の創出を目指し、社会的価値を生み出すことができる企業へと変革を進める当社にとって、この研究は安全安心で快適な社会を実現するためにぜひとも知見を深めていきたいテーマです。研鑽を積んでいく中では、常に社会への実装を最優先で考え、現場での実証実験に注力してきました。
群集マネジメントでは、実態をデータで把握することが大切です。そこで、東京ビッグサイトのイベントや島根県松江市の由志園で実証実験を重ねてきました。ビッグサイトでは人の動きを計測したり、さまざまな季節の花が楽しめる由志園では、どこでどれくらいの時間、人の滞留が起きるかを計測したりといった取り組みを重ねています。また、広島県尾道市では中心部の商業エリアにレーザー光測定センサー(LiDAR)やAIカメラを設置して、個人情報を含まない人流データを取得しました。継続的な測定によって、感覚ではなくデータで人の流れを把握することができます。これらのデータを踏まえ、現在は一歩踏み込んで地域の活性化にも生かすことができないだろうかと思案を重ねています。
――群集マネジメントの研究におけるBIPROGYの活動を、西成先生はどう評価していますか。
西成BIPROGYはとにかく現場主義が徹底しています。常に現場に行って、ニーズを掘り起こしてくれています。大学にとっても、研究のニーズがどこにあるのかを知ることは特に求められていることですので、とてもありがたいです。BIPROGYにはITやIoTのスキルとノウハウがあり、機動力もあります。研究は「まずやってみる」ことが大事ですが、それが実践できるのがBIPROGYの強み。同社が先陣を切って実証実験を進め、データ収集結果を報告してくれることは、他のメンバーにとっても良い刺激になっています。
吉川現場での実証実験によって新たな発見もあります。最初に手掛けた東京ビッグサイトの実証実験では、西ホールアトリウムにて2メートル四方ごとの人口密度を計測し、西成先生が提唱する6段階の指標に沿ってリアルタイム判定し危険度を判定しました。すると、実際の会場はすいているにもかかわらず、危険度が高く判定されるケースが見られました。「見た目の感覚」と「データ」の相違が出ていたのです。そこで翌年、毎秒ではなく、数秒間の平均値で判定するようにしたところ、その違和感はなくなりました。さらに、この分析結果を基にした混雑情報を会場のお客さまに提供して、会場各所に分散誘導することで、全体の混雑を緩和することができました。また、由志園での実証実験では、「人が立ち止まる秒数」に着目して密集度合いを分析しました。1秒から30秒まで細かく刻んで測定したところ、場所ごとで秒数に大きな差が見られました。こうした取り組みを経て、群集の密度を判定する上で、秒数には大きな意味があることが分かったのです。
西成東京ビッグサイトの実証実験にはハッとさせられました。一般的には人口密度が高いと危険とされますが、それ以上に「密度が持続される時間」が問題だと気づかされたのです。例えば、2~3人組が一緒に歩いていても、1秒間のデータでは「密度が高い」とされます。しかし、想像すれば分かるようにそれは危険な状況ではありません。そうではなく、高い密度がどれだけ「持続」しているのかに着目するのは大きな発見でした。
また、観測する側からはカメラ映像で見ると混んでいるように見えても、その場にいる人たちはそう感じないこともあります。実証実験を通じてデータと現場、両方の観点から研究意義を深めていくことで最適な群集マネジメントの在り方に近づいていくはず、との気づきが得られました。ここに今後、蓄積されていく多様なデータとその分析結果を加えていけば、より一層混雑発生のメカニズムやそのリスク回避に向けて発見は増えていくでしょう。
――群集マネジメントの意義についてはどのようにお考えですか。
西成群集マネジメントの意義は大きく2つ。「安全性の向上」と、「サービスの向上」です。まず安全性の向上とは、群集の動きを制御して事故を防ぐこと。そのために、遊歩道設計や誘導看板設置、スマホでの通知、放送によるアナウンスなどを場所の特性に配慮しながら適用していきます。例えば、ご存じのように新宿駅は毎日300万人が利用する世界で最も人が集まる場所の1つです。ところが、コンコースの混雑状況を計測したところ、混雑時でも皆が同じ方向に流れているときには歩きやすいと分かりました。つまり、人びとがバラバラの方向に向かうから危険性が増すことになります。このように、確かなデータ収集と知見の積み重ねが具体的な安全性の向上に向けた施策実現へとつながっていきます。次に、サービスの向上については、各種ノウハウをビジネスに活用していく発想がポイントになります。例えば、約1時間かかっていた空港の入国審査ゲートの渋滞を30分に縮減できれば人の動きも円滑になり、空港の魅力向上にもつながります。また買い物の際に会計待ちの列を制御できれば売り上げがアップするはずですね。こうした側面でも、群集マネジメントの研究は生かされます。
吉川そうした知見を得るためにも、現場で生の声を聞くことは重要です。東京ビッグサイトのイベントでの実証実験では、初日と、最終日の終わり間際に最も人が集まり、しかも特定の場所に集中していることが分かりました。これを分散できれば集客の向上が期待できます。
西成かつてギリシャのヘラクレイトスという哲学者は世の中のすべてのものは変化することから「万物は流転する」と唱えましたが、私は「万物は停滞する」と言っています。人混みはにぎわいでもあり、マイナス要素ばかりではありませんし、楽しいものや美しいものに人は足を止めます。ただし、そこに危険があるのなら回避しなければなりません。
吉川「人が集まりすぎることで生まれる悲しみ」からスタートした群集マネジメントですが、「人が集まる喜び」にも貢献できるようにアイデアを出していきたいと考えています。
――次の研究のステップとしてはどんなことをお考えでしょうか。
西成“人がどこから来てどこに行こうとしているのか”という「Origin」と「Destination」が分かると、群集の制御はしやすくなります。例えば、駅構内の場合です。ある路線から別の路線への人の流れには、それが顕著に表れます。問題はカウントダウンやハロウィン、マラソン、花火大会などのイベント、展示会などによる人混みです。こうした渋滞の特徴は、人びとが明確な方向感を持たずに動いており、OriginとDestinationが分からない点にあります。この状態は「Nomad」といわれますが、そこでのシミュレーションは世界で誰も実現できていません。私たちは今、この課題にチャレンジしています。カメラ映像から人の周期的な動きを読み取ったり、どこへ向かうのかをデータから読み解いたりすることで、パターンを把握してシミュレーションを実現しようと考えています。
吉川常に同じ場所で計測することで、日常的な動きがデータで可視化されます。その上で、何か新しいトライアルを行うと日常との差がデータから見えてきます。新しいトライアルの影響を、経験や勘ではなく、データで把握することができるのです。例えば、集客用のチラシを配布すると人の動きにどんな変化が起きるのか、ノボリを立てると来客数がどう変化するのか、さらにデータ取得の方法に工夫を凝らすことで、人が集まりたくなる効果的な仕掛けを構築するために参考となるデータを集めることもできます。
西成人が集まりたくなる、という視点では、都市を歩きやすくする「ウォーカビリティ」という研究があります。日常の歩行を促すことで健康につなげる面もありますが、都市全体の観光資源としての価値を高める効用もあります。海外ではウォーカビリティプロジェクトも盛んに行われています。
吉川先ほど話題にあげた、尾道市のような地域の活性化を考える上でもウォーカビリティの発想は大事ですね。目的のない街歩きをする人は消費が増えるという指摘もあるので、そのメリットは大きいでしょう。一方で、ブームのような形で一気に人が集まってしまうと、それが危険性につながる場合もあります。データに基づいて群集マネジメントの仕組みをシステム化し、局所的な混雑を回避できるよう汎用性を高めることが必要だと考えています。
――研究を通して知見を深め、方法論などを打ち立てていくことで、どんな効果が得られるのでしょうか。
西成群集マネジメント研究のベースにあるのは「あらゆる人に外に出かける喜びを届けたい」という思いです。その意味では、現在中心的に取り組んでいる混雑緩和だけではなく、高齢者や身体障害者のような交通弱者もサポートできる仕組みづくりも進めたいと考えています。例えば、歩道を通常のものとゆったりとした速度で歩く人のレーンに分離すれば、交通弱者を含む誰もが快適に歩行できるはずです。また、街中にあるトイレの場所を看板などで高齢者や車椅子の人向けに情報提供するだけでも外出時の安心感が変わります。いきなり全国で実現するのはハードルが高いので、まずは限られた区域などで実証実験を行っていけないかと考えています。
吉川今後の展開として、今まで実証実験を通して収集してきたデータを活用することで、自然に危険や密集が回避できるよう、群集のコントロールを実現していきたいですね。群集マネジメントを、多くの人が安心安全、快適に暮らせる社会を実現するために利活用していきたいと考えています。その上で、尾道市のように人を呼び込みたい地方都市などニーズがある場所では、思わず人が集まりたくなる仕組みも現場の人たちとトライ・アンド・エラーで構築していきたいですね。
西成群集マネジメントでは人だけでなく、モノの動きの制御も考慮する必要があります。今はそれぞれ別で考えられている交通や物流、そして人流を、統合して考えることが今後求められます。そうすることで、究極のスマートシティ、誰ひとり取り残さないインクルーシブ社会が実現できるはずです。これからも一緒に取り組んでいきましょう。
――リブランディングの背景について教えてください。
畠中「BIPROGY」の背景には、「多様性とその先の統合」の価値観があります。そこには、「IT業界ナンバー1を目指す」“競争優位”の考え方を超えて、一社単独では成し得ない社会課題の解決に貢献する“共創融和”の関係を築いていきたいとの想いがあります。
一社一社、一人ひとりが放つ光を掛け合わせ、より良い社会、より良い未来を目指すには、「多様性」という価値観は不可欠です。さらにSDGsに象徴される昨今の世界の潮流を鑑みれば、社会は合理性を足場にしつつも多様性を重視する方向に向かっていると見て取れます。この中において、多様性の価値を最大化し、ITやデジタルの力で「デジタルコモンズ(社会の共有財/コミュニティ)」に昇華させることができれば、その先にある未来の扉を開くことにつながるのではないか――。そんな、「社会的価値を創出する唯一無二の企業を目指す」という私たちのアイデンティティにふさわしい社名をつくろうと、リブランディングがスタートしました。
――“唯一無二のブランド”はどのようにつくられたのでしょうか。
畠中はじめに会社の歴史、社風、社員の価値観や想いなどに関する情報を集め、それらを総じて会社のアイデンティティとそこにある意味をプロジェクトチームのメンバーで言語化しました。「過去・現在の自分たちの姿や未来に向けてありたい姿、我々はこれからどんな社会にしていきたいのか、社会にどう貢献していきたいのか」などの想いを書き表した、長いポエムのような文章です。
次に、それらをインプットとして、クリエイティブチームがブランド表現の粗削りの案を多数創り出し、方向性を模索していきました。私たちが求めた「多様性とその先の統合」を表すブランド表現が見えたところで、精緻化を図りつつ、数案まで絞っていきました。その後、絞られた案について、商標調査(国内外における商標登録の難易度を調査)や外国人の方が耳にしたときの語感など多角的に調査・検討を経て、最終的には2021年5月7日開催の取締役会にて「BIPROGY」への社名変更を決定しています。
社名変更の発表後、お客さまなどから、「旧社名の跡形もない社名で驚きました!」との声を多くいただきました。しかし、ゼロベース発想であえて旧社名に近いイメージを残さなかったのは、“大胆に変わる”という私たちの本気度の表れ。また、社名は頻繁に変えるものではありません。30年以上「日本ユニシス」という社名でしたが、新たな社名も30年経っても世界の方向感と合致する社名にしたい、という考えもありました。
――「BIPROGY」のシンボルマークにはどのような意味があるのでしょうか。
畠中ロゴタイプについては、安定感のある書体で企業としての信頼感を表現しながら、細長いフォルムで先進性も表しています。地球を想起させる丸いブルーのシンボルマークの上には、「BIPROGY」の7文字を重ね合わせています。重なり合う大小の三角形は、「あらゆるステークホルダーと一体となって共に社会に新しい価値を提供する姿勢」を、不規則に交差する直線は、「固定観念にとらわれない多様性とフレキシビリティを象徴し、常に変化し続けていく姿勢」を表現しています。
ここからは後付けの話ですが、シンボルマークをじっくり観察していると事前に意図していなかったとらえ方や意味も想起されてくるんです。シンボルマークの三角形の部分は、小さな三角形を「超えて含む」形で大きな三角形があります。小さな三角形をホロン(全体を構成する一部分)とすると、生命的表現のホラーキー(ホロン同士が包含し合う階層構造)にも捉えられ(※)、例えば、「日本ユニシスで培ってきた良きDNAを継承しながら、BIPROGYの新たなアイデンティティや価値観をゼロベース発想で広げていく」などの意味合いとしても説明がつきます。
――ブランドストーリーやブランドムービーの作成にあたり、苦労された点を教えてください。
畠中ブランドストーリーやムービーも多様性の価値観が背景にありますので、「正解」を示すのではなく、そこにある意味を受け手の「選択」に委ねることを意識して作っています。一般的なブランディングでは、メッセージやビジュアル表現を1つの型として決めて世の中に広め、企業のブランドイメージを構築するアプローチを採ります。ですが、それでは「型」があるが故に多様性を表現できません。あえて自分たちの想いや願いを語るに留めることでメッセージの受け手に感じ方や解釈の自由という選択の余地を残しています。そのための言葉選びには多くの時間をかけましたし、目指す世界観を表現すべく、“統一感をもって文脈を紡ぎきる”ことにも最後まで心を配りました。
滝澤伝えたいことが明確でも、それを表す言葉の選び方1つで与える印象はがらりと変わります。メンバーに湧き上がってきた小さな違和感や言葉の候補も切り捨てず、何度も対話を重ねました。ブランドストーリーとムービーを締めくくる「さあ、この星に終わらない物語を。」というメッセージには、地球温暖化に代表されるような、一個人、一企業、一国では太刀打ちできない大きな問題も、人と組織が日々の活動の中で意識と行動をシフトし、ソーシャルインパクトをもたらすことができれば、解決へと導けるはずだとの確信を込めています。
これは絵空事ではなく、世の中にはそのように考えて動いている人々が存在します。例えば、世界中の100名以上の科学者や政策立案者による調査データに基づいた地球温暖化への解決策が100通り示されている書籍が出版され共感を呼んでいます。「デジタルコモンズによって社会課題の解決を図る」という大きな目標に向かうBIPROGYの取り組みも、そんな人々と同じ方向を向いています。「さあ、この星に終わらない物語を。」という言葉を含むストーリーを読まれた方やムービーを観られた方、それぞれの人がその人なりの意味や意義を感じ取ってもらえたらと思っています。
――社内での反響はいかがでしょうか。
畠中正解を示さないように抽象度を高くしていることもあり、社内からは「ぜひ説明をしに来てほしい」と声がかかることもあります。しかし、それは私が考える正解を押し付けることにもなりかねません。ムービーは、多様性の表現として言葉では表現できない非言語的な意味を映像の力も使って表現しようとしているものなので、頭で理解する必要はなく、感性で感じ取ったものが受け手の真実なのだと思っています。
滝澤会社がブランドムービーを制作したら、社員は必ず1回は観ると思います。ただ、そこで説明を聞いて頭で理解をしてしまうと、「1回観たからもういいや」となってしまいます。そうではなく、「何度も見返して言葉を噛みしめたくなる」「業務で行き詰まったときに見返す」。そんな想いもあったため、社員にとっては心のよりどころにしてもらえるものになればと願っています。
――リブランディングにあたっては、「ブランディングポリシー」も定めたとのことです。その目的について教えてください。
滝澤一連の取り組みにあたっては、実際の事業活動とコーポレートブランディングが一体となって好循環するためのビジョンを描いています。そのためのポリシーも定め、社員全員に共有しています。企業によっては、事業活動とそれらが切り離されている場合もあります。しかし、私たちは「社会との信頼関係のため、言行一致を重視する」「社員一人ひとりがタッチポイントにおいてブランドを体現する」ことを重視しています。指針があることで、社名変更までの間でも社内でリブランディングを盛り上げていこうとする自発的な取り組みが生まれました。
――社名変更はバドミントンチームにどのように影響したのでしょうか?
滝澤社員に一体感を生み出すシンボルスポーツとして、バドミントンチームは1989年に創部し、世界で戦えるレベルの選手の育成を目指して活動してきました。2000年代に入ってからは、何人も世界的に活躍する選手を輩出するなど名実ともに日本のみならず世界でも有数のチームに育ってきたと自負しています。
会社のブランディング活動やPRにも大いに貢献する存在となった今、バドミントンチームが目指す次なるビジョンを模索する動きがチームの中から生まれています。ちょうどその時期に、社名変更のタイミングが重なりました。名称も「日本ユニシス実業団バドミントン部」から「BIPROGYバドミントンチーム」に変わり、バドミントンチームのリブランディングの後押しになっています。例えば、先ほど、社員の自発的な取り組みについて触れましたが、バドミントンチームもその1つです。
畠中バドミントンチームは、コーポレートブランディングと根っこの理念は一致しつつも、チームのアイデンティティの探索や表現についてはチームの意志で進めています。例えば、2022年4月1日から、バドミントンチームのユニフォームやエンブレムを一新。エンブレムは大きく羽を広げて飛び立つ青い鳥が印象的なデザインで、いくつかの候補の中からチームのメンバー全員で投票して決められました。エンブレムのデザインはBIPROGYのシンボルマークとはテイストが異なりますが、「強くありたい」「勝ちに行きたい」というチームとしての想いが込められた素敵なデザインだと感じています。
滝澤2023年3月には、バドミントンチームのWebサイトもリニューアルしています。「BIPROGY」という社名のコンセプトを踏まえながら、チームのアイデンティティを探求し、どのようにブランドとして表現していくのか、まさにチームみんなで対話をしているところです。今後にご期待ください。
――社内浸透に向けた取り組みについて教えてください。
塚越「新しいブランドをグループ社員全員でつくる」という感覚を大切にしたいと考えていました。社名変更プロジェクトの全体としては7つのワーキンググループを組成し、8つの部署にまたがる多くのメンバーが密に連携して進めていました。
しかし、会社全体で見れば、参画するのはごく一部。多くの社員にとって、日常業務の中で社名変更の実感は湧きにくく、ましてブランドづくりについては“空気”のような存在になってしまうのではないか。そんな懸念を抱いていました。そこで最初に行ったのが、社内イントラ「Team Unisys」の新名称公募イベント。名称案は、300件近い応募があり、その中から14案に絞って社員投票を実施し、最終的に「PRISM」に決定しました。応募数はもちろん、「『BIPROGY』という社名なら、イントラ名称は何がいいだろう?」と社名について一人ひとりが想いを馳せてくれたことがうれしかったです。社内でも、楽しいイベントと感じていただいたようで、社員同士の会話のきっかけになっていました。
また、リブランディングに向けた進捗を知ってもらえるようにと、2021年11月からは毎月ニュースレターを届けました。「ブランドストーリーが完成しました」「BIPROGYまでのカウントダウン! あと〇〇日!」という大小さまざまなトピックスを楽しく伝えることで、グループ社員を巻き込みながら社名変更に向けて共に気持ちを高めていくことを目指しました。
並行して実施したのがオンラインでの「対話会」です。社名変更は社内外同じタイミングでの発表だったので、当時「なぜ社員に先に教えてくれなかったの?」という声も社員からは上がっていました。対話会はそんな戸惑いや不満の声も共有してもらいながら、「会社が大きく変わるチャンスである今、どんなことができるだろう? どうありたいのだろう?」と前向きに発想を転換できる場になりました。
対話会は、1回の開催につき最大20人程度が集まり、部門の壁も上下の壁もなく、「新社名が『BIPROGY』と聞いてどう思った?」などのテーマでざっくばらんに対話をしました。役員を含め、お互いを「ケンちゃん」「ケビン」などとニックネームで呼び合って話したこともあり、毎回すごく盛り上がっていました。対話の内容はグラフィックレコーディングでビジュアルに落としこみ、ニュースレターにも掲載しています。
塚越その他、コーポレートブランドと事業活動をしっかりつなげていくため、2021年度から体験価値デザインというワークショップを始めました。「BIPROGYらしさって何?」「事業を通じて顧客にBIPROGYらしさを体験していただくためには?」など、日々の業務では話さないようなことをテーマに話し合ったり、数十年先のBIPROGYのあり方をイメージするためのさまざまなワークに取り組んだりしています。
今後もこのワークショップを継続し、より多くの社員が事業活動を通じてBIPROGYブランドを体現できる状態(≒言行一致)を目指していきたいと考えています。ひいてはそれが社会からの信頼獲得と良い関係性構築につながることを願っています。また、新しい社名が表現しているように、社員一人ひとりが輝き、その光彩を掛け合わせながら多様性豊かにBIPROGYブランドを創っていく。その実現に向け、この瞬間もリブランディングは進み続けています。
企業の顔となり、社員に一体感を生み出すシンボルスポーツであるバドミントンチーム。1989年の創部以来、世界レベルの選手育成を目指して活動を続けてきた。2022年4月1日からの社名変更に伴い、「BIPROGYバドミントンチーム」へと変更し、同時にチームエンブレムやユニフォームのデザインも一新。「バドミントン×サステナブルな社会の実現」をチーム理念に掲げ、さらなる飛躍に向けてリスタートを。社名変更後初の公式団体戦となった「第72回全日本実業団バドミントン選手権大会」では、「BIPROGYとしての初優勝を!」をスローガンに大会に臨み、男子チームが2大会連続6度目の優勝を果たした。2023年5月からは、2024年夏にパリで開催が予定される国際的な競技大会に向けたレースがスタートする。注目の「渡辺・東野(ワタガシ)ペア」や「金子・松友ペア」が大会出場権獲得に向けて1年間に及ぶ過酷なレースに挑む。その背中にぜひ注目してほしい。
紀陽銀行は「地域社会の繁栄に貢献し、地域とともに歩む」を経営理念として地域とともに歩んできた。同行は和歌山県内68店、大阪府内41店、奈良県2店、東京都1店(2022年9月末現在)を展開し、2018年に「クラウドファースト」を掲げ、行内システムのクラウド化を進めてきた。2021年7月には「DXによる価値共創の実現」をテーマに「デジタルストラテジー」を策定。現在も同ストラテジーに則り、銀行業の高度化・地域のDX推進・高度化人材の育成・確保・展開などさまざまな挑戦を続けている。
紀陽銀行がDX推進に取り組む背景には、少子高齢化や国内の人口減少、コロナ禍による社会構造の変化、働き方の変化など、金融機関を取り巻く多くの環境変化がある。また、和歌山県や大阪府をはじめとする近畿地方では、南海トラフ地震に備えたBCP(事業継続計画)も大きな課題となっている。
紀陽銀行の山東弘之氏は、取り組みの背景を次のように説明する。
「2016年のマイナス金利導入以来、金融機関は非常に厳しい環境に置かれています。その中で、事務管理部門、システム管理部門としてできることは何かを考え続けてきました。従来であれば、一番にコストダウンに注目し、システム維持費をいかに下げるかという議論になるでしょう。しかし、個々にできることには限界があります。抜本的なシステムの在り方を検討していく必要があるのではないか、と考えました。この中で、一度にすべての課題を解決することはできないものの、1つずつ課題を丁寧に解決して、地方銀行としてこれまでの歴史の中で培ってきた、“安心・安全な”勘定系基盤を守りながら、新しい仕組みにチャレンジしていくために必要なものを考えました」
従来の銀行システムは、行内で堅牢なシステムを構築し、行き届いた管理(監視)の中で外部からの侵入を防ぐ方法が主流となっていた。しかし、山東氏はあえてクラウドに注目したという。
「昨今のDXの流れを見ていると、クラウドシステムを使って外部システムに預かってもらう手法が主流です。こうした潮流に鑑みつつ、長期的な視点から金融機関のシステムの安心・安全をいかに維持するかがテーマでした。まずは行内で用いる情報基盤などからクラウド化を進めながら知見を蓄えつつ、準備を進めていきました。2021年7月に発表したデジタルストラテジーはその集大成。これまでの決意表明を結実させることができました」
2021年2月にはBIPROGYと包括連携協定を締結。DXの取り組みを加速させた。BIPROGYファイナンシャル第三事業部営業一部部長の若佐陽(あきら)はこう振り返る。
「地域を支える紀陽銀行さまに対して、私たちに何ができるかが大きなテーマでした。この中で、コスト削減に資することはもちろん、これから地銀が投資をしていく領域は変わっていくのではないかと考えたのです。つまり、現在主流となっているSoR(※1)領域から、より顧客接点を持てる地域のDX支援に対する投資が増えていくということです。この視点を出発点として紀陽銀行さまと日々ディスカッションを重ねる中で、ご支援できる機会が増えていき包括連携協定を結ぶ流れとなりました」
紀陽銀行では、山東氏が語ったように2018年にシステム・インフラ基盤の老朽化に伴う従来のグループウエアシステムの更改タイミングに合わせ、クラウドサービスである「Microsoft 365」を導入。リモートコミュニケーションの活用など行内の情報を柔軟に活用できる働き方や業務改革に成功した。この折に、BIPROGYの渡邊弘巳(ファイナンシャル第三事業部事業部長)は、3~5年後のテクノロジーがどうなっているのかについて、「Technology Foresight」に基づいて紀陽銀行にプレゼンしている。山東氏は当時を次のように語る。
「5年後には『世の中のシステムはクラウドが当たり前になっている』という視点が印象的でした。当時は、インターネットバンキングを筆頭に金融機関でもクラウド基盤を用いる動きが始まっていたものの、地方銀行では各システムベンダーが作ったプライベートクラウドを使うケースがほとんど。データセンターがあって、そこにサーバーを置いてシステムがある状態です。渡邊さんのプレゼンを踏まえて『紀陽銀行では勘定系システムもAzureの上に置きたい』とその頃から話をしていました。他行からは『よくそんなことを考えますね』と驚かれました。実際に5年経って、予見した世の中になっていると思いますし、あの時Azureへの移行を決断し、一歩ずつ着実に取り組みを進めていなかったら、他行に先駆けてのクラウド化は実現できていませんでした」
紀陽銀行のBankVision on Azureへの移行推進について、渡邊は次のように思いを話す。
「歴史ある地銀が勘定系システムをクラウドに移行することは、非常にチャレンジングなことです。しかし、それ以上に多様化する顧客ニーズなどへの対応はもちろん、行内の情報共有の質や精度を高めることで、部分ではなく全体として銀行業務をとらえることができる点が大きなメリットです。そこで蓄積された知財やスキルをベースにして、地域で頑張る企業のDX支援にも貢献できるのではないかと考えています」
しかし、金融機関の要たる勘定系システムに失敗は許されない。紀陽銀行、マイクロソフト、BIPROGY3社による移行プロジェクトは高い緊張感の中で進められていった。山東氏はこう振り返る。
「勘定系システムは大きく分類すれば、預金、融資、為替決済の機能でできています。クラウドならではの課題は大きく、各種機能を踏まえた複雑なトランザクションへの対応やセキュリティの確保、障害発生時の対応など、ミッションクリティカルなシステムであるが故に課題への対応にはかなりの時間を費やしました。ギリギリまで『もしかしたら移行を仕切り直して元に戻したほうがいいのでは……』という課題と格闘する日々が続きました」
数多くの検証を経て、関係者間で確信を持って移行できると判断したのが2022年7月。その後の検証で大きな課題も発生しなかったことから、稼働開始を10月に定めた。稼働から、2023年の3月で約半年となる。
「紀陽銀行さまが検証段階で品質改善プランをしっかり立てて試行錯誤を続けたからこそ、品質改善や、現在の安定稼働につながっています。私たちも紀陽銀行さまの思いに応えるため、システムの精度を高めるべく米国のマイクロソフト担当者と粘り強くコミュニケーションもとりました」と渡邊は話し、それを受けて若佐はこう続ける。
「クラウドだからできない、ということは一切言わずに、Azureでもしっかり動かすことに力点を置いて進めました。マイクロソフトも丁寧に対応してくれました。同社がAzureの品質を高め、私たちは、万が一障害が起こってもお客さまへの影響を抑制する仕組み作りや、早期に復旧できる支援体制を十全なものにしていく形でプロジェクトを着実に進めて行きました」
リリース直前には、本格稼働後の障害を想定し、ATMコーナーへの駆け付け訓練について全行を挙げて2回実施。山東氏は「万が一、休日にシステムが止まった場合に対応できるかという検証も営業店を含め行員全員の力を借りて実施しています」と語る。入念な検証の甲斐もあり、稼働開始以降、大きなトラブルは起こっていない。
「稼働後、一定程度の障害は起こり、それをみんなで乗り越えていくのだろうと予想していました。しかし、驚くほど何も起こらず、安定稼働しています。Azureへの移行を経て、将来をより鮮明に考えていくための素地が整い、その手応えを多くの行員が感じています。今後、いかにデータを利活用していくのか、APIをどう活用していくのか、お客さまにどう還元していくのか、ディスカッションを続けていきたいと思います」と山東氏は話す。
プロジェクトを経て、渡邊は今後への思いをこう語る。
「BankVision on Azureがこれからどのように新たな付加価値を提供し、次の進化をどうやって遂げていくのか。その未来に期待しています。今回のプロジェクトを経て、紀陽銀行さまとともに新しい世界観を創っていく、そんなスタート地点に立てた気がしています。10月のリリース以降も絶えず進化が続いています。SoRの領域だけでなく、SoE(※2)、SoI(※3)領域にあるシステムや、今のアセットをどのように使っていけるのかにも挑戦していきます」
プロジェクトを通じて得た知見も踏まえつつ、2023年2月には、BIPROGYは「ファイナンシャル・サービスプラットフォーム」の提供に向けた検討を本格的に開始した。各種の金融ソリューションをAPI活用によってつなぎ、データの一元管理や顧客分析、地域特性に応じた多様な分析などが実現されるという。これらの機能拡充を通じて、消費者や法人取引先との間でCX(顧客体験)による深いつながりを生むサービスの構築やマルチクラウド環境で高い信頼性を持つ新しい勘定系システムをはじめとした、各サービスのロードマップを提供していく予定だ。
「このプラットフォームにおいては、例えば、預金口座の入出金などの情報をリアルタイムに近い形でクラウド上に保持できます。情報が迅速に共有されることで、金融機関と顧客(消費者や法人取引先)のタッチポイント強化に向けたソリューションを強化できるでしょう。こうした新たな価値創造に向けて紀陽銀行さまと一緒に検討していきたいと考えています。これはクラウド化が実現したからこそ出せる価値の1つ。私たちが目指すのは、地域をどうよくしていくかです。紀陽銀行さまが大切にされるビジョンをさらに深く共有し、ともに未来を創造していきたいと考えています」 (渡邊)
紀陽銀行の今回のプロジェクトは、多くのメディアで取り上げられ、他行でも同様の動きが広がりつつある。若佐は「紀陽銀行さまで安定稼働している姿が、他行にとって勉強になったり、自分たちもやってみようと考えるきっかけになったりしています。すでに移行を決めスタンバイされている銀行もあります。今後も紀陽銀行さまへの伴走支援を通じて、その輪を広げていければと考えています」と明日を見据える。
最後に、紀陽銀行が目指す未来への展望を山東氏に聞いた。
「お客さまの利便性や満足度をさらに高めるため、今回のクラウド移行はもちろん、APIなどによるシステム連携を深めながら付加価値型のバンキングサービスを目指していきます。また、『お客さまからDXをどう進めればよいのか』という相談も増えています。紀陽銀行としてより深くDXにも取り組み、それら知見を地域のお客さまへ還元していきます。未来を見据え、こうした営みの一つひとつに丁寧に取り組んでいくことで、地域のお客さまに対して信用創造、機会提供を実現していきたい。我々のチャレンジには、オンプレ当時から永らく培ってきたBankVisionの稼働安定性が基礎としてあることはいうまでもありません」
「銀行をこえる銀行へ」と歩みを進めていく紀陽銀行――。BIPROGYはその挑戦を支えていく。
歴史と平和への思いが深まる平和記念公園や原爆ドーム、風光明媚な宮島の厳島神社。いずれも名高い世界遺産であり、広島を代表する観光名所だ。一方で、これら世界遺産以外の広島の見所については、国内外であまり知られていない現状がある。さらに、2020年以降のコロナ禍において外国人観光客が激減し、広島県観光連盟では需要回復の打ち手に頭を悩ませていたという。広島県観光連盟カスタマーコミュニケーション事業部の玉垣雅史氏は、こう振り返る。
「広島には、瀬戸内海に浮かぶ大小さまざまな島を見渡せる瀬戸内海国立公園や中国地方で最大規模のスキー場など魅力あるスポットが多くあります。世界遺産だけを巡って満足するのではなく、県内のさまざまな場所に足を延ばしてもらう、滞在型の旅を積極的に提案したいと考えています。しかし、ここ数年はコロナ禍の影響で外国人観光客は激減。その影響で、築き上げてきた海外エージェント(旅行会社やツアーオペレーター)や航空会社とのパイプも完全に途切れてしまいました」
ウィズコロナ・ポストコロナに向けて時代が変容しつつある中、インバウンドの本格的な再開に向けて活用されたのがBIPROGYのバーチャル見本市サービス「TradingSquare」。本サービスでは、遠く離れた海外エージェントが相手であっても時間や場所に制約されることがなく、大きな会場を手配する費用やブース設営の手間も抑えられるため、主催者側はスピーディかつ低予算でのオンライン商談会の実行などが可能となる。
2022年11月、このTradingSquareを導入して開催されたのが「Japan オンラインツーリズム商談会 in 広島 2022」だ。中国、台湾、東南アジアの海外エージェント約40社と広島の観光事業者50社が参加し、オンラインながら熱のこもったやり取りが交わされた。海外エージェントからは「原爆ドームと宮島以外にも、魅力ある観光商材を知ることができた」といった声が聞かれ、観光事業者からも「10社を超える海外エージェントに自社の商材をPRできた」と、初回ながら評判は上々だという。
この商談会を主催したのは、広島県観光連盟、広島観光コンベンションビューロー、NTTコミュニケーションズ、BIPROGYなどからなる「広島を拠点にしたインバウンドツーリズム活性化協議会」。その運営の中心を担うのが、ツーリズム・マーケティングを手掛ける株式会社マイコンシェルジュ(広島県呉市)代表取締役社長の三浦真氏だ。
「私の出身地である、広島県安芸津町は県内でもあまり注目されない場所です。観光で訪れる方は少ないものの、瀬戸内海を望む本当に素敵な場所です。実家は造り酒屋を営んでいて、地元の自然を生かして醸造した吟醸酒は『世界に誇れる味』と自負しています。そんな“知られざる広島の魅力”を広めたいと思い、マイコンシェルジュを起ち上げました。BIPROGYとは、取引のある銀行の紹介で顔を合わせました。その際に、TradingSquareの概要を紹介してもらったのが、今回のきっかけになりました」
TradingSquareに可能性を感じた三浦氏は、まず事業再構築補助金(※)を申請。交付決定後は、広島県観光連盟をはじめ、三井住友信託銀行や広告代理店のJR西日本コミュニケーションズなど、官民問わずさまざまな企業や団体を巻き込んでいった。「商談の幅を広げるためにも規模を大きくしたいと考え、まずは観光連盟さまにお声がけしました。また、広島から足を延ばして近隣の県を周遊するツアーを売り込むことを見越し、大手銀行や広告代理店にもコンソーシアムに加わってもらいました」と振り返る。
こうして、2022年10月にオンラインツーリズム商談会の主催となるコンソーシアム「広島を拠点にしたインバウンドツーリズム活性化協議会」が誕生。本格的にTradingSquareを活用したオンライン商談会の準備に取り掛かることになった。コンソーシアム誕生から商談会の開催までは数カ月程度の時間しかなかったが、「TradingSquareがハブとなっているからこそ、参加する観光事業者の準備がスムーズに進行しました」と玉垣氏は評価する。
BIPROGYの山本昌弘は、「シンプルで分かりやすい操作性を意識しているので、普段PCを使い慣れている方なら問題なく対応して頂けます。また、早めに資料をアップロードしておけば、海外エージェントが事前に目を通すことができ、閲覧履歴から関心が高い観光商材の把握も行えるので商談予約をスムーズに進められます。その他、閲覧傾向を分析して、その後のプロモーションにも役立てることも可能です」と説明する。三浦氏がこう続ける。
「広島の観光コンテンツを海外エージェントに広く伝えるうえで、以前から情報を1か所にストックしておくBtoBに特化したプラットフォームが必要と考えていました。一般的なCMSでもプラットフォームを構築できますが、要件定義や設計には時間も労力もかかります。TradingSquareの導入によって抱えていた課題がスピーディに解消されました。複数の観光事業者情報を同一のフォーマットで提供できるため、海外エージェントにとっても比較・検討がしやすいメリットもあります。また、チャット機能を使い、TradingSquare上でやり取りが完結できる点も便利だと感じています」
TradingSquareで構築したWEBサイトは、海外エージェントとのリレーションが切れないよう、参加している広島県の出展者情報を継続して更新・紹介しながら、春は桜、冬はスキーなど、季節に合わせた広島の観光情報を発信していく予定だ。TradingSquareがプラットフォームとして機能した今回のオンライン商談会の特長の1つが、「地域通訳案内士(※)」を介してコミュニケーションが行われた点だ。三浦氏は、「地域通訳案内士こそがオンライン商談会、そして今後の広島におけるインバウンド需要回復において欠かせない人材」と語る。マイコンシェルジュでは、コロナ禍で活躍の場が奪われてしまった彼らのスキルが低下しないよう、日頃から地域通訳案内士の有資格者を集めてガイドトレーニングを行っていた。
「地域通訳案内士の方々のスキルは目を見張るものがあります。セカンドライフのような形で始めるシニアの方が多いのですが、長らく海外駐在を経験されていた方や、英語のみならずフランス語まで堪能な方もいらっしゃいます。言語能力はもちろん、話してみるとコミュニケーション能力もものすごく高い。彼らがトレーニングを続ける機会をつくることは後々大きな力になると考えていましたが、まさに商談会はうってつけの機会となりました」
一般的に、外国人を相手にする商談会では日本人の側に通訳を付ける。しかし、今回の商談会では、参加する海外エージェント側に担当となる地域通訳案内士を付けて商談会前に主な客層や興味のある商材について詳細なヒアリングを実施。そして、意向に沿う観光事業者を提案し、当日の商談に持ち込む流れで行われた。海外エージェント主導で商談先を決めれば、宮島や平和記念公園などの世界遺産に関わる観光事業者に商談が集中してしまうが、「宮島に行くなら、〇〇にも足を延ばして〇〇を体験するコースはどうですか?」と、地域通訳案内士を介した提案をすることで、これまで日の当たらなかった県内の観光スポットにも商機を見出すことができたという。
「オンライン商談会の前に海外エージェントと地域通訳案内士がコミュニケーションを取り合う内に、ファーストネームで呼び合う仲にまで発展することもあります。人と人ですから、エージェントも『自分の大切なお客さまはこの人にアテンドしてもらいたい』と思うはずです。地域通訳案内士がエージェントの信頼をつかみ取ることは、自らを売り込むセールスチャンスであり、広島県のファンを増やすチャンスでもあると考えています」(三浦氏)
2023年3月には、第2回目となる欧米各国とオーストラリアの旅行会社に向けたイベントを開催した。現在は、アフターセールスにつながる確度を上げるため、海外エージェントの募集ルートを再検討するなど試行錯誤を重ねながらノウハウを築きつつある段階という。
玉垣氏は今後への期待をこう話す。
「私も含めて、広島県民は地元に対する愛情がとても強い。観光産業の活性化はもちろんですが、シンプルに『こんなに綺麗な自然がある』『こんなに楽しい経験ができる』ということを多くの方に知ってもらいたいのです。海外エージェントに向けて広く情報を発信できるオンライン商談会は、観光連盟だけでは成し得なかった非常に良い仕組みと感じています。今年5月には、G7広島サミットの開催も予定されています。この機を捉え、TradingSquareを有効活用しながら、世界に対して広島県の魅力をさらに発信していきたいと考えています」
また三浦氏は、「協議会としてより多くの海外エージェントを呼び込めるかが今後の課題」と話し、こう続ける。「接点となる、TradingSquareには期待値を超えるコンテンツが揃っている状態にすることが大切と考えています。参加する広島県の観光事業者にも『セカンドオフィシャルサイト』としてTradingSquareを日々更新してもらいながら、商談会翌日から公開した特設サイトでも海外エージェントの興味を引く特集を組んで積極的に情報発信をしていきます。さらに、各種の問い合わせに対応できる機能や今後必要となる体制なども整えたいですね」
オンライン商談会の将来像を見据え、BIPROGYにはすでに新たな要望も寄せられている。山本は、「商談会では、海外エージェントと観光事業者のマッチングとスケジュール調整の面で協議会が苦労されていると伺いました。この点はデジタルの力で見える化し、負担を軽くできると考えています。今後も定期的なミーティングでフィードバックや改善要望を頂き、協議会に伴走しながらTradingSquareをブラッシュアップしていきたい」と話し、意欲を見せる。
オンライン商談会が身を結び、県内の至る観光スポットに外国人観光客を呼び込むことができれば、同様の課題を持つ他県にも座組を横展開することができる。さらに、岡山県や山口県といった広島に隣接する県もオンライン商談会を行えば、県をまたぐ周遊ツアーをそれぞれの県がPRすることで相乗効果も生まれるだろう。インバウンド需要回復の兆しが見えつつある今、“穴場”と言われる観光スポットが外国人観光客でにぎわう日も近そうだ。
――まずは、本プロジェクトにおける皆さんの関わりについて教えてください。
依田博報堂コンサルティングで、クライアント企業のパーパスやバリュー、ブランドを創るお手伝いをしています。PRAISE CARDがあれば、パーパスやバリューがより社内に浸透しやすくなると考えており、理念浸透への寄与の観点からプロジェクトに参画しています。
正木東京女子大学の教員で、組織で働く人に関する社会心理学のさまざまな研究をしています。例えば、ダイバーシティマネジメントは1つのテーマで、多様な人が組織に集まったときに何が起こるのか、を中心に研究しています。このプロジェクトには、専門家の立場からサービスに対するアドバイスをしたり、PRAISE CARDで集まったデータを受けて調査分析をしたりするような役割で関わっています。
牧野テクノロジーを主体としたマーケティングの部署で、新しいテクノロジーを活用した商品企画を担当しています。「PRAISE CARD」は、注目を集めているブロックチェーン技術を使っています。現在は、国内外の企業にPRAISE CARDだけでなくこの技術を駆使したさまざまな可能性について広める役割として携わっています。
金木サービスイノベーション事業部で営業を担当しています。PRAISE CARDは一人の利用者として、どんな価値があるのかを実体験しながら、営業としてお客さまに導入をご提案しています。2022年6月からプロジェクトに参加しており、このサービスをいかに世の中に広めていくかが私の役割です。
奥村金木さんをはじめとする営業担当や、お客さまから相談を受けた新規事業を実現させていくための支援業務が私の担当です。もともとはPRAISE CARDの推進・企画メンバー、現在は企画の支援担当として携わっています。
――開発のきっかけについて詳しく教えてください。
牧野長く働く中で、これまでは与えられた業務を淡々とこなすことが良い働き方だと言われていました。部下や同僚に対しても、感情を抑え、時にはまるで“能面”をつけたように冷静に振る舞うこともあったのですが、イノベーションを強く求められる今は、仕事の楽しさをみんなで感じなければよい仕事ができない、と思ったのが最初のきっかけです。コロナ禍でリモートワークをするようになってからはなおさらです。何のために仕事をしているのか分からなくなり、他の人たちがどう働いているかにも関心が持てなくなってしまい、「このままではまずい」と思いました。加えて、社内のプロジェクトではリーダーにスポットライトが当たり、メンバーにはなかなか光が当たらないことに疑問を感じていました。目立った成果はなくても、本当に丁寧にお客さまに対応するなどコツコツ頑張る社員は多くいます。そのような人をきちんと称賛し、背中を押すことができないか――。頑張る姿を見たときにすぐに周囲が称賛する、「本物に光が当たる」環境をつくれたらと思ったんです。もう1人の企画メンバーと一緒に、本業とは別の取り組みとして始めました。そこから共感してくれる人が増えて、社内外で輪が広がっていきました。
依田もともと、当社でオンワード商事さんのパーパス・バリューの策定、浸透のお手伝いをしていました。私が参画したのは、その理念浸透のためにPRAISE CARDを試験的に使っていただこうというタイミングで、導入時に盛り上げる施策ができないか、とお声がけいただきました。そこでキャンペーンなどのさまざまなアイデアを提案しました。他方で、私としても組織を変えるにはどうすればいいかと思い、社外の勉強会に参加していたんです。今って『幸せそうに働いている人が少ない世の中だな』と感じていて、自分の気持ちにふたをして生きている人が多い気がします。自分や周囲の幸せを考えるためにはどうすればいいかにすごく関心があったんですね。最初にお話を聞いた時、こうした個人的な気持ちとすごくフィットすると感じました。活躍する人にきちんと光が当たる働き方が広がれば、多くの人々が幸せになれる。そう思い、プロジェクトにのめり込んでいきました。個人的な関心と会社の事業がうまくつながったと思います。
正木私の場合は、知人からの紹介でこのプロジェクトを知りました。人が持つ価値観や欲求などの内面的なものを客観的に測る手段は、アンケート調査が主流です。しかし、個人としてはやや物足りなさを感じていました。何か別の方法で、行動データのような客観的なものから内面を推測できないかと考えて、それを目指していたプロジェクトに参加していたんです。その中で、PRAISE CARDを聞き、アドバイザーとして関わるようになりました。また、それとは別の出発点もありました。他社でダイバーシティに関する調査にも協力していますが、『組織に多様性を織り込むこと』と『その実現に向けた具体的な推進策を打ち出すこと』の難しさを痛感していました。その中で、さまざまな分析から出てきたのが「感謝」というキーワードであり施策でした。称賛と近い言葉ですが、この結果を見たときに、PRAISE CARDとつながったなとも思いました。
――「感謝」や「称賛」が、心理学の観点からも組織形成に効果があるということでしょうか。
正木日常生活における感謝の研究は20年ほど前からなされていて、感謝された人の思考や行動をポジティブな方向に変えるなどの分析結果が出ています。対人関係を強化、維持するような機能もあると言われています。ただ、心理学の研究はどうしても恋人や友人といったインフォーマルな対人関係が研究の対象になっていて、ある種“ドライな人間関係”の場である職場でも同じことが言えるのかという点で、実はこうしたフォーマルな関係性についてのデータがほとんどなかったのです。それがPRAISE CARDによって、感謝や称賛をもらった人がどんな行動をとるのか、チームワークやエンゲージメントがどう変化するのかといったデータを蓄積できるようになります。研究上、これはとても価値のあるものになると思っています。
金木PRAISE CARDをすでに活用しているユーザー企業でも今後どのような分析が可能になるのか、組織状態がどう変化していくのかに期待が高まっています。データが蓄積し、研究が進展すれば企業ごとに分析はより精緻になり、深く組織変革に貢献できるでしょう。PRAISE CARDの進化を図ることで、研究の進歩にも寄与できるよう確かな歩みを進めて行きます。
――PRAISE CARD開発時に、機能面や操作性などで工夫した点について教えてください。
金木本サービスは、内発的な称賛を生み出すUX設計に注力しています。「たくさん贈れば評価につながる」などの外的要因よりも、自ら「贈りたい」と思える仕組みを大切にしています。そのため第三者からは誰が誰へカードを贈ったのか分からない、クローズド型のコミュニケーションを採用しています。また、インセンティブが動機となってしまうポイント制度は採用せず、自分の気持ちを相手に伝えることに重きが置かれるようにしています。代わりにランク制度を用いており、カードを多く贈るほどランクが上がります。贈られたカードはデータ分析され、アルゴリズムによって自分の強みが洗い出されます。PRAISE CARDの活用が、自己分析や成長意欲の向上にもつながります。さらに、こうした分析に基づく「相性診断」機能もあり、自分と特性が近い人や補完関係にある人が見つかります。診断結果にこれまで仕事では関わらなかった人が出てくることで、新たなコミュニケーション機会も創出されます。
牧野企画初期から、PRAISE CARDを贈った方も受け取った方も、蓄積されたカードが個人の財産になるようにしたい、と考えていました。信ぴょう性を担保し、改ざんされない形で蓄積するために、ブロックチェーンのテクノロジーを採用しました。誰の手による不正も不可能なブロックチェーン技術を用いることで、個人への評価・称賛を確実に残し、組織だけでなく当事者自身がデータを活用できるようにしました。また、PRAISE CRADを「贈り物」として交換するUI・UX面では、博報堂コンサルティングさんにお力添えいただいた部分が大きいです。
依田手軽に称賛できなければ意味がないと思ったので、メールやチャットよりも手軽なもの、としてアプリを選びました。贈る人とカードを選ぶシンプルな動作により3タップで贈れる手軽さは大切にしています。高揚感も大切にしており、称賛カードを受け取る時も贈る時も、「キラン」と音が鳴るんです。より楽しく、使いたくなる音で、称賛が習慣化されるよう、デザイナーと何回も何回も検証しました。受け取ったカードは、通知がきてもアプリを開くまで誰から贈られたか分かりません。プレゼントを開けるときのようなドキドキ感を意識しました。
牧野こうした追求は、当社だけでは成しえなかったことだと思っています。博報堂コンサルティングさんが「使って楽しくなる」演出の工夫を詰め込んでくださいました。
称賛カードを送受信する様子。送・受信時に特徴的な「キラン」という音が鳴る
――皆さんがこのPRAISE CARDで実現したいのは、どんなことでしょうか。
牧野もっと多くの方々にPRAISE CARDを広めていきたいです。今は企業の従業員同士の関係性を高めることに力点を置いていますが、そのメリットが強調されるだけでなく、あくまで個人が輝き、成長することを大切にしたい。そのため、個人が会社を辞めても、受け取った称賛カードや、それによって見えた自分自身の傾向といったデータは、末永く残るような仕組みにしたいと考えています。
金木日々お客さまと接する中で、エンゲージメントやコミュニケーションの活性化は重要なキーワードです。課題感を持ちながらも解決策が分からない、と悩んでいる企業も多いのではないかと感じます。PRAISE CARDがその悩みを解消するきっかけになるのではないかと期待感を持っていますし、お客さまと一緒に組織の変化を感じたいと思っています。
奥村「自分らしさ」がPRAISE CARDの1つのキーワードと感じています。そのうえで、相手のその人らしさも認められる世界がPRAISE CARDで実現できるといいなと思っています。認め合える関係性が成立している組織であれば、自然と心理的安全性や所属意識が生まれると考えています。そんな組織で働けることはすごく幸せなことだと思います。
依田私はまず、お互いを尊重し合う「優しい世界」を作りたいと思っています。あとは、「風変わりな人」がどんどん増えてくればいいな、と。風変わりな人に対して、「君って最高だよ」という称賛がなければ、みんなが平均点ばかりを目指してしまう。それでは面白くないですよね。個性を出す、挑戦することをPRAISE CARDが後押しできれば人が生き生きし、社会が良い方向に向かうので、大変意義のあることだなと思います。
正木私の立場からは、サービスの実践と学術の両面からお話したいと思います。実践面でいうと、今の企業経営や組織マネジメントは合理的に管理する側面が強くなっていると感じます。仕事に感情は持ち込まないのはある意味正しい。しかし、「それだけでいいのかな」との疑問を個人的には持っています。人間は感情に引きずられる生き物です。仕事だからといって急にドライになれるわけではない。PRAISE CARDは感情をしっかり表に出し、生かすためのツールとして広まるといいなと思っています。学術面では今の話の裏表で、「では感情的な部分を表すことには働くうえでも本当に意味があるのか」を分析していく必要があります。現在は、仕事上でどんなコミュニケーションが大事なのかというエビデンスがそれほどない状況で、さまざまなトライをしていかなければならない段階です。PRAISE CARDはその選択肢の1つとして大きな価値があると思います。
――先行導入された企業でPRAISE CARDを使用して見えた効果はどのようなものでしょうか。
正木PRAISE CARDによって対人関係が可視化、定量化できることは間違いないです。カード枚数以外にも、誰が誰に送っているのか、矢印でつないでみると人と人のつながりが可視化できます。これらを多角的に分析すると、企業らしさや文化のようなものが浮き上がります。そのうえで、例えば会社によっては、「女性は気配りを褒められやすく、男性はそれ以外を褒められやすい」などのジェンダーバイアスや、部署同士のつながりが希薄などの課題も見えます。課題を知ることで、部署間の連携を強化して新たなシナジーにつなぐといった可能性も探れるようになります。
また、PRAISE CARDは日本人や日本の組織特有の文化を打破する一手にもなり得るでしょう。ある調査で、外資系企業の従業員にアンケートをとり「普段、同僚に感謝をしている/されていると感じるか」聞いたところ、ほとんどの人が5段階調査で「5」か「4」をつけたことがありました。欧米文化圏の社風では、「思ったことはきちんと伝える」ことが前提とされていると感じます。一方、日本の企業文化は、特別な場面で感謝を伝えることはあっても、当たり前と思う相手に何かされた場合には、わざわざ感謝を口にしない傾向があります。それゆえ、「こちらは日頃感謝しているのに、受け手はそれを感じていない」といったズレが生じがちです。感謝や称賛が自然と表出する文化の土壌を育み、ミスマッチを解消するためにも、PRAISE CARDという“ステップ”を用意することは効果的でしょう。
依田PRAISE CARDは組織や個人の傾向が可視化されるので、その分析結果は採用にも生かせると思っています。「優秀な人が欲しい」という曖昧なものではなく、エビデンスに基づいて、「社内でこんな人たちが活躍している」「これからこういう人が欲しい」と言える組織は強い。人材獲得施策としても、採用の精度を上げる効果があると思っています。
奥村私からは個人の成長における効果についてお伝えしたいと思います。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が「成功循環モデル」で提唱したのですが、組織の人間関係の質が良くなると、思考の質が良くなり、いろいろなアイデアが生まれたり、人のアイデアを受け入れたりするといった行動の変化が起こります。すると、自分から組織に積極的に働きかけるような行動を起こすようになり、その結果、さらに人間関係が良くなるという成功循環が起きるんです。PRAISE CARDはこの成功循環モデルにフォーカスしているのですが、やはり称賛や感謝といったものを通して、関係性の質、思考の質、行動の質が変わっていくのだと考えています。
――最後に、皆さんの今後の展望や意気込みをお聞かせください。
牧野PRAISE CARDには企業を横断してデータを管理する共通基盤があり、そこにはブロックチェーンの仕組みを取り入れています。万が一BIPROGYがサービスを停止するようなことがあっても、ユーザーが蓄えたPRAISE CARDのデータを個人の資産として守るため、ビットコインのシステムと同じで、ブロックチェーンに永続的に残します。このようにして、今後はPRAISE CARDを1企業が管理する人的資本としてではなく、社会的で保有する人的資産、つまり共有財として広めて残していきたいと考えています。将来的には基盤の部分を開放し、日本はもちろん世界へも広めていくことが私の展望です。
金木私はPRAISE CARDの価値を信じているので、まずはユーザーをさらに増やしていきたいです。尊敬できるプロジェクトの皆さんと一緒にチームになって進められていることをとても幸せに感じています。営業としてチームに貢献し、サービスの価値を広く伝えていけるよう、自分の役割をしっかり果たしていきたいと思っています。
奥村実際にPRAISE CARDを使用してみて、対面では「ありがとう」の一言で済ませてしまう場面でも、称賛カードがあると「何が」ありがとうなのかが見えるというのが想像以上にうれしい、と感じています。こうした具体的な伝え方は、メールやチャットで行なうと手間がかかりがちです。その点、PRAISE CARDはコミュニケーションのコストを下げつつ細かな気持ちを伝えられるメリットがあります。さらに、「より具体的に感謝・称賛を伝えたい」という場合は、称賛カードにメッセージも添えられるようにもなりました。人それぞれに合った多様な使い方を提示しながら、PRAISE CARDをより多くの人へ広めていきたいですね。
正木人間は「空気を読んで生きる割に、空気を読み違えるのが当たり前」という厄介な生き物です。従業員は「こんなに頑張っているのに認めてもらえない」と思っていても、実は上司からすると「認めている」と思っていた、といったミスコミュニケーションは頻繁に起きているのです。PRAISE CARDが介在することで、お互いの想いが分かりやすく可視化され、コミュニケーションが活性化するうえに、不要な誤解も減ることが期待されます。お互いの評価や想いを適切に受け取れるのは、PRAISE CARDのシンプルかつ重要な価値だと捉えています。
今後PRAISE CARDの効果を検証していくに当たっては、他の要素とかけ合わせた分析が大切でしょう。例えば従業員が自発的な行動をどれくらいとっているか、というデータと各個人の分析データのかけ合わせや、チームワークやエンゲージメントとの組み合わせによる分析などの検証を重ね、研究を広げていくことも、運営研究の観点からは重要となります。感謝・称賛にはどのような価値や限界があるかをデータで検証し、社会や企業に示すことが、私の目標であり、やるべきことだと思っています。また、「世界に広める」ことが実現すれば、国ごとの比較もできるようになるはずです。フォーマルなコミュニケーションの本質的な部分における国際比較、地域比較の研究材料にもなっていくのでは、と期待しています。
依田私たちはつい日ごろの感謝をため込んで、あるタイミングでまとめて伝えがちですが、日々、感謝をその都度伝えればいいと思うんです。PRAISE CARDを使って、毎秒、毎分、気付いたときに感謝を伝えることが当たり前の世界になればいいなと思います。また、PRAISE CARDは内省ができることも大きなメリットです。カードをもらうことで自己分析ができることに加え、贈る際にも自分の行動を振り返る機会があります。贈ることと受け取ることの両方によって起きる「内省」の深さによって個人の能力、創造力を引き立てて、面白いことを考える人がたくさん生まれてくればいいなというのが私の強い想いです。PRAISE CARDがあれば、それが実現できると思っています。
先見性と洞察力でテクノロジーの持つ可能性を引き出し、持続可能な社会の創出を目指すBIPROGY。以前はITを活用した顧客の課題解決が業務の中心だったが、近年はさまざまな共創を通じた社会全体の課題解決も大きな使命と捉えている。
その取り組みの1つが「BE+CAUS」。これは生活者の日常の買い物を通して、社会課題解決を目的に各企業が主導する取り組みを促進させる、ソーシャルアクションプラットフォームだ。BE+CAUSの活用によって小売・メーカーは、自社の社会貢献活動を店頭やアプリを通じて生活者へ発信することができる。例えば、小売・メーカー側が連携して特定のNPO・NGO団体を支援するためのキャンペーンを立ち上げ、生活者側は小売店のアプリから対象キャンペーンにエントリーする。登録後に対象商品を購入することで自動的に寄付やSDGsに関連するイベント応募が可能な仕組みとなっている。その他、売り場と連携してキャンペーン期間中に資源回収ボックスを設置するなどアプリ内にとどまらず幅広く取り組みを展開している。
BIPROGYの呉花楠(くれはな なん)はプロジェクトの経緯をこう話す。
「これまでは、当社が運営する『スマートキャンペーン』を用いて、流通業界向けの販促支援サービスを行ってきました。これは、生活者の購買データを活用したマーケティングサービスで、小売各社のスマートフォンアプリを通じて販促を目的としたキャンペーンを配信しています。その一方、ここ数年は『自社でどんな社会貢献活動ができるか』『自社のアセットを活用して地域の課題解決ができないか』などの相談が増えてまいりました。そこで、社会課題の解決を主眼に置いたサービスとして、BE+CAUSを始動させました」
BE+CAUSの立ち上げ時からBIPROGYの欠かせないパートナーとなっているのが、個人と非営利団体をつなぐ国内有数のオンライン寄付プラットフォーム「Syncable(シンカブル)」を運営するSTYZだ。同社は、2016年創業のベンチャー企業でさまざまな社会課題の解決に取り組む。今回のプロジェクトは、先述のスマートキャンペーンとSyncableの相互連携によって推進されている。
このSyncableには、「ここであればさまざまな社会課題や団体とつながることができる」との意味が込められている。デジタルやテクノロジー活用を通じて無意識的につながることを表現するため、「sync(同期する、シンクロさせる)」と「able(できる)」を造語として1つの言葉にしたという。全国で活動する3000以上の非営利団体が登録し、これらとBE+CAUSに参画する企業が連携することで、各種の社会貢献キャンペーンが小売各社のスマートフォンアプリを通して生活者へ配信される仕組みになっている。
呉花と同じくプロジェクトメンバーの品川未来は協業の経緯をこう振り返る。
「BE+CAUSのポイントとなる、NPO・NGO団体との接点が当初BIPROGYにはほとんどありませんでした。今後、幅広い業種・業界に展開していきたいとの思いもあり、当時(2019年)1000以上のNPO・NGO団体と接点のあったSTYZさまに協力を仰ぎました」
STYZは、Syncable運営の他、企業による寄付活動のサポートやPR、社員の社会課題意識の向上を図るサービス「COPOLA(コポラ)」(2022年12月時点はβ版での展開)の運営なども手掛けている。代表取締役の田中辰也氏は、その思いをこう語る。
「STYZは、『民間から多種多様な社会保障を行き渡らせる』をミッションに掲げています。自分の身の回りでさえ、どんなNPO団体がどんな支援活動をしているのか、知る機会は多くはありません。そうして見過ごされてしまう社会課題はとても多い。そこで、Syncableのようなプラットフォームなどを活用して、社会課題を顕在化させるサポートをしています」
同社では、ユーザー視点でサービスやプロダクトの新たな価値を創出するインクルーシブデザインスタジオ「CULUMU(クルム)」の運営も手掛けている。STYZの執行役員CDO兼CULUMUのUXデザイナーを務める川合俊輔氏はこう話す。
「すべての人に優しいデジタルを提供するため、高齢者、外国人、障がい者などの視点からもウェブやアプリのデザイン・開発を行うのがCULUMUのインクルーシブデザイン(※)です。BE+CAUSにもこの視点を取り入れていますが、多様なユーザーの意見をすべて反映することは想像以上に難しく、難題の連続です。しかし、この困難を乗り越えた先には、ユーザビリティだけでなく新しい価値創造につながるような面白さが生まれ、イノベーションの原点になると感じています」
Syncableでは、「自然・環境を守りたい」「動物を守りたい」など、非営利団体をカテゴリに分けて紹介する。支援の方法はクレジットカード決済による寄付や物資の寄付、寄付集めを手伝う、Syncableに掲載されている団体をSNSでシェアするなど多岐にわたる。さらに、クレジットカードでの寄付は300円から決済でき、1回限りの単発寄付と、毎月の継続寄付が選べる。このように、自分に無理のない方法を選んで支援が行えるのも特徴の1つだ。
「今回の相談を受けて悩むことなく参画を決めました。普段の買い物が寄付につながる、誰でも気軽に支援ができる点でSyncableと共通していますし、社会課題を自分事とは捉えていなかった方たちに『まずは知ってもらえる』点でもメリットを感じました」(田中氏)
こうしてSTYZとBIPROGYからなるチームが誕生。STYZはNPO・NGO団体とのコネクションのサポートだけではなく、インクルーシブデザインの視点からコンセプト設計やサービスの運用設計(サービスデザイン)にも関わり、プロジェクトを推進した。
BE+CAUSは、2019年に始動。当時はSDGsがまだ社会に浸透しておらず、「参画してもらう小売店の開拓は苦労も多かった」と品川は話す。そんな折、各メディアでSDGsがクローズアップされたことで急速に浸透。生活者意識も変容し、風向きは大きく変わった。「時代の変化は小売店やメーカーにも少なからず影響を与えました」と呉花は分析する。
「小売店側にとっては『モノを供給(販売)するだけでは生活者に選ばれなくなる』、メーカー側では『従来の価値の他に購入する方々に+αの価値提供が必要ではないか』という危機意識が生まれ始めていました。自社利益の追求だけではなく、社会や地域のために『何か』しなければいけない。そこに気軽な社会貢献を推進するBE+CAUSが合致し、価値を認識してもらえるようになりました」(呉花)
こうした中、BE+CAUSでは2020年7~8月にキャンペーンの第1弾を実施。テーマには海洋ゴミ問題を据え、「いつもの買い物で海をきれいに!さらに抽選でオリジナルエコバッグも当たる!」とメッセージアウトして展開された。小売3社(イズミ、いなげや、ライフコーポレーション)と大手メーカー2社(ネスレ日本、コカ・コーラボトラーズジャパン)が参画し、対象商品の売り上げの一部が認定NPO法人「グリーンバード」のビーチクリーン活動に充てられた。「エントリー数は8万件以上、寄付金額は30万円以上に上りました。参画企業からは『今後は生活者と直接つながる場で、我が社の社会貢献活動をもっと知ってもらいたい』という前向きな反応がありました」と品川は話す。
こうした反響を受け、2022年度からは取り組みをリアルの場にも拡充して実施した。その一例に、「イズミ&ネスレ日本共同企画“今日の買い物は、こどもたちの未来のために”キャンペーン」がある。同キャンペーンの期間中はイズミ各店舗の食品売り場に使用済みの製品パッケージを投函できる回収ボックスを設置。回収された使用済みパッケージをイズミ商圏内の子ども食堂の工作イベント(ネスレ日本主催)の材料として使用し、地域の子どもたちがエコについて学習できる機会を提供するとともに対象商品の売り上げの一部を子ども食堂へ寄付した。
呉花は、「当日は子どもたちだけでなく、参画企業の社員も加わり大盛況でした。イズミやネスレ日本のリサイクルの取り組みを子どもたちに紹介する時間では、子どもたちが学校のSDGsの時間に学んだ内容がこうした形で実践されていることにすごく興味を持ち、にぎやかなひとときとなりました。企業が日頃の事業活動の延長線上にこのようなSDGsを推進する活動を行うことができる点も、BE+CAUSの魅力だと感じました」と振り返る。
2020年の初回キャンペーン以降、全9回のキャンペーンを実施し(2022年12月時点)、小売店・メーカーともに新規参画する企業は増え続けている。こうした状況を受けて、田中氏はこう話す。
「生活者による『寄付』のハードルを下げられたのは大きな成果です。また、支援団体側のメリットも大きく、団体が抱える『社会課題や自分たちの活動を世の中に伝える機会がない』という課題も、BE+CAUSのキャンペーンがメディア露出することで少しずつ解消されています。支援団体の方からは『困りごとを抱える人がいる、と世間に認識されるだけでも、支援を受ける方々が社会で過ごしやすくなる』という声も頂いています」
キャンペーンでの確かな手応えを踏まえつつ、田中氏は、自社のミッションの実現に向けて、BE+CAUSの取り組みから視野を広げていこうとしている。
「STYZのミッションである“多種多様”には、金銭的支援だけではなく、企業による利用者側に立ったサービスやモノづくりの提供も含まれる必要があります。今、企業による事業活動のほとんどは社会課題解決の寄与を目指していると思いますが、同時に『見落とされてしまう利用者像』も生まれています。例えば、パソコンは両手が使えることを前提に作られていますが、両手が使えなくても操作ができたらどうでしょう? 今まで被支援者だった人が、働いて収入を得られるかもしれません。この点にアプローチをすることは、社会課題解決に直接的につながる可能性が多分にあるはずです」
第一歩として、STYZは「ソーシャルインクルージョン(誰一人取り残すことなく、社会に参画する)」の意識を社会に広めたいと考えている。その手法として取り入れるのが先述のインクルーシブデザインだ。その可能性について川合氏は「BE+CAUSの取り組みを機に、BIPROGYさんのパートナーやアセットの力をお借りしながら、ソーシャルインクルージョンの実現に向けて、新たな取り組みも進めていきたいです」と意気込みを語る。
STYZの期待を受け、品川と呉花は今後の展望をこう語る。
「日本各地の地域課題解決に対しては、金銭的な支援だけでは立ち行かないケースも多くあります。今後は、SDGsネイティブである高校生ら若年層のフレッシュなアイデアも必要だと考えています。これらを、BIPROGYとSTYZさまだけでなく、BE+CAUSに参画する多様な企業が持つアセットと効果的に組み合わせて実践できれば、より良い社会の実現に向けたパッションをさらに高めることにつながると期待しています」(品川)
「現状、BE+CAUSの取り組みの対象は、食品、日用雑貨のメーカーがメインですが、BIPROGYの取引先に多い製造業、金融業などの業界でも、社会課題に貢献したいと考えている企業は多いはずです。こうした企業に向けて、BE+CAUSを汎用化して横展開していくことも考えています。その際には、生活者の購買データだけでなく、移動などの経済行動に関するデータを利活用することも一手です。当社が得意とする情報技術にSTYZさまのインクルーシブデザインの視点を取り入れながら協業を進め、得意分野が異なる2社がうまくフュージョンすることでさらなる社会課題の解決に貢献したいと考えています」(呉花)
――まずは、これまでのキャリアと現在の研究テーマを教えてください。
星野大学院時代は小鳥の脳について研究しました。2000年にBIPROGY(当時日本ユニシス)に入社して「もう研究はできないかな」と思っていたのですが、入社4年目くらいに社内で博士養成プログラムがスタート。このプログラムに応募して採用され、ある大学の研究室に入りました。「考える、理解する」とはどういうことかを理解し、それを計算機上に作り上げることを自身のライフワークに置いていますが、自分にとって新しい方向からの視点を獲得したく、数理系の研究室を選び、機械学習※1の理論に近い分野で研究を始めました。現在は「BIPROGY総合技術研究所(以下、総研)」の数理チームで、機械学習をテーマに研究を続けています。
長井大学院での専攻は素粒子物理学です。2018年に当社に入社し、しばらくしてから研究テーマを何にするかを考えました。量子力学※2をもとにした計算に興味を持ち、現在まで量子アルゴリズム※3の研究をしています。
坂本大学院の数理科学研究科で数学を学び、2005年に当社に入社しました。最初はソフトウェアアーキテクチャの仕事をしていたのですが、2013年に総研へ異動。ユーザーインターフェースなどプログラミングの応用に近い分野の研究開発からスタートしましたが、興味の対象が少しずつ変化し、今では位相幾何学※4(トポロジー)の応用という形でアルゴリズムを研究しています。徐々に研究対象の抽象度が上がっています。
――幅広い産業分野で、数理科学への関心が高まっていますが、「数理科学」とはどのようなものなのでしょうか。
星野コンピュータの誕生によって、数式はその中で「動く」ようになり、私たちの生活の利便性を高めるようになりました。こうした前提の中で、近年注目されている高度なAIも成立しています。少し前まで、「コンピュータの中で動かす数式群は、任意に設定できる」と考えられていました。しかし、研究が進むにつれどうやらそうではないらしい、と気づくわけです。つまり、コンピュータを通して起こり得る事象は、自然科学的な数学的法則の上にしか成り立たない。では、何ができて何ができないのか。この部分を突き詰めるのに使われるのが数理科学です。こうした数学の根本的なテーマを解き明かしつつ、生まれた知を実用化するため、アルゴリズム化しソフトウェアとして実体化するのが私たちの活動、としてイメージしてもらえればと思います。
長井正直、「数理」と言われてもピンときていない部分もあるんですよね(笑)。研究者は「数学」と言う場合が多かったりもするので。さらには、「数理」や「数学」とひとくくりにされる中でも、研究分野は多岐にわたりますからね。
坂本ここにいる3人も全員分野は違うわけですが、根本的には「共通認識」を持っていて、その感覚をベースに日々ディスカッションしています。それが何かというと、「数理的素養」だろう、と。つまり、数学を共通言語として真理を追究することを、数理科学と呼ぶのではないか、と私は考えています。
――数理科学への関心の高まりについて、研究者として何か実感はありますか。
星野機械学習の分野では、2010年代に飛躍的な技術発展があり、現在も産業への実装が進んでいます。不可能と思われていたことが実現していると、ある時に気づく――。こうした事象は多くの人が経験をしたことがあるのではないでしょうか。機械学習の世界でそれが起きていて、最近ではインターネット上にある世界中の文字情報と画像情報を取り込む超巨大AIモデルが話題になっています。近い将来、計算機が人間と対等な知的存在として共創していく世界が出現する可能性も十分にあります。こうした文脈での関心も、数理が注目される一因と感じています。
長井私の専門である量子コンピュータ領域では、2019年にグーグルが量子超越性※5を実証したと発表しました。発表以降、デバイス開発はさらに加速したように見えます。古典コンピュータ※6が何日もかかる計算を、量子コンピュータは一瞬で解くことができると、よくいわれます。産業界からの期待も高まっていますが、課題は人財育成です。量子技術はかなり特殊なので、他分野の技術者が新たに参入するのは容易ではないですからね。
坂本最近は競技プログラミングが人気で、数学を専攻する大学生・大学院生が上位に入ることも多い。私の学生時代、数学科の学生がプログラミングに熱心に取り組むのは思いもよらなかったことです。そうした部分にも、時代の流れを感じています。有名進学校の教師をしている知人によれば、最近は医学部ではなく、情報系学科を志望する優秀な理系の高校生が増えているそうです。ITの盛り上がりをニュースなどから感じ取り、その発展に直接寄与する数理・情報分野の未来への関心や期待も高まっているのでしょう。
――注目される背景には、どのような社会の変化があるのでしょうか。
坂本企業競争が進む中で、新規性や独自性がこれまで以上に重視されるようになりました。従来は既存技術を組み合わせて使うことが中心でしたが、だんだん自分たちで技術を生み出すことに軸足が移ってきているように思えます。独自性を創出するためにも数理的なアプローチが重要で、近年はIT業界で活躍する数学人財が目立ってきました。これは、通常であれば見逃されるような些細なことにも気づく能力のおかげかもしれません。数学人財のこのような能力は、証明技術を磨く過程で培われていきます。
長井数理的なアプローチは、「根源的な理解に基づく研究開発」ともいえます。あるいは、「基礎的な法則にまでさかのぼって事象を理解しようとする態度」です。近年、データドリブンの考え方が広がりつつありますが、ビッグデータを扱うプロセスで利用者からはその詳細が見えないブラックボックスができる場合があり、そこに懸念を感じる人も多いでしょう。もっとも気持ち悪く感じているのが数理系の研究者だと思います。だからこそ別の方法を考えたり、ホワイトボックス化の工夫をしたりする。こうした取り組みの中から、新しいものが創造されるかもしれません。
星野急速に技術が進歩する中で、その保証に数理的アプローチが必要とされる身近な例として、自動運転が挙げられます。「過去何年にもわたって事故がないから、この自動運転車は安全です」とされても、技術が人の感覚的理解を追い越すほどのスピードで発達しているために、なかなか信頼を置けません。こうした保証の提示においても、数理科学へのニーズが高まっています。
また、総研では、現在国内外で盛り上がりを見せるDX(デジタルトランスフォーメーション)においても、キーポイントの1つが数理モデリングにあると捉えています。複雑な世界の対象をデジタルに変換し、計算機に載せるためには、適切な数学的表現を定めていく必要があると考えています。
――数理科学の面白さと、日々どのような研究をしているか具体的に教えてください。
坂本私の現在の研究内容は位相幾何学で、研究対象としては流体(空気や水などのように一定の形を持たず、力を加えると自由に変形して流れる物質)を扱っています。流体というと、流体力学に基づいて方程式を解いたり、数値シミュレーションを行ったりする方法が主流だと思いますが、私は流線トポロジーデータ解析のアプローチから研究をしています。細かい数値変化は無視して流体の特徴をつかみ、それをプログラムに落とし込む。この方法は例えば、飛行機の翼を設計するとき、揚力の検出などで用いられています。
この研究は、2つのポイントで面白いと思っています。1つは、昔に学んだ基礎的なアルゴリズムの知識が役に立っていること。「あのアルゴリズムがこの研究にも使えたのか」という驚きがありました。もう1つは、大学時代には理解できなかったトポロジーの概念が少しずつ理解できるようになってきていることですね。歳を重ねるごとに、認識の抽象度が上がっているのだと思います。
長井専門は量子機械学習※7です。その中で「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum device)」分野に注力し、近い将来に実現可能なノイズのある中規模の量子デバイス※8を用いた機械学習を研究しています。現在開発中の量子デバイスはエラーが多く、正しく作動しないこともあります。その状況下で有用な計算をするためのアルゴリズムを「NISQアルゴリズム」といい、私はこれを利用した量子機械学習を研究しています。広く研究され実用化もされている深層学習※9と似た手法なので、量子機械学習がオリジナリティを発揮できる得意分野の見極めが必要です。また、計算規模を大きくすると「学習が進みにくくなる」というNISQアルゴリズム特有の問題を解決する必要もあります。これらは、この分野のすべての研究者にとっての課題です。
人間が計算のために用意した深層学習とは異なり、量子力学の世界はもともと自然の中にあるものです。その上に成り立つ量子コンピュータが、古典コンピュータを超える力を持ち得る。それ自体、意外であり驚きだと感じています。量子機械学習にもそのような力があると思いますし、期待もしています。
星野私が専門とする機械学習には、3つの種類があります。第1に「教師なし学習」。生まれたときに白紙の状態だった子供が第一言語を習得するプロセスと同じです。第2に、正解の用意された問題を勉強するのと同様の「教師あり学習」。第3に「強化学習」です。人間が試行錯誤しながら自転車の乗り方を覚えるのと似ています。これまで3つは別々に発展してきましたが、人間の脳は同様の3種類の方法を上手に組み合わせて学習しています。もしコンピュータも同じように学ぶことができれば、より人間に近い存在になるでしょう。脳研究の分野で以前から議論されてきたテーマで、「自由エネルギー原理※10」と呼ばれる理論が3種類の学習をつなぐカギではないかとの仮説があります。「自由エネルギー」は、数学、物理学、情報学においても、基礎的な量となっているので、これを通じて、他の世界との深いつながりを模索できる可能性を感じて注目しています。私を含めて、多くの研究者がこの仮説を検証している段階です。
この仮説検証において、私は主に機械学習における強化学習と他の学習をつなぐ方法を研究しています。中でも、人間の学習とコンピュータの学習の比較がメインテーマです。例えば、人間の学習のきっかけにもなる好奇心は、数学的には定義されていません。人間における好奇心とは、数学における「不確実性を潰す」ことと同じではないかと思っています。そう考えると、曖昧に表現されてきた「好奇心」の数学的な定義に近づけるのではないか。そんな思考を巡らせるのがとても楽しいですね。
――総研の仲間や外部機関との共同研究はどのようなものがあるのでしょうか。
星野私が参加した研究の1つに、3次元形状処理のプロジェクトがあります。このプロジェクトは発展し、人が「美しい」と感じる形状を数学的に定義しようとチャレンジしています。美しさには、おおよそのパターンがあります。そのパターンから外れていれば、開発の初期段階で製品デザインにフィードバックをすることができるでしょう。この研究は論文として出版されています。
坂本異色のコラボレーションもあります。私は7~8年前、メディアアートの世界に足を踏み入れました。あいちトリエンナーレ2016で菅野創+やんツーが制作した「形骸化する言語」という作品に技術協力する形で、私は機械学習のプログラミングを担当しています。「文字のようなもの」を機械に書かせるこの作品は高く評価され、この分野で世界的に有名なアルス・エレクトロニカ・フェスティバル2017(オーストリア・リンツで開催)でも展示されました。
長井今、テクノロジーを社会課題解決に活用するというテーマで企業や研究機関が参加するプロジェクトに加わる機会が増えています。その中には国家プロジェクトの共同研究もあります。社会実装を視野に入れた研究は意義深いですが、一方で研究者としては数学の原理に興味があるので、原理と応用のバランスの取り方に工夫が必要だと感じています。
また、共同研究ならではの楽しさもあります。このメンバーで話すときもそうですが、専門分野は違っていても、数学という共通言語があるので有益なコミュニケーションができるんです。外部機関の研究者とも同様です。ときどき音楽家が同じような話をしますが、世界共通言語で異分野の研究者とも対話ができるのは数理研究者の「特権」といえるかもしれません。
星野私たち3人は参加していませんが、研究所の他のメンバーが参加しているSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)についても紹介しましょう。「DIVP」と呼ばれる、自動運転車を対象とした安全性評価用環境プラットフォームの開発プロジェクトです。自動運転車を開発する企業は、安全性確認のために実機を長時間走行させていますが、そのテスト方法には限界があり、天候や路面状況などの全条件を試すことはできません。それならばシミュレーションを使ってあらゆる条件を試してみよう、というのがDIVPの狙いです。物理的に徹底したシミュレーションを行うには、方程式を組んで解き、さらに、その計算式をできる限り速く処理していく必要がある。そのブレイクスルーに数理科学が活用されています。
――最後に、今後どのような研究をしたいか、抱負や方向性を教えてください。
坂本実は、幼少期に書道をやっていたこともあり、文字に興味があります。それもあって研究所に移ってすぐ文字に関する応用研究に携わり、先述のメディアアート参加につながりました。書道、メディアアート、といった人生経験における「点」をつなげて、次はトポロジーの文字への応用に取り組みたいです。文字の形状を幾何学的に解析ができないか、考えているところです。
長井私は、基本的には量子計算の研究を続けていきたいですね。この分野は研究の進展が速く、次々に新しい情報が入ってきます。国内外の研究に注意を払いながら、新しい情報からヒントを得て自分の研究を進めたいと考えています。実用の面も頭の片隅に置いておかねば、とは常に意識しつつも、自分の関心である量子分野の原理的な部分を研究の中心に据えていきたいです。
星野先ほど、自由エネルギー原理の話をしましたが、脳の統合的な学習の機能についての研究はかなり進んできました。私としてはこのテーマをフォローし続け、見届けたい。それとは別に、研究者としての「野望」もあります。数理科学の急速な発展により、設定した目的関数の全体最適を主な指標とする世界に世の中が近づきつつあることは、テクノロジーに人間が支配されていく点で、個人的には好ましいとは思えません。数理科学が私たちを、機械に制御され人間性を失ったディストピアのような世界に導くことのないよう、「人間」を数理科学で正しく捉え、対抗する必要があるのではないか。若干妄想が含まれますが、そんなことを考えています。
BIPROGYとしては、さまざまな分野で深く探究されている数学的な知をソフトウェアとして実装し、広く一般的に利用可能なものとすることで、社会課題解決へ貢献していきたいです。高度な数学とデジタルテクノロジーの両方に精通するBIPROGYだからこそ、産学の強力な懸け橋になる使命があると信じています。
利便性の高さから普及が進むキャッシュレス決済。資金決済法の規制緩和による決済事業者の新規参入が大幅に増加し、巷には「○○ペイ」と呼ばれるような、さまざまなデジタルマネーが続々と登場している。例えば、キャッシュレス消費者還元事業やマイナポイント事業、2023年4月に控えるデジタル払い給与の解禁など、国をあげた施策も相次ぎ、キャッシュレス決済を推進する機運は一層高まっている。
その一角として、各決済事業者による利用者のチャージ金額増加を図る動きが活発化している。そこでBIPROGYが需要を見込んだのが、チャージに関するゲートウェイサービスだ。戦略事業推進第二本部事業推進一部の大岩亮彦はこう話す。
「デジタル給与の解禁を控え、今後複数のデジタルマネーへの送金を求める企業の増加が予測されます。その際、企業にとって、個々の決済事業者と接続することは大きな負担になります。決済時における複数のデジタルマネーを一元化するゲートウェイサービスはすでに存在していましたが、同様にチャージに関するゲートウェイサービスにも需要があると考えました。一方で利用者からはデジタルマネーの種類が増えたことで、『ICカードやアプリに少しずつチャージ額が残ってしまう』『複数の電子マネーを使い分けるのが面倒』『チャージに手間がかかる』といった声が上がっていました。このように企業や利用者がそれぞれ感じる課題を解決し、“シームレスなキャッシュレス体験”を提供するため、『doreca』の開発に着手しました」
dorecaは、「ダイレクトオンラインチャージ」と「デジタルバリュー交換」の2つの事業を軸に展開する。ダイレクトオンラインチャージ事業は、企業と複数の決済事業者をつなぐことで、さまざまなBtoC、BtoEの支払いをデジタルマネーで行うサービスだ。銀行口座を介すことなく、ダイレクトに利用者個人のデジタルマネーアカウントにオンラインチャージができる。すでに損害保険金のデジタルマネー払いや、業務委託報酬におけるデジタルマネー払いなどの取り組みを進めている。今後は、デジタル給与の支払いを検討する企業なども取引先として視野に入る。
「dorecaをハブとすることで、企業は複数の決済事業者との接続にかかる開発コストや工数の削減が見込めます。競合による類似サービスも見受けられますが、精算業務の代行まで行える点が、競合比較した際の強みと捉えています」(大岩)
デジタルバリュー交換事業は、個人利用者向けのサービスだ。dorecaで接続している複数のデジタルマネー間の残高やポイントを、好きなタイミングで相互に移行することができるようなサービスを考えておりデジタルマネー間の垣根をなくすことで個人利用での利便性を高め、キャッシュレス決済普及の一助となることを目指している。
開発初期である2018年頃までは、さまざまなデジタルマネーの個人間送金を行うプラットフォームとして構想が練られていたが、時代と人々の行動変容に合わせて、ダイレクトオンラインチャージとデジタルバリュー交換という現在の事業内容にピボットした。dorecaというネーミングは、当時の開発担当者やデザイナーが“さまざまなデジタルマネーを「どれでも」交換できる”という意味合いで決定したもの。
大岩は、「企業から個人へのお金の移動も担うプラットフォームサービスに昇華しましたが、コンセプトは企画初期から一貫しているので、現在の内容にもdorecaの名前がしっくりくると感じます。誰もが普段口にする“どれか”という言葉を採用したことで、利用者に親しみやすさを感じてほしい、との願いも込めています」と続ける。
プロジェクトマネージャーを務めるプロダクトサービス第一本部サービスビジネス部一室一課の倉澤義之は「サービスリリースにあたり、障害時の迅速なフォロー体制確立など適切な運用と利用者の負荷軽減の2点について、特に留意しました」と語る。モックアップ(試作)の開発とテストを何度も繰り返し、最終段階ではきわめて本番に近い形での実証実験が行われた。
「お金を扱うサービスのため、当然ですが一切のミスは許されません。利用者に取り返しのつかない損害を与えることのないよう、万全の体制で運用することを最優先に考えていました。また、利用者が複数のデジタルマネーアカウントを所有する場合、各パートナーで何度も設定する手間があっては負担となります。こうした利用者の利便性を前提としたシステム側の運用時の注意点をイメージするため、モックアップをつくってはテストを繰り返し、担当デザイナーと“シームレスなキャッシュレス体験”を具体化していきました」と倉澤は説明する。
2020年5月には、給与前払いサービスの国内大手である株式会社きらぼし銀行、きらぼしテック株式会社において、「LINE Pay かんたん送金サービス」を利用したデジタルマネー受け取りの実証実験が行われた。接続状態を確かめる実験ではあったが、当時は企業から電子マネーで給与を受け取るサービス自体に需要がどこまであるのかは未知数。そのニーズを確かめる側面もあった。大岩は「実証実験では大きなトラブルもなく、想定よりも多くの方に利用していただけました。『確かなニーズはある』と実感でき、混乱もなくスムーズに利用していただけたことがうれしかったです」と補足する。
2023年4月のデジタル給与払いの本格参入を見据え、dorecaは2022年12月に「全銀協規定フォーマット(全国銀行協会連合会が定める、銀行や企業間で振込依頼や口座振替を行う際のデータ伝送を行うためのフォーマット)」に準拠した送金機能の提供を開始した。
戦略事業推進第二本部事業推進一部の後藤由佳は「デジタル給与の受け取りについてアンケートを実施したところ、『約30%の方が希望する』という結果が出たことも、事業の後押しとなった」と話す。
dorecaを介した送金方法は、API連携とファイル連携の2パターンが存在する。ファイル連携の場合は、dorecaが提供する画面に指定フォーマットのファイルをアップロードすることでチャージが可能になる。フォーマットが全銀協規定フォーマットに対応したことで、人事給与事業者(人事給与システムを提供しているシステムベンダー)、導入企業の接続負荷をより軽減。今後さらに企業から個人へのデジタルマネー支払いの加速が期待できる。
現在、dorecaは「au PAY」や「LINE Pay」を接続先として展開する。これらの決済事業者は自社のデジタルマネーが保険金や経費精算金、将来的には給与などの振り込み手段とされることで、利用拡大や新規利用者の獲得を期待する。利用者側も、普段よく使用する電子マネーでお金を受け取ることが可能なため利便性が高まる。実際に各種のSNSでは、キャッシュレスに慣れ親しんでいる若い世代を中心に、「ATMでお金を下ろす必要がなくて便利」「登録が簡単だった」といったコメントが投稿されているという。
さらに、楽天ペイメント株式会社、楽天Edy株式会社は、dorecaの導入に合意しており、2023年春以降、利用者は「楽天ペイ」アプリを通じて「楽天キャッシュ」で受け取ることが可能になる。戦略事業推進第二本部事業推進一部の筑井康平は「dorecaを導入する企業と国内ID数が1億を超える楽天会員がつながることで、さらなる利用拡大に期待したいです」と話す。
本格的な運用は開始したばかりのdoreca。導入する企業と決済事業者の数を増やし、価値交換基盤として、その力をより充実させることが当面の課題となる。また、現在は一部デジタルマネー間でしか行っていないデジタルバリュー交換についても新バージョンのリリースを目指している。継ぎ目のないデジタルバリュー交換が実現すれば、利用者にとってのメリットが大きいことは間違いない。しかし、決済事業者にとっては、他の事業者にお金を移行されてしまった場合、自社のデジタルマネーの使用機会が減ってしまう。
「dorecaの目標は、デジタルマネーと現金の垣根をなくすことはもちろん、デジタルマネー間の垣根をなくすこと。つまり『デジタルマネーのバリアレス化』です。この点、決済事業者への働きかけが難しい部分と感じますが、プラットフォームとして各種機能やそのベネフィットを充実させることで、ネットワーク効果が高まります。各決済事業者には参入メリットに目を向けてもらいながら、社会全体のキャッシュレス化促進に向けて、共に歩みを進めていきたいです」と倉澤は展望を話す。
この課題をクリアするためには、dorecaの認知度向上もカギとなるだろう。直近では、「ララPay」の発行元であるきらぼしテック主催のもと、「『ララPay』×『au PAY』チャージキャンペーン第二弾」(2022年12月~2023年2月)を開催した。「ララPay」から「au PAY」に一定額のチャージをするとポイントのキャッシュバックがもらえるキャンペーンで、予想を上回る反響があったという。プロモーションを担当した後藤はこう振り返る。
「実は、2022年9月に同キャンペーンの第一弾を開催しているのですが、今回はより盛り上がりを見せています。キャンペーン中にdorecaの起ち上げ以来、最高チャージ金額をマークし、取り巻く環境が徐々に変わってきていると感じます。ただ、dorecaはあくまで裏側のシステム。前面にアピールし過ぎると利用者の方の混乱を招きかねません。今後もプロモーションを通して認知度向上を図っていきたいですが、まずはプラットフォームとしての利用拡大を図り、そのうえでdorecaという存在の認知を高めていくための施策が必要と感じています」
「知らず知らずの内にみんながdorecaを使っていて、いつの間にか生活に欠かせないサービスとして浸透している社会になってほしい」。開発チームのメンバーはこの思いを胸に、今も確かな歩みを進めている。
通信ネットワークとテクノロジーの進化が、社会を大きく変えようとしている。現在普及フェーズにある5G通信は「高速大容量」「高信頼・低遅延」「多数同時接続」という3つの大きな特性を持ち、さまざまな分野で活用が進みつつある。さらに、6G以降を見据えた研究開発が、インフラ及びアプリケーションの両面で本格化している。
通信環境の向上によって進化を期待されているのが、医療分野である。遠隔医療やオンライン診療が一般化すれば、患者や家族、そして社会全体に大きな価値を提供できる。日本におけるオンライン診療は2018年、再診に限って解禁され、2022年4月からは初診を含めたオンライン診療が可能になるなどの規制改革が進む。
こうした中、産学官連携の意欲的なプロジェクトが進行中だ。それが国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受けた「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」(JPNP20017)である(テーマは「ポスト5Gに向けたマルチモーダル情報の効率的活用と触診・遠隔医療技術への応用」)。そのキーワードは「触診」。現在の遠隔医療やオンライン診療環境では、技術的に触診などが難しい側面があり、対面診療と比較して得られる患者情報に限界があるとされる。これらの課題解決を目指すのが大きな狙いだ。
プロジェクトに参画するのは北海道大学(医学部、量子集積エレクトロニクス研究センター、北海道大学病院)、テクノフェイス(画像処理やAIを得意とする北海道大学認定のベンチャー企業)、AnchorZ(認証技術に強みを持つソフトウェア企業)、慶應義塾大学、NTTドコモ、BIPROGYなど。遠隔医療のフロンティアを切り拓くべく、先端研究開発に携わる多様なプレーヤーが集結した。
なぜ、触診が重要なのか――。プロジェクトを牽引する北海道大学大学院医学研究院整形外科学教室教授の岩崎倫政氏はこう説明する。
「外来診察において、まず医師は訴えや病歴などを患者に聞きます。次に視診があり、腫れや皮膚の色調が変化している部分がないかを目で見てチェックします。そして、痛みを訴える所などに手を当てて確認する触診を行い、レントゲンや血液データなどを合わせて診断を確定します。一連のプロセスの中で、遠隔実施が難しいのは触診です。特に整形外科では、触診によって患者の病状などを把握する必要があり、これらが遠隔医療の実現を困難にしていました」
リモートでの触診が実現すれば、遠隔医療の可能性は大きく広がる。これまで十分な医療を届けられなかった地域や人びとにも専門医の知見を提供できるはずだ。北海道がプロジェクトの中心地であることにも意味があるという。
「北海道は、病院と自宅の距離が離れている場合が多い。片道何時間もかけて病院に通うのは、高齢者などにとっては大きな負担です。その解決を図りたいと取り組みも重ねてきました。ただし、これは道内だけの話ではありません。都市部でも、介助者がいなければ病院に行けない場合も考えられ、今後のさらなる核家族化の進展や超高齢社会の到来で日本の至るところで課題はさらに顕在化するでしょう。ぜひ北海道大学発で、課題解決に資する遠隔医療の新しいテクノロジーを生み出したいと考えています」
リモートで触覚を伝えるためには、入力側(触覚センサ)と出力側(センサから入力された触覚をデータ化して出力するデバイス)の機器開発が必須となる。このため、医工連携がプロジェクトの軸となっている。工学の側から本プロジェクトの実現にアプローチする池辺将之氏(北海道大学量子集積エレクトロニクス研究センター 教授)はこう話す。
「私たちはこれまでイメージセンサから取得した画像データの加工、あるいは圧力や温度のセンシング及び、そこで得られたデータの表示などを研究してきました。これらをさらに発展させる方向を考えていたとき、今回のプロジェクトに出合いました。画像と触覚のデータを完全に同期して伝送するチャレンジングなテーマでした」
NEDOの公募事業として展開される本プロジェクト。ポスト5Gというテーマに対して、全国の研究機関などから多くの応募があったという。北海道大学を中心とするチームもその1つだった。BIPROGY公共サービス第一本部北海道公共サービス二部シニア・スペシャリストの藤田人士は当時をこう振り返る。
「ポスト5Gを活用して何ができるか、何をすべきか。色々な方々に相談しました。思案を重ねる中、岩崎先生から『触覚を伝送する遠隔医療に取り組みたい』とのご意見をいただき、アイデアを整理して応募したところ採択に至りました。先生の真摯な思いにも触れ、私自身、ぜひ北海道中心のチームをつくりたいとの強い思いからテクノフェイスなどにも参加してもらいました」
藤田は大学や病院はもちろん、自治体や消防、介護事業者などさまざまな関係者にヒアリングを行い、プロジェクトの意義を確信したという。「地方に行くほど、医療課題は切実です。ある介護事業者は、深刻な医師不足により事業撤退の可能性もあると語りました。プロジェクトメンバーであることに加え、社会の一員として、新しい遠隔医療のシステムづくりに貢献したい気持ちが強まりました」と話す。
プロジェクト実現の要として、北海道大学病院は2021年7月に、「次世代遠隔医療システム開発センター」を設置し、新しい遠隔医療システムの構築と臨床展開に向けた取り組みを進めている。
「開発を進める上で、実証実験は必須です。医師が患者の触診をした際、触覚がうまく遠隔地に伝送できるか、患者と医師に何らかのストレスがかからないか。これらを丁寧に検証する必要があります。例えば、触診の際に伝送が途切れたり、不安定になったりすると現場では使いにくくなります」と岩崎氏。さらに、患者に対面する現場の医師が遠隔地の専門医からアドバイスを聞いて患者に適切な所見を話せるようにする仕組みも重要、と続ける。
臨床に根差したテクノロジー開発を推進する存在として、さまざまな挑戦の叡智を蓄積する開発センターはプロジェクトに不可欠な役割を担っている。 池辺氏は実際の医療現場を間近で観察し、多くの実践知を得たと振り返る。
「研究開発の中で、触診に何度も立ち会わせてもらい、岩崎先生からも多くの助言をいただきました。例えば、触覚センサの形状デザイン。現場に立ち会うことで、肘や膝の患部をどのような角度からとらえ、どの程度の力加減で患部に触れるのかなどの気づきを得て、デバイスのデザインは改善されていきました。この過程を通じて、『より深く人に寄り添った形へと技術が進化していく』感覚を抱きました。多分野の方々から学ぶことは非常に多い。プロジェクトを通じて分野横断研究の醍醐味を感じています」
この言葉通り、分野横断のコラボレーション体制で共創が進んでいる。池辺氏の所属する北海道大学量子集積エレクトロニクス研究センターは、触覚データのセンシングを画像として出力、全体のシステム統合などを担い、テクノフェイスは画像の中に触覚データなどを埋め込む技術や画像の表示形式などの開発を行う。BIPROGYはNTTドコモと協力しネットワーク上でのデータのやり取りなどの技術開発に臨むなどそれぞれの強みを生かしながら、遠隔医療システムの事業化に向けた歩みは、着実に前進している。
例えば、2022年5月に神戸市で開催された日本整形外科学会学術総会では、触覚センサ・触覚再現デバイスのプロトタイプなどを展示した。
「参加者からは大いに注目され、高い評価をもらいました。今後の事業化に向けては、医療機器としての認定が必要になります。そのためにデバイスやシステムの安定性、信頼性をさらに高めようとしています」と藤田は話す。信頼性向上に向けた取り組みとして、実証実験は重要なステップだ。現在、函館と釧路にある北海道大学の関連病院を5Gでつないで次世代遠隔医療システムを導入する準備が進められている。岩崎氏は「近く、病院間での実証実験を開始する予定です」と語る。
今回の研究開発には、遠隔医療分野にとどまらない可能性が期待されている。岩崎氏は「触覚を客観的な数値としてデータ化する技術は、多様な分野で活用できるのではないか」と見る。つまり、「触覚の定量化・可視化」である。
「触診には、力加減や触れる場所の温かさや硬さなどの感覚が関わります。これらを客観的な数値で可視化すれば、臨床教育などの分野でも効果を期待できるでしょう。将来的には、乳がんを心配する女性が、自分で患部や心配に感じる部分を触ってみた感覚をデータとして医師に届けるといったことも可能になるかもしれません」(藤田)。
触覚を客観的なデータとして示すことで医療DXの可能性も広がるはずだ。コロナ禍を受けて日本でも普及しつつある遠隔医療は今後、先進技術の成果を取り込みながらより発展していくだろう。
「これまでの遠隔医療は画像のやり取りが中心でした。今後は技術の成熟に伴い、各医師で異なった触診時の『感覚の定量化』が実現し、医療DXが加速すると考えています。患部への触れ方や診察を通じた患者の痛み度合いの把握状況を定量化・可視化し、正確に伝えることができれば、触診データの解析も可能です。例えば、多くのデータをAIに読み込ませれば、新しい知見が得られるかもしれません。 研究を通じ、技術の進歩を重ねることで患者と医師の信頼関係をより高めるサポートができるでしょう」と池辺氏は語り、こう続ける。
「実は、『感覚を伝送する』という発想。一昔前はSF映画で描かれました。それがまさに現実になろうとしています。かつて“夢”として描かれたテクノロジーを創造していく工学研究の醍醐味も大切にしつつ、人と人との信頼関係づくりのために、テクノロジーができることをもっと深掘りしていきたいと考えています」
一方、本プロジェクトで生まれた遠隔医療システムが、実際に活用されるにはまだいくつかのハードルを越える必要がある。藤田が触れた医療機器としての認定や法規制面での環境整備に加え、医療従事者の理解を深めるための努力も必要と岩崎氏はいう。
「遠隔医療が今どこまで進化しているのか、どうすれば実際に臨床で使えるのかなどをまず医療従事者に知ってもらう必要があります。遠隔医療の可能性や意義を伝える取り組みも今後強化していきたいと考えています。セキュリティへの配慮も重要な視点です。システムには高度な対策を実装していますが、対面診療に比べて機密性が低下する面も確かにあります。しかし、リスクをはるかに上回るメリットや有益性、将来性があります。その前提となるのは、やはり患者と医師との信頼関係。遠隔医療やオンライン診療の有効性と限界をしっかり説明できなければなりません。この点を、医療従事者はもちろん、多様な関係者に伝えるためのメッセージを発信していきます」
北海道大学を中心に進められている本プロジェクトは現在も進化を続けている。そう遠くない未来、その成果が事業化され、医療課題を抱える地域、困っている患者のもとに届けられる日が来ることだろう。
今回は「聴く」ことの重要性をお話ししたいと思います。私が所属するエールは「組織と人の関係」をテーマに、聴くことを通じて企業で働く個人の力を引き出し、それらを組織変革へとつなげる支援を行っています。昨年出版した書籍『LISTEN』は7万部を超えて読んでいただき、関心の高まりを実感しています。また、多様なジャンルのプロフェッショナルから学べる音声メディア「VOOX」においても聴くことの大切さを発信しています。
では、「聴く」とはどのようなことでしょうか。コミュニケーションはよく「キャッチボール」に例えられます。キャッチボールを深く楽しむには、投げる人、捕る人双方の技量も必要ですが、ボールの受け取り方、つまり「聴き手の在り方」が重要です。この点に意識を向けてみましょう。
「きく」には2つの姿勢があります。それは「聞く(with Judgement)」と「聴く(without Judgement)」です。前者は「話し手自身」に関心が向きます。つまり、話し手が相手に話題を投げ、相手から返答された内容が話し手自身の思いや判断と合致するかが焦点となります。一方、後者は自分の考えを一旦留保して「相手の関心事」に関心を向ける点に大きな違いがあります。この姿勢でコミュニケーションを図るためのカギとなるのが、好奇心です。「他者の考えや感情、話には驚きがあり、学びがある」ことをベースにした対話 によって多様な意見や視点に共感できます。
組織として考えた場合、相互に聴き合うことを通じて、言葉になっていなかった思考や感情が言語化され、個人と組織の潜在能力を解き放ち、高いパフォーマンスを発揮することにつながります。また、聴き合う文化の醸成によってさまざまな価値観の相手と安心して話すことができるようになり、心理的安全性が高まることで新たなアイデアも生まれやすくなります。例えば、世界的なプラットフォーマーの調査では、パフォーマンスの高いチームの特徴として、メンバー間の話す量が均等で、相手が伝えようとする意図を汲むために非言語コミュニケーションに敏感である点が示唆されています。
私たちのクライアント企業でも、あるプログラムを実施しました。200人程度の部署において、50人には週1回30分、自分自身の思いを「じっくり話す」などの形で取り組んでもらい、残りの人は普段の業務を続けてもらうものです。すると、プログラムに参加した従業員50人のエンゲージメントスコアがぐんと上がったのです。業務の仕方も内容も客観的には変わっていません。しかし、自分の話を聴いてもらう機会があった50人は、自分も気づかなかった思いや価値観が言語化され、自己理解が進みました。この過程を通じて自身の価値観と企業理念や事業戦略がフィットし、エンゲージメントが高まったと考えられます。
最後に、聴くことについて、私自身もそうですが、過去には「聴く=従う」という誤解がありました。上司の言うことを聴く、部下の話を聴くことは、「相手の要望を飲み込む受動的な行為」と感じていたのです。しかし、「聴く」と「従う」は別です。十分に相手の話を聴いた上で、「なるほど、私はまったく違う考えなのですけれど」と話題をつなげ、コミュニケーションを深めることもできます。聴く側の姿勢次第で、対話をより有意義なものに変えることが可能です。そのためには、幅広い視点や多様な考え方への理解が不可欠。聴くことは知性の現れであり、知的体力が試される営みとも言えるのです。
福島先ほどの篠田さんのご講演で、「聴く」ことの重要性を伺ってきました。それでは平岡社長にお伺いします。BIPROGYは「Foresight in sight」を掲げて、先見性と洞察力でテクノロジーの持つ可能性を引き出し、持続可能な社会や社会的価値の創出を目指しています。組織変革の観点から、「聴くこと」をどのように受け止めましたか。
平岡BIPROGYは、社会的価値と経済的価値の両立を可能にして社会課題解決を目指す「デジタルコモンズ」の実現に取り組んでいます。デジタルコモンズは、スタンフォード大学のマイケル・シャンクス教授と2年間以上にわたって議論を深めてきました。これはデジタルの力によって有形・無形の資産を「見える化」「見せる化」し、新たな価値が付加・創出されたコンテンツなどを「共有財」として集約・共同管理するものです。先日もシャンクス教授とディスカッションを行いました。彼が「誰が」「何を」「どのように」と次々に聴き、私が語った内容をホワイトボードにまとめていってくれました。シャンクス教授との対話によって、私自身も気づかなかった部分を含めて思考が体系化されました。これは聴いてもらえることの力を実感した体験でした。素晴らしい聴き手が話を受け止めてくれることで、自分の中の多様性に気づくとともに思考が具体的にまとまっていったのです。今回の篠田さんのご講演にも感銘を受け、聴くことをより深く組織変革のカギとして捉えていきたいと感じました。
福島これまで日本企業は、「社員の個性を生かす」よりも、抑えて統制された企業をつくる傾向にありました。企業を取り巻く環境も複雑化し、明確な答えが見えにくい今、日本の企業の在り方には限界があるのではと感じています。篠田さんはどうお考えでしょうか。
篠田時代を超えた唯一の正解はないと思います。過去は大量生産品を安価に供給することに付加価値がある時代で、個性が出ないことが適していました。個性が出てしまうと、品質のばらつきにもつながるからです。しかし、現代は一人ひとりのニーズが違う。「聴く」ことで、社員の多様性を引き出し、新たなアイデアや価値を生み出して力に変えていくことが求められていると感じます。
福島BIPROGYでは、組織変革に向けてどのような取り組みを実践してきたのでしょうか。
平岡コーチング文化の醸成に向けた研修実施や、1on1の時間を取る「ユアタイム」の仕組みを取り入れました。コーチング研修は延べ720人が受講し、ユアタイムは約25%超の組織長が導入しています。先ほどの話に加えて、聴くことに関して印象的な出来事がありました。社名変更や目指す未来像について、役員と社員がフラットに会話することができる対話会を開いたのです。グラフィックレコーディングで発言を記録したのですが、参加者は最初「社員の言うことなんて聴いてくれない」と冷めた状況でした。ところが対話を進めると、BIPROGYに変わるワクワク感や思いをみんなが語るようになりました。今後の展望を社長がいくら力説しても、社員には腹落ち感がありません。しかし、聴き合う場を用意して社員それぞれが自分の思いを持って対話をすることで、未来に向けた一人ひとりのさまざまな思いが表れてきました。聴くことにはこんな効果があるのだと、強く実感しました。
福島近年、企業の存在意義を意味する「パーパス」を示す企業は増えました。その中で、多くの企業が「社員にパーパスが浸透しているのか」「共感して自分ごとにできているのか」という点に関心を持っています。BIPROGYの対話会は、パーパスを共有する具体的な取り組みだと感じました。
篠田対話会の取り組みは素晴らしいですね。というのも、「パーパスを浸透させる」という発想に私は違和感があるためです。企業が示すパーパスのどういった部分・価値観に共感を覚えるのかは個人の自由です。重要なのは、上から浸透させるのではなく、「一人ひとりの価値観と会社の価値観がどのようにつながるか」をお互いが見つけ合うこと。パーパスを打ち立てた後、経営層には社員一人ひとりの価値観とのつながりをどのように図っていくのかが問われているのではないかと思います。
福島多様な個の力を生かして、組織の力にするために、経営層やマネージャーに求められることも変わってきているのでしょうか。
篠田ええ。経営環境の変化がものすごいスピードで起きています。例えば経営方針も、ある部門がすべて作るのは無理があります。3年計画、5年計画といっても、スピード感がある世の中では計画通りになるとは限りません。現場の人たちが、経営の意図は理解した上でその場で自律的に対応を判断できる組織がないと、スピーディーな環境変化についていけないのではないでしょうか。
平岡これまでの企業経営では、「PDCA(Plan-Do-Check-Action)」の循環が求められてきました。しかし、環境変化の激しい中でPlanをすべての大前提に捉えてよいのか、との認識も広まりつつあります。つまり、Planを柔軟に考え、環境や状況を観察しながら変化していく「OODA(Observe-Orient-Decide-Act)」をループさせる組織が必要です。 その実現にあたっては、対話を通じた心理的安全性と自律性の担保と共に人事制度として「ROLES(ロールズ)」施策を実施しています。これは会社が定義した役割(ロール)もありますが、自分のロールを自身の課題意識に基づいて設定してもいいのです。複数の役割を持ち、実践していくことで、個人自身の中の多様性を育む取り組みです。
福島「BIPROGYらしさ」という意味で、デジタルコモンズについてもお話を伺いたいと思います。
平岡実現に向けては、お客さまが持つ課題を1つずつ解決することで、その先が展望されると考えています。つまり、「お客さまの持続的成長への貢献(For Customer)を起点に、その課題解決を多様な視点・方法の組み合わせでアプローチしていくと、社会課題の解決につながる(For Society)」ということです。私たちだけでなく、こうした取り組みは始まっていると思います。感動や共感を呼ぶ感性価値と目指す未来に向けた志を一致させれば、いずれデジタルコモンズの価値を広く提供していけると思います。皆さんにはチャレンジを一緒にしませんかとお声掛けしたいと思います。
福島多種多様なステークホルダーが、経験やアセットを組み合わせて課題を解決していく、公共性が高い取り組みですね。
篠田デジタルコモンズの構想は何度聴いてもワクワクします。多種多様な団体や企業の皆さんの思いやアセットが組み合わさって価値を生み出します。これは過去の日本の「系列」と比べると、もっと柔軟性のある取り組みだと感じます。ここでも「聴く」能力が求められるはず。デジタルコモンズの中でも、多様なステークホルダーが関わることで、同じ言葉でも異なった意味で使用されるケースも想定されるからです。聴き合うことが、デジタルコモンズの実現に向けても符合すると思います。
福島「聴く」ことをきっかけにお話をしてきました。最後に、未来の企業が目指す姿について、お二方からご意見をいただきたいと思います。
篠田経営が決めた方針、パーパスでも戦略でも、これを社内に「下ろす」「伝達する」ではなく、対話し、社員の意見に耳を傾けることで、一人ひとりに納得してもらう体制が必要だと思います。社員に「どう?」と聴きにいける経営体質へと変換ができた企業から、未来型の企業への転換ができると思います。
平岡企業の未来の姿はまだ分かりませんが、私たちとしてはデジタルコモンズを一緒に作りたいと考えています。それを形成するには、「ミーティングコモンズ」「ラーニングコモンズ」「ナレッジコモンズ」の過程が必要です。ミーティングコモンズで、なぜ社会課題が生まれるかを徹底的に議論し、ラーニングコモンズでは皆さんとBIPROGYのアセットで課題が解決できないか、足りないものは何かを学び、最後に社会実装のナレッジに変えていく取り組みです。聴く力を持ちながら、デジタルコモンズを通して見えてくる未来の企業の姿を提案し続けていきたいと思います。
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、内閣府が主導する研究開発プログラムだ。Society 5.0の実現を目指して基礎研究から実用化、事業化までを見据え、府省や分野の枠を超えた12課題で取り組みが行われている。
このSIPにおいて、BIPROGYは2018年から始まったSIP第2期「自動運転(システムとサービスの拡張)」(以下、「SIP自動運転」)に参画。SIP自動運転で設立された「DIVPコンソーシアム(大学や企業12社などで構成)」の一員として、交通事故の低減や渋滞削減、交通制約者のモビリティの確保などに向けて取り組むべき自動運転の共通課題解決のための研究開発に臨んできた。DIVPコンソーシアムの主眼は、産学官のオールジャパン体制で「DIVP(仮想空間上で自動運転の安全評価を行うことが可能なプラットフォーム)」を構築することにあった。
自動運転の安全性評価には、「センサで対象物や周辺が見えているか、見間違いや見落としがないか」という“目”の役割を持つセンサと「車両の制御ソフトウエアで安全に走れているか」という“脳”の役割を持つ車両制御ソフト両方の評価が必要となる。さらに使用されるセンサは複数あり、天候や気候、時間、路面状況などにより走行条件も多岐にわたる。複雑な組み合わせの実証実験を実地で行えば、途方もない手間や時間がかかる。この点、DIVPの画期性は、実地試験の一部をシミュレーションで行うことなどで安全性評価の効率化を図ることや実車再現が難しい多様な条件下での試験を仮想空間で可能にすることにある。
研究開発にあたっては、さまざまな実環境の物理現象を仮想空間に「デジタルツイン(※1)」として再現し、シミュレーションシナリオ生成から認識性能評価、車両制御検証などの安全性評価に必要な各種検証・評価を一気通貫で行うことを目指した。例えば、実走行では再現が難しい環境などを仮想空間上で再現しつつ、「カメラ」「LiDAR(ライダー※2)」「ミリ波レーダー」という3種類のセンサの認識性を同時に評価できる仕組みを構築するといった取り組みを通じて安全性評価への知見を深めていった。
BIPROGYは、この3つのセンサ向けにCGの技術などを用いて現実空間を仮想空間上に再現する空間描画を担当した。
当初からSIP参画に関わり、新会社の代表取締役社長に就任した宮地寿昌は「私たちは自動車メーカーと取引する中で、長くCAD/CAMやCGを手掛けてきました。そこで培った技術を空間描画で生かすことができると考えての参画でした。SIP自動運転におけるDIVPコンソーシアムメンバーのさまざまな挑戦を経た今、その1つの形として結実したのがDIVPです。そのサービス提供を行う新会社として『V-Drive Technologies(以下、VDT)』は設立されました」と振り返る。
「こうしたプラットフォームの構築は一社ではできません。それぞれの得意分野を持ち寄って協調領域における技術を確立する必要がありました」と執行役員の今村康はDIVPコンソーシアムとしての活動の意義を補足する。
DIVPコンソーシアムは、神奈川工科大学がイニシアチブをとり、そのもとでセンサの研究開発が進められた。技術責任者の猪股学は「研究開発におけるアプローチは大きく3つに分けられます。リアルに限りなく近い仮想空間を作ること、物性値を設定し測定すること、そして得られたデータを基に空間描画をすることです。私たちが担当したのはこの空間描画の領域です」と説明する。
これまでの多くのシミュレーションは、人間が見ている風景をCGに再現することを目指してきた。一方、DIVPでは現実空間と仮想空間の一致性を高めることで実際の環境と同じようにセンサを評価できるシミュレーションの構築を目指したという。宮地はこう解説する。
「基本的に、人間が見ている画像とカメラやセンサの画像は認識できる色や光の反射加減が異なるため別物です。例えば、運転中に西日が差し込んできた際に人間は肉眼で太陽光の変化を捉えることができますが、カメラやセンサではうまく認識できずに画像が飛んでしまうことがあります。シミュレーション上でこれらの一致性を高めるために、色の表現方法の1つであるRGB(赤・緑・青)の組み合わせで表現するのではなく、実際の電磁波をスペクトルとして扱い仮想空間上で精緻な結果が得られるようにし、いかに正確な安全性判断につなげていくのか。この課題解決がDIVPコンソーシアムメンバー共通の大きな焦点の1つでした」
今村は「認識と判断の機能はすでにいくつもの技術が確立されています。センサがどのように事象を知覚しているかが正確に分かれば、その知覚を受けて対象を認識し、判断するアルゴリズムの開発あるいは評価へ大きく貢献ができます。自動運転システムを開発あるいは評価する際、センサがどう見えているかは重要なテーマとなります。」と続ける。
「DIVPの大きなメリットは、今まで検証できなかったパターンまでシミュレーションできること」と宮地は強調する。日本での太陽の見え方が同時刻の米国ではどう見えるのか。さらに、人間と車が衝突するというシミュレーションなど実地では容易に検証しづらい状況を表現することができる。
「革新的だったのは、産学官の緊密な連携が実現したDIVPコンソーシアムが組まれ、特にセンサメーカーのノウハウが織り込まれた点です。このため自動運転全般を俯瞰した共通プラットフォーム上で、実際の環境と同じようにセンサを評価できるシミュレーションが実現できたと感じています。2021年11月からは、SIPで車両間通信の実験が実施されている東京臨海部副都心地域を再現した環境モデルを使ったシミュレーション実証実験を行いました。DIVPシミュレーションに対する関心は高く、国内外約60社に情報を提供し、一部の自動車会社、センササプライヤには、実際の実務を想定しDIVPシミュレーションを評価して頂いています。現在でもこの取り組みを継続しています」(今村)
現在、VDTでは自動運転に関連する各種の製品群を連携させるツールチェーンを顧客需要に合わせて提供することで、自動運転の安全性評価のための基盤構築を図ろうとしている。背景には、50年超に及ぶCAD/CAM、CG分野での取り組みがある。積み上げてきた実績を礎に自動運転という新領域で構築されたノウハウがDIVPには凝縮されている。宮地はこう語る。
「新社名には、Virtual(仮想)、Validation(検証)、Verification(妥当性確認)の3つの意味を込めています。DIVPは日本のテクノロジーをけん引するDIVPコンソーシアムメンバーが集結したことで誕生しました。目指す姿は、日本だけでなく世界での展開。世界中で使われるプラットフォームとして提供し、世界標準を目指したい。新会社の設立発表後には、『今の技術はそこまでできるのか!』との反響がありました。今後、国内外を含めた自動運転分野のシステム連携が進展する中で、データの標準化も重要になります。この分野で、私たちのセンサ入出力規格が世界標準となれば協調領域における技術確立やセンサの活用が広がり、自動運転の実現へ向けた取り組みがより加速するでしょう」
今村は「技術的には今が出発点と考えています。だからこそ、大きな可能性を秘めていると感じます」と言葉を続ける。猪股も「DIVPの社会浸透を通じて、センサのテストパターンが広がれば運転時の危険性が下がり、安心安全な自動運転の早期実現に貢献できます。今後、さまざまなシミュレーションが実施されることで飛躍的にその安全性は高まるでしょう」と話す。
「シミュレーション技術の進化は自動運転だけでなく、Society5.0にもつながります。VDTの設立はその具体的な一歩」と今村は可能性の広がりを強調する。それを受け、宮地は「仮想空間での社会課題解決に向けた取り組みは、多くのステークホルダーとの連携を深め、BIPROGYが目指す『デジタルコモンズ』の実現にもつながります。アンテナを常に高く掲げ、広い視野を持って今後も自動運転の社会実装に取り組んでいきます」と未来への思いを語った。
(イメージ)
東京ディズニーリゾート®40周年“ドリームゴーラウンド”
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初心者必読の本から上級者向けの本、「座右の書」などを推薦者のコメントとともにご紹介するコーナー。第10回のテーマは、「データサイエンス」です。価値ある一冊に巡り合う一助となれば幸いです。
「データ戦略が競争力に直結する時代」とも言われ、データサイエンスにより注目が集まっています。私自身データサイエンティストとして、分析スキル強化のための技術本をよく読みますが、今回はデータを価値につなげるためのデータサイエンスという観点で選びました。データサイエンスの本質や面白さを知るきっかけになれば幸いです。
「データ分析」とは、「データ」で「問題」を解決することだ。問題を解決してビジネス上の価値につながらなければ、いくら高度な計算をしてもそれはただの「数字遊び」、と著者は指摘する。確かに、分析はあくまでも手段であって目的ではない。しかし、実際のビジネスにおいて、分析そのものが目的になってしまい「分析のための分析」に陥ることがよくある。大切なのは、分析結果をどのように意思決定に使い、それがどれくらいビジネスに貢献するのかを考えること、というシンプルかつ重要なメッセージが本書にはちりばめられている。これは分析者にとって非常に重要な心得だろう。著者の河本薫氏は、データサイエンスの第一人者。河本氏の経験した失敗談や成功に導くコツから、ビジネスに役立つ「データの使いどころ」のヒントを得られるだろう。「データサイエンス」の基本としてもぜひお勧めしたい一冊。
[著]河本薫
[出版社]講談社現代新書
[発行年月]2013年7月
メジャーリーグに所属する資金力のない球団が、統計学や確率論を駆使して好成績を残し、コストパフォーマンスの良い球団へと躍進を遂げる実話を描いたのが本書。この話のポイントは、「限られた資金で、選手を買うのではなく勝利を買う」との考えから、最大の目標である勝利に必要な要素を分解し、「最も勝利につながる指標は何か?」という問いを立て、「出塁率」に着目する部分にある。具体的な問いを立てることで、勝利への道筋が「出塁率の最大化」という明確な課題に置き換えられ、統計や確率で解くことができるものへと変化する。勝利するための指標をデータから導き出すアプローチは、経験や直感を重視する旧来の考え方と対立するように思えるが、徹底的にデータを活用し、この戦略を浸透させたことにデータサイエンスの新たな価値を感じる一冊。描かれた実話のように勝利の方程式を組み立てることは、確かに難しいだろう。しかし、本書からは「データを武器に成果を出すコツ」を学べるはずだ。野球に興味がなくても、ノンフィクションとして楽しめる良書。
[著]マイケル・ルイス
[出版社]早川書房
[発行年月]2013年4月
広告会社でデータ分析を担当する著者が、自身の日常生活におけるゆるい問題をデータで検証するもの。タイトルの通り、テクノロジーと才能の無駄遣いとしか思えない内容は、くだらなさにツッコミを入れながらも、思わず「くすっ」と笑ってしまう部分もある。「データサイエンティストとは何者なのか、概念は何となく分かったけれど、具体的にどうやって分析をするんだろう?」と思っている方は、本書を通じてデータサイエンスを身近に感じられるのではないだろうか。読み物として、さらっと読んでいくのがお勧めだが、技術解説パートもあり、テクニカルな要素にも触れられる。採用している技術のバリエーションも広く、エンジニアにとっては実装面でも参考になる。著者の発想力と実践力に影響されて、自分もデータで何かを解いてみようという気持ちにさせられる。
[著]篠田裕之
[出版社]翔泳社
[発行年月]2021年10月
――「読書アシスト」を活用した初の書籍『2倍速で読めて、忘れない 速読日本史(以下、速読日本史)』が2022年4月に発売されました。まず、技術誕生の背景についてお聞きします。
下村もともとは、DNPにおけるヒューマンインターフェース研究の中から生まれた技術です。文字列などを工夫することで、訓練なしに速読ができるというユニークな技術です。日本人の1分間の平均読書速度は400~600文字といわれていますが、読書アシストを用いることで1分間に約1000文字の速さで読むことができます。本技術を用いた文章を読むスピードの向上にはエビデンスもあり、研究成果も論文として発表されています。技術自体は2012年に誕生し、DNP内でも商用化が検討されていた頃、DNPとBIPROGYの社員が参加するワークショップがありました。そこで当社メンバーがこの技術に興味を抱き、社内に情報を持ち帰ったのが本取り組みにおける出発点となり、2019年、BIPROGY内で商用化を視野に入れた取り組みが本格的にスタートしました。
――その後3年ほどで技術を用いた書籍が出版されました。それまではどのような取り組みがあったのでしょうか。
下村例えば、著作権が消滅した作品を集めたネット上のライブラリー「青空文庫」に収録されている小説などに技術を適用して無料公開し、読者の反応を探りました。「いつか読んでみたいと思っていた作品が、読書アシストのおかげで読破できた」など、評判は上々でした。読書アシストで少しずつ読める作品を増やす中でワニブックスの内田さんからお声掛けいただきました。
内田2020年7月に発表されたニュースリリースを読んで、読書アシストについて初めて知りました。特別な訓練なしでも読むスピードがアップする点に興味を持ち、DNPさん経由でBIPROGYさんを紹介してもらいました。「普段、本をあまり読まないけれど2倍速なら読んでみよう」という人は多いはず。大きな可能性を感じました。
下村当社は普段、出版社とのお付き合いはそれほどありません。しかし、読書アシストの普及を目指すためには、出版社との関係構築は必須。そこで、徐々にネットワークを広げ、内田さんのような理解者を増やしました。2021年10月には、ワニブックスさんをはじめ複数の出版社と協力して、読書アシストの試し読みコンテンツを一般公開しました。30冊弱の書籍について、ポイントになる部分を試し読みできるものです。有名作家や一流アスリートの本などが対象で、4カ月間無償で公開しました。
――数年間のトライアルを経て『速読日本史』が誕生します。その経緯についてお聞かせください。
内田速読のメリットを生かすなら、歴史は最適なジャンルの1つでしょう。『速読日本史』は受験生だけを狙うよりも、学び直しを目的とした社会人を含めた幅広い読者を想定しています。日本史を楽しく伝えられる著者に書いてもらいたいと考え、金谷先生にお願いしました。
金谷確かに、昨今は学生のみにとどまらず、「歴史を学び直したい」という社会人の学習ニーズも感じます。ただ、社会人向けの学び直しの歴史本というと、最近は面白エピソードが満載でなければ売れない傾向があるようです。しかし、脱線ばかりでは本筋の歴史が頭に入りにくくなってしまいがち。この点、読書アシストなら脱線は不要だと感じました。技術を用いることで、読者を飽きさせずに歴史の流れを適切に伝えることができるのではないか、と思ったのです。
内田金谷先生と事前に相談したのは、年号と出来事を中心とした構成ではなく、人物の物語を中心に据えることです。それにより、面白くて読みやすくなったと思います。
金谷人物を軸にした記述のほうが楽しく読めますし、頭にも入りやすい。戦前の教科書はその傾向が強かったのですが、戦後の教科書は出来事を順番に並べて「何年に何がありました」というスタイルが一般的になりました。これでは、無味乾燥で面白くないと思っています。私は、この歴史の記述形式が歴史嫌いを増やしている一因なのではないかと懸念していたのです。
――この企画には、金谷先生は最初から関心を持たれたのですか。
金谷実は、最初に「速読」と聞いたときは断ろうと思ったのです(笑)。というのも、速読メソッドの多くは、「飛ばし読み」「斜め読み」だからです。もちろん、そうした読み方が適している場面もあります。ただ、著者としてはやはり、すべてをきちんと読んで理解してもらいたい。そのため、当初は「速読」という言葉にネガティブなイメージを持っていました。ですが、読書アシストの説明を聞いて、飛ばし読みではなく「すべてをきちんと頭に入れながら」速読できることが分かりました。とても感動しました。歴史の学び直しだけでなく、学習参考書などにも最適ではないでしょうか。
田中ぜひ、読書アシストを学習参考書などの分野にも広げていきたいと思っています。金谷先生にもその太鼓判を押していただき、大変心強いです。
金谷私は歴史コメンテーターとしての活動とともに、予備校講師もしています。録画してオンデマンドで提供する授業が増えたのですが、それを1.5倍~2倍速で視聴する生徒も多いようです。「そのほうが頭に入りやすい」という声を聞くこともあります。
内田私自身も含め、動画コンテンツではそういった視聴者が増えていますね。限られた時間により多くの情報を得たいというのは、コンテンツが渋滞する現代において多くの人に共通するニーズでしょう。訓練なしに速読できるメリットは非常に大きいと思います。
田中私は今、保育園に通う二児を育てています。子供たちはよくYouTubeを見ていますが、その姿を見ると「活字に抵抗感を持つのではないか」と心配になったりします。若者の活字離れがよく話題になりますが、読書アシストが読書習慣へのステップになればうれしいですね。
内田出版社にとっても、活字離れは切実な課題です。これまでも「超訳」や「あらすじ本」などの試みを通じて活字離れの動きにあらがってきました。これらは、アプローチできなかった読者層に作品を届けることができた一方で、少なからず、作品が持つ「行間」や「余白」をそいでしまう側面がありました。読書アシストは、これらとは別の角度から活字好きを増やす可能性があると感じます。サクサク読めるので、次々にページをめくる気持ちよさがあります。これまで1冊を読破できず挫折していた人にとっては、読書の成功体験となるでしょう。これは紙ならではのよさだと思います。もっとも、文字がぎっしり詰まったレイアウトではないので、紙の書籍が厚くなるのも確かです。でも、もし厚い本が嫌なら電子書籍を選ぶこともできる。『速読日本史』にはKindle版があるのもメリットですね。
下村内田さんをはじめとする出版社の方々と話をする中で、私たちにもさまざまな学びがありました。本が厚くなると紙や印刷の費用が増えることはある程度は想像していましたが、加えて、倉庫の保管料や輸送費といったコストの増加にもつながることを学びました。その点では、厚さというデメリットが生じない電子出版の世界においても、これからもっとチャレンジしていきたいですね。
金谷例えば、タブレットにダウンロードした電子書籍を、ボタン1つで速読モードにできれば面白いですね。多くの人に喜ばれると思いますよ。
下村実は、それに似た試みをしています。Google Chromeのブラウザ拡張機能を期間限定で無償公開(2021年12月~2022年2月)し、ボタン1つで読書アシストを使えるようにしたのです。期間中に約4000のダウンロードがあり、公開終了時にはアンケートを実施しました。アンケート回答に際して、お礼の品はなかったにもかかわらず、多くのユーザーがアンケートに答えてくれました。とても好評で、私たちとしても自信を持つことができました。機能や使い勝手などの面ではすでに一定のレベルに達していると考えており、今はビジネスモデルについても検討している段階です。
田中読書アシストのWebサイトへの展開には大きな可能性があると思っています。そのための戦略づくりを進めているところです。
――読書アシストの可能性はさらに広がりそうですね。今後の展望についてお聞かせください。
金谷私が期待するのは、今回『速読日本史』で取り組んだようなコンテンツが増えることです。生徒や学生向けはもちろんですが、やはり社会人の学び直しのニーズは大きいと思います。例えば、これまで活字を敬遠してきた人たちが読書アシストを使って古典や教養を身に付ければ、日本社会全体の知的レベルを底上げすることができ、人々が一層文化的な豊かさを得ることにもつながります。そんな未来を期待したいですね。
内田同感です。加えて、広告分野への展開も面白いと思います。例えば、駅のコンコースなどに並んでいるサイネージ広告です。広告主はキャッチコピーだけでなく、ボディーコピーも読んでもらいたいはずです。しかし、歩行者が目を向けてもキャッチコピーくらいしか読めない。歩くスピードのほうが読み終えるスピードよりも速いからです。2倍速で読めれば、ボディーコピーも読んでもらえるかもしれませんね。
下村広告における可能性は感じています。見た目のインパクトもありますし、内容をより深く伝えることができる。実は2021年7月にはデジタルサイネージ広告での実証実験も行っています。今後は、広告会社とのコラボレーションも検討したいと考えています。また、広告に限らず、多様なビジネスシーンで本技術が活用可能ではないかと考えています。ビジネスパーソンなら、レポートや資料、マニュアルを速読したいはずです。読書アシストが適した分野は多いでしょう。チャットボットのような文字のインターフェースと組み合わせるアプローチもあるかもしれません。やや大げさな言い方かもしれませんが、文字あるところすべてにおいて、読書アシストが介在する可能性があると思っています。
田中BIPROGY社内の事例ですが、eラーニングで使用する説明資料に、読書アシストを活用しています。こうした事例を社内でも増やしながら、外部への提供の可能性を探っていきたいですね。また、当社が提供している既存ソリューションとの組み合わせも考えられるでしょう。
下村当社は長年、お客さまのシステムの設計・開発・運用などをビジネスの主軸に据えてきました。そうしたビジネスは今も重要ですが、これからは自社開発のプロダクトや新サービスなども強化していく方針です。その際、外部パートナーとの連携が大きなカギを握っています。出版社や広告会社はもちろん、多様な専門性を持つ方々と一緒に、読書アシストを軸にしたビジネスを創造し広げていきたいと考えています。まずは金谷先生、内田さんにご協力いただいた『速読日本史』を通じて、読書アシストの良さをより多くの方に体感していただけたらうれしいです。
――日本企業がシリコンバレーの情報をキャッチアップする際、どのような点が課題になるのでしょうか。
皆川日米は近いようで遠いところがあります。BIPROGY USAとしては、この距離をどう埋めるのかを主眼に置いて試行錯誤しています。メルマガなども配信してきましたが、一方通行になりがちでした。そこで2020年に相互に情報交換ができるオンラインプラットフォームである「rickDoor」を開発し、これまで380本近いレポート記事などで情報を発信しています。このrickDoorは、外部からもアクセス可能なグループメディアで、今は情報交換の場としても800名程度の利用者に活用していただいています。最近では文字による情報発信だけでなくウェビナーも始めました。昨年は社内向けと社外向け、それぞれ6回ずつ開催しています。
日本企業はゼロから何かを生み出すのがあまり得意ではないと感じる部分もあります。だからこそ、面白いスタートアップの情報など、米国でゼロから生まれたアイデアを日本に伝えることが大切だと考えています。この中で私が感じているのは、シリコンバレーは日進月歩で変化し、それゆえに関連する情報が多すぎるという課題です。それだけにrickDoorはもちろん各種の情報発信の中で、何が正しいのか、どこに注目すべきかを精査して届けるべく キュレーション機能の強化・充実を図っています。
――Tomorrow Accessにおいて、情報発信をされる際に注力されているポイントはどのような点でしょうか。
傍島私は、KDDIに25年勤めて2021年4月に米国で独立しました。在職中はファンド運営の現場責任者やアクセラレーションプログラムの運営、国内外のビジネスパートナーとのコラボレーションなどクロスボーダーのビジネスを担当し、2015年からは米国に駐在していました。
設立したTomorrow Accessは日本とシリコンバレーをつなぐコンサルティング会社です。コンサルティング業務に加えて、これまでの経験から培ったネットワークを使って各業界のエキスパートを招き、毎月1回のペースで「01 Expert Pitch」を開催しています。このウェビナーでは、どんな技術やサービスが世界で注目されているのか、どんな面白いスタートアップがいるのかなどを日本語で解説しています。その狙いは大きく3つ。「日米の情報格差を解消すること」「正しい情報を届けて日米で感じる情報の温度差を無くすこと」、そして「シリコンバレーの最新情報を日本語でわかりやすくお伝えすること」です。皆川さんがご指摘されているように、日本企業はゼロからイチを生み出すことを苦手に感じる傾向にありますから、この部分をいかにうまくできるかが重要だと考えています。
――ウェビナーのテーマはどのような観点から選定しているのでしょうか。
傍島時流に即したテーマを軸に私自身が選定しています。培ったネットワークを生かして現場の最前線にいる方のお話を伺うことがポイントです。これまで、今後リテールがどのように変化していくのか、メタバースは来るのか、といったテーマでウェビナーを開催してきました。
――BIPROGY USAとTomorrow Accessの関係についてお聞かせください。
皆川前提として、海外で情報収集をされる企業の駐在員は滞在期間に限りがあり、現地に深く入り込むのは難しいという事情があります。そこで、私たちには「お客さまがどのような情報を求めているのかを理解し、何をピックアップしてお伝えすべきなのか」を見極める目利き力が求められます。この使命を果たすには幅広い情報だけでなく、深さも必要。Tomorrow Accessはシリコンバレーの最新かつ深い情報を持っているので、日頃から情報交換をさせていただいています。
傍島実は、シリコンバレーにいる日本企業はつながりを持っていて、垣根を越えて情報交換をするのが当たり前になっています。日本ではライバル企業でも、こちらではお互いが仲間として協力しあっている人たちが沢山いるのです。
――シリコンバレーの情報をうまく取り入れ、イノベーションを実現する企業の特徴はどういった点にあるのでしょうか。
傍島成功するには、どのような課題をいかに解決するのかという事業戦略上の「ゴール」を明確にし、戦略立案、案件開拓、出資など各フェーズにおいて具体的にどのようなアクションをすべきか切り分けて理解することが不可欠です。そのポイントは、「どのタイミングで」「どういう情報を収集するか」という視点です。例えば、ある企業が 「最先端テクノロジーを活用した新規事業の立ち上げによって課題解決を図る」といったゴールを設定したとします。まず、この実現に向けた戦略立案フェーズでは、各種メディアなどを通じてシリコンバレーのトレンドを広く情報収集することになります。この段階では、日本にいてもできることは多くあります。次に、案件開拓や出資などの段階ではシリコンバレーに駐在員のようなスタッフがいた方が深く、有益な情報も入ります。 さらにPoC段階に入ったら、事業部門のメンバーをアサインしてPoC進捗や内容などを詳細に確かめて、相手先と今後について交渉する必要があります。
ところが、実際には「何かをやらなければならない」との思いが先行して、具体的なゴール設定を行わないままシリコンバレーに駐在させ、いきなりPoCに移ろうとする事例が多く見受けられます。これではかえって時間がかかりますし、無駄も多くなります。こうしたケースがこれまでもありました。先人が苦労した過去から学んで効率的にイノベーションを進めてほしいと感じます。「シリコンバレーの情報を取り入れてどのような課題を解決するのか」というゴール設定は、経営層やその近くにいる人たちの役割です。この点を踏まえた上で、現地の駐在員に具体的なミッションを割り振る姿勢が必要です。
皆川北國銀行さまのケースは理想的な成功パターンです。シリコンバレーに来るときには、「先端テクノロジーを持つスタートアップとの共創を通じて課題を解決したい」というゴールがすでにありました。そこで、テーマを絞ってお客さまと一緒に面白い企業を探し、伝手をたどって適切なスタートアップ企業との業務提携にまでこぎつけることができました。
――情報提供の際に心掛けられている点はどのような部分でしょうか。
皆川実は、「ゴールの設定そのものに悩まれる」お客さまも多いという現状もあります。BIPROGY USAとしては、お客さまが解決したい課題を見つけるヒントになる情報発信を心掛けています。rickDoorでは、Webの特性を活用して、鮮度の高いキュレーション情報配信を心掛け、ウェビナーでは、現地事情に詳しい人の話などを伺いながら、より深く考察し、自分なりの解釈を加えてお届けするようにしています。
傍島皆川さんのご意見に共感いたします。その上で、私自身は“妄想力”を大事にしています。1つの情報の背景や裏側に「どのような動きがあるのか、今後の展開はどうなっていくのか」を洞察することで、同じ情報を伝えるにもより深く、より広く届くようになると実感しています。例えば、シリコンバレーのとある企業がヘルスケア分野の経験を持つ人材を LinkedInなどで募集しているとの情報から、「その企業が今後ヘルスケアの事業を立ち上げるのでは?」と妄想するわけです。こういう発想を持って情報を精査している人たちが多いのもシリコンバレーならではと言えるでしょう。
――情報をしなやかに取り入れるために、押さえたいポイントとはどのようなものでしょうか。
傍島米国は、日本よりも多くの分野で取り組みが常に先行していると感じます。この点を押さえて時間軸や情報の背景を少し意識することが必要です。例えば、2021年8月にメタバースのウェビナーを開催しましたが、その3カ月後頃に日本でも大きな話題になり始めた時期だったので、大きな反応がありました。この他にも、日本でIoTが注目され始めたのは2017年頃だと思いますが、その頃米国ではすでにブームのピークは過ぎてスタートアップの倒産が目立ち始めていました。シリコンバレーには世界中から優秀な人が集まり、新しいことが生まれる確率も高く、新陳代謝も早い。こうしたさまざまなイノベーションを育む土壌の違いにも目を向ける必要があります。
皆川米国と日本との商習慣や文化の違いを理解することが大切だと考えています。私たち自身も、情報をお客さまにお伝えする際にはこの点を強く意識しています。北國銀行さまの事例では、商習慣や文化の違いの架け橋になれたと自負しています。知ることは力です。文化が違う、土壌が違うということで一線を引いてしまうのはもったいない。私たちはお客さまのイノベーションを実現するための変換器、つまり通訳のような役割を果たしていきたいと考えています。
傍島確かに通訳みたいに文化を変換する役割は重要ですね。米国のスタートアップ企業と日本企業のミーティングを仲介して感じるのは、言語の違いより文化の違いが大きいという点。そのために、肝心の部分で会話が噛み合わなかったりします。そのギャップを埋めるのが私たちの役割です。
――今後についてはどのようなことをお考えでしょうか。
傍島今までやってきた「01 Expert Pitch」を継続して毎月開催していくことに加えて、最近ではスポットコンサルティングの提供も始めました。日本企業が新しいビジネスを始めるきっかけになればと思っています。これまで文化的な違いなどから、私たちの先人は多くの苦労を重ねてきました。それを踏まえた上で日本企業が無駄なく、最短でゴールに到達できるように支援していくことが私の使命。情報を取り入れ、しなやかにイノベーションにつなげていくために、日本企業には私たちのような存在を上手に活用してほしいと考えています。
皆川傍島さんは駐在員として米国社会に触れて、そのまま残ってビジネスを立ち上げました。それだけに広くて深いネットワークを持っていますから、「何となく情報を仕入れたい」というのではなく、聞きたいことを絞り込んで相談するのが効果的です。BIPROGY USAはその入門編として活用していただき、必要な情報のターゲットを絞った後は、米国に深く根ざすTomorrow Accessなどとも共に走っていく。こうした形でイノベーションを実現してほしいと考えています。
傍島シリコンバレーには、今、世界中から多くの人が訪れています。新型コロナ禍が落ち着きつつある中で世界は再び動き出しています。日本企業が立ち遅れないためには、到達すべきゴールを明らかにしてまず動くことです。私たちが手伝えることはさまざまにあります。共に歩んでいきましょう。
皆川どうやって成功したのか、なぜ失敗したのかなど、過去から学べることは多い。過去を学んだ上でアクションすることも大事です。私たちがそのお手伝いをさせていただきます。
BIPROGY USAは、シリコンバレーを中心に、新ビジネス・技術情報の収集と発信を行うBIPROGYグループの海外リサーチ拠点です。2006年にシリコンバレーオフィスを開設して以来、北米を中心とした各種パートナーと連携し、BIPROGYグループとお客さまに対して情報発信と北米調査協力を行っています。
網野これまでは企業が行う事業と社会貢献は別物と考えられ、地球環境への影響よりも利益を優先する企業が多かったと思います。しかし、ここ10年ほどで企業環境は劇変しています。世界全体で脱炭素化の動きが加速度的に広がり、消費者の環境に対する意識も変化しました。その動きに呼応して、サステナビリティに注力する企業は増えています。
齊藤確かに環境問題への対応をはじめとするSDGsへの取り組みなど、今は事業利益だけではなく社会課題解決の両立、すなわち社会的価値と経済的価値との両立が企業に強く求められていると感じます。
網野小売店で販売する恵方巻を例に挙げると、需要が100個のところ200個仕入れて150個売れればよいのがこれまでの売上至上主義の考え方でした。売れ残る50個分の物流の無駄、産業廃棄物となるコストや地球へのストレスは黙認されていました。しかし、今は販売機会ロスを受け入れても、予約制を取り入れながら適切な量を販売し、無駄を減らす流れです。大量仕入れ大量陳列と比べると販売機会は減りますが、簡単にスマホで予約可能にしたり、「今年も恵方巻の販売があります」と顧客が忘れないようにプッシュ通知したりするなど、需要創造はデジタル化で対応を試行しています。企業に求められるKPIが売上から営業利益に変わり、企業は利益を創出するために、事業活動をよりリーン(無駄のない)な方向へシフトさせていると思います。企業の営利活動と地球への配慮が背反しない世界が少しずつやってきたと思います。
齊藤確かに「大量消費で残ったものは捨てればよい」との考えは変わり、環境負荷を減らしつつ有効に企業活動を実践していこうという意識が社会に広く浸透しつつあります。こうした時代背景もあり、BIPROGYはAI需要予測によって小売店の発注業務を自動化するサービス「AI-Order Foresight」を提供することで、サプライチェーン全体の在庫最適化や廃棄ロス削減を支援しています。当社が基本方針に掲げている「For Customer」が「For Society」へとつながり、その価値を拡げている代表的な事例でもあります。企業の経済的価値と社会的価値の両立を目指すためには、事業活動の意味や目的をサステナビリティの視点から捉え直し、業務の在り方を見直すことが必要だと痛感します。網野さんは、その見直しに際してどのようなアプローチが必要だとお考えでしょうか。
網野業務の在り方を見直すには、DXを実現して事業活動をより無駄のないものにする必要があります。アプローチの1つが「データインフォームド」。そのポイントは、人間の判断を、データを用いてより論理的かつ合理的なものにアップグレードする点です。似た概念に「データドリブン」がありますが、こちらは、データ分析のアウトプットから判断を自動的に行う部分に力点があります。ビジネスの世界において、「データによって自動的に判断が下される」ことにたどり着く前に「データを人間が使いこなして判断を行う」ことで解決できる課題がたくさんあると考えています。例えば、日々のビジネスは、小さな意思決定の積み重ねで成り立ち、パターン化可能なものとそうでないものが存在します。分析して解釈し、実行した結果を振り返る積み重ねによって徐々にパターンが固まり、「この条件ならこの打ち手が最適」との判断が一定ルールに基づいて自動で行えるものもあります。一方で、打ち手の自由度が高ければ、パターン化は難しい。こうした場面では、勘や経験、度胸などに裏打ちされた“人間の判断”が意思決定の重要なカギです。データインフォームドは、その判断をデータによって補強・アップグレードして適切な意思決定につなげていくためのアプローチです。
齊藤なるほど。例えば、10万人の顧客を抱えた通販の企業があるとします。「購入金額や購入頻度の高い1万5000人の優良顧客にカタログを送ろう」との判断はデータドリブン的なアプローチですね。それだけで成果が上がらない場合、「優良顧客以外のお客さまの中からカタログに興味のありそうな層を抽出して、さらに5000人にカタログを送ろう」という新たな判断を下す必要があります。データから導き出される発見や示唆を、人間の判断材料として用い、柔軟に判断するのがデータインフォームドなのですね。
網野その通りです。新たな需要を開拓するために5000人にカタログを送る、つまり予算を見極めて追加投資をする判断は人間にしかできません。AIの進化も目覚ましいですが、AIは膨大なデータの中からパターンを出すだけで「考える」ことはしてくれません。私たちが分析したデータを見て、企業状況に照らした打ち手を考え、勝ち筋を見極めて実行していく。この営みを人間が行うことが、未来予測が困難な現在にあって、最も経済合理性が高いアプローチだと考えています。もちろん、データドリブンで自動化することも必要不可欠です。データインフォームドの営みを通じて、仕組み化・パターン化が可能であると判明した領域はデータドリブンを用いて自動化し、新たな価値創造のために時間を使っていくべきです。
齊藤解決すべき課題に対してデータインフォームドを通じて、適切な意思決定を行い、仕組み化・パターン化が可能であると判明した領域はデータドリブンを用いて自動化する。そして、また新たな課題に対してはデータインフォームドで対応していく。この循環は企業の成長、ひいては経済的価値と社会的価値の両立につながりそうです。先ほどAIに触れられましたが、残念ながらデータの使い方が分からないままAIを取り入れる企業も存在します。ギックスは分析したデータを可視化することで、企業と一緒に課題発見から伴走支援していますね。
網野実際に課題を見つけ出すのはお客さまです。膨大なデータを分析し、グラフや数値として構造的かつ体系的に可視化したものをギックスでは「地図」と呼んでいるのですが、適切な地図を見せれば、お客さまの方から続々と仮説が出てきます。そこからおのずと課題や目指すべき方向性が見えるので、解決に向けたアクションの実行とその施策検証を繰り返します。私たちはあくまでデータのプロフェッショナルです。玉石混交ともいえる膨大なデータの中から、どのデータを抽出し可視化すれば仮説を導きやすいか、その勘所に基づいた地図を作成することで、お客さまの課題発見力を導き出しています。
齊藤データインフォームドによって企業の課題解決に導いた事例も教えていただけますか。
網野ある飲料メーカーのプロジェクトに携わった際、10日間アプリを使わない利用者は離脱しやすいというデータを抽出しました。この場合、「利用者にアプリの存在を思い出してもらうために、毎週プッシュ通知を出して思い出してもらおう」と発想するケースも多い。しかし、通知を煩わしく感じる利用者も一定数います。この企業のマーケッターはこうした利用者の気持ちを心得ているセンスのある方で、「毎週月曜午前中にアプリを使用すると、利用者がインセンティブを得られる」方法をとりました。使用頻度が高い人だけでなく、離脱が予測される人へのフォローアップも視野に入れつつ、ユーザー視点に立った離脱防止策を実行したのです。
齊藤なるほど、毎週月曜日午前中にアプリを活用すると利用者がインセンティブを得るのは、単なる売上向上策に見えます。しかし、そうではなく、離脱の真の原因として突き止めた“10日間アプリを使わない”という指標を捉え、利用者の動向を踏まえて離脱防止の予防線を張ることが目的だったわけですね。「毎週アプリを使ってもらう」という自社課題が明確であった、まさにデータインフォームド的アプローチの好例だと思います。また、データドリブンで定期的にアプリのプッシュ通知やダイレクトメールを送るのではなく、「UX(ユーザーエクスペリエンス)」を意識した策を考えたところにKKDによるマーケッターのセンスが光り、功を奏したわけですね。
網野解決したい課題が認識できているか否かは重要です。実現したい姿が見えないまま施策を打っても、目先の反応が良くなければすぐにやめてしまうでしょう。今回のようにデータの裏付けがあり、目標とすべき地点が明らかであれば、マーケッターも試行錯誤してあの手この手を考えます。もちろん、勝ち筋だと思った仮説を検証しても結果が出ないこともあります。その場合はデータ活用のポイントがずれているのか、分析から読み取った打ち手が効果を発揮していないのか、あるいはその両方が原因のケースであると考えられます。しかし、結果につながらなくても、現状が悪くなることは基本的にありません。仮説を立て直して、検証を繰り返していけばよいわけです。
齊藤一般的にデータを使って何かすることは複雑に思われがちですが、データインフォームドはとてもシンプルですよね。「可視化されたデータを基に勝ち筋を見つけ、検証し、トライアルを繰り返す」。この循環を円滑にすることが企業変革の第一歩となりそうです。BIPROGYとしては、DXを「デジタル技術で業務プロセスやビジネスモデル・社会の仕組みを変革し、継続的な企業価値の向上と社会課題の解決に寄与する取り組み」と定義していますが、データインフォームドとはどのようにつながるのでしょうか。
網野DXとデータインフォームドは相性が良いと考えます。まず、現代はICTテクノロジーの進化によって企業のあらゆる活動がデータ化され、顧客の活動もデータ化されつつあります。この膨大なデータの中から、私たちが新たな気づきとなる切り口とそれを示す結果を指標として可視化することで、顧客の便益向上や自社の収益向上のために企業が取るべき打ち手が見えてきます。その仕組みをデジタルで構築し、DXをさらに加速させるとまた新たなデータが蓄積し、次の打ち手を見つけることができます。
齊藤なるほど、DXとデータインフォームドが相互に作用して企業価値を上げていくことは、まさに「For Customer」を掲げる私たちの目指す世界観と通じていると感じます。
網野ギックスはこの10年弱で約560件のプロジェクトに関わり、 企業変革を支援してきました。ただし、1つの企業がDXによって独り勝ちをしたのでは、社会課題解決にまではつながりにくいと考えています。BIPROGYはバリューチェーンでDXを進めることを推奨していますね。
齊藤業界ごと、また時には業界横断のバリューチェーン全体にDXインフラプラットフォームを拡げていきたいと考えています。1社のDXを10社、100社と拡大していくにつれ、データ予測の正確性が上がるなどのUX向上のみならず、生み出す社会的価値を大きく拡げていくことができます。
網野私が新卒だった約27年前、すでに「CPFR(※)」という考えがありました。メーカー、卸売業者、小売業者間で需要予測を行い、ズレが生じた場合には事前に調整することで欠品や余剰在庫の削減に努める考え方です。これまでCPFRが主流にならなかったのは、テクノロジーがついてこなかったことが大きな理由の1つでした。しかし、今ようやくテクノロジーが追い付いてきました。業界全体を巻き込むプラットフォームを作ることは実現可能な視野に入り、期待値も上がっていると感じます。ギックスはこれからも個々の企業課題に向き合いながらデータインフォームドの考えを浸透させ、BIPROGYはバリューチェーンという広い視野でDXを前進させる。そう遠くない未来がとても楽しみです。
※「Collaborative Planning Forecasting Replenishment」の略。メーカーと中間卸業者、小売事業者が相互協力して各商品の需要予測結果を共有し、的確に在庫を補充していく取り組みを指す
齊藤日本ユニシスはシステムの会社、ソリューションの会社だと認識されていたと思いますが、BIPROGYではシステムの構築だけにとらわれず、企業のその先にある社会全体を見据えたサービスを提供していきたいと考えています。いわば「社会DX」です。これまでお客さまのプラクティスを横展開することで、新たな価値を創造してきたように、これからは「1つの業界」「1つの産業」という大きな単位で実践知を横展開していけば、各業界の常識が変わっていきます。業界をまたがる取引もスムーズになり、掛け算的に大きな影響がもたらされるでしょう。そして、業界や産業全体を横断するようなDXプラットフォームが実現すれば、最適化・効率化が図られつつ、多様性あふれる個々のプレイヤーの知見が掛け合わさることでユーザーにとって本当にほしいサービスを提供することができますし、人手不足解消や資源を無駄にしないといった社会課題解決にもつながっていくはずです。
国産木材の流通と活用の促進を目指す「キイノクス プロジェクト」は、2021年11月にスタートした。プロジェクトは、BIPROGYが2021年5月に設立した企業である「グリーンデジタル&イノベーション(GDI)」をはじめ、さまざまなプレーヤーとの共創をベースに、国産木材を通じた新たな価値づくりや地域活性化に取り組んでいる。
このキイノクス プロジェクトには、前史がある。プロジェクトメンバーの惣田隆(戦略事業推進第二本部 事業推進一部)はこう話す。
「私たちは2010年代半ばから、さまざまな地域の課題解決や活性化につながる事業展開を本格化しました。この中で注目したのが広島県です。日本でも有数の都市機能を持ちながら、豊かな自然があり、工業・農業・漁場など多様な産業が盛んです。所得や持ち家率、年齢グラフなども全国平均に近く、同県は『日本の縮図』とも呼ばれています。その広島県でさまざまな産業を分析し、各種のリサーチなどを踏まえて私たちは木材をテーマに選びました」
木材を選んだのには、大きな理由がある。日本では、戦後の木材需要増大を受けて、全国で大規模な造林が実施された。約半世紀前のことである。人工林は拡大したものの、1960年代から増え始めた輸入材に押され、国産木材の需要は低下傾向をたどる。山林を手入れするインセンティブも衰え、結果として多くの人工林が荒れた状態になった。
「人工林の荒廃は、多くの地域で課題となっています。林業など木材に関わる産業の衰退だけではありません。管理の行き届かない森林は、災害耐性も低い状態になります。間伐が適切に行われない人工林は、根の張り方も十分ではなく、大雨や台風の際に土砂災害のリスクを高めてしまいます。国産材の利活用であれば、日本各地に展開でき、多くの社会課題解決の糸口になります。キイノクス プロジェクトを通じて、デジタルの力も活用しながら日本の木材をめぐる状況を変え、地域活性化につなげたいと考えています」
プロジェクトの柱は3つ。「木材流通プラットフォーム事業」と「木材需要創造事業」、そして「ブランディング」だ。まず、木材流通プラットフォーム事業について、その背景を惣田はこう説明する。
「国産木材の流通課題は多様ですが、その要因の1つが情報の分断にあります。多様なステークホルダーがそれぞれの役割を担うサプライチェーンにおいて、参加者間で情報共有がなされない状況にあります。こうした現状が、流通効率の低下を招いています。情報共有を円滑にする仕組みをつくることができれば、さまざまな課題解決につながります」
木材流通プラットフォーム事業のパイロットプロジェクトは、岐阜県で始まったという。それは、建築資材総合商社のヤマガタヤ産業(本社:岐阜県羽島郡岐南町)との取り組みだ。ヤマガタヤ産業との出会いは2018年ごろにさかのぼり、2021年5月には、キイノクス・プロジェクトの一環として、同社などとBIPROGYが共同で「MOKU TOWN(モクタウン)」というデジタル住宅展示場を開設した。
MOKU TOWNは主に木造一戸建て住宅の建築を検討している消費者向けに、地域の工務店や家づくりに必要な情報を提供する場だ。工務店はこれまでの実績などをVRや動画、静止画のコンテンツを用いて示すことができる。このヤマガタヤ産業との出会いから、さらなる国産材流通における課題解決への取り組みへとつながっていった。惣田はその狙いをこう説明する。
「国産材流通の活性化に向けて、木材供給量の確保と木材価格の低減と固定化を図ろうと考えました。そのため、需給情報の可視化を目指し、製材所の在庫情報や工務店の需要予定量(年間建築棟数)情報を共有するところから始めようとしています。例えば、在庫を見える化できれば、自社在庫が不足しているとき、他の製材所に商品融通を依頼するという選択も可能になります。サプライチェーンの川下に位置する工務店にとっては、複数の製材所の在庫を調べて、施主に対してより良い提案が可能になるでしょう」
2022年2月、こうした発想を起点に木材流通プラットフォーム事業が本格的に始動。BIPROGYとGDIは、ヤマガタヤ産業との協業により、業務プロセスの効率化とコミュニケーションの改善につながるプラットフォームサービスの試行を開始したのだ。
具体的には、国産材流通の活性化に向けて工務店向けの複数サービスの立ち上げからスタート。その1つが「工事管理サービス」だ。このサービスは、紙や電話によるコミュニケーションに課題を抱える工務店の現場監督の意思疎通を支援する。スマートフォンやタブレットなどで使用でき、チャット機能も備えているためシンプルかつ効率的なコミュニケーションを実現し、工数削減につながる。現場からは「それぞれの動きや意図が見えるようになり、意思疎通が以前よりも円滑になる」との声も寄せられているという。
「今後はサプライチェーンの川上と川下に向けてサービスを広げ、岐阜以外のエリアにも広げ、課題解決に向けてさらに取り組みを加速させていく予定です」と惣田は展望を語る。
プロジェクトは、第2の柱である「木材需要創造事業」、第3の柱である「ブランディング」にも力を注ぎ、住宅やオフィスなどの施設を対象に新たな需要を掘り起こそうとしている。
これらは、時流に乗った取り組みでもある。2021年10月、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が改正・施行された。改正のポイントは、以前は公共建築物を対象としていた法律を建築物一般に拡大した点にある。
「法改正を意識していたわけではありません。タイミングが偶然に重なったのですが、政策が追い風になることを期待しています」と惣田。具体的な活動はすでに始まっている。それは、「キイノクス オフィス」の取り組みだ(2022年6月、GDIがオフィス家具・内装材販売事業に本格参入)。国産杉の無垢材を使った家具や内装材は、オフィス空間の雰囲気を変える。視覚だけでなく、杉の香りが嗅覚にも心地よい刺激を与える。オフィスワーカーの生産性向上にも寄与するだろう。
「家具や内装材にはCO2が固定されており、燃やさない限りCO2はその内部にとどまります。商品にはCO2固定量を数値で示す証明書が添えられており、購入した商品に応じてGDIが植樹を行います。植樹による長期的なCO2吸収量についても、証明書を発行します。SDGs、特にカーボンニュートラルに関心の高い企業から喜ばれています」と惣田は手応えを語る。
オフィス以外では、ホテルやケアファーム(介護施設と農場が一体化した施設)、店舗なども検討対象だ。国産木材が醸し出す雰囲気は、施設の価値を高めるだろう。今後、幅広い施設に向けて国産木材の魅力をアピールしていく考えだ。
「木材流通プラットフォーム事業の中で工務店への働きかけをしていますが、どんな木材を使うかを決めるのは施主です。施主に対して、いかに国産木材のよさを伝えていくのか。この部分に力を入れてブランディングを展開していきたいと考えています。将来的には、私たちが国産木材を使いたいという施主を見つけて工務店に送客できる仕組みを構築することができれば、地域課題の解決により大きく貢献できるはずです」
その言葉にあるように、木材流通プラットフォーム事業と木材需要創造事業、ブランディングの3本柱は関係し合い、オーバーラップする部分も少なくない。例えば、MOKU TOWNでは住宅に興味のある消費者に役立つ情報を提供するとともに、購買意欲を高める取り組みも検討している。こうした活動を強化するためにも、ブランディングの役割は大きい。
キイノクス プロジェクトが掲げる「木と人がともに活きる未来をつくる」というビジョン。そこには、「国産木材で豊かさの好循環を創出する」「本物の価値を見出し、ひろめる」「パートナーシップで価値を高める」「地域コミュニティと共栄する」「地球の未来を真剣に考え、行動する」という5つの思いが込められている。プロジェクトは、今もなお着実に歩みを進めているが、息の長い取り組みになるだろう。惣田は未来に向けた思いをこう話す。
「プロジェクトの始動前から、私たちはある確信を持っています。それは、『情報が集まれば、課題を解決し得る気づきや発見につながる』ということです。埋もれていた課題に光を当てることもできるでしょうし、意外なアイデアが浮かんでくるかもしれません。そして、情報が新たな解決策へと導いてくれるでしょう。その先に豊かな森があり、人びとが生き生きと暮らす地域社会があるはずです。そんな将来を見据えて、着実に前に進みたいと思っています」
石田「行動科学マネジメント」が一般的なマネジメントと大きく違う部分は、やる気や意識といった個人のモチベーションや資質・能力に左右されず、かつ再現性がある点です。実は、行動変容の原理原則は、組織であれ、個人であれ共通しています。人は自分自身のメリットに従って行動します。この点を踏まえ、1つ1つの行動にフォーカスしたマネジメントの実践によって、ビジネスはもちろん、リカレント教育やセルフマネジメント、子どもの教育など分野を問わずに多くの人の行動を再現性のある形で変容できます。
その確立にあたっては、米国で行動科学を学び、日本人の特徴や文化なども踏まえながら体系化しています。組織における行動変容を促す場合であれば、優秀なプレーヤー個人の経験や勘、度胸といった抽象的な概念・暗黙知を行動観察と分析を通じて言語化し、同様の行動を他のメンバーも実践・習慣化する仕組みを提案しています。この点が評価され、国内外で5000社以上が導入しています。
例えば、世界規模で展開する日系大手海運企業では、大半の従業員が外国人です。このため日本的なマネジメント手法は一切通用しません。特に船舶は足場が不安定です。安全行動を確立し、事故を減らす試みが必須です。タイやフィリピンなど多様な文化的背景を持つ方々をいかに行動変容させるか、といった課題解決の場面でも広く活用されています。
1つ、具体的に「きちんと挨拶をする」というケースを考えてみましょう。一般的な会話レベルで判断すると「行動」と感じられるかもしれません。しかし、行動科学マネジメントのMORSの法則に沿って考えると、これは行動とは呼べません。何をもって「きちんと」なのかが、明確な判断基準のない主観的なものだからです。ここを段階的にかみ砕き、実践すべきステップとして捉えます。「笑顔をつくり」「数メートル先の相手にも聞こえるような声で」「『おはようございます』と頭を下げながら言い」「頭を上げて再度相手の顔を見る」といったイメージです。
佐藤なるほど、イメージが湧きました。MORSの法則に加えて、人の行動を変えるためには、何が必要だとお考えですか。
石田人が何かを成し遂げたい、行動を変えたいと思っても、できないときには理由が2つあります。1つは「やり方が分からない」、もう1つは「継続できない」こと。1つ目の対応は、MORSの法則などに従って行動に対する具体的な指示をすることです。2つ目の継続については、行動を言語化して分割した「ベイビーステップ」で課題に対処していく方法があります。この点は、後ほどお話ししますね。
渡邉行動科学マネジメントでは、実践者が取り組みやすい行動の在り方を具体的に示すことで成長を促すのですね。
石田ええ。例えば営業部門で、「訪問件数が多い」「提案件数が多い」ことが成果につながるのだとしたら、それらを増やす行動を自発的に行える環境づくりも大きなポイントです。自発的な行動促進は、組織のミスや事故防止に向けて注目される「BBS(Behavior Based Safety)」の観点からも重要です。これは事故やミスの原因となる危険行動を安全な行動に変容させ、それらを習慣として組織に定着させる営みです。ここでも重要なポイントとなるのは、行動の具体性と再現性です。
渡邉私のキャリアは営業から始まり、「新規サービス・ビジネスの企画をやりたい」という思いから社内留学生として企画部門に移り、今は営業部門に戻って引き続き新規サービス・ビジネスの企画に携わっています。また営業部門に戻った直後、コロナ禍となったことから、改めて「自分にとって大切な価値観は何か?」を見つめ直した結果、「自分らしさを発揮できること」や「自身と周りの幸せのために働くこと」、また「自分のペースを大切に、心も体も健康であること」を重視していることに気づきました。自分の大切にしている価値観を理解すると、自身の力が発揮できる仕事に従事する機会が増え、“やらされ感”なく主体的に働くことができています。部下や職場の中には、「自分がどんなことにやりがいを感じるのか分からない」と悩む方もいらっしゃるのですが、先ほどお話しいただいた「自発的な行動を促す」ためのコミュニケーションのポイントやコツはありますか。
石田コロナ禍を通じて、自分の時間を大切にしたいという価値観を持つ人が増えています。一方、自分が大切にしたいことを見つけることが難しい人もいます。このケースでは、やりたくないことを明らかにするとよいでしょう。やりたくないことなら、「満員電車には乗りたくない」「出社は週3回ぐらいにしたい」など簡単に出てきます。ここから、やりたいことを明確にします。加えて、部下のモチベーションを高めたいと考える方の場合は、部下それぞれの「動機付け条件」に合致するように行動を促すことが大切です。
人は、自分が好きなことに対しては自発的に行動します。自分が欲しい物を手に入れるためには、すごく頑張れますよね。ただ、出世する、給料が上がるといった、上司の「自分が好きだったこと」を皆が好きだと思ってはいけません。自発的に動いてほしいと考えるなら、それぞれの人の動機付け条件を理解することが重要です。
渡邉なるほど。動機付け条件を理解しようとすることは非常に重要ですね。私は先ほどお伝えした自分の大切にしている価値観に気づいてから、個人的な活動として、心身共に健康で輝く女性を増やしたいとの思いから、ピラティスや食事指導を学び、休日や終業後のレッスンを通じて伝える活動をしています。始めて2年ほどたち、活動しているうちにさまざまな人に出会うことができました。思いに共感してくれる人に囲まれていると、自信につながります。こうした活動を通じて、社内の人だけではなく、会社の外で新しい仲間を見つけたり、親密な関係を築けたりすることはとても有意義ですし、自分の中の多様性が高まったと感じています。
石田大切な視点ですね。日本の社会もここ数年で変わってきました。昔は仕事が終わっても上司や同僚と飲みに行くようにコミュニティが社内に閉じていました。ところが今は企業も従業員の社外の付き合いを推奨するようになりました。これは、イノベーションを起こしてほしいという気持ちの表れだと思います。同質な中からではなく、外から新しい考えを見つけてきてほしいのですね。外部の人とは利害関係がないので良い意見交換ができます。ただし、そうした社外から得られた知見を社内展開する際に、どんな意見を言っても批判されない心理的安全性のある環境をつくる必要があります。実際には、仕事に直接生かされなくても、社会人になって社外に友だちがいると豊かになれますし、精神面での健康度を増すためにも意図的に社外のつながりを広めていく営みは重要です。
渡邉レッスンを通じて課題に感じている点は、運動も食事も習慣化が難しいと感じる方が一定数いらっしゃることです。何か良い方法はありますか。
石田冒頭で触れましたが、行動変容に至らない2つの理由のうち、継続できないことに関わる論点です。三日坊主にならずに習慣化する観点で大切なのは、「3カ月たつと行動は習慣化する」点です。特に大事なのは、最初の1カ月をどう乗り越えさせるか。いきなり頑張っても習慣化しません。最初はベイビーステップから習慣化を図ります。目標までを細分化したスモールステップから始める、という考えです。重要なのは、簡単にできるハードルの低い行動を計画すること。1つ1つをクリアすることで、達成感や自己高揚感も高まります。これらが次のステップへの後押しとなり、3カ月を経て習慣化に成功していきます。最初の1カ月は自分に毎週小さなご褒美をあげるのも良い方法です。
佐藤私は入社以来、システムエンジニアとして地方の金融機関さまを対象にしたソリューションの提供に従事しています。苦しんだ経験もありましたが、ある時からふと意識のスイッチが変わりました。自分自身の中の多様な経験が蓄積し、十全に結び付くことで課題を克服する力に変わったのだと思います。自信も生まれ、社内表彰を受賞することや社内外の取り組みへの参画などが積極的にできるようになりました。こうした日々の中で、後輩から悩み相談を受ける機会も増えました。しかし、「佐藤さんだからできるんですよ。私にはできないなあ……」と“特別な人”を見るように言われた経験もあります。後輩や若手にどのように思いを伝えたら、日々の行動を前向きに変えられるでしょうか。
石田実は私、3年前に登山を始めたばかりなんです。去年も今年もエベレストに行く計画がありましたが、コロナ禍で残念ながら実現できていません。ここでは、「そんなにすぐにエベレストに登れるのか?」というお話をします。登山を始めて、著名な登山家にエベレストに登りたいと話をしたら、1年半でできると言うのです。「僕が言った通りにやればできます」と。登山経験のない人からすればエベレストはとても遠い存在です。しかし、彼と会話を重ねる中で、できる人の行動をベイビーステップに分け、1つずつクリアしていけば短期間で実現可能と気づけました。佐藤さんも後輩や若手からは憧れの人として見えているはず。ご自身の行動を小さなステップに分けて、彼らが行動として実践すべきことを提示すれば、行動変容につながります。その上で、目指すべき最終的なゴールとベイビーステップを提示し、実践者が達成感を得られればその後は自然に成長していきます。
佐藤行動を言語化し、目指すビジョンを示すということですね。
石田そうです。私たちは「ハイパフォーマー」と呼ばれる人材の行動研究もしています。実は、コロナ禍になってからハイパフォーマーの属性が変わっています。そこには彼らの持つ無意識の行動も含まれています。コロナ以前はリアルな場で人との関係づくりが上手な人がハイパフォーマーとして活躍していました。ところが、コロナ禍を経た現在は、オンラインで関係づくりが上手な人がハイパフォーマーにシフトしています。彼らはオンライン上で「雑談」や「アイスブレイク」がうまい。このように、ハイパフォーマーが具体的に何をやっているかを分析し、チェックリストをつくり、具体的な行動として共有していくと、オンライン時代でも全員のパフォーマンスを上げることが可能です。
佐藤リアルな場でのコミュニケーションが前提だった以前は、事前の情報共有から事後の振り返りなどで意思疎通が図れていました。しかし、オンライン中心の現在は1つの会議が終わるとすぐに次の会議や打ち合わせが始まり、十分な雑談の時間が取れないことも悩みの種です。
渡邉雑談の時間が減った点は私も実感しています。共有によって良い循環が生まれるきっかけになる暗黙知がその人の中にとどまってしまっている、そんな印象です。オンラインでも雑談時間をつくったり、オンラインランチをしたりと、工夫しないといけないですね。
佐藤少し話はずれますが、行動科学マネジメントで、個々人の行動の変容ができることは分かりました。しかし、会社では同じ給料であれば、最小限の仕事をして最短で仕事を終えることも個々人のメリットです。全員が「個人にとっての最適解」で行動したら、組織の力が落ちると思います。できれば、組織のパフォーマンスも上がり、みんなの負荷も下がるバランスを構築したいのですが、個人と組織の関係はどう考えたらいいでしょうか。利他的に「火中の栗を拾う」といったことを、自律的にできる組織にしたいのです。
石田行動変容を促したい方がどういった行動を取ってほしいか、を考える必要があります。例えば、「自分の仕事が終わったら、他の人がやってほしい仕事を聞くために声を掛ける」など、増やしていきたい行動を2~3つ示して、実行してくれたら認めるとよいでしょう。
佐藤行動としては、「困っている人や課題に気づいたときに、見て見ぬふりをしない」を挙げたいです。困っている人に対して見て見ぬふりをしないためには、雑談などをして相手に親近感を持つことも大事ですね。
石田そうです。雑談では、仕事以外の内容を話すことが大切です。「自分がどういう人間なのかを知ってもらう」「どういう家族がいて」「どんなことに興味があるのか」など、“らしさ”のある部分を知ってもらうわけです。信頼関係構築と心理的安全性の担保にもつながります。
渡邉「どういった行動を取ってほしいかを具体的に示す」「その人“らしさ”を認める」といったお話がありました。今、私が携わっているサービス企画では、職場コミュニティ活性化支援アプリサービス「PRAISE CARD」を開発しています。企業・組織において大切にしている価値観(クレドやバリュー等)に即した行動をとった時に、社員同士がデジタルカードを通じて称賛・感謝を贈り合うものです。自分が称賛される(カードを貰う)ことで、自身の提供価値に気づくことができ、また相手を称賛する(カードを贈る)ことで、自身の大切にしている価値観を再認識することができます。個々人の行動変容を促すことで、組織の活性化を後押しする試みです。
石田例えば、ある企業ではセンサーを用いて組織内の意思疎通を可視化しています。業績の良い部門とそうでない部門の大きな違いはコミュニケーションの質と総量です。業績の悪い部門は、一方通行のコミュニケーションが多く、機会も少ない。これまでも各社で感謝を伝える「サンクスカード」の取り組みはありましたが定着しませんでした。カードをもらう側は称賛されても、送った人が称賛されないと意思疎通が一方通行になり、習慣化できないのです。デジタル技術を応用して渡した人も称賛される仕組みをつくると、定着率は上がるはずです。あとは手を替え、品を替え、ベイビーステップを使って称賛行動を習慣化するのがいいでしょう。
佐藤過去の成功体験を持つベテラン社員の知見を共有できないか、その方策はないかと考え続けています。 後進育成の面からも、私自身は彼らが持つ素晴らしい思いや経験を残したいと考えています。
石田行動科学マネジメントからは、動機付け条件をうまく使うことをお勧めします。男性ベテラン社員には、飲むことが動機付け条件になっている人が少なくありません。「こういうところで困っているんです、助けてください」と飲む場で声を掛けると、アドバイスをくれる可能性が高いです。相手の動機付け条件に合わせて、自分自身の行動も変えるわけです。また、行動承認も重要です。こちらが望む行動をしてくれたら、少し大げさに承認していけば、徐々に人は変わっていきます。「ありがとうございました!」「助かりました!」と思いを真っすぐに伝えます。やがて良い循環となって組織全体のコミュニケーション活性化にもつながります。
渡邉自分と同僚・部下の動機付け条件はイコールではない。コミュニケーションを密に図りながらこの前提を理解し、相手の行動をよく見て、具体的に褒めることが心理的安全性の確保にもつながると感じました。今後に生かすことができそうです。
佐藤自分の行動で暗黙知になっているものを言語化していくプロセスは、すぐに実践したいです。組織としては、雑談の機会を増やして、人となりや思いを知る会話の場をつくっていきたいです。
石田動機付け条件をつかむことと、小さな行動に着目してもらって変容することが分かると、人は変わっていきます。行動科学では、「人は言葉と行動でできている」と考えます。言葉と行動を変えると、人格を変えられるのです。雑談で言葉を換え、小さな行動に着目して行動を変えていくと、指導している側にも達成感が得られます。こうしたマネジメントを、ベイビーステップから始めていってほしいと思います。
「mierun(ミエルン)」の提供開始以前から、BIPROGYは保育支援に向けた取り組みを行っている。その1つがクラウドサービス「ChiReaff Space(チャイリーフスペース)」だ。2015年にリリースされた本サービスは園児の出欠や請求管理の負荷軽減はもちろんのこと、効率的かつ効果的な保育の計画記録を実現し、多くの保育事業者、保育士たちに利用されてきた。
実績を積み重ねる過程で、「事務手続きの煩雑さ」や「イベントの準備」といった外部からは見えにくい保育士が抱える膨大な業務量も見えてきた。「利用者から『保育士の業務負担を軽減したい』との声が多数寄せられました」と語るのはサービスイノベーション事業部の河本あかりだ。
河本は、入社当時からChiReaff Space開発に関わり、これまでに100以上の保育施設とコンタクトしてきた。同様の要望が複数の施設から伝えられた、と振り返る。要望が特に多かったのは、保育士と保護者が日々やりとりする「連絡帳」だ。連絡帳は園や家庭での子どもの様子や健康・発達状態などを知る重要なツールだが、手書きによる連絡帳の記入作業は、保育士と保護者双方において負担に感じる人も少なくはないという。
「例えば、30人のクラスで遠足に行くと保育士は遠足についての全く同じ文章を30回も書くことになります。『それだけで昼食時間がなくなってしまう』との話も聞きました。また、以前なら送迎時に保護者の方と直接話す機会がありましたが、コロナ禍以降は送迎時にゆっくり話すこともできなくなり、新しい形のコミュニケーションを実現する必要が出てきました。こうした背景が、連絡帳アプリを企画するきっかけになりました」
2022年4月にリリースしたmierun。その大きな特長は、日々のやりとりを“見える化”することで保育士と保護者のコミュニケーションを円滑なものとして相互理解を深める点だ。急な欠席や遅刻などの連絡のほか、毎日の連絡事項の記入を効率化するさまざまな工夫がシステムデザインやUI(ユーザーインタフェース)の側面からも凝らされている。
河本と共に開発を担当するプラットフォームサービス本部の廣瀬賢太郎は「保育士の負担を軽減するための使い勝手は徹底的に研究しました」と語る。何度も保育現場に足を運び、実際業務の細部まで注意深く観察してアプリを作り込んでいった。
「フィールドワークの当初は、各業務に要する時間をストップウォッチで計測し、業務量の可視化から取り組みました。子どもたちを公園に連れていく道中の見守りのような負担の見えにくい業務もあります。これらも含めて、あらゆる業務を洗い出しました。その上で、ICT活用によって軽減すべき負担は連絡帳の記入と判断し、プロトタイプを作成しました。実証実験では大幅な時間短縮につながることも分かりました」と廣瀬は説明する。
例えば、食事内容を書き込む欄を「献立表通り」というデフォルト設定にしただけでも数分の短縮になる。献立表はアプリ内で簡単にチェックすることができ、変更や連絡事項があったときだけ個別に書き込めるようになっている。
保護者側の入力方法にも工夫を凝らし、短時間で記入できるよう選択式に。そして、入力項目に表示する選択肢も厳選した。重視したのは、子どもを抱いたまま、ちょっとした台所仕事をしながらなど、慌ただしい育児環境下でも「片手で」「選択画面のボタンを押すだけ」で入力できる点だ。要望の多かった「入力途中で中断しても自動保存され、後から続きを入力できる機能」も盛り込んだ。まとまった時間を確保することが難しく、突発的にスマホから目を離す場面も多い育児において、この機能は有用だ。
実は廣瀬自身が、今まさに保育園に通うわが子を育児中だ。1年間の育児休業を取得した経験もあり、さらには保育士資格も有している。彼自身の経験や背景も開発に寄与する部分は大きいだろう。「子育て中の親たちから見ると必要と思う機能ばかりです。開発メンバーには私も含めて子育て中の者もいて、当事者目線での意見交換を行っています。育児未経験のメンバーともニュースや話題を日々共有し、チーム全体で課題を捉えています」と語る。
実は、すでに多数の連絡帳アプリが存在している。その意味でmierunは後発だ。だが、短い期間でアップデート可能なアジャイル(小規模な実装とテストを繰り返し短期間で開発を進める手法)環境を整備し、高い技術力ときめ細かな対応でほかにはない強みを発揮する。
「既存のアプリユーザーにヒアリングを実施したところ、保育士が『カレンダー機能が欲しい』と要望しても1年以上改善されない例がありました。これに対し、迅速な改善が可能なmierunはカレンダー機能の拡充も他の機能の開発と並行で調整し、2週間で対応しました」と廣瀬。最近では、園ブログへのリンク機能を付与し、mierunアプリから簡単に園の情報を共有できるようにした。このほか、アンケートの外部リンク挿入や自動翻訳システムによる多言語対応(対応言語は100カ国語以上)、保育士間のメモの共有機能といった改善要求にも対応している。
保育士の悩みの種は、保護者とのやりとりばかりに限らない。保護者からは見えにくい業務の1つに、園外の組織に提出する書類の作成がある。管轄自治体や法人本部といった組織への書類作成・提出はそれだけで膨大な作業量だ。組織間のやりとりを可視化できれば、効率化と現場負担の軽減につながる。加えて、「新型コロナウイルス対応においても連絡帳アプリのニーズは増している」と河本は話す。例えば、陽性者が出た際にクラス閉鎖を周知するための連絡経路の確保やスピード感などは大きな課題となっている。アプリがなければ、クラスの各家庭に電話して伝える必要がある。これらを軽減できる点は大きなメリットだ。さらに、緊急連絡をアプリで一斉送信できるといっても、仮に保護者が連絡内容を確認できなければ園児が登園する可能性がある。その対策として必ず保育士が1人出勤して備える例もあったという。そこでmierunでは、連絡事項が全ての保護者に読まれたかどうかが分かる機能も備えた。
「保育に関わるそれぞれの主体の動きや事柄を見える化することで、より良い循環を実現します。そんな思いを込めて、『みえるとわかる。わかるとかわる。』というキャッチコピーを作りました」と河本。廣瀬も「見えることが目的ではありません。その先にある行動変容を目指したサービスです」と言葉を重ねる。
細かな気遣いの全ては、保育士の負担軽減というメインテーマに基づいている。「開発のコンセプトは『保育士が薦めたくなる連絡帳アプリ』」、と廣瀬が話すように、保育士の負担軽減を第一の目的として保育士目線を重視したおかげで、保育士たちからの評判は上々だ。
廣瀬はプロジェクト開始当時から、「ベテラン保育士さんも親しみが持てるアプリ」を意識していたと強調する。連絡帳のデジタル化には、ベテラン保育士ほど「手書きのぬくもりを大切にしたい」との意見も多かったからだ。また、デジタルに疎く、アプリ利用に積極的になれないといった声も少なくなかった。
開発チームは、何度も現場に足を運んでヒアリングを行い、デジタルに不慣れなベテラン保育士の意見も取り入れながら細部を作り込んだ。近年見られる「モダンなUI」と呼ばれるデザインを確認してもらいながら「これはどうですか? 使えそうですか?」と問いかけ、不安や抵抗が見られる場合には、あえてモダンなUIを利用しないカスタマイズなども行った。
さらに「この辺が少し分かりにくい……」と要望された部分の改善を重ねる中で「これならできる!」との声をもらう場面が増えてきた。これらを踏まえ、実際に操作にかかる時間を計測。改善前後を比較すると2~3分ほど操作時間が短くなると分かり、こうした過程を丁寧に積み重ねた。
「保育士さんの中には『子どもたちのために手作りしてあげたい』『できる限りのことをしたい』と、優しさゆえに深夜や休日の自宅作業までしてしまう方々もいらっしゃいます。しかし、休憩もなしに頑張り続けるのは難しい。保育士の離職率の高さには、こうした背景もあると感じています。このような保育士さんたちの思いを真摯に受け止めた上で、保育士という仕事の持続可能性を高めていきたい。ですから、ひとくくりに『デジタル化したら便利です』と押し付けるのではなく、保育士さんと私たちの足並みをそろえて進めていくことが大切だと考えています」(廣瀬)
mierunは、今後ChiReaff Spaceとの連携を視野に入れている。園内の業務管理にフォーカスした同システムと組み合わせることで、見える化をよりスムーズに実現し、より深く課題解決に貢献していきたいからだ。さらなる将来像について河本は、「例えば、保育園は自治体との関わりが大きい事業。このため保護者は保育園と自治体それぞれに書類提出を行う必要があります。こうした負担軽減に向けて自治体にも働きかけていければ」と話し、こう続ける。
「社内には、教育や医療を専門とするスペシャリスト集団もいます。横展開での連携によってさらなる適用領域も見えてくるはず。さらに、近年注目を集めている発達に関わる取り組みも一層推進できればと考えています。今後、一人ひとりの子どもの個性を尊重した教育がますます重要になると予測されます。こうした中で、私たちの連絡帳アプリを通して園児の発達の様子を共有することが子どもの個性の尊重につながればと願っています」
一方、廣瀬は、保護者としての立場も踏まえて期待と今後に向けた思いを語る。
「子どもが小さいと予防接種や出生時記録などの医療情報を記入することが何度もあります。これらがアプリと連動する仕組みを構築していきたいですね。将来はmierunが電子母子手帳になることが理想です。そうなれば、より広範な方々の課題解決に向けて利用可能なサービスになるはずです。また、私自身の使命は、『誰もが子どもを持ちやすい、持続可能な社会を実現する』ことだと考えています。子育て支援サービスの充実に向けたシステム開発などを通じて、保育士・保護者双方の負担を軽減し、保育園に預けやすい環境の整備に貢献することは、その実現に向けた方法の1つです。中長期的には、教育全般に資する取り組みにも挑戦していきたい。少子化は世界規模の社会課題です。いわば世界最先端の少子高齢化国家である日本から、mierunを起点とした取り組みを通し社会課題の解決に貢献していきたいと考えています」
現代の日本では核家族化が進み、かつ、子育て世帯の多くは共働き世帯だ。育児にあてられる各種リソースも少なく、育児のハードルは多く、高い。「子どもを産み、育てやすい社会」の実現に向けた社会課題は山積しているが、当事者意識を持って課題解決に向き合う河本、廣瀬をはじめとするmierun開発メンバーの挑戦は、子どもを持つ、また、持ちたいと思う人々にとって新たな光となり得るだろう。進化し続けるmierunの今後に期待したい。
渓谷の豊かな自然に囲まれる山中温泉(石川県加賀市)。松尾芭蕉をはじめ多くの文人に愛されたというこの地に、約450年前から伝えられるのが山中漆器だ。県内の漆器産地として「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」に並ぶ「木地(きじ)の山中」と称され、日本有数の漆器産地として知られる。木製の「伝統漆器」だけでなく、樹脂を用いた「近代漆器」の生産も盛んとあって生産量は全国屈指の産地の1つだ。しかし、食器の選択肢や購入場所も多様化する現代において、生産量はここ数年で減少傾向にある。
「地方創生」が社会的にも広く意識され始めた2018年、山中漆器の新たな一手を見出したのは地銀である北國銀行だった。山中漆器連合協同組合理事長(当時は専務理事)の竹中俊介氏はこう振り返る。
「2016年頃に北國銀行と取引のある漆器屋を集めて、今抱えている課題を話し合う勉強会が開かれました。当初、『お金を貸してもらう以外に銀行にお願いすることはないだろう』と考えていましたが、勉強会を重ねるうちに産地全体に共通する課題が浮き彫りになりました。伝統漆器においては、木地、下地、塗装、蒔絵などの複数工程を経て完成しますが、これらは一人の職人がすべて行うのではなく、各工程の職人が手掛けています。そのため、漆器屋が商品発注をしてから作業進捗を知るためには、職人一人ひとりに電話やFAXで問い合わせる必要がありました。高齢でスマホも持っていない職人の方もいますから、なかなか回答をもらえないことは日常茶飯事。北國銀行から『それなら生産工程をクラウドシステムで管理しましょう』と提案がありました」
北國銀行は山中漆器のサプライチェーン全体で変革を起こすことが、地方創生の第一歩になると考えた。そこで同行のメインシステムを担当するBIPROGY(当時日本ユニシス)からの協働提案もあり、山中漆器の産地支援に動き出すことになったという。
北國銀行のICTコンサルティングチームとBIPROGYのメンバーがチームとなって産地に直接出向き、受発注の手段や労働時間、作業待ちの商品の滞留状況のヒアリングを実施した。BIPROGYの臼木裕明は取り組み当初の思いを話す。
「生産工程のクラウドシステム化以外にも私たちが力になれる点があると考え、漆器屋の方や職人さん達に現場の課題感なども伺いました。初めは『なぜ東京のIT企業の方がここへ?』と不思議に思われていたようですが、会話を重ね、何度も足を運ぶことで、現在の状況や背景を詳細に答えていただけるようになりました。『お客さまの課題を発見し、その解決に向けて挑戦していく』という、企業としての使命感に端を発しましたが、産地の方々と関係性を深めるうちに個人的にもプロジェクトに対する熱い思いが芽生えていきました」
ヒアリングを通じて、工程ごとに職人が変わるため作業進捗が分かりにくい点や、受発注業務のアナログな運用によって生まれるタイムロス、職人の高齢化や後継者不足などの課題が明らかになっていった。課題解決に向けて地域一体となって取り組みを進めるべく、まずは「一般社団法人山中漆器コンソーシアム」を起ち上げ、代表に竹中氏が就任した。DX推進の原資として総務省の補助金獲得にも成功し、工程管理クラウドシステムの導入など改革は一気に加速した。
「コンソーシアム起ち上げまでは、どのようなクラウドサービスが構築されるのか、使ってくれる人がどの程度いるのか、予想がつきませんでした。高齢の職人さんも多いですし、当時は『本当に必要なのか?』との意見もありました。そんな状況下でも、臼木さんは補助金を獲得できそうな国の施策を調べ、実現可能性を模索し、総務省でプレゼンする際にも全面的にサポートしてくださいました。『補助金を取ったからには絶対に実現しなくては!』と、産地の先頭に立つ私自身の覚悟も決まりました」(竹中氏)
システム運用にあたっては、13の漆器屋などに加え、職人約40人の運用という小規模な形でスタートしたが、工程の見える化や受発注業務の一元化、請求支払い業務の効率化が徐々に成果となって表れた。生産工程におけるサプライチェーン間の受発注業務や工程管理業務、請求支払業務などがアナログな手作業からシステム化された。懐疑的だった声は、「本業に注力できて生産性が上がる」「新しいことを考える時間に充てられる」などの声に変わったと竹中氏は話す。「まずはシステムに抵抗の少ない漆器屋や職人の方に運用を開始してもらいました。経理作業だけでも『それまでに比べて約50%近く作業工程が削減できた』という声もあり、目覚ましい効果が表れました。今では職人さんの方から、システムを導入していない漆器屋に導入を促す声も出ていると伺っています」と臼木は成果を語る。
山中温泉は日本最大級の漆器産地だ。しかし、「同じ石川県の輪島に比べて全国的な知名度はいまひとつ。長年、漆器産地として山中が広く認知されていないことに危機感を覚えていた」と竹中氏。こう続ける。
「私が経営する株式会社竹中は2012年頃から海外市場との取引を意欲的に行っています。その頃から直面しているのは『良い商品でもブランドがなければ勝負にならない』という現実。このままでは世界各国の数あるメーカーが競争相手となり、商品だけを見比べられ、価格競争にも飲み込まれてしまう。山中という産地で、一つひとつ丁寧に作られている背景を『ブランド』として伝えなければ、山中漆器に成長はないと痛感しました。また、2015年頃には海外のYouTuberが山中漆器を紹介したことをきっかけに、カナダでの売り上げが倍になったことがありました。広告とは違うSNSの爆発力に驚くと同時に、将来を見据える上で伝統産業もDXを避けては通れないと感じた瞬間でした」
2019年、山中漆器連合協同組合の理事長に就任したことをきっかけに、竹中氏はブランドづくりに着手した。しかし、山中漆器は実に幅広い。人間国宝が手掛ける伝統漆器から、量販店などで販売される近代漆器まで種類はさまざまだ。
「産地としてブランディングをしようにも、山中漆器をひとくくりに表現することは難題だった」と竹中氏は話す。親交を深めていた臼木に胸中を話すと、山中漆器に携わる中で「ブランディングは不可欠」と考えていた臼木は、すぐさまブランドコンサルティング会社に協力を求めた。BIPROGYはブランド全体のコーディネート役として、引き続き山中漆器産地を支援することになった。
臼木は原資を獲得するため、地域活性化に向けて各種支援策を打ち出す各省庁をはじめ石川県、加賀市との調整役を担った。国が掲げる「地方創生」に山中漆器のブランドをどうアジャストさせるのか――。これにはBIPROGYが長野県や熊本県合志市などで培った持続可能なまちづくりとイノベーションの実現を目指すための知見が大いに生かされた。こうして経済産業省の伝統的工芸品産業支援補助金などをベースに、山中漆器のブランド化に向けた5カ年計画が動き出した。
「まずはB to Bのみに集約していたビジネスモデルをB to Cに拡大することを目指し、『プロダクト』『サービス』『コミュニケーション』の3つを柱にブランドづくりを展開することを提案しました。まず、『プロダクト』として山中漆器という質の高い商品を作る。素晴らしい商品があってもお客さまが来なくては意味がありませんから、『サービス』としてWebサイトやオンラインストアを持つ。そして『コミュニケーション』としてターゲット層にSNSでアプローチを継続する。この3つの柱が絡み合うことで、成果が生まれると考えました」と臼木。
ブランドづくりは海外進出を視野にスタートしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、まずは国内に目を向けることに。伝統漆器と近代漆器それぞれの購買層を詳細に分析し、国内の消費者の中でも、これまでリーチできていなかった30~40代のミレニアル世代をターゲット層に設定した。2019年にビジュアルやユーザビリティを意識した山中漆器連合協同組合Webサイトを新たに立ち上げ、2020年には同組合のInstagramを、2021年にはオンラインストアを開設した。「これまでと大きく異なるのは、消費者との『接点』の作り方」と話し、臼木はこう続ける。
「百貨店や量販店で山中漆器を直接見て購入する中高年層の消費者とは異なり、ミレニアル世代の購買意欲はInstagramに依るケースが多い。組合のInstagramは、その世代の行動に響くように、キャッチコピーや紹介する文章の書き方、写真の撮り方まで、専門の方にコーチングをしていただきながら投稿をしています。来年以降は組合の中だけでInstagramを運用していけるよう、今は勉強会を開催してもらっている所です」
竹中氏によれば、ここ数年で消費者が小売店を挟まずにメーカーから直接商品を購入する流通(D2C)への変化が起こり始めているという。Instagramやオンラインストアなど、時代の流れに即応する組合の施策を目の当たりにし、産地の中でも意識の変化が起こっていった。数年前まではブランディングに関心を持とうとしなかった人達も多かったが、「自分の店でブランディングをするには何から始める?」「SNSはどうする?」と積極的な姿勢が見られるようになり、ブランディングの重要性はいつしか共通認識に。産地内の変化を肌で感じながら、竹中氏はさらなる意欲をこう語る。
「ブランドづくりは今年で3年目。BIPROGYさんやブランドコンサルティング会社の助けを借りて、組合のWebサイトやオンラインストア、Instagramをようやく揃えることができました。さらに、バラエティに富む山中漆器を表現するロゴも完成しました。山登りに例えれば、万全の装備でこれから山に登ろうという段階です。今後は個社ごとではなく産地全体でエッジの効いた商品や山中漆器らしさを伝える“値引きしない商品”の開発も進めながら、デジタルマーケティングを実践することで結果を求めていきます」
山中漆器の攻勢は止まらない。リアルな商談が叶わなかったコロナ禍では、山中漆器のデジタル展示会という新たな試みにもチャレンジし、現在はリアルとオンラインの両方を活用するB to Bチャネルが確立している。臼木は「BIPROGY のコネクションでB to B の接点を増やしながら、B to Cにおいてもリアルとオンラインの両方でチャネルを切り拓きたい」と今後の抱負を語る。
「山中は温泉地でもあるので、山中漆器に温泉や観光を掛け合わせ、消費者とリアルな接点を新たに作っていきたいです。また、今年の9月にエムアイカードとのコラボレーション展開を、そして12月には組合WebサイトにVRコンテンツを搭載すべく動き出しています。『漆器はこんな風に普段使いができるんだ』と体感してもらえるよう、高精度VR(3Dインテリアデザイン・クラウドサービスCOOHOM)を使って、テーブルの上に漆器が並ぶ様子を目の前に映し出します。一軒家、タワマンといった住宅のスタイルが選択できる、あるいは、リビングの背景も変えられる仕様にするなど、ゲーム感覚で楽しめる仕掛けも併せて準備をしています。竹中さんとは『Webサイトに来てくれる消費者にワクワクしてもらえたら良いよね』と話しています」
伝統工芸×VRという目新しい取り組みにも意欲的な竹中氏。その理由をこう語る。
「伝統工芸は『承継』と『創新』。次の時代に向けて『承継』していくためには『創新』が不可欠です。私たちが代々受け継いできた伝統産業を、先行きが細々とした産業として後世に引き渡すわけにはいきません。そのために、リアルでもオンラインでも、組合が先頭に立って積極的に山中漆器の魅力を発信し続ける必要があります。産地の目標は、デジタル化とブランディングの相乗効果による年間売り上げ100億円の達成。安定的な利益が生まれれば、この地に根付く人が増えますし、外から山中漆器を学びたい人も来てくれて、文化がより豊かになる。山中が目指すのは、伝統漆器と近代漆器の知見が集積する『漆器のシリコンバレー』。次の世代のためにも、山中漆器という伝統産業を成長産業へと発展させたいのです」
日本最大級の漆器産地・山中。その未来図は「漆器のシリコンバレー」だ。竹中氏は「山中は山に囲まれているからまさしく“バレー”なんだよ」と冗談めかして笑うが、内なる思いは至って真剣。国内のみならず「世界の山中漆器」として認知される日が楽しみだ。
1997年に設立されたユニアデックスは今年、設立25周年を迎えた。売上高は約1300億円にまで成長し、BIPROGYグループの全従業員(8000人程度)の中でも同社は約2500人を占め、強い存在感を放っている。そのサービス拠点としては、パートナー企業を含めて106カ所で全国をカバーする体制を構築し、海外視点で捉えた際にはアジアを中心に6社の関係企業がある(2022年9月現在)。
「今後、BIPROGYグループの海外展開は本格化するでしょう。私たちも一緒になって、グローバルビジネスに注力していきたい」とユニアデックス社長の田中建は考えを述べる。
田中は2022年4月に現職に就いたばかり。それまでは日本ユニシス執行役員デジタルアクセラレーション戦略本部長として、グループ全体におけるDX推進のリーダー役も担った。日本ユニシスからBIPROGYへの社名変更と同じタイミングで、中核グループ企業の社長に就任した形になる。
陣頭指揮を執るユニアデックスのビジネスエリアは広い。そこにはシステムの設計・構築サービスから保守運用、アウトソーシング、さらには次世代のビジネス提案までが含まれる。とりわけICTインフラ分野に強みを持ち、顧客要望の実現に向けて周辺領域でもケイパビリティを拡充し続けてきた。グループ間の連携はこれまでも緊密に図られてきたが、田中はこうしたリレーションをさらに強化したいと考えている。
「当社が直接取引するお客さまは3600社。そのうちBIPROGY経由のお客さまは約1000社です。そして、BIPROGYと当社の共通のお客さまは約700社。共通のお客さまとのお付き合いをさらにひろげるとともに、より深いグループ間の情報共有や連携を実現していきたい。そんな方向性を目指しています」(田中)
近年、企業が抱える課題は多様化している。例えば、新事業の創出や人材不足、ICT環境の複雑化への対応、運用コストの削減、SDGsへの適応などだ。そして、パートナーとの共創に注力したいと考える企業もあれば、「2025年の崖」問題を喫緊に解決したい企業など、その様相もさまざまだ。
現状を踏まえ、「お客さま課題に対して、当社はITアウトソーシングとソリューションという両軸を中心に、各種サービスを組み合わせて解決策を提示しています。具体的には、ITアウトソーシングでは『アセスメント』と『運用管理、保守』。ソリューションの面では『マルチクラウド、ネットワーク、セキュリティー』に注力しています」と田中は語り、サービス提供を行う上で同社が持つ強みについてこう続ける。
「約3600社に上るお客さまとのつながり、約260社の協力パートナーの存在に加えて、エンジニアの力があります。当社には約1600人のエンジニアがおり、各種の認定資格取得数は延べ約9000以上。その強みを言葉として表現すれば、『進化する技術力』と『完遂する人間力』であると考えています」
強みを維持・強化しつつ顧客企業に選ばれ続けるため、ユニアデックスは顧客の伴走支援などを強化する「カスタマーサクセス活動」を推進している。そのポイントを田中は次のように説明する。
「お客さまと当社、それぞれの観点で6つのポイントを整理しました。例えば、お客さまからは『ふところの奥行きが深い! 的確な解決策がすぐに出てくる』と思われたい。そのために、私たちは『ベストプラクティスを取り揃え、ブラッシュアップを常態化する必要がある』といった整理の仕方です」
ユニアデックスの活動の根底には、BIPROGYが掲げる「Foresight in sight」と近い考えがあるという。「お客さまのビジネスに寄り添い、思いをいち早く感じ取って何らかの提案につなげる。あるいは、ビジネスにつながるアイデアを提起する。そんな取り組みを通じ、お客さまから信頼される相談相手となりたいのです」と田中は強調する。カスタマーサクセスの最大化に向け、同社はソリューションの拡充を進めている。代表的な2つの成功例を以下で紹介しよう。
1つ目が、クラウドセキュリティーサービス「CloudPas」。マルチクラウド環境においてシングルサインオンなどの利便性とセキュリティーを両立させるソリューションだ。導入先である投資信託委託業・投資顧問業のレオス・キャピタルワークスは、クラウド認証基盤サービス「Okta」とクラウド・コンテンツ・マネジメント・プラットフォーム「Box」などを組み合わせ、CloudPasの枠組みをベースにマルチクラウド環境におけるセキュアな情報共有を実現し、快適なリモートワーク環境を整備している。「OktaとBoxを組み合わせた導入事例では、当社は多くの実績があります。経験を生かし、レオス・キャピタルワークス様にご提案しました。その結果、短期での導入に成功し、お客さまからも高い評価を受けています」と補足する。
そして、2つ目が、クラウド型ネットワークサービス「Wrap」だ。既存デバイスにソフトウェアを追加することで、企業ネットワークへのセキュアな接続が可能になる。これもスピード導入が可能なソリューションだ。
「SIM機能をソフトウェアで実現し、プライベートLTEによる通信を可能にします。VPNは不要です。PCなどのデバイスを、スマホのようにネットワーク接続することができます」と田中は説明する。実事例の1つが、通信販売事業を主軸とするジャパネットホールディングスだ。同社コールセンターには日々3万件もの注文が入る。対応する多くのコミュニケーターがコールセンターで席を並べるが、パンデミックの中で「3密」状況を見直す必要に迫られた。
「課題解決のため、ジャパネットホールディングス様はコロナ禍で空き部屋の増えたホテルに相談したそうです。そして、ホテルの部屋を借りてコミュニケーターの職場としました。課題になったのがセキュリティー。個人情報を含む情報をセキュアに管理しつつ、従来と変わらない業務環境をできるだけ短期で構築する必要がありました。そこで、ジャパネット様が選んだのがWrapでした」と当時の状況を説明する。結果として1週間あまりで大規模かつセキュアなネットワーク構築を完了し、「ホテル受注」環境が本格稼働し始めたという。
ユニアデックスはDXにも注力している。さまざまな取り組みがある中で、本稿では社会課題解決、国の科学技術研究への貢献、企業とのDX共創の分野における取り組みについて、事例を紹介したい。
まず、社会課題解決については、廃棄物処理やリサイクル分野のDX推進を目指し、専門的な知見を持つパートナーと共同で「資源循環システムズ」という新会社を設立したことが挙げられる。その他、リアルタイムの下水監視に関する実証実験などにも取り組んでいる。
次に、科学技術研究への貢献については、今年5月にユニアデックスの研究者が他の研究者とともに、文部科学大臣表彰として科学技術賞を受賞した。日本の科学技術学術情報を構造化情報として世界に発信するresearchmapの提供に関する研究が評価された。
そして、企業とのDX共創については、IoTデバイスを用いた実証実験などに加え、2020年1月に開設した「ACT+BASE@丸の内」が注目されている。田中は、「DX共創スペースであるACT+BASEには多様なIoTデバイスが備えられています。このため多様な方々が集まり、共同実験を行うことも可能です。また、異業種の皆さん同士での議論やワークショップを実施する場でもあります。『やってみたいこと』を『やってみる』、アイデアをアクションにトランスフォームする、多様な知がつながり創造へと変化していく。そんな場がACT+BASEです」と解説する。オープンから約2年を経た現在、顧客企業をはじめ、幅広い業種の企業に活用されている。つながりの中から、新たなDXが生まれてくるはずだ。
「同じ未来を想うことから。」をコーポレートメッセージに掲げるユニアデックス。その思いを田中は「お客さまに寄り添い、思いをいち早く感じ取って提案する。そして、一緒になって新たな価値づくりに取り組む。私たちはそんな存在でありたい」と語る。同社はこれからも顧客企業と「同じ未来」をイメージしつつ、グループシナジーをさらに高めてカスタマーサクセスに伴走したいと考えている。
BIPROGY FORUM 2022の2日目は、NSV Wolf Capitalのマネージング・パートナーである校條浩氏による基調講演が実施された。NSV Wolf Capitalは、シリコンバレーを中心とした最先端のベンチャーキャピタル(以下、VC)への分散出資やベンチャー企業への協調投資を行うハイブリッドVCファンドの運営を担っている。校條氏は、それらの知見を基に日本企業の改革・新事業創造も広く支援している。
冒頭、校條氏は過去30年間の日本と米国の違いに言及した。米国ではGAFAM(Google、Amazon、Facebook〔現Meta〕、Apple、Microsoft)に象徴されるようにベンチャー企業から大企業が生まれ、さらに大企業がVCとしてAirbnbやSlack、Uberといった後発のベンチャー企業に投資していく。このエコシステムに新ビジネス立ち上げのヒントがあるという。「事業創造のS字カーブには、VCステージでは主にシードからアーリーの時期に当たる『育成期』とグロースからレイトの時期に当たる『成長期』があります。育成期と成長期では、企業成長の様相がかなり違う点を理解することが重要です」と校條氏。育成期では数多くのビジネスが立ち上がるが、そのほとんどは失敗する。成功するのはごくわずかだ。そのごくわずかが力をつけて成長期へと進む。
日本では、戦後の高度成長の波に乗って事業拡大を続けてきた企業も多い。大量生産・大量消費を前提に、見据えられた目標を達成することで成長期が続いてきた。このためほとんどの日本企業が育成期を経験してきていない。しかし、シリコンバレーでは育成期に多種多様な事業展開を行う膨大なベンチャー企業が存在し、1000以上あるマイクロVCが小規模な投資を行っている。老舗VCは、そこから突き抜けてきた企業に対してさらに大きな投資を実施してグロースへと発展させ、ユニコーン企業が誕生する。
校條氏は「育成期の米国企業を見ていると、日本企業が得意とする帰納法的な思考ではなく、演繹法で経営されていることが分かります」と語る。スタートアップは演繹法アプローチから始まり、やがて帰納法へと移行し成長していくケースが多いという。帰納法的なアプローチとは、市場調査を行ったのち事業スペックを設定し、開発、市場展開するサイクルである。レイトステージにある企業に多く見られるアプローチだ。この帰納法では決まったことをミスなく遂行する正確さが肝になる。一方、演繹法アプローチはシード、アーリーステージに多く見られる。仮説を立て、検証し、反応を見ながら仮説をさらに最適なものへと変化させ続けることが求められる方法だ。いわば仮説検証のサイクルで経営が行われている。
未踏領域を切り開き、新しいビジネスを創造するには演繹法の発想が必要だ。だが、ベンチャー起業家が抱いたビジネスアイデアは必ずしも正しいとは限らない。加えて、その仮説が的を射たものであるか否かは事業の立ち上げよりも先に証明することはできない。まずは事業を立ち上げ、仮説の検証を繰り返して学習・経験を蓄積しながら潜在ニーズを掘り起こしていく営みが求められる。「シリコンバレーのVCの資金の動き自体も演繹法。仮説検証しながら資金を回しているのです。投資活動がうまくいけば帰納法に移行しますが、初めから帰納法で臨んでいては新しいことはできません」と校條氏は語る。革新的なビジネス誕生のカギは、発想の転換にありそうだ。
しかし、ほとんどレイトステージの経験しかない日本企業の経営者にとって、演繹法は未知の世界だ。ロジックや意思決定、失敗の捉え方、ナレッジ、権限、人材などの各分野で求められるものがまったく異なる。例えば、帰納法では組織に意思決定権限などがあるが、演繹法では個人に帰属するという。日本企業の経営者はどう臨めばよいのだろうか。
「大事なことはこれまでの帰納法経営と、今求められている演繹法経営を混ぜない点です」と校條氏は提案する。CxOなど今のリーダーは帰納法の中で経営に力を注いできた。少なからず、そこには成功体験がある。この点が障壁にもなり得るという。「自分がやってきたことがすべてではなく、まず演繹法経営という異質の世界があると認めること」と、新たなビジネス領域を目指す上でのスタートラインを示す。
さらに、第一歩として「既存組織の外に演繹法の組織をつくり、その経営は自社の中で探し出した演繹法人材に任せてみましょう」と説く。演繹法人材は年齢を問わない、先輩社員の経験の伝承は不要、帰納法を前提としてきた人事部管轄からも解放する、といった条件も付け加えた。
そして、「社内のイノベーターやアーリーアダプターといった人材を演繹法組織に参加させ、スタートしたら外部人材の登用も考えていくべき」と指摘する。演繹法経営で重要になるのが人材育成だ。しかし、日本企業は「正解」のある環境下で人材育成を行ってきた例が多く、試行錯誤が苦手な人材も少なくはない。カギとなる人材育成にあたっては、「メタ知識」と「筋トレ」が重要だという。
メタとは“高次の”を意味する言葉だ。つまり、メタ知識とは、多種多様な具体的事象から共通する背景やテーマ、トピックスを統合し、高い視座から全体を俯瞰することが可能な体系知として昇華するというコンセプトを指す。そして、メタ知識を高め、共鳴する能力を向上させるために必要な訓練を、校條氏は「筋トレ」と表現する。スタートアップ企業のシーズやニーズ、ビジネスモデルを理解する思考のトレーニングを強化することで、演繹法経営に向けた人材育成を図っていくのだ。
「若い人を積極的に登用し、小さな実践や小さな失敗、小さな成功を積み上げさせて大きな成功へとつなげていきます」と校條氏。育成期は演繹法リーダーに任せ、事業が立ち上がったら演繹法リーダーから帰納法リーダーへと、成長に向けてバトンタッチしていく。例えば、CxOのそれぞれの役割を具体的に考えてみよう。CEOは演繹法経営の開始を意思表明し、帰納法組織と分けて実行する。CFOは演繹法活動のリスクを見積もって投資活動を支援し、そしてCMOは演繹法と帰納法の間にある溝を越える際のリーダーとなる。「CDOが演繹法人材を発掘して筋トレを主導し、CIOは帰納法システムを守りながらDXを進め、演繹法活動との連携を図ります。それぞれの適切な役割分担が期待されます」(校條氏)。各CxOの役割をイメージすれば、混乱を招くことなく演繹法経営が実践できるのではないだろうか。
締めくくりとして校條氏は「BIPROGYの社名変更そのものが顧客と一緒に新しいことに取り組もうという演繹法経営を表明したものではないでしょうか」と語り、サン・マイクロシステムズの創業者の一人であるビル・ジョイの「Don’t try to predict the future. Invent it.(未来を予想しようとするな。自分で発明してしまえ。)」という言葉を披露して講演を終えた。
基調講演後、BIPROGYの齊藤昇(代表取締役専務執行役員CMO)も登壇し、校條氏とのパネルディスカッションを行った。齊藤は「世の中の大きな変化の流れを読んで、持続可能な社会実現のために社会的価値を創出することを当社のパーパスとして再定義し、その決意と覚悟と共に社名変更を行いました」とBIPROGY誕生の背景を説明。その上で、「なぜ日本企業は演繹法的思考への筋トレができなかったのでしょうか」と校條氏に問いかけた。
校條氏は、多くの企業がシステムを外部に依存してきたために、ユーザー企業の中にIT人材が育たなかった点を指摘。「昇華させるのは自分たち、という意識が薄かったのだと思います。例えるならば、ユーザー企業の方々は『時間を教えてもらう』ことが多いのですが、そうではなく『時計の見方を覚えなさい』ということです。その意味では、外部が筋トレをさせなかったとも言えるかもしれません」と語る。
昇華させるためにも、投資活動などから得たスタートアップ情報を自社でどのように利用できるか筋トレを通して考えるという視点は重要だ。1つのスタートアップだけではなく、多様なスタートアップを学ぶ中で見えてくるものもある。実際にBIPROGYもさまざまな形でスタートアップへの投資を行い、知見を深めている。この観点から、齊藤はシリコンバレーのシード情報やイノベーション事例を共有して議論する「Morning Challenge」の取り組みを紹介。Morning Challengeは毎月実施され、BIPROGYにおける筋トレとして浸透し始めている。校條氏は「良い取り組みですね。重要なのはマインドセット。本人だけでなくCxOの人たちが変化し、チャレンジできる環境を整えるべきでしょう」と笑顔を見せた。
現在、大企業とスタートアップとのネットワーキング、エコシステム拡大と連携促進は産業界を挙げてのムーブメントになっている。経団連のスタートアップ委員会企画部会の部会長も務める齊藤は、校條氏の言葉を受け、「こうした取り組みには、コミュニティが重要。当社のユーザー会である『BIPROGY研究会』では、ビジネスで培われたノウハウや情報資産等を業界・企業の枠組みを越えて会員同士で活用し合い、研究活動、論文活動を行っています。まさにコミュニティでの筋トレの場になっています」と続けた。
ディスカッションの最後、校條氏は個々がキャリアをつくり上げるシリコンバレーと、日本との違いを指摘しながら「今回の講演でどういう議論が生まれるかが楽しみです。最先端の情報に触れている御社や私たちでユーザー企業やパートナーの筋トレをお手伝いできるはずです」と意欲を見せ、講演を締めくくった。
葛谷1988年にクレアンを創業した薗田さんは、CSRやESG、SDGsなどの視点からさまざまな企業・自治体をサポートしてこられました。2015年からはBIPROGYの社外取締役として、アドバイスや提言をいただいています。
薗田事業を立ち上げた当初は、どの企業においても「環境対策=コスト」という意識が強く、経営者のマインドが変わるまでにはかなり時間を要しました。しかし、今では投資家の多くがESGを意識していますし、サステナビリティ経営を掲げる企業も増えています。
葛谷私自身も10年前を振り返ると、環境や社会への視点は不十分でした。近年は多くの企業の姿勢が変わりつつあると思っていたのですが、実態は必ずしもそうではないようです。例えば、2021年のある調査によると「SDGsに積極的」という企業は約40%ですが、一方で「SDGsに取り組んでいない」という企業が50%超という状況です。過半数の企業がSDGsに取り組んでいない現状は、私にとってショッキングなものでした。
薗田ビジネス分野では推進が遅いのですが、今では、SDGsは教育指導要領にも入っていますし、若い世代の意識も高い。彼ら彼女らはSDGsを「自分たちの未来の問題」と捉えています。先ほどの過半数の企業の意識がこれからも変わらないとすれば、若者たちはそのような企業を就職や商品購入の選択肢に入れなくなるでしょう。
葛谷確かに、私の周辺を見てもZ世代のSDGsへの意識は高いです。ただ、社内の課題意識が必ずしも高いとはいえない現状もあります。そこで、マインドを全社的に底上げするため、各拠点で対話活動に力を入れている段階です。改めて、企業にサステナビリティ経営が求められる理由、背景などを説明していただけないでしょうか。
薗田2022年は、世界的なシンクタンクであるローマクラブが「成長の限界」(1972年)を発表して50年の節目を迎えます。経済成長や環境破壊がこのまま続けば、地球はそれを支えられなくなると、警鐘を鳴らしたレポートです。当時は多くの批判や反発がありました。「地球は有限」という発想そのものが、受け入れ難かったのです。半世紀を経て、こうした発想は一般化しつつあります。科学的な知見や分析も深まっています。例えば、スウェーデンの環境学者であるヨハン・ロックストローム氏は「プラネタリー・バウンダリー」の概念を用いて、地球というシステムの限界点を知る必要がある、と述べています。特に限界点が迫っている分野は、生物多様性が失われていく生物圏の完全性の変化や、地球上の自然環境を形づくる多様な循環に影響を与える肥料や農薬などの海洋流出によるリスクを指摘しています。世界経済フォーラムにおいても、今後10年を見据えたグローバルリスクトップ10のうち、深刻な上位3項目として気候変動、異常気象、生物多様性の喪失が挙げられています。
葛谷現在、政治家や経済人を含む社会のリーダーの多くが危機意識を高めていますね。
薗田はい。GAFAをはじめ世界のトップ企業が、すでに何らかの形でSDGsに向けた具体的な動きを始めています。このままでは、事業継続が難しくなるからです。
葛谷2019年に日本を襲った台風15号と19号による被害は甚大なものでした。特に、19号による経済損失は、同年の世界最高額に達したと報じられています。
薗田米国では2005年のハリケーン・カトリーナ以降、企業のSDGsへの意識が大きく高まったとされます。自然災害の例でも分かるように、地球環境は人間のすべての活動の土台。地球環境の上に私たちの社会が存在し、その基盤の上で経済・企業活動が成り立ちます。この3層構造を改めて意識する必要があります。もちろん、企業にとっては足元の業績も、社員への給料の支払いも重要です。しかし、中長期的に捉えれば、地球環境が破綻に向かえば社会や経済の維持は不可能なのです。
葛谷2020年、BIPROGYグループは2050年を見据えた「環境長期ビジョン 2050」を公表しました。お客さまやパートナーとともに社会課題を解決する企業として、社会的な責務を果たし、さらなる成長につなげていきたい。事業活動そのものの環境負荷を減らし、事業活動を通じた環境負荷低減に貢献したいと考えています。
薗田超長期の視点が重要ですね。「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」という国際研究組織によると、日本のSDGs達成度は世界163カ国中19位。特に遅れているのが、ゴール5(ジェンダー平等を実現しよう)、ゴール12(つくる責任、つかう責任)、ゴール13(気候変動に具体的な対策を)、ゴール14(海の豊かさを守ろう)、ゴール15(陸の豊かさも守ろう)です。いずれにしてもやるべきことは多く残されていると感じますね。
葛谷ええ。私たちは企業としてのパーパスも再定義するとともに、「Vision2030」を策定し、その実現に向けた活動に現在進行形で取り組んでいます。2030年の「ありたい姿」を定義し、中期目標を基礎に短期目標を定め、さらに現在の姿とのギャップを認識し目標達成への行動に移しています。これは、現在の延長線に未来を描くのではなく、未来の姿からの逆算によって発想し行動する「バックキャスティング」の考え方です。その実践のため、BIPROGYグループでは「事業成長におけるマテリアリティ(自社にとっての重要課題)」と「事業成長を支える基盤となるマテリアリティ」を明示し、それぞれのテーマについてKPIを設定して具体的な活動を推進しています。
薗田すでに事業で取り組みつつありますが、具体的な事例を紹介していただけますでしょうか。
葛谷レジリエンスとゼロエミッション、リジェネラティブ(再生、回生)という3つの社会インパクトを道しるべに、「働く・暮らし」と「デジタル・セキュリティー」「グリーンエネルギー」「交通モビリティ」「医療・教育」という5つの領域を強化しています。具体的な取り組みの1つ目が、インフラのメンテナンスに用いる「Dr.Bridge」。橋梁やトンネルなどの劣化状況を写真データからAIが診断し、点検作業の効率化や災害防止に効果を発揮しています。
薗田高度成長期に建設されたインフラの劣化は深刻な社会課題です。点検が不十分な状況が続くと大きな事故につながる可能性もあるだけに、人の生命を守るという点からも社会的インパクトの大きな取り組みですね。
葛谷2つ目が、モビリティの領域における持続可能なエネルギー社会の実現に向けた試みです。10年以上前から、「smart oasis」というEV/PHV向けの充電インフラサービスを展開してきました。これにカーシェア関連のサービス群を組み合わせ、モビリティサービスのプラットフォームを構築すべく試行錯誤を重ねています。3つ目の事例が「KIINNOX(キイノクス)」です。パンデミックを受けて輸入木材の不足が顕在化したことは記憶に新しいと思います。日本の国土の3分の2を森林が占めているものの、国内利用される木材の6~7割は輸入材なのです。こうした背景もあり、近年は、不動産業界なども国産木材の活用に注力しています。本プロジェクトでは、森林の価値を高めるとともに、森林に関わる事業者や働き手を豊かにする仕組みづくりを目指しています。地球環境保全や地域経済活性化につながる取り組みです。
薗田木材は燃やさない限りCO2を固定してくれますし、内装や家具などに使えば精神的なリラックス効果もあると思います。環境保全以外のメリットも含め訴求できるといいですね。
葛谷KIINNOXでは、どの程度のCO2を固定したかを示す証書も発行します。取り組みを通じて木材利用への関心を呼び起こしていきたいと考えています。4つ目の事例はソーシャルアクションプラットフォーム「BE+CAUS」です。SDGsに取り組む企業と生活者、社会貢献活動を行うNPOなどをつなげる仕組みです。社会的なテーマに賛同する小売り・メーカーを募り、生活者がキャンペーンにエントリーして対象商品を購入すると、一定額がNPOなどに寄付される仕組みです。テーマはさまざまで海洋プラスチックゴミ問題への対策のほか、こども食堂支援などでも実績があります。
薗田いずれも切実なテーマです。こども食堂については、実際に足を運ぶまでの心理的なハードルの高さが指摘されることがあります。黄色信号のこどもたちにとっても行きやすくするための工夫として、こども食堂で楽しめるコンテンツを制作するといった観点からも、デジタル分野でできることがあるかもしれません。
葛谷最後の事例として、「女性のためのデジタルサードプレイス」を紹介します。これは生きづらさを抱える女性に寄り添い、女性の活躍する社会構造づくりを目指すものです。例えば、日本ではいまだに話題自体がタブー視されがちな「PMS(月経前症候群)」や「更年期障害」などの悩みにおいて、誰かの経験が別の誰かの悩みの解決策になるかもしれないとの発想を起点にした取り組みです。マッチメイクをはじめ、デジタルコミュニティーを通じてさまざまな悩みや困りごとを解決していきます。トライアルは社内有志による活動からスタートしましたが、三井グループ様からも賛同をいただき、企画からPoCへの移行段階を迎えています。今後、フェムテック、フェムケアのプレーヤーとの連携も視野に入れています。
薗田日本におけるジェンダーへの取り組みの遅れは、以前から指摘されてきました。2021年のジェンダーギャップ指数は156カ国中120位(世界経済フォーラム)。特に、政治や経済の分野で活躍する女性が少ない点が課題視されています。最近はダイバーシティ&インクルージョン(D&I)という言葉が広く使われるようになりましたが、多様性を担保するだけでなく、多様な人たちが個性を発揮して活躍できるように「包摂」することが重要です。
※編集部注:世界経済フォーラムは2022年7月13日に「ジェンダーギャップ指数2022」を発表。日本は今回調査対象となった世界146カ国中116位だった。
葛谷BIPROGYグループにおいても、女性管理職比率の向上は大きなテーマです。まずは、社員の男女比を50対50に近づけるべく取り組みを進め、2021年における女性の新入社員の採用比率が51%になりました。今後、5~10年を経て女性管理職比率もかなり高まるのではないかと期待しています。
薗田楽しみですね。女性がいきいきと働ける環境づくりは、社会全体の課題であるとともに、それぞれの企業でなすべきことも多い。BIPROGYグループが他社の参考になるような成功体験を多く生み出すことを、私も期待しています。
葛谷企業のサステナビリティの実現においては、環境や社会のベースに企業は成り立っていることを前提としながらも、並行して経営成績を上げることも大前提となります。しかし、経営成績ばかりにとらわれていては次世代に選ばれない企業となってしまいます。今後、企業のサステナビリティの実現に向けて従業員や顧客、利用者、消費者のマインドセットをそれぞれに高められるよう取り組み、持続可能な企業を目指したいと考えています。
薗田そうですね。そのためにもバックキャスティングの考え方は重要です。未来の「ありたい理想の姿」から逆転の発想転換を行い、今できることから取り組むことが大切です。こうした思考の中で、未来社会のシーズやウォンツも取り込んだ新しいソリューションも生まれるかもしれません。
葛谷SDGsもバックキャスティングによる目標設定です。これが実現できれば、企業経営も変わり、投資家からもいっそう注目される存在になるでしょう。本日の対談を通してあらためて、みなさんと一緒に、サステナブルな未来を実現していきたいと思いました。本日はどうもありがとうございました。
企業のIT部門における課題はさまざまだ。特に近年は経営層から「DX推進」への貢献が求められる一方で、既存のITインフラ拡充や運用管理の効率化といった課題もある。セキュリティー対策の強化も大きなテーマだろう。とりわけITインフラは直接売り上げに貢献しにくい存在だけに、投資判断が難しい側面もある。そこには、新サービス創出などの目に見える成果につながりやすいDXとは別種の苦労がある。
今、ITインフラの課題解決に向けて、「何を優先すべきか」「どこから手をつけようか」と悩むIT部門も多いのではないだろうか。しかも、2020年春頃からのコロナ禍において情報収集や課題検討が滞るというケースも少なくないように見える。
ユニアデックス技術戦略統括部 ITコンサルティングサービス部長の安原浩司はこう話す。
「ITインフラの課題をいかに解決するか――。今弱いところを補強する、あるいは費用対効果の高い分野を優先して投資するなどさまざまな考え方があるでしょう。そのためには、まず現状を把握した上で、目指すゴールを設定する必要があります。現状と目標が明らかになれば、そのギャップを埋める具体策を検討することができます。こうした企業の取り組みを、ユニアデックスとしては強くサポートしたいと考えています」
そこで、ユニアデックスは2021年10月に「ITインフラ成熟度診断」という新サービスを開始。「ネットワークインフラ成熟度診断」「ネットワーク運用成熟度診断」「PC運用成熟度診断」というメニューを用意し、無償の診断サービスを提供するものだ。2022年4月からは「セキュリティー成熟度診断」を提供することで、4つのメニューで企業のITインフラ成熟度に関する診断を開始。規模や業種を問わず、企業全般を対象としたという。同社サービス戦略統括部 ITOサービス戦略部 部長の古舘陽はこう説明する。
「テレワークが長く続く中で、ITインフラを担う方々が外部ベンダーなどと対話する機会が少なくなったのではないかと思います。当社のお客さまからも、『もっと新鮮な情報を吸収したい』『相談相手が欲しい』との声をよく聞きます。そこで、Web会議などのツールを用いて、気軽にITインフラの課題や解決策などを検討するためのサービスが求められているのではないかと考えました。こうして生まれたのが、ITインフラ成熟度診断です」
IT部門にとっての課題の1つは、社内での投資案件の説明だ。ITインフラ投資の中には、費用対効果を数値化しにくいものも少なくない。それでもビジネスにとって必須な投資があり、将来を見据えて先行的に実行すべき投資もある。ユニアデックスによる第三者視点での診断結果は、社内での説明プロセスを円滑化する一助にもなるはずだ。
ITインフラ成熟度診断は前述した4つのメニューについて、レベル1~5の5段階で成熟度を評価する。ユニアデックス技術戦略統括部ITコンサルティングサービス ITコンサルタントの岩崎世行は次のように説明する。
「どこまでできているのかという現状を示すとともに、当社が推奨する目標レベルを提示します。現状と目標のギャップも可視化されるので、どのように目標に近づくかを検討する材料にもなります。一般に、ITインフラの課題解決に取り組む場合、“モグラ叩き式”に目の前の課題に対処する場合も多く、それにより投資効率が低下する事例もあります。こうした事態を避ける上でも、現状と目標、その間のギャップを可視化するアプローチは有効です」
ITインフラ成熟度診断では、各メニューにおいて、30問程度の質問が用意されている。「私たちコンサルティングチームが中心となり、各分野のテクノロジー専門家の意見を聞きつつ、社内横断的に丁寧な議論を重ねて質問をデザインしていきました。これらに答えていただくと、診断結果が自動的かつ迅速に出力されます」と岩崎は続ける。
ITインフラの現状を診断するための手法は、「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」や「COBIT(Control Objectives for Information and related Technology)」などの国際標準をベースに、ユニアデックスの知見やノウハウを加味して新たに開発された。さらに、目標レベルはこうした国際標準に加えて企業規模や業種業態などを踏まえて示されるという。
次の図は診断結果のサンプルである。レーダーチャートの青色が現状結果、黄色が目標、その差分であるギャップが赤色で提示される。ITインフラの課題解決に向けて何をすべきかを検討する上で、このようなビジュアルに訴える資料は有効だろう。
ユニアデックス独自のノウハウの蓄積について、古舘はこう説明する。
「当社は1997年の設立から25年にわたって、さまざまなお客さまのITインフラの構築や運用管理などを担ってきました。ミッションクリティカルな分野、複雑なマルチベンダー環境での経験も豊富です。難易度の高いシステム復旧などを手掛けた実績も多く、いつのころからか、お客さまからは、当社への信頼も込めて『ITインフラの駆け込み寺』と呼ばれるようになりました。例えば、『2時間以内にシステムを復旧しなければ大変なことになる……』といった緊急事態対応経験も少なくありません。こうした各技術分野での知見が今回のサービスにも生かされています」
ユニアデックスは経営戦略として、クラウドサービスなどストック事業の強化も打ち出している。既存のシステム開発事業やシステム運用事業のうち、特に後者は時間軸の長いビジネスだが、さらに長期目線で顧客とのパートナーシップを大事にしていきたいと考えているためだ。この思いを基礎に昨年度、新たに「カスタマーサクセス推進部」も発足させた。
「お客さまの成功に伴走する、最前線に立つのがカスタマーサクセス推進部です。営業やカスタマーエンジニアなど各部門のメンバーが横串で集まり、多様な角度からカスタマーサクセスについて議論を交わした上で、新しい組織を立ち上げました」と古舘。ITインフラ成熟度診断は、こうした取り組みの賜物でもある。
DXの実現は多くの企業にとって、今後のビジネスの成否を左右する。今回のサービス提供は、こうしたカスタマーサクセスに近づくための1つのステップにもなる。冒頭で触れたように、ITインフラ成熟度診断は基本的に無償の取り組みだ。開始から半年程度になるが、すでに数十件の実績がある。「ITインフラの現状を客観的に見ることができた」(製造業)、「改善に向けた具体策を検討していた折、成熟度診断を受けて自分たちの方向性に間違いがないと確認できた。安心して今後の施策を推進できる」(金融業)、「今後のIT投資を決める上で参考にしたい」(運輸業)といった反響があるという。
しかし、開始当初、無償にすべきかどうかについては、社内では慎重な声もあったようだ。
「『価値あるサービスなので有償に』との意見もありました。しかし、企業にとって進むべき方向を明らかにしないまま行動に移してしまうとムダなIT投資になりかねません。複数の企業で同様のケースが生じれば、社会全体にとってもマイナスです。こうした課題を解決したいとの強い思いがあり、同時に、『診断を機にお客さまとの関係を再構築・強化し、先読みの難しいVUCA時代に対応するパートナーでありたい』との気持ちもありました」(安原)
同社はこれまでも無償サービスを提供してきた。例えば、多くの企業がテレワークへの移行に苦労していた2020年の春先、「Wrap(ラップ)」というクラウド型ネットワークサービスの無償提供を開始している(参考「クラウド型ネットワークサービス『Wrap』無償提供の舞台裏」)。また、「テレワーク診断」というテレワーク環境の成熟度を分析・診断するサービスもある。こちらは組織や風土・意識、制度、労働環境、クライアント端末、セキュリティーなどの観点からテレワークの現状と課題を抽出するサービス。こうした各種の経験と思いが、今回の取り組みにも息づいている。
ITインフラ成熟度診断を活用した企業の声に接し、岩崎は手応えを感じているという。思いをこう語る。
「ITインフラ成熟度診断の価値を改めて実感できました。ITインフラの現状の可視化、目標とギャップの提示をきっかけにお客さまに深く寄り添い、目指すべき姿とのギャップを埋めるための最適かつ具体的な解決策を今後も提案していきたいと考えています」
さらに、安原と古舘も言葉を続ける。
「テクノロジーの世界は日進月歩です。次々に新しいソリューションが登場します。お客さまがゴールを目指す際の最適なソリューションの組み合わせも変化します。当社としてもソリューションメニューを拡充するとともに、提案力をさらに高めていきたいと考えています」(安原)
「例えば、ITインフラ成熟度診断のメニューの1つに、PC運用があります。Windows 10のサポートは2025年に終了する予定なので、今後1~2年間は対策や準備に取り掛かる企業も多いはずです。同年は、『DXレポート』でも企業変革の必要性が説かれている時期でもあります。当社は『マルチデバイス運用サービス』を提供し、各種クライアント端末のライフサイクル管理でも豊富な実績があり、ネットワークやセキュリティーなど他のメニューも幅広いソリューションを有します。DX推進はもちろん、さらなるお客さまの変革の実現に向けてBIPROGYグループ全体のソリューションを含めて多様な選択肢の中から最適なものを提案していきます」(古舘)