デザイン経営のパイオニアが語る「新時代のイノベーション創出のヒント」

「デザインの力」を駆使し、社会をポジティブに変革していく

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「re PLANET あらゆる可能性を輝かせ この星を変えていく」をテーマに開催された「BIPROGY FORUM 2023」(2023年6月)。開催2日目には、クリエイティブディレクター・デザイナーとしてデザインの最前線を走る山﨑晴太郎氏が基調講演を行った。経済産業省などが発表した「『デザイン経営』宣言」(2018年)を機に、ブランド力の向上やイノベーション推進のため、デザインを活用した経営手法への認識は広がり、多様な企業で取り組みが行われている。山﨑氏の講演では、同氏がデザインの力を生かして課題解決を図る際の 発想のヒントを共有した。続くディスカッションパートでは、BIPROGYの齊藤昇との対談が行われ、デザインを実践的に取り入れるためのポイントが語り合われた。今回はその模様をお届けしたい。(以下、敬称略)

ヘッドライン

デザインを構成する「思考の力」と「意匠の力」

写真:山﨑晴太郎氏
株式会社セイタロウデザイン
代表取締役/クリエイティブディレクター
山﨑晴太郎氏

これまで、さまざまなシーンでデザインに関わる仕事をしてきました。その中でも、「右脳の持つ力」「デザインの力」を社会に接続することに力を入れています。経験的に日本企業において、デザインの力を十分に生かしている企業は必ずしも多いとはいえないと感じます。世界のブランドランキングの上位に入る日本企業はわずかです。

ただ、少しずつ変化の兆しも生まれています。例えば、経済産業省と特許庁が「『デザイン経営』宣言」(2018年)を発表し、その後、さまざまな企業でデザインを取り入れる動きが広がっていることです。そして私の考えるデザイン経営は、事業戦略に最初からデザイン戦略を併走させること。これを実践する日本企業が増え、強いブランドが育ち、イノベーションが活発化することを願っています。

イノベーションには多様な要素が含まれます。この言葉の周辺には、「新規性」や「驚き」、そして「違和感」といったイメージがあるでしょう。イノベーションが新しいものを生み出すという意味にとどまらず、未来を描き、既存の概念を塗り替えることだとすれば、デザインが力を発揮できる部分はまだまだあると思います。

このデザインの力は、大きく2つに分けることができます。1つには「思考の力」。そしてもう1つが、ある対象に具体的な形を与える「意匠の力」です。両方の力が絡み合い、補い合うことでデザインの力を高めることができます。このことを、別の表現で整理してみましょう。以下、デザインの力を5つに分けて説明します。

資料:デザインの力とは何か
資料:山﨑晴太郎氏

下線を引いた部分は、どちらかというと思考の力、そうでない部分が意匠の力です。

非連続な未来をビジョナリーに描く
ときにはロジックを積み重ねるのではなく、突飛な発想やアイデアが求められます。それが非連続です。非連続・ビジョナリーといった言葉の周辺には、新しい概念を生み出す力、夢を見る力、メタ認知といったものがあるでしょう。
物事の本質を捉え、シンプルにまとめる
言いたいことをすべて並べても、相手には伝わりません。本当に大事なものは何かを研ぎ澄まし、それをシンプルな形で届けるのがデザインの役割。デザインの世界ではよく、ワンクリエイティブ・ワンメッセージと言われます。
顕在化していない概念を捉えて、可視化する
まだ概念化されていないもの、言葉になっていないものを見つけて、「こういうコンセプトで、新しいものを立ち上げることができるのではないか、世の中との接点をつくれるのではないか」と考える。そんな非言語領域における可視化の力が、デザインには求められます。
一貫した気配で彩り、美しく佇ませる
商品やサービスなどは、世の中に多くのコンタクトポイントを持っています。クリエイティブに一貫性がなければ、ブランド価値やブランドとしての人格が立ち上がってこないわけです。
人の気持ちを動かす
これこそ「デザインの力」です。デザイナーの多くは過去に、自分のつくったものが人を喜ばせたり、人に褒められたりした経験を持っています。「ものをつくりたい」という気持ちもありますが、その先にあるもの、あるいはモチベーションの原動力は人の気持ちを動かすことだと思います。

ただ、これらの力を明確に分けるのは難しく、2つが混じり合っている部分も少なくありません。

「余白」で生きるデザインの力

ビジネスの世界ではデザインの力を引き出しやすい分野、そうではない分野があります。

デザインが有効なのは、例えば成長を求める企業であり、新規事業の創出や既存事業の拡大に取り組む場面です。というのは、そこに「余白」、つまり「非言語領域や概念化されていない領域」があるためです。ある種の曖昧さがあるから、デザインの力を生かすことができる。逆に、曖昧さのない業態や場には、デザインが入り込む隙間がなく、あまり役に立てないように思います。

資料:デザインの力はどんな時に有効か
資料:山﨑晴太郎氏

私には3つのデザインポリシーがあります。第1に、余白という非言語領域に沈み、異なる価値観を受け入れるための思考の器を獲得する。余白があるから、多様性を受け入れることができるのです。第2に、絶対軸というオリジナリティから始める。別の言い方をすれば、相対的な価値観から離れて、すべての思考と行動を肯定する。「これが正しい」「こうしたい」と思ったとき、組織の理屈に合わせて考えを曲げてしまうのではなく、自分の中の軸を大事にするのです。第3に、身体性を通じた普遍的な体験価値を大事にする。自分の身体を使って体験したものの中には、嘘がありません。

携わってきた多様なプロジェクトの舞台裏では、この3つの軸を起点にして「いかにビジョナリーに顕在化していない概念を捉えて、物事の本質を掴むのか」という点を意識しています。自分の中でデザインの力を育てたいのなら、挑戦する心を持ってさまざまな体験をしてみることです。そして、試行錯誤の中から体験の質を上げることを心がける――。そうして得た経験や自分自身の中から立ち上がってくるひらめきや発想を大事にしてもらいたいと思います。

基調講演をする山﨑氏

創造性の喚起は道具や体験、環境を変えることから

齊藤山﨑さんのご講演でデザイン経営やデザイン戦略の重要性について解説がありました。また、日本でもかなり前からデザインの力の重要性が指摘されています。ITプロジェクトにその力が求められるケースは多く、私たちもこの考え方に注目し長く取り組んできました。ただ、ある程度理解したつもりでも実行は簡単ではありません。IT業界においては分析的な思考が強い、あるいはそうしたクセがついているからかもしれません。その一方、変化の目まぐるしい時代の中で、分析を積み重ねるやり方だけでは対応できないのではと感じています。デザインを経営に実装するためのアドバイスをいただけませんでしょうか。

写真:齊藤昇
BIPROGY株式会社
代表取締役専務執行役員CMO 齊藤昇

山﨑職業の性質上、デザイナーとIT分野の企業ではある程度考え方が分かれる部分はあると思います。例えば、重要なシステムの開発では、間違いが許されないこともあるでしょう。私たちデザイナーは、「人と違うこと」を求め続ける仕事です。人と同じものをつくっても価値はありません。その違いを前提としていえば、体験や身体性がデザインの力への入り口になるかもしれません。例えば、日常の中で使っている道具や仕事をこなすための手段を変えてみるとよいでしょう。細字のボールペンを使っている人なら、太字のものや普段は使わない8Bの鉛筆を試してみる。右利きの人なら、たまに左手で書いてみてはどうでしょうか。その他にも、一駅前で降りて少し長めに歩く。こうして体験を変えるだけでも身体が受け取るものはかなり違ってくるはずです。

齊藤BIPROGYのオフィスは以前、どちらかというと無機質な内装でした。最近、木のテーブルを配置したウッディーな空間を社内につくりました。国産木材の流通と利用の促進を目指す「キイノクス」というプロジェクトに取り組んだことがきっかけですが、木をふんだんに使った会議室に入ると心地良さを感じますし、議論の内容にも影響があるように思います。

山﨑氏と齊藤

山﨑面白いですね。身体感覚を変えることは大切です。会社を創業して15年ほどになりますが、実は現在のオフィスは8つ目です。移転を繰り返す理由は、同じ環境に長くいるとクリエーションが停滞するかもしれないとの恐怖があるからです。

齊藤多くの企業が取り入れているフリーアドレスは、それに近いかもしれません。隣に座る人が変われば、ちょっとした会話が新鮮に感じられることもあります。

山﨑確かに、部門を超えたコミュニケーションポイントをつくることも体験を変えることになりますね。 そうした空間からイノベーションが育つことを期待したいですね。

原動力は好奇心。すべてを楽しみ、新時代をよりよい世界に

齊藤山﨑さんは、ベンチャーキャピタル(VC)も手掛けているとお聞きしました。デザインと投資は相当距離があるようにも見えますが、スタートアップの成長をデザインするという言い方もできるかもしれません。投資の世界に関心を持ったのは、どのような経緯だったのですか。

山﨑VCは最近始めたばかりで、まだビギナーです。きっかけは、広告のコンペに使っていた時間を少し、他のことに使いたいと思ったからです。というのも、デザインの仕事はコンペが多い業界なのですが、例えば6社が参加したとして勝つのは1社。残りの5社がほぼ同等にハイクオリティな提案をしたとしても、です。そのリソースを少しずつでも社会に分け与えていけば私たちの世界はもっと良くなるのではないかと考えたのです。VCだけでなく、これまでデザインの力が及んでいなかった医療や福祉分野での仕事も増やしました。

齊藤BIPROGYも以前から、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を運営してきました。投資リターンを求めるよりは、私たちにとってはスタートアップとのつながり、人と人との関係性の中から新しいものが生まれることへの期待のほうが大きい。こうした活動を通じて、より豊かな多様性を育みたいと思っています。山﨑さんはVCだけでなく、テレビ番組のコメンテーター、雑誌の書評などさまざまな活動をしておられます。興味の対象の広さに驚かされます。

山﨑ありがとうございます。原動力は単純に楽しいから、という気持ちです。デザインやマーケティング、経営も面白いし、やっていることは何でも面白い。というより、世の中って基本的にすべて面白いと思っています。できることなら、すべての仕事や活動を自分で体験したいくらいです。

齊藤素晴らしいですね。では、その中でもこれから特にやりたいと考えていることは何ですか。

山﨑氏と齊藤

山﨑デザインの力を使って、世の中をよくしたい。次の世代によりよい社会を残したいと思っています。具体的に、自分の中でやろうと決めているのは学校です。100年以上前にドイツに設立されたバウハウスという学校は、近代的な「美」の概念を定義し、新たな潮流をつくったといわれます。そこには、西洋的な価値観が色濃く反映されています。1世紀を経て、次の時代の美の潮流は日本を含むアジアからしか創れないのではないかと私は思っています。やがて、アジアの多様な価値観に支えられた新しい美の概念が誕生し、世界に拡がって平和に導く。そんなムーブメントを生み出していきたいと思っています。

齊藤何でも面白いと思える心の持ちようと、内に秘めた志に山﨑さんの魅力を感じます。私たちも未来への思いを大事にしながら、日々の発見を楽しみ、ワクワクする気持ちを失わずにチャレンジを続けていきたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。

FORUMの様子

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